五十四歳で離縁されましたので、三十七枚の「いつか」を使い切ります ~最後の一枚は、もう一度恋をすること~ 作:kuratn
夏至の朝、玄関の壁から年札を外した。
一年、表を向けて飾ってあった一枚である。『来年も、夏至祭で踊る』。朝の光の中で読み直して、燃やさずに、胸元へ納めた。使う日まで、そこが定位置である。燃やすのは、成就のあと。この家の作法だ。
一年前の夜、この札は、二人で一行ずつ書いた。あれから毎朝、玄関でこの札に見送られて、毎晩、出迎えられた。願いというものは、飾っておくと、約束の顔になる。約束の顔になった札を胸に、約束の場所へ出かけるのである。
広場は、今年も火の匂いで始まった。南の角にはポーレットの屋台が二年目の店を広げ、身重の娘が伯爵どのの腕に掴まって揚げ菓子を齧り、桟敷を持つ身分のセドリックが、平土間側の人波に、少し誇らしげに立っている。バルテルと若は留守番である。言い分は「若の教育がございます」。教育の内容は、昼寝だと思う。出がけに、家令は式次第を一通持たせようとして、断られていた。祭りに式次第は要らないのである。要らない、と申し上げたら、では心得だけ、と一行に減らして寄越した。――お楽しみくださいませ。それだけである。……あの一行は、額に入れてもよい。
一昨年のわたくしは、この雑踏にひとりで立っていた。ひとりで立つ祭りも、悪くなかった。悪くなかったけれど、今は視界のどこを切っても知った顔が入る。祭りというものは、知った顔の数だけ、火が増えるらしい。ポーレットが屋台からこちらを見つけて、焼きたての端を宙に振ってみせた。席は取っといたよ、の合図である。輪の真ん中の特等席――去年と同じ席を。
広場の隅では、元近衛が子供に埋もれていた。
肩に一人、背に一人、両腕に一人ずつ。的当ての一角は、あの人のお手製である。的は、七つの女の子の検分を通った改訂版だ。迷子を届ける側だった四十年の持ち場で、今年は迷子製造側の親玉である。白い札の効き目だ。書いて三日目の男は、四十年ぶんの持ち場を、今日、内側から眺めている。南の角から見た広場を、あの人はもう知らないのである。知らなくて、よい。
「隊長さん、もう一回!」
「……最後の一回を、五回要求されています」
報告の声が、まんざらでもない。わたくしは笛の音を聞きながら、胸元の札を確かめた。あの人の白い札も、今夜、一緒に燃やすのである。胸元の二枚は、薄いくせに、あたたかい。紙のぬくもりではない。歩き回った胸の側の熱が、紙に移っているだけである。……それを、あたたかいと呼んでよいことにしたのは、この一年の収穫だ。
日が落ちて、楽隊の親方がこちらを見つけ、にやりとした。前奏が、来る。夏至の輪舞である。
「お手を。……段差は、ありませんが」
「ええ。段差がなくても、頂く手ですわ」
手を載せると、三十九年前に半分、去年ひとつ――数えるほどしか組んでいないのに、手のひらは、もうずいぶん古い馴染みの顔をする。
二年目の輪舞は、去年より上手には、ならなかった。膝は今年も一歩目で鳴き、二歩目で拍子に呑まれる。それでいい。上達するために踊る曲では、ないのだから。回って、離れて、また手を取る。子供の手、粉屋の手、娘の手、息子の手――今年は、知っている手が、輪の中にいくつもある。
身重の娘は三巡だけ、伯爵どのの検分つきで輪に入った。セドリックは誘われて、断って、断り切れずに一巡だけ回った。あの子の輪舞を、見るのは初めてである。硬い。硬いが、拍子は合っている。育ちというものは、こういうときだけ役に立つ。
踊り切った。
去年は、この瞬間に膝が抜けそうだった。今年は、膝より先に、胸がいっぱいである。慣れというものは、身体には来ても、胸には来ないらしい。毎年、初めてのように終わるのなら、毎年、踊る甲斐があるというものだ。
最後の和音が鳴り終わって、わたくしたちは輪を抜け、いちばん近い
「成就の検分を」
「異常なし。……どちらも、異常なし」
二枚まとめて、火にくべた。年札の端が、火の中でくるりと丸まる。一年、玄関で日に焼けた紙は、白札より少し飴色で、燃える色も少し濃い。隣で、書いて三日の白札が、あっさりと灰になった。灰になる速さは、願いの重さと関係がない。どちらも、ちゃんと叶ってから燃えた。それだけが、この家の流儀の自慢である。数は、数えない。数える箱は、もう持っていないのだ。
夜更け、家に戻って、新しい紙を出した。年に一度の書き直しである。ペンを渡し合って、一行ずつ。今年は、文面に一語だけ足すことにした。
『来年も、夏至祭で、家族と踊る』
「家族、の内訳を伺っても」
「あら、数えませんの。……数えない主義ですのよ、この箱は」
増える予定なら、秋にひとり、控えている。若を入れるかどうかは、若の品行次第である。一語増えた文面を、二人でしばらく眺めた。去年の札より、少し賑やかな字面である。願いというものは、育つのだ。箱の外で、勝手に。
書いた札を、玄関の壁の、同じ釘に掛けた。表向きである。伏せる札は、この家には、もう一枚もない。裏返しの一枚を、箱の底に三十八年敷いていた女の家の、これが新しい流儀である。伏せない。寝かせない。数えない。三つ覚えれば、あとは書くだけだ。
「さて」
茶がふたつ、湯気を立てている。冷める前に、飲むのである。窓の外では、祭りの残り火が、夜の底をまだ薄く染めている。太鼓はもう仕舞われて、遠くで誰かが、輪舞の節を口笛でなぞっている。下手である。下手だけれど、最後まで吹いた。……ええ、それでよろしいのよ。曲というものは、最後まで行けば、上出来なの。
「来年は、何をいたしましょうね」