五十四歳で離縁されましたので、三十七枚の「いつか」を使い切ります ~最後の一枚は、もう一度恋をすること~ 作:kuratn
二週の馬車旅の果てに、王都の門は、出て行った日と寸分違わぬ顔で立っていた。変わったのは、くぐるこちらの側である。一年前、わたくしは文箱ひとつを抱えてこの門を出た。戻りの荷も、箱ひとつ。ただし目方は、紙三十六枚ぶん軽い。中身の値打ちだけが、別物である。
門をくぐれば、都の音が一斉に戻ってくる。荷車の車輪、呼び売りの声、石畳を打つ
夏至祭までは、五週。宿は下町の坂の中途に、貸間を二間、先払いで借りた。窓を開ければ、路地の上に隣近所の洗濯物が旗のように連なり、角のパン屋の窯の匂いが、朝ごとに坂を上ってくる。財布の底は、とうに見えている。彼の視線がちらりと財布へ落ちたのに気づいて、わたくしは先回りをした。
「段取りどおりよ。二年分を一年で使い切る旅ですもの。余ったら、それこそ計算違いですわ」
「……見事なものです」
「あら、褒めても何も出ませんことよ。出せる物が、もう財布にありませんの」
軽い財布を、わたくしは存外気に入っている。重い財布で買えなかったものを、この一年、軽くなっていく財布で買い続けてきたのである。金貨と釣り合わないものは、世の中に、思っていたより多い。
貸間には、ポーレットの文が先回りしていた。曰く――夏至祭に、二十年ぶりで屋台を出す。場所は広場の南の角。長年の主が退いて、いい角が空いたんでね。あんたの最後の一枚とやらを、あたしが見物しないでどうするんだい。
いい角が空いた理由を、あの子はどこまで知っているのだか。パンの焼き加減と同じ勘である。外れた例しがない。文面を二度読んで、胸があたたかい。三十七年ぶりに繋ぎ直した糸が、こちらの祭りの日取りまで、もう覚えていてくれるのである。
娘は、着いた翌日にはもう貸間に乗り込んできた。用向きは母ではない。
「お母様はよろしいの、旅装がお似合いですもの。問題は――そちらですわ」
指をさされた堅物が、四十年物の上着の袖口を、そっと隠した。隠しても遅い。娘の見立てで仕立て屋へ連行され、採寸の間、彼は処刑台の顔をしていた。その顔を眺めながら、わたくしは笑いを噛み殺すのに苦労する。四十年、鎧と軍服で済んだ人が、五十路の半ばで初めて、装うという戦場に出るのである。健闘を祈るほかない。
「戦装束のほうが、まだ動けます」
「祭りに鎧でいらっしゃる方がありますの? お黙りになって。はい! 腕を上げて」
四十年勤め上げた男が、娘の見立てに完敗である。仕立て上がりは祭りの三日前と決まり、娘は仕立て代の話をひらりとかわして、「これはわたしの道楽ですの」と笑った。誰に似たのだか。
王太后陛下のお茶は、宮の奥ではなく、庭の
「見よ」
蓋を開けると、紙片が数枚。一番上の一枚にだけ、灰の載った小皿が添えてある。
「一枚目は、燃えた。『市場を歩いて、買い食いをする』――そなたと答え合わせが済んでおったでな、書いた晩に燃やしてやった」
「あら。順番が、ずるうございますわ」
「王家は伝統的に、ずるいのじゃ」
威厳と屁理屈は、両立するらしい。二枚目は雪見の酒だそうで、冬まで焦らされる、袋というものは性格が悪い、とすこぶるご機嫌である。それから陛下は、卓のこちらへ扇の先を向けられた。
「して――そなたの最後の一枚は、何と書いてある?」
「申し上げられません」
「ほう?」
「まだ、わたくしの守秘義務ですの」
陛下の目が、五十年ものの諦めの悪さで光っている。この方に嘘は利かない。だから正直に、申し上げないのである。
王太后陛下は扇を開き、その陰で、存外に娘らしくお笑いになった。帰り際の一言は、扇の陰のままである。
「夏至祭は、桟敷から観る。……良い祭りにせよ」
帰りの馬車で、娘が眉を寄せた。桟敷には高位の家が列席する習わし――モンフォールの家も、義務で出るという。
「よろしいの?」
「あら。観たい方には、観せて差し上げますわ」
言ってから、自分の胸の内をひと巡り検分する。桟敷にあの人が座ることへの、痛みは――ない。ないことを確かめられる程度には、あの三十七年はもう、燃やし終えた札の側なのである。
◇
その頃、モンフォールの屋敷では、夏至祭の桟敷の支度だけが、義務として粛々と調っていた。大広間の燭台は、半分が空のままである。ユベールは近頃、屋敷の中で立ち止まる癖がついた。花は、いつの間に替わっていたのか。客間の順は、誰が決めていたのか。訊けばよい、と思いつくたび、訊ける相手がこの屋敷にもう一人もいないことに気づく。桟敷の席次を書く段になって、筆が止まった。連名の欄というものの埋め方を、この家は失って久しい。廊下の長さだけが、答えの代わりに残るのである――。
◇
夕、坂を上って帰る。窓に灯りが入っていて、湯の沸く音がする。三十七年、わたくしは「おかえりなさいませ」を申し上げる側だった。言われる場所を持ったのは、五十五年で、これが初めてである。言葉というものは、練習が要る。坂の途中で二度、口の中で転がしてから、戸を開けた。把手に手を掛けて、一拍。……練習した言葉ほど、出るときは呆気ないのである。
「ただいま」
「おかえりなさい」
号令のように生真面目な返事が、湯気の向こうで、少しだけ嬉しそうに聞こえた。たったそれだけの往復に、五十五年かかったのである。高い買い物ほど、良い品だ。湯気の向こうの「おかえりなさい」を、胸の、長年釘の抜けた穴のような場所が、音を立てて受け取った。ただいま、おかえり。この往復の中でだけ、家は家になる。石と壁は、ただの入れ物である。
五週は、市の日と、仕立ての日と、何もしない日とで過ぎていく。箱の中は、裏返しの一枚きり。夏至祭は――もう、明後日である――。