星空の下で一晩を明かした翌日の朝。
朝日と共に目覚めた俺は、適切でない体勢で眠りについたが故にバキバキに固まった体をほぐしながら、ギルドへと向かった。
するとまだ朝早い時間帯であるというのにギルドでは既に職員さん方がバタバタと慌ただしそうに動き回っており、受付嬢さん方は定位置に収まっていたので、ここに来てからずっとお世話になっている受付嬢さんの前へ。
「おはようございます」
「おはようございます、レットさん。討伐依頼は無事終えられたようですね」
「えぇ、まぁ。……あぁ、こちら討伐証です」
鹿の耳を差し出すと、彼女はそれが全て右耳であることを確認した後、やっぱり屑籠に捨てた。
うぅむ、相変わらず容赦がない。
「何かに使ったり、とかはないんですか?」
「こちら側の確認をスムーズに進めるために求めるものですので。基本的に討伐証には利用価値が無く、確認が容易で、また体に一つしかない部位を指定します。鹿で言うと他には尻尾や鼻を指定しますね」
「ふむ……しかし、依頼によっては討伐証の指定はできないのでは?」
例えばそれこそ、鹿のはく製が欲しい、とかだったら。
ギルド側の都合で、適当な部分を削ぎ落して持っていくわけにもいくまい。
「その場合は引き渡しの際、依頼主にサインをしてもらうことで代行することが一般的です」
「サイン、ですか」
「はい、一昔前、討伐証は色々と面倒だからとサインに統一した時期もあったのですが……解決すべき課題が余りにも増えすぎまして」
「ふむ、というと?」
「依頼主が文字を書けない、冒険者が自分でサイン、依頼主へ欺瞞や恐喝を働き、依頼達成が為されていないにも関わらずサインさせる、依頼が達成されたにもかかわらず依頼主がサインを拒否、など」
「あぁー…………」
まぁ、うん。
そうだよな、こういう世界観ならこういう事にもなるよな。
で、問題解決のために一々ギルドが出張る羽目になり、負担が圧倒的に増加。
すぐさま討伐証の提示へ逆戻り、と。
「ですので、そう言った依頼を出す場合、依頼主側にも一定以上の信用を求めます。例えば担保を用意していただくのが一般的ですね」
「成程」
やはり、ギルドの仕事は信用が第一、か。
その辺を徹底しない限り、そもそも仕事が成り立たないのだものな。
「有難うございました、面白い話が聞けました」
「いえいえ、お気になさらず。どうせこの時間は暇ですし」
「そうですか」
「はい。ではこちら、今回の報酬金になりま…………あ」
「え?」
彼女は俺に銅貨の詰まった袋を渡そうとして、固まった。
「そう言えば、一つお話ししていない注意事項がありまして……お時間大丈夫ですか?」
「全然大丈夫ですが……まだあるんですか?」
「一応。本来ならあなたには一番最初に話しておくべき事項でした。『貴族狩り』のことです」
「ふむ……?」
「先日、冒険者の身ぐるみを剥ぐ者たちについてお話ししましたね? それに近しいものですが、依頼に出た元貴族出身の冒険者を攫い、売り出す連中のことです」
「…………絶縁したとしても。高いですからね、我々の血は、色々な意味で」
成程、そりゃあ俺には大いに関係のある話だ。
貴族出身はまず見た目からして違う、というのは常識である。
金色の髪に蒼の瞳、整った顔立ちに、男は男らしくガッチリと、女は女らしくふっくらと成長する抜群の好体型。
当然食事もいいものを食べるわけで、栄養も申し分ないわけだから、余程のことでもない限り、美男美女に成長する。
そう言う遺伝子がそれぞれ流れているのだ。
……が、それゆえに、その身柄はそれだけで価値になる。
見目麗しい貴族の令嬢と
それに質の良い金色の髪、澄んだ蒼の瞳は高く売れる。
「それだけではありません。場合によってはですが、出身の『家』を利用することもあります」
「そりゃあ、また……」
考えれば理解できる話ではある。
幾ら縁が切れているとはいえ、貴族は家の血を引いている。
俺で言えば、名こそ捨てたが、フェグズの家の次男であった事実を変えることはできない。
だから俺の息子が仮に生まれたとして、そいつはつまり『フェグズの血を受け継いだ子供』を名乗る権利があるわけだ。
さてこの時、俺本人はもうフェグズに戻れないとしても、ではその息子は?
恐らく、戻れる。
養子でも、婿でも、何でもいい。
資格は持っているのだから。一度家に引き入れてしまえば、もうその子はフェグズの血を継ぐ者として、フェグズの末裔として、十分扱うことが出来る。
そして、これが俺ではなく……例えば、8人兄弟の末っ子で、何も与えられないからと出奔したそいつが、その家の男系の唯一の生き残りになったとして。
家は絶対にその血筋を絶やすわけにはいかない。
何としてでも血を残そうとする。
そして、その手段を金と引き換えに手に入れることが出来るとすれば?
つまり──────
「身代金狙いも無しではない、と。とんだ迷惑です」
貴族の家から離れようと思ったが、貴族の家から離れたからこそ発生する問題もある、か。
いやはや世知辛いというか何というか。
「しかしまぁ、自分で言うのも何ですが、格好のエサですからねぇ……」
「はい。特に今回、恐らく野営なされたでしょう? そういう時に襲われる場合が多いと聞き及んでいます」
「でしょうねぇ……」
思い浮かべるのは、つい数時間前の自分だ。
周囲に誰もいない中、道から離れた場所でポツンと一人眠りに就く俺は、鴨が葱を背負っているように見えたことだろう。
まぁ今回ばかりは幸運なことに、誰かに襲われることは無かったが……今後もこれが続くとなった時、余りにも危険すぎる、と。
流石の俺も、一人でいるときに手練れに囲まれてしまったらなぁ。
甲冑も無いわけだし、勝ち目は薄い……どころか、ゼロと言っていい。
となると……
「対策としては……やはり
「そうなります」
一人ではない、というそれだけで、冒険の危険度はグンと変わる。
それこそ野営がいい例だ。
あれは見張りを持ち回りで担当し、危険が迫った時にいつでも対応できるようにするのが普通なのだ。
しかし一人ではそれが出来ない。
となれば、早急に
「『貴族狩り』の犯行は、実力の高い
「出来るだけ強い……ですか」
「はい、そうですね。ウチの最高で言えば銀等級になります。そちらを当たってみてはどうでしょう」
「銀等級……成程。確かにアリですが……俺で大丈夫なのでしょうか。
「基本的に味方が増えて下がることはありませんよ。
「そういうものですか」
「えぇまぁ、基本的には」
ふぅーむ、そういうものなのだろうか?
なんか納得がいかない気がしなくもないが……確かに数は力だ。
そこに間違いはないだろう、決して。
「わかりました。早速相談してみますね」
「えぇ、ぜひそうしてみて下さい……おっと、幸運でしたねレットさん、丁度今、銀等級の───」
受付嬢さんが指さした方を見ると、そこに居たのは…………柱に寄りかかり、立ったまま寝てるゼストさんであった。
「おお、ゼストさん! 丁度いいところに!」
「……ぇ」
そうか、銀等級
安全面という事を考えるのなら、ここを置いて他にないだろう!
いやはや丁度いい時に居てくれた!!
「む? ……ほほ、レット殿。数日ぶりですな。早速黒曜石等級に上がられたようで」
「そうなんですよ、それで早速なのですが、相談したいことがありまして……!!」
「えぇ、先達として、乗ってあげられることなら乗って差し上げましょう」
「有難うございます!」
やはり
なんか受付嬢さんが『そっちじゃねぇ! 違う!!』みたいな感じの目をしているが、この場に居る銀等級と言えば
受付嬢さんが差そうとしたのは彼女のことだったのだろうか。
しかし、この二択だったら普通に考えると
人数も多いし、斥候と魔法使いもいるし。あと単純に知り合いだし。
人付き合いが苦手そうな、今も私に関わるなオーラ全開にしてる職人気質っぽい空色の人と組むよりは、こちらの方が安牌であろう。色々な意味で。確実に。
さて、俺のことは