五十四歳で離縁されましたので、三十七枚の「いつか」を使い切ります ~最後の一枚は、もう一度恋をすること~ 作:kuratn
初秋の末、式次第の一行が発動した。産み月の前の仕舞い、実母の家にて三日の逗留――送りの当主、つまり伯爵どのも一緒である。三日のあいだ、娘は昼寝をし、猫の額の菜園をひやかし、夕餉の匙を三人前平らげた。腹の子は、夜になるとよく蹴るらしい。二日目の晩、呼ばれて手のひらを当てさせてもらった。当てて、待つ。とん、と内側から、小さい拍子が返ってきた。手のひらひとつぶんの、遠い挨拶である。初めまして、と胸の内で申し上げる。会うのは、ひと月ほど先の予定である。
「拍子の良い子ですのよ。祭りの太鼓みたい」
「気の早いこと。輪舞は、来年の夏至までお預けよ」
そう返しながら、横目で娘の顔を検分する。我慢の型は、出ていない。よく食べ、よく笑い、言いたいことを言っている。式次第の一行は、紙の上の文字のくせに、人の顔色まで変えるのである。
三日目は、迎えの日である。夕方から、空の色が変わった。
風が先に来て、雨があとから来た。秋の大嵐である。雨戸が低く鳴り続け、風が屋根の上で唸りを変え、坂の道はたちまち川の稽古を始めて、辻馬車の鈴の音が絶えた。灯りを増やした居間で、迎えは日延べであろう、と誰もが言い合ったのである。そうならなかったことは、のちに分かる。
そして夜半――廊下で、娘が立ち止まった。
「……お母様。あの……拍子が」
三週、早い。
場が凍りかけた一瞬のあいだに、この家の段取りは動き出していた。湯を沸かす。布を出す。客間の支度を、
「産婆どのの所在は、覚えにあります。本日は西の農家、泊まりのお産。道は三通り、今夜の現況は詰所の夜回りが持っています。馬は詰所で借ります。道すがら、パン屋の戸を叩きます。……戻りは、夜明け前」
教練のような申告である。四十年、こういう夜のために磨かれた口調なのだと、いまさら分かる。四十年ぶんの支度が、任務でもない夜に、残らず召集されていくのである。引き留める理屈は、ひとつもない。ないから、別のことを言った。
「……戻りの道も、検分なさってね」
「必ず」
戸が開いて、風雨がひと舐めして、閉まった。それきり、嵐の音だけになる。あの背中に傘は要らない。要るのは、帰る家の灯りだけである。灯りは、ひと晩じゅう絶やさないと決めてある。
それからの坂の家は、狭いことが、かえって幸いだった。声が、どこにいても届くのである。伯爵どのには湯運びと薪を任せた。手が空くと、心が騒ぎますので、と本人が申告したからである。ポーレットが前掛けのまま駆け込んで来たのは、それから間もなくだ。あの人が約束どおり、道すがら戸を叩いたのである。女将は三人産んで、常連の孫を五人取り上げた人で、腕まくりに迷いがない。
「湯は足りてる。それより奥さん、あんたの持ち場は声だよ。娘の名前を、切らさないでおやり」
バルテルは産の式次第を三通書いて、三通とも産婆待ちで棚上げになり、それでも書くのをやめなかった。書いていないと、七十を越えた膝が震えるのだそうである。若は産屋の戸の前に伏せて、動かない。
嵐の夜は、時間の目盛りが揺れる。長いはずの半刻が一息で過ぎ、短いはずの一息が長い。揺れない物差しは、竈の湯気と、戸の向こうの娘の息遣いだけである。
戸を叩く音がした。あの人の戻りには、早すぎる。開けると、ずぶ濡れの供をひとり連れた、ずぶ濡れの大奥様である。絹の外套が水を吸って重く垂れ、結い上げた銀の髪から滴が落ちて、それでも背筋は、玄関の柱より真っ直ぐだった。
「迎えの日、ですので」
式次第は、嵐で止まらないらしい。事情は三言で通じた。あの方の顔から作法の膜が一枚剥がれて、素の色が出る。
「本家の産婆は、川止めですわ。……こうなっては、仕方ありませんの。湯を沸かす係を、わたくしにくださいな」
「竈は、そちらに」
女主人がふたり、ひとつの台所に立った。言葉は最初の三言で足りて、あとは手順が勝手に噛み合う。三十年ずつ、家をひとつ回してきた者同士である。ずぶ濡れの供の方には、伯爵どのが着替えと白湯を回して、竈の脇の番に就いてもらった。
湯気の向こうで、三十年前を思い出す。わたくしは本家の産所で、式次第のとおりに産んだ。白い布は正しく積まれ、静けさは正しく保たれ、痛みの波の間に呼べる名前が、ひとつもなかった。廊下のいちばん遠くに、家の者が控えているだけの、静かで正しい産所である。正しさというものは、あんなに寒いものだったか。あの夜のわたくしに、教えてやりたいのである。三十年経つとあなたの娘は、家じゅうの名前を呼べる産屋で産む。
わたくしは湯の合間に戸へ寄って、名前を呼び続けた。
「フェリシア。ここにいるわ。フェリシア」
名前というものは、呼ばれた数だけ、人をこちら側に繋ぎ止める。名前の薄れる側を三十七年やったわたくしが言うのだから、確かである。戸の向こうから、短い応えが返る。応えのあるうちは、大丈夫。呼ぶ声は、震えなかった。震えそうな夜のための稽古を、わたくしは三十七年してきたのかもしれない。我慢の型にも、ひとつくらいは使い道があるのである。
夜明け前、ふっと風が凪いだ。嵐の芯が抜けたのである。雨音の薄くなった坂の下から、蹄の音が、ふたつ、上がってくる。
戸口で、泥を被った男が、肩で息をしながら申告した。
「――間に合わせました」