白うさぎは、月まで飛べるか?   作:ダニエルズプラン

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 どうして複数の小説を抱えてるのに執筆してるんだ……?
 でも、超かぐや姫の小説は書いてないので初投稿です。
 超かぐや姫はいいぞ。


第1話

 

 ――今は昔……。

 

 「彩葉(いろは)ー、今日の夕飯は何が良い?」

 「なんでもいいよ。素良(そら)のご飯は何でもおいしいし」

 「その“なんでもいい”っていうのが一番困るんだよ……?」

 「じゃあ、安いもの」

 「それは料理名じゃないよ……」

 

 東京都内のとあるアパート。

 

 数部屋あるうちの一室、お世辞にも広いとは言えない1R(ワンルーム)の部屋で、私は幼馴染の問いに声を返した。

 

 机に広げられたノートに視線を戻し、先ほど解き終えた古典の問題に丸を付け終えてから、声の方向へ視線を向ける。そこには、少し怒ったような、それでいて困った目をこちらへ向ける一人の少年が立っている。

 

 私よりも身長が低く、肩まである白い髪をポニーテールにまとめ、やや垂れ気味の赤い瞳と華奢な体つき。

 

 本人が童顔なことも相まって、少女と間違われることも珍しくない中性的な容姿。

 

 少年の名前は蒲生素良(がもうそら)

 

 私の幼馴染。

 

 そんな素良は、私の言葉に困ったような顔を浮かべながらエプロンを腰に巻き付けているが、その口元は「しょうがないなぁ……」とでも言いたげに笑っている。

 

 ――では、なくて。

 

 素良が冷蔵庫からいろいろな食材を取り出して台所に並べていく姿を見ながら、私はその食材たちの価格を考えてしまう。

 

 (素良のおかげで食事が良くなったとはいえ、豚こま切れ200g、320円……キャベツ半玉120円……もやしは一袋50円……一食約500円……! 私が作る料理の約五食分……!?)

 

 私が普段作る料理の約五食分。

 

 言いすぎなような、そうでもないような気もするが、普段は冷凍うどんと特売の卵だけで、突き詰めたときは粉と水だけのパンケーキで過ごす私にとっては、贅沢な献立であることに変わりはなかった。

 

 「……ん? どうしたの、彩葉」

 「えっ!? い、いや、何でもないの!」

 「そう? すぐ出来上がるから、ちょっと待っててね」

 「う、うん……」

 

 家賃や学費、生活費に至るまでを日々のアルバイトで賄う、世間一般で言う苦学生――。

 

 それが現在の私――酒寄彩葉(さかよりいろは)だ。

 

 私は上京してからというもの、スーパーやチラシの値札を見るたびに、一食当たりの金額を計算する癖がついてしまっていた。

 

 素良が並べた食材たちの価格を自然に計算してしまい、それを訝しんだ素良に声をかけられ、素っ頓狂な声を出してしまう。

 

 ――超未来だったり。

 

 そんな私の声を聞いた素良はくすりと笑うと、再び調理に戻る。

 

 部屋にはトントントンと包丁で食材を切る音や、フライパンで食材を炒める音が響き始め、料理の良い匂いが漂い始める。

 

 「……あれ? 彩葉ー」

 「ん? どうしたの、素良」

 「料理酒とかってある?」

 「んー……ないかも」

 「えー。しょうがない、ちょっと下から持ってくるね」

 

 そう言うと、素良は部屋を出る。

 

 ――いやいや、大昔でも超未来でもなくて。

 ――今とあんまり変わらない、少しだけ未来の世界。

 

 安い家賃に比例するように、アパートの壁もそこまで厚くない。

 

 おまけに私の部屋は二階の角部屋にあるため、外階段を誰かが上ったり下りたりする音や、外の音はよく聞こえる。

 

 そのため、素良が階段を下りる音や、()()()()()()()()の玄関が開く音が聞こえ、しばらくしたあと、駆け足で再び階段を上ってくる音が聞こえてきた。

 

 「お待たせー! ちょうど僕の家にあったよ」

 「……別に料理酒がなくても良かったんじゃない?」

 「駄目。豚肉の臭みも取れるし、仕上がりも柔らかくなるんだから」

 「ご、ごめん」

 「謝ることじゃないけどね。それに、彩葉も料理はおいしい方が良いでしょ?」

 

 それを言われたら、私はもう何も言えない。

 

 時間が経つにつれて料理の良い匂いがさらに漂うようになり、しばらくして、素良は野菜炒めが盛り付けられた大皿を持って歩いてくる。

 

 部屋の中央に置かれたローテーブルに大皿を置くと、ポニーテールをほどき、エプロンを畳んでから私の反対側に座った。

 

 「じゃあ、いただこうか」

 「……いただきます」

 

 ――狭い部屋で同じ皿をつつく、普通の女子高生と男子高校生ありけり。

 

 「あ、これ美味しい」

 「へへ、お褒めにあずかり光栄です」

 

 私は口の中に広がる野菜炒めの味をかみしめながら、ふと目の前の素良を見つめる。

 

 上京した頃の、自分一人で生きていくという決意はどこへやら。私はすでに、胃袋を素良に握られる生活にすっかり慣れ切っていた。

 

 ~~~~~~

 

 「彩葉はこのあとどうする?」

 

 食後、素良が食器を洗いながら聞いてくる。

 

 私も、洗い終わった食器を拭いては水切りラックに置きながら、言葉を返す。

 

 「いつも通り、私は芦花(ろか)真実(まみ)の二人と『神戦(KASSEN)』に行ってくる。素良は?」

 「ふふふ……見て驚かないでよ」

 

 最後の一枚を洗い終え、タオルで濡れた手を拭いた素良は、自分のスマホを手に取り、見せつけるようにその画面を向けてきた。

 

 そのスマホの画面には、本日の夜にツクヨミで行われるヤチヨのミニライブの観覧チケット――しかも、握手券付きの特別仕様!――が映し出されていた。

 

 「ちょっ、ちょっと待って!? それ、今日のヤチヨのライブチケットだよね!? しかも握手券付きのやつ!」

 「うん。たまたま応募用のサイトが流れてきてさ。まあ当たらないかー、くらいのノリで応募してみたら、偶然当たっちゃったんだよねー」

 「そ、そんな……!」

 

 ヤチヨガチ推しを自負する私でさえ、ヤチヨのライブチケットには当選したことがない。

 

 握手券付きのライブチケットなんてもってのほかだ。

 

 それなのに、この幼馴染は気まぐれで応募して当てたというのか……!

 

 世界はあまりにも不公平だ。

 

 「……い、彩葉?」

 「……なに?」

 「目が怖いんだけど……」

 「普通だよ」

 「瞳孔が開いてるんだけど……」

 「生まれつき」

 「絶対違うよね!? 僕、そんな目をしてる彩葉の記憶なんてないんだけど!?」

 

 素良はなぜか身の危険を感じているのか、失礼にもわずかに身を引いた。

 

 失礼な。

 

 私はただ、握手券付きライブチケットを持つ素良が、なぜか突然ひどく眩しく見えているだけだ。

 

 けれど、次の瞬間、素良は困ったように頬をかき、口を開いた。

 

 「そんなに欲しいんだったら……譲ろうか?」

 「ほんと!?」

 「反応速度ヤバっ!?」

 

 我が愛しき幼馴染の口から飛び出た予想外の言葉を聞いて、思わず素良の手からスマホを奪い取るようにして、チケットの詳細を見る。

 

 スマホに映し出されたチケットには、ライブの日付やさまざまなことが書かれていた。注意書きにまで視線が行ったところで、私はあることを思い出すと同時に、ある一文を見つける。

 

 『入場時、スマコンを利用した生体認証による本人確認を行います』

 

 それは、ツクヨミで行われる配信者たちのライブやイベントにおいて、チケットの転売や不正利用を防ぐために導入されている本人確認システム。

 

 細かい原理はよく分からないが、直接瞳に装着するコンタクトレンズ型の端末だからこそ可能な、パソコンやスマートフォンでは実現できない技術だという。

 

 決して、その存在を知らなかったわけではない。

 

 ただ、「譲ろうか?」という言葉で興奮した結果、思わず頭の中から完全に消え去っていただけだ。

 

 「……」

 「……彩葉?」

 

 視界の端で私のことを呼ぶ素良を置いて、しばし考えた末、私は顔を上げて素良を見つめる。

 

 「素良」

 「なに?」

 「今日だけ私が素良になって、素良が私になるっていうのはどう?」

 「無理に決まってるでしょ」

 

 即答だった。

 

 そりゃそうだ。

 

 私とて、本気で入れ替われるとは思っていない。

 

 思ってはいないけれど、目の前にヤチヨの握手券付きライブチケットという極上の餌をぶら下げられて、冷静でいられるほど人間ができているわけでもない。

 

 「……じゃあ、スマコンだけ交換するっていうのは?」

 「さっき、生体認証で本人確認をするって自分で読んでたよね?」

 

 素良は私の手からスマホを取り返すと、呆れたようにため息をつく。

 

 少し呆れた様子ではあるが、怒っているわけではないらしい。

 

 目尻はわずかに下がっているし、口元には、いつものように「しょうがないなぁ」とでも言いたげな柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

 「そんな顔しないでよ。帰ってきたら、ちゃんと感想を教えるからさ」

 「素良の感想は信用できないっていうか……」

 「なんでさ」

 「私が前に勧めた動画を見たときも、素良ってば『面白かったよ』の一言で終わったじゃん」

 「だって面白かったし……」

 「どこがどう面白かったのかが聞きたかったの!」

 

 私は濡れた布巾を置くと、素良に詰め寄った。

 

 「ライブの感想だったら、ヤチヨが何曲歌ったとか、演出はどうだったとか、登場した瞬間に会場がどれくらい沸き立ったとか!」

 「う、うん」

 「曲の間でどんな話をしたとか、髪がどんな感じで揺れてたとか、笑顔が何秒続いてたとか、全部!」

 「注文が多いし、最後の方なんかおかしくない?」

 「ガチ推しを舐めないで」

 「舐めてないよ。ちょっと怖いだけで……」

 

 素良は苦笑しながらも、自分のスマホを操作している。

 

 どうやらメモ画面を開いているらしく、私が口にしたことを律儀にも一つずつ入力していた。

 

 「……本当にメモしてるの?」

 「だって、感想が一言だけだと信用できないんでしょ?」

 「そりゃそうだけど……」

 「だったら、忘れないようにしないとね」

 

 素良はそう言いながら、メモを続けている。

 

 ちらりと横目で見えた画面には、私が先ほど言っていたことが並べられており、その最後にあった一文が目に入って、私は言葉に詰まった。

 

 『彩葉が見たら喜びそうなところ』

 

 素良は、そういうことを平然とする。

 

 私が何をしたいのか、何に困っているのか、どうすれば喜ぶのかを、誰よりも早く気付く。

 

 誰よりも早く気付くくせに、何も特別なことではないという顔で手を差し伸べてくる。

 

 昔から、ずっとそう。

 

 「……握手会で、私がヤチヨのことを応援してるって伝えてきて」

 「分かった」

 「ずっと好きですってことも」

 「それは彩葉が自分で言いなよ」

 「言える機会がないから、素良に頼んでるの!」

 「でも、僕が『ずっと好きでした』なんて言ったら、僕がヤチヨをずっと好きだったみたいにならない?」

 「最初に“彩葉が”って付ければいいでしょ」

 「そこにいない人の愛を伝言するのって、けっこう重いんだけど……」

 「お願い」

 「……分かったよ」

 

 文句を言いながらも、どうやら先ほどの言葉も素良はメモに入力しているようだ。

 

 本当に、この幼馴染は律儀というか、なんというか……。

 

 「それじゃあ、僕はそろそろ戻るね」

 

 スマホをポケットにしまい、素良は手提げバッグを手に取って靴を履く。

 

 靴を履く素良の背中を見ながら、私はふと口を開いた。

 

 「素良」

 「ん?」

 

 白い髪を揺らしながら、素良が振り返った。

 

 「……絶対、途中で寝ちゃ駄目だからね」

 「ライブ中に寝るほど疲れてないよ」

 「どうだか。今日も遅くまでバイトだったでしょ」

 「それはそうだけど、それを言うなら彩葉だってそうじゃん」

 「うぐっ」

 

 素良の言葉と、ジト目になった垂れ目に見つめられて、私はつい言葉に詰まる。

 

 「どうせ昨日も、夜遅くまでKASSENに潜ってたんでしょ?」

 「うぐっ」

 「そのせいか、今日の授業中も目を開けながら死にそうになってたし」

 「うぐぐっ」

 「というか、冷蔵庫のエナドリが減ってたけど、また飲んだでしょ」

 「うぎっ」

 「エナドリを飲みすぎると健康に悪いって、僕、何回も――」

 「分かった、分かった! 分かりました!」

 

 私は素良の背中を押して、無理やり玄関の外へ押し出す。

 

 「ほら! ライブに遅れるよ!」

 「まだ始まるまで時間はあるから――」

 「いいから! 早く準備して!」

 「……まあ、いいか。彩葉も、KASSENは日付が変わる前に終わらせるんだよ?」

 「善処します」

 「それ、やらない人の言い方だよね?」

 「いってらっしゃい、素良!」

 「もう……。いってきます」

 

 ――今は昔……ではなくて。

 

 最後まで納得していない様子ではあったが、素良は小さく笑うと、自分の部屋へと歩いていった。

 

 私はその後ろ姿を見送ると、扉を閉めて自分の部屋に向き直る。

 

 ――今とあんまり変わらない、少しだけ未来の世界。

 

 テーブルには何も残っていない。

 

 食器は片付けられ、台所もきれいに拭かれ、先ほどまで素良がいた場所だけが、妙に静かに感じられた。

 

 「私も、そろそろ準備しなきゃ」

 

 私は気持ちを切り替えるように頬を叩き、机の上に置いていたスマコンへ手を伸ばした。

 

 ――ゲームをしようとしている普通の女子高生ありけり。

 

 今夜は芦花と真実と一緒にKASSENに挑む。

 

 ヤチヨのライブに行けない悔しさは、ゲームの中で思い切り暴れて晴らすことにしよう。

 

 ――名をば、酒寄彩葉となむいいける。

 

 ――ただし、明日素良と会ったら、ライブの感想を一から百まで吐かせよう。

 

 私はそう心に誓いながら、スマコンを瞳に装着するのだった。

 

 ――彩葉って呼ぶべし♪

 

 ~~~~~~

 

 二階から一階へと下り、自分の部屋へ入った僕は、玄関を閉めると、まず小さく息を吐いた。

 

 「危なかったぁ……」

 

 先ほどの彩葉の目を思い出す。

 

 あれは明らかに幼馴染に向ける目ではなく、握手券付きのライブチケットを持つ者をどうにかして自分と入れ替えられないかと真剣に検討する、捕食者の目だった。

 

 「本当に……彩葉ってば、ヤチヨのことになると、周りが見えなくなるんだから……」

 

 口では呆れたように言ってはいるが、たぶん僕の口元には笑みが浮かんでいるのだろう。

 

 彩葉が好きなものに夢中になって話している姿が、僕は昔から嫌いではなかった。

 

 普段の彩葉は、何事にも効率を求めている。

 

 必要なものと必要でないものを切り分け、無駄な出費を避け、限られた時間で勉強とアルバイト、そして推し活のすべてをこなしている。

 

 そんな彩葉が、ヤチヨのことになると途端に年相応の女の子になる。

 

 好きな曲について時間を忘れて語り、配信を見れば笑い、限定グッズの値段を見て頭を抱え、それでも何日も悩んだ末に、なけなしの資金で購入する。

 

 彩葉の語りを聞かされたことも、彩葉と一緒にヤチヨの曲を聴いたことも、グッズを購入しようか悩む彩葉の姿を見たことも、一度や二度ではない。

 

 普段との落差は激しいが、僕はそんな彩葉を見るのが好きだった。

 

 だから、ライブチケットを譲れないことに、失礼だと分かっていつつも、少しだけ罪悪感を覚えてしまう。

 

 「……まあ、本人確認があるんだし、仕方ないか」

 

 誰に言い訳するでもなく呟き、靴を脱ぐ。

 

 僕も彩葉ほどではないが、ヤチヨのことは好きだ。

 

 なら、譲れない以上は目一杯ライブを楽しむとしよう。

 

 電気を点ければ、そこには彩葉の部屋と同じく、お世辞にも広いとは言えない1R(ワンルーム)が広がっている。

 

 ただし、部屋の様子はだいぶ異なっている。

 

 彩葉の部屋には、彩葉らしく整理整頓が行き届いており、勉強道具や並べられたエナドリの空き缶、そして神棚に見立てたスタンドに置かれたヤチヨグッズがある。

 

 対して僕の部屋には、必要最低限の家具しか置かれていない。

 

 壁際にはベッドと勉強机が置かれ、中央には小さなローテーブル。

 

 その横には、衣服を収納するためのチェスト。

 

 台所には調味料がきっちりと並べられ、冷蔵庫の扉には特売日を書き込んだカレンダーが貼られている。

 

 とはいえ、何もかもが完璧というわけではない。

 

 ベッドの枕元には読みかけの漫画が数冊積まれ、机の上には今朝飲んだマグカップがそのままになっている。

 

 「ライブまでは……まだ四十分あるか」

 

 手提げバッグをローテーブルの横に置き、マグカップを洗ってラックに戻す。それから風呂に入り、動きやすい部屋着へと着替えた。

 

 現実ではない仮想空間でライブを見るだけなので、現実の服装は何でもいい。

 

 それでも何となく髪を結び直し、壁に掛けた姿見で身だしなみを確認してしまう。

 

 鏡に映っているのは、白い髪をポニーテールにまとめた、赤い瞳の僕の姿。

 

 自分で言うのもおかしいが、相変わらず女の子に間違われそうな顔をしている。

 

 アルバイトの面接に行った際や街中を歩いているとき、性別を確認されたことは何度もある。

 

 最近ではもう慣れてしまい、訂正するのも面倒くさい。

 

 「別に、ヤチヨ本人と現実で会うわけじゃないんだけどね」

 

 鏡に映る自分へそう言って笑えば、鏡の中の僕も小さく笑った。

 

 僕はベッドの端に腰を下ろし、枕元で充電していたスマコンを手に取る。

 

 ケースから二枚のコンタクトレンズ型端末を取り出し、両目へ装着する。

 

 そうしてベッドに横になり、瞳を閉じれば、見慣れた宇宙を模したモーショングラフィックスが広がる。どこにも存在しないような銀河を流れ星のように突き抜けていけば、波しぶきが立ち上がり、目の前に大きな赤い鳥居が現れる。

 

 先ほどまで夕暮れだった空が夜に染まり、満天の星が空を彩り――

 

 「――太陽が沈んで、夜がやってきます」

 

 僕の目の前、大きな鳥居の前に、ツクヨミの母にして大人気配信者、月見ヤチヨが厳かに顕現した。

 

 初回ログインの際はここでキャラクリをするが、彩葉に付き合ってヘビーユーザーに片足を突っ込んでいる僕は、ヤチヨに軽くお辞儀をする。

 

 ヤチヨが僕にお辞儀を返してくれたのを見てから、僕はヤチヨの隣を通って鳥居をくぐった。

 

 「おかえり、素良(ツクヨ)

 

 鳥居をくぐった先に広がるのは、仮想空間ツクヨミの世界。

 

 七色に輝く夜景や、名物になっている太鼓橋。空に浮かび、月のように淡く輝くミラーボールと、月明かりが反射する水路。

 

 『和』の街並みに、未来の技術と人々の想像力を無理やり詰め込んだような景色。

 

 誰が呼んだか、ファンタスティック平安京。

 

 僕は視線を下へ落とし、足元に広がる水面へ目を向ける。そこに映っているのは、ツクヨミ内での僕のアバター(姿)だ。

 

 現実と同じ、白い髪と赤い瞳。

 

 現実では肩までしかない髪は背中まで伸び、後ろで緩く束ねられている。

 

 白を基調とした、動きやすく改造された狩衣風の衣装には、薄い青色の布が重ねられ、袖や膝までしかない裾には、銀色の月と金色の蒲の穂を思わせる模様が描かれている。

 

 髪を後ろでまとめる二本の長い飾り布は、動くたびに揺れ、遠目からは兎の耳のように見える。

 

 靴は膝下までを覆っており、その側面には兎の耳のような飾りが付いている。

 

 彩葉に初めてこの姿を見せたとき、『現実より女の子っぽくなってない?』と真顔で言われた。

 

 僕としては、現実の容姿をモデルに、ツクヨミの雰囲気に合わせて服装を選んだだけなのだけれど、結果として、知らない人から女性扱いされる機会が現実以上に増えることになった。

 

 もっとも、性別を訂正したとしても、『男の子だからいいんじゃないか』と意味の分からないことを言われるため、今では何も言わずに受け流している。

 

 あまりにもひどい奴に関しては、KASSENに誘って正面から追い返すことにしているが。

 

 「良い時間かな……?」

 

 時間を確認すると、ライブの開演まであと二十分。

 

 僕はいつものように街を歩き出し、ライブの会場になる大鳥居へと向かう。

 

 街にはさまざまな種類の屋台が並び、至る所にヤチヨの配信画面が投影されている。

 

 僕は屋台の商品や、路上ライブを行う配信者に目を奪われつつも、歩みは止めない。

 

 「……お、もう人がいっぱいだ」

 

 鳥居をぐるりと円状に囲む幅広い道には数多くの神々*1がおり、鳥居周辺の上空を、神々を満載した飛行船が飛んでいる。

 

 しばらく待っていると、本来ならば鳥居がある場所にモニターが表示され、そこにヤチヨの大ファンを公言し、今やツクヨミ公式イベントでもMCを担当するライバー・忠犬オタ公が映し出される。

 

 「来た来た来た来た~!! これがないとツクヨミの夜は始まらない! いや、始まってはいけない!!」

 

 オタ公はマイクを握りしめ、自らの興奮と熱狂を響かせる。

 

 「本日のヤチヨミニライブ、今夜も完全生中継をツクヨミ各地へお届け中で~す!」

 

 彼女の言葉に、会場へ詰めかけた神々が、そしてツクヨミ各地の神々もまた、彼女に負けず劣らずの熱狂と歓声で応える。

 

 「それじゃあ、カウントダウン!! 10……9……!」

 

 彼女がモニターから消え、代わりにライブ開始までを告げるカウントダウンが表示される。

 

 その数字が一秒ずつ減っていくのに比例して、ツクヨミ各地でライブを見守る神々の期待は高まっていく。

 

 「6……5……4……!!」

 

 残り五秒を切ったあたりから、会場の声と、生中継を見守る神々の声が重なり始める。

 

 「3……2……1……!!!」

 

 カウントダウンがゼロを映すと同時に、ツクヨミ中の神々が「ゼロ!」と叫ぶ。モニターは消え、代わりに大きな赤い鳥居が現れる。

 

 鐘の音が鳴り響くと同時に、鳥居の上にヤチヨが姿を現した。

 

 「おまたせっ!!」

 

 鳥居の上で立ち上がったヤチヨが、かわいらしく笑う。

 

 周囲を見るまでもなく、すでにあちこちから歓声が上がっている。

 

 「ヤオヨロー! 神々のみんな~、今日も最高だったー?」

 

 そのヤチヨの言葉が、会場を、そしてツクヨミ中を爆発させた。

 

 一瞬で歓声に包まれる会場。

 

 しかし、ヤチヨはそれを楽しむように見回し、言葉を続けた。

 

 「よ~し!! 今宵もみんなを誘っちゃうよ~!」

 

 そこで、ヤチヨは一瞬ためを作る。

 

 それは、次の言葉をみんなと合わせるため。

 

 「『『『Let's go on trip~!!!』』』」

 

 こうして、圧巻のヤチヨミニライブが始まった。

*1
ツクヨミにおけるプレイヤーの総称




 ライブ描写はとりあえず、原作本編に入るまでは書かない予定です。
 探してて合うと思った曲もあるので、歌わせてみたいですね。
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