五十四歳で離縁されましたので、三十七枚の「いつか」を使い切ります ~最後の一枚は、もう一度恋をすること~ 作:kuratn
夏至祭から半月の後、わたくしどもは王都の外れ、坂の中途の小さな家に移った。部屋は四つ、庭は猫の額、目印は角のパン屋である。窯の匂いで選んだ家だ。屋敷には何百という部屋があって、わたくしの選んだ壁紙は一枚もなかった。この家は部屋が四つで、四つとも、わたくしどもの選んだ部屋である。数というものは、当てにならない。娘の家までは歩いて四半刻、下町の広場までは坂を下って四半刻。買ったのは、わたくしではない。
「退役金というものが、あります。四十年、使い道がありませんでしたので」
四十年ぶんの使い道が、二人の家である。使い方の豪快な人だ、と申し上げたら、初めての買い物なので加減が分かりません、と真顔で返された。納戸には、浮き袋と継ぎ竿と医者の住所の控えが三軒ぶん、几帳面に納まっている。庭には、
式は秋に、下町の小さな教会で挙げると決めた。ポーレットからは、早くも文が来ている。式のパンはあたしが焼く、今度は怒鳴り込みじゃない、焼き込みに行くからね――窯ごと来かねない筆圧である。
犬は、市場で見つけた。犬売りの籠の隅で、貰い手のつかない中年の犬が一匹、あくびをしていたのである。栗色の雑種で、片耳だけ、ぴんと立っている。
「……あら」
四十八の年、雨の晩に一晩だけ隠した子犬も、片耳だけ立っていた。あれの続きが、こんなところで待っていたらしい。名前はマロンにした。栗の色だから、それだけの由来である。連れて帰る道々、マロンは一度もこちらを振り向かず、それでいて歩調だけは、ぴたりと膝の横に合っていた。膝の横の、その控えめな重みに、目の奥が少し熱くなる。六年前の朝の、籠の軽さ。あれをようやく、この重さが上書きしていくのである。護衛の素質がある、と元隊長が真顔で査定をなさる。査定の基準は、知らない。飼うのは「いつか」ではなく、今日からである。
その翌日、玄関に旅装の老人が立った。バルテルである。モンフォールの家の老家令――離縁の日、殉じて辞めた第一号の人だ。七十の背筋を伸ばして、彼はこう申し出たのである。
「家令の職に、押しかけて参りました」
「あら。この家、部屋が四つしかありませんのよ?」
「存じております。家というものは、広さで回るものではございません。……声で回るのです。この家の声は、実によく通ります」
三十七年、あの屋敷でわたくしの声を聞き続けた人が、この小さな家の声を、よく通ると言う。……目頭には、来なかった。来なかったけれど、その日の茶の支度が、我ながらいつもより丁寧だったことは、認めるのである。
押しかけの家令は、その日のうちに台所の鍋の序列を決め、庭の物干しの位置を三寸直し、マロンに「若」という尊称を与える始末である。夕方には元近衛と二人で戸締まりの検分をして回り、「「異常なし」」と声が揃っていた。妙に気の合う老人たちだ。その声を台所で聞きながら、可笑しくて、少しだけ胸に沁みる。声で回る家、とバルテルは言った。回り始めた声の中に、わたくしの声も、あの人の声も、老家令の声も、若の尻尾の音まで入っている。空気は、この家では、失くす前から大事にされるのである。
文も届く。セドリックからは、庭の李の枝を払った由の短い報せに、追伸がひとつ。いつか、庭木の手入れの作法を伺いに上がっても、と。返事は決めてある。いつか、ではなくてよ。秋の式にいらっしゃい、庭木の話はそのあとで。王太后陛下からは一行――箱の二枚目が雪を待っておる、冬は雪見の酒に付き合え、貸しの回収である。……怖い方だ。
夕餉の後、卓の上に、新しい箱を置いた。旅の箱より少し大きい、まっさらな箱である。中には、白い紙の束。白、というのは良い色である。まだ何も諦めていない色だ。三十七枚の黄ばみから始まった旅が、白い束に辿り着くまで、ちょうど一年かかった。
「これからは、書いたらすぐ使いますの」
書き溜めは、もういたしません。ただし、最初の一枚だけは、二人で書くと決めていた。インクを分け合って、一行ずつ。書くという仕事は、瓶の手紙の中州と同じ匂いを、律儀に連れてくる。
『来年も、夏至祭で踊る』
「すぐ使えない札が、早速一枚ですが」
「これは例外。……毎年、書き直す札ですもの」
燃やすのは来年の夏至、踊り切ったあとの火で。書き直すのはその晩である。箱の中は、白ばかりになった。残りの数は、もう数えない。数える代わりに、書いて、使って、また書くのである。言いたいことはその日のうちに、会いたい人にはその月のうちに。願いも言葉も、もう寝かせない。取り置きの利かない歳、と言う人もいるでしょうけれど、逆である。取り置きの要らない暮らしに、五十五年かけて、やっと着いたのだ。
明くる朝は、鐘を二度、聞き流して起きた。三度目までは、いかなかったけれど、精進の余地というものは、あるほうが楽しい。
目覚めの静けさが、もう広すぎない。耳が、探すものを探し当てられる家である。誰の予定でもなく、誰かの気配はする朝――三十七年欲しかったものの正体は、存外、これだけのことだったのかもしれない。
廊下には家令の磨いた床が光り、庭では若が日向を占領し、卓には湯気の立つ茶が二つ。窓の外から、角のパン屋が窯に火を入れる匂いがする。式の日取りは、秋の初めである。待つ楽しみというものは、札の外にもあるらしい。急ぐ旅は、終いだ。急がない今日が、始まりである。
五十四歳だから急ぐのよ、と言って始めた旅だった。急ぎ終えた朝の茶が、こんなにゆっくり冷めてくれるとは。……冷める前に、飲めばよろしいのだけれど。
「さて。今日は、何をいたしましょうね」