目が覚めると、俺は見慣れない周囲の様子に一瞬戸惑った。だが、すぐに思い出す。そうだった。ここは家ではなかったのだ。それと同時に、もう一つ思い出す。俺は昨日麗馨と…視線を横に向けると、そこには何もない。慌てて周囲を見回すと、洗面所から麗馨が出てきた。
「おはよ、湊。もう起きてたんだね」
「おう。麗馨は早いな」
ちなみに現在時刻は八時である。
「まぁねー。湊より遅いんじゃ女が廃る!」
「それ、俺侮辱されてね…」
「いやぁ〜ごめんごめん」
「おう」
俺は苦笑しながら答えた。
「洗面所、あいてるから使いなよ」
「りょーかい」
俺は腹減ったな〜と思いつつ、顔を洗った。
洗面所から出てみると、麗馨が朝食を全て準備し終えて、食卓で俺を待っていてくれていた!俺は驚愕した。起きた時にはテーブルの上には何もなかったはずだ。今の数分間で全て準備したというのか。
「おー戻ってきた。食べよ?」
テーブルに並んでいるのは、トーストとハムエッグとサラダというシンプルなものだが、とても美味しそうだ。これじゃまるで結婚してるみたいじゃないか…
「お、おう…いつの間に作ったんだ?」
「ん?私は七時くらいに起きてさ、その時に放送が入ったの。朝は食材だけ準備するからそれで作ってくれって」
「いや、でも、俺が起きた時にテーブルには何もなかったからさ…俺が顔洗ってる数分の間で全部作ったのか?」
「まさか、そんなわけないよ。湊を驚かせてやろうと思ってさ、ちょっと隠しておいたの」
「そーだったのかー。まぁ、取り敢えずありがと」
「どういたしまして。んで、食べよ?」
「おう」
「「いただきます」」
俺たちは無言で食べ始めた。すごく美味しい。普通の朝食のメニューをここまで美味しくできるのは麗馨だけなのではないだろうか。そう思うくらい美味しかった。
「いやぁ〜、美味しかった」
俺は素直に彼女を賞賛した。
「でも、湊ほどじゃないよ」
麗馨は謙遜してか、そんな答えを返してきた。
「いや、俺なんて大したことないよ。自分の分の食事しか作らないからさ、味も自分の好みなんだよな全部」
俺は苦笑しながらそう言った。
「じゃあさ、明日は湊がご飯作ってよ。どっちが美味しいか勝負しよ?」
「お、それはいいな。俺も大したことないとはいえ、舐めるなよ?」
「おっけー。まぁ私が勝つだろうけどね〜」
さっきは湊ほどじゃないって言ったくせに…という言葉は胸に仕舞っておき。
「お、言ったな?負けないぞー!」
「かかってこーい!」
今この瞬間。この一瞬一瞬が、俺にとってはとても幸せなものだった。ずっと続いてほしい…そう、願うばかりだった。…しかし、この幸せもそう長く続かないことを、彼らが知っているはずもなかった。
朝食を終え、俺たちはすることがなくなったのでテレビを観ていた。テレビは相変わらず死を運ぶ者(デス・ブリンガー)のことを報道している。だが、討伐に俺たち学生が使われているという事実は伏せられているようだ。悔しい現状だ。
「なぁ、今俺らは何すればいいんだ?何も連絡ないし…」
「多分今日は何もしなくていいんじゃないかな。確か、40人の生徒を20人のグループ2つに分けてなかった?多分その2つのグループを毎日交代で戦わせるつもりなんだよ、坂田(あっち)は」
「そういうことか。んじゃ今日は暇だな」
「まぁ端的に言うとそうなるね…」
「なぁ麗馨、お前、もしかして眠たい?」
「うん…今思ったら寝たの結構遅かったのに普通の時間に起きたもんね私…ごめん、ちょっと寝るわ」
「俺が膝枕しようか?」
冗談半分で聞いてみた。
「あ、してくれるの?んじゃしてしてー」
麗馨はあどけない笑顔を見せながら本当に俺の膝に、横になった。正直、冗談半分だったのでかなりビビったが、するといった手前、やらない訳にもいかない。
「ふぅ…」
俺は諦めたように小さな溜息をついた。
そのまま数分。麗馨が寝息を立て始めた。麗馨は寝顔も本当に可愛い。俺は麗馨の髪を撫でた。さらさらだ。仄かに(ほのかに)リンスの匂いもする。言い方は変だが、こうやって麗馨を見ていると、優越感のようなものが感じられる。と、その時。
「…み…な…と…」
麗馨が声を発した。
「麗馨?まだ寝てなかったのか?」
麗馨が寝ていなかったとしたら、髪を撫でたとか諸々を見られてというか、気付かれてしまったことになる。しかし、麗馨は
「…んぅ〜ん…」
どうやら先ほどの言葉は寝言のようだ。まったく、紛らわしい。
と、その時。俺と麗馨の携帯が同時に鳴った。俺はズボンのポケットの中から携帯を取り出し、画面を確認した。どうやら敦がLIMEを送ってきたようだ。しかし、どうして麗馨の携帯と俺の携帯が同時に鳴ったんだ…?そんな疑問を抱きつつ、送られてきた内容を確認する。
"これからやりたいことがあるから2人とも俺たちの部屋に来てくれ"
そんな内容だった。やりたいこと…?まぁ、敦のことだから何か考えがあるのだろう。となると、幸せそうに熟睡している麗馨を、俺は起こさなくてはならないのか…起こしたくはないが致し方ない。
「麗馨、起きてくれ」
「…ん〜…」
「起こしてすまん…なんか敦がLIMEで、あいつの部屋に来いって言うから起こした」
「2人で来いって?」
「多分そういうことだろ。携帯見てみろよ」
麗馨は携帯を確認した。
「ほんとだ…てか、敦、LIMEのグループトーク作ったんだね」
グループトークというのは、大勢で話をしたいときにそのメンバーの中だけで会話を共有できる、というものだ。
「あいつそんなことしてたのか…」
俺もLIMEを確認した。確かにグループが作ってある。グループ名は…
"一致団結〜怪物討伐を目指して〜"だ。あいつのネーミングセンスのなさがうかがえる。あいつ中二病かよ…しっかりサブタイトルまでつけてるじゃねぇか…
「湊、行こっか?」
そんな考え事をしているうちに、麗馨が声をかけてくれた。
「おう、行くか」
俺たちが敦と薫の部屋に着くと、
「まぁ取り敢えず座れよ」
と、敦が椅子を用意してくれ、俺たちは座った。
「やりたいことってなんだ?」
俺が聞くなり、敦はこう言った。
「お前ら2人付き合ってるだろ」
「っ…」
俺は言葉に詰まった。麗馨もこの時ばかりは顔を赤くして俯いている。
「ビンゴだな」
「ま、まぁな…」
俺はようやく言葉を発した。
「お似合いだと思うよー」
あっけらかんとして、薫がそう言ってくれた。
「いやぁ、初々しいね〜。お二人さん、顔が真っ赤ですぜ?」
敦が茶化してくる。
「かっ、からかうなよ…てか、そんなこと聞くためだけに俺らを呼んだのか?」
あ、そうだった、といった風に敦が咳払いした。
「今日俺がお前らを呼んだ理由は、あの怪物についてのことで話があるからだ」
「んで、話って何だよ」
「まぁまぁ、そう急かすな。…一つ質問したいんだが、俺たちはこのままずっと戦って魔物に勝てると思うか?」
「勝てると思うも何も…やるしかねぇんじゃねぇのか?」
「麗馨はどうだ?」
「私は…勝てるとは思えないかな…」
「お、麗馨はよく分かってるな。その通り、俺たちはこのままじゃあの怪物には勝てない」
「どうして断言できるんだ?」
「魔物に勝つ鍵となるのは、超能力だってのは知ってるよな?」
「おう」
「でも、見た感じ、誰か一人がすごい能力を持ってるとかそういうわけじゃない」
「すごい能力って?」
敦の横にいる薫が口を挟む。
「例えば…うーん、俺はそんなに喩えが上手くないから伝わるかどうか分からんが…例えば、無敵になる能力とかさ」
「んー…ちょっとわかんないかも」
薫は苦笑した。
「まぁそのうち分かるさ。結論から言うと、俺たちは協力して、全員で魔物に立ち向かわないといけないんだ。誰かに頼りたくてもそんな能力のあるやつなんていねぇし」
「…」
四人全員が沈黙した。それぞれで考えを巡らせているのだろう。俺は素直に、こう聞いた。
「でも、全員で協力ってどうしたらできるんだ?」
「そこなんだよ問題は。俺が全部指図できるんだったら話は別だが、現実はそうはいかねぇ」
「え、できるんじゃね?敦くらいイケメンなら」
「お前、褒めてないだろ…」
「はいその通りです」
敦は呆れてしまった。
「んで、倒す方法を考えるために私と湊を呼んだってこと?」
「まぁそういうことだ。麗馨は何かと物分かりがいいな」
「けっ、俺は頑固で悪うござんした」
「まぁまぁ卑屈になるな。んで、何かいい方法ないか?みんなをまとめられるような」
全員が沈黙する。
ーーー5分後ーーー
「なぁ、これ…」
敦が口を開いた。
「無理ゲーだな」
俺もどこか諦めたように敦の呼びかけに応える。
「でも、別にアイディアなんてなくてもいけそうじゃない?敦なら」
麗馨は楽観的だ。
「敦なら、っていう言葉が俺にはすっげープレッシャーなんだが…」
「でも、こうやって考えてるだけで何か変わるわけでもないじゃん」
麗馨の言葉に、腰が引けていた敦も立ち直る。
「よし、そうだな。一丁やってみるか」
「そうこなくっちゃねー!」
敦と麗馨はそんな意味のわからないやり取りを交わし、ハイタッチしている。よく分からない二人だ。俺は薫と顔を見合わせて苦笑した。
「やると決まったらとことんやるぞ。まずはみんなに俺の指示に従うことに同意してもらわねぇとダメだな。俺と湊、薫と麗馨で分かれて全部の部屋を回るぞ。んで、同意を取る。ここまでで質問は?」
「なし!」
俺、麗馨、薫の三人が綺麗にハモった。
「よし、んじゃいくぞ!」
俺たちはやる気に満ちていた。今なら何でも出来る気がする。やろう、俺たちならやれる。やってやる。そんな想いを胸に、俺たちは他のみんなの所へ繰り出した。
まずは一つ目の部屋。男子生徒二人がいる部屋だ。
「ここまで来たのはいいけど…本当にやるのか?」
「やるに決まってるだろ。ノックするぞ」
「おっけい」
敦が控えめにコンコン、とノックした。暫くすると二人のうちの一人がドアを開けてくれた。彼はドアから顔を出すと、一瞬怪訝そうな顔をした。見知らぬ俺たちを前に困惑しているのだろう。敦が話し出す。
「俺は津田敦だ。んで、隣にいるのは七木湊。いきなりで悪いんだが、一つお願いがあって来たんだ。聞いてくれないか?」
「おう」
男子生徒は嫌そうな顔もせず返事をしてくれた。これはいけるんじゃないか。俺は少し期待した。
「今、俺たちは魔物と戦ってるよな。昨日俺は思ったんだが、今の戦う方法、つまり全員が好き勝手に攻撃するような方法じゃ多分魔物には勝てないと思うんだ。そこで、俺に全体を仕切らせてくれないかなって」
「いいんじゃないか?いいよな?」
彼はいつの間にか出てきていたもう一人の男子にも同意を求めた。
「おう」
っしゃきたーーーー!やってみると案外楽勝だ。
「同意してくれてありがとう。きっと協力してもらう時が来るから、その時はよろしく頼む」
「分かった」
敦はもう一度、ありがとうと言ってドアを閉めた。
「やってみると案外楽勝じゃん。敦の語り方がサマになってたよ」
「最後の言葉は余計だ。…よし、次に向かうぞ」
「おう」
そうして俺たちはどんどん同意をもらっていき、遂に男子全員から同意をもらうことに成功した。
俺たちは意気揚々と部屋に戻った。
「どうだった?」
既に戻っていた麗馨と薫がハモって聞いてくる。
「バッチリ。全員に同意もらえたよ。そっちは?」
「こっちも完璧さ」
麗馨が誇らしげに応える。
「で、これからどうするの?」
薫が聞いた。
「もうすぐ昼食だろ?昼食の会場なら全員集まってるだろうから、その時言えばいいんだよ。その辺は俺がちゃんとやるからさ」
「頼もしいな」
俺は素直に敦を称賛した。と、その時。
「みなさーん、昼食の時間でーす。会場を開けましたのでご自由に昼食を摂ってくださーい」
坂田の間延びした放送が入った。
「おお、もうこんな時間か。よし、昼飯食いに行くか」
「おう」
「おっけー」
「行こ行こー」
俺たちは部屋を後にした。
食堂に着くと、既に多くの生徒がいた。俺たちも適当な席に陣取り、食事を摂ることにした。
「なぁ、いつ言うんだ?俺たちの作戦っていうかお前の作戦について」
時機を逃せば全員に伝わらないことがありかねない。
「そうだな、もう言うか」
まるで散歩にでも行くような気軽さである。俺ともあろう者なら、集団を前に、怖気付いて何も言えなくなるのが関の山だ。
「おーい、みんな聞いてくれ。俺は津田敦だ。みんなもう知ってると思うが、あの魔物を倒すために俺たちに協力してほしいんだ。みんなやってくれるか?」
食堂は水を打ったように静まり返る。応えてくれる者はいるのか。
「おーう」
ノリのよい男子が応えてくれた。それを引き金に、たくさんの生徒が応えてくれる。「このままじゃ終わりそうにないしな」「やってみる価値はありそうだよね」などと、周りからは結構肯定的な言葉が聞こえる。
「みんなありがとう。じゃあ、これから少し話をしたいからみんな昼食が終わったら会議室に来てくれないか?」
敦のこの言葉には誰も声を発さなかったが、ちゃんとみんな頷いてくれていたので大丈夫だろう。俺はほっとして息をついた。
「よかったねー」
薫が安堵の声を上げる。
「まぁ、まずは第一関門突破だな。でも、みんなが持ってる能力によっては作戦変更をしないといけないし、まだ問題はあるぞ」
「てか、敦の作戦って一体どんなのなんだよ」
そういえば敦から作戦の内容は聞かされていない。
「あぁ、そろそろお前らには言っとくべきかもな。俺の作戦はこうだ。まず湊。お前が囮(おとり)になる」
「えぇ?!俺!?」
「そうだ。お前は能力はないのに回避が神級に上手い」
「いや、褒められても…」
「もしかしたら回避が上手くなるってのが能力なのかもな」
「でも俺は回転レシーブの要領で避けてるだけだし…偶然が何回も続くとは思えないが」
「だから、囮が最低あと一人か二人は要るんだよ。こんな危険な役をやってくれるやつがいるのか、そこから問題だな」
「お前、そこから問題って…大丈夫かよそれで…」
俺は若干呆れた。
「んで、仮に囮やってくれる人がいたら、どうなるの?」
薫が待ちきれない、といった風に聞いた。
「攻撃部隊を10人くらい用意するんだ。そして、戦場にはにたくさんビルがあるだろう。そのうちの一つの屋上に攻撃部隊を待機させとくんだよ。んで、あの魔物が一番ビルに近づいたときに俺と麗馨が魔物の動きを止める。そして、攻撃部隊が怪物の体に乗り移って一気に攻撃って寸法だ。もし魔物を殺せずに拘束が終わっちまいそうなら、俺が指示してみんなに避難してもらう」
「「「おぉー!」」」
三人が揃って同じリアクションをする。
「よし、んじゃ会議室に向かうぞ」
「あ、ごめん!私ちょっとトイレ行きたいから少し遅れて行くー」
麗馨がそう言ってトイレとは違う方向へ走って行った。
「あれ…?トイレの方向そっちじゃないのに…」
俺は不思議に思ってそう呟いた。
「まぁ、すぐ戻ってくるよ。私たちは先に行って待とう?」
「お、おう、そうだな」
薫の言葉は間違いないはずなのだが、俺はこのことが妙に頭に引っ掛かった。
ーーー3分後ーーー
「はぁー、着いたー」
「意外と遠かったねー」
「…」
俺と薫が音を上げているが、敦は何も話さない。恐らく敦は、これから行う作戦会議をどうしたらいいか、考えているのだろう。目が真剣だ。俺たちは黙ってみんなが来るのを待つことにした。
ーーーさらに5分後ーーー
がちゃ、と音がして誰かが入ってきた。お、もう生徒が来たのか!?そう期待したのだが、入ってきたのは麗馨だった。
「ごめん、遅れちゃって…って、これは一体どういう状況?」
俺が答える。
「他の奴らが来ないから待ってるだけだよ。麗馨が先でよかった」
「なんで私が先だといいの?」
「いや、深い意味はないけどさ」
「そっか。んじゃ私も大人しくしてるね」
「おう」
それっきり会話もなく、俺たちは他の生徒が来るのをただ待っていた。
ーーー30分後ーーー
「ねぇ、まだ来ないの?」
最初に口を開いたのは薫だ。
「確かにちょっと遅いよね…まだ昼食かな?」
「まさか…全員が俺らを欺いたのか…?」
あまりにも遅いので、俺も麗馨も疑いを隠せない。
「取り敢えずもうちょっと待ってみよう。来るかもしれないし」
薫の提案に俺と麗馨も頷く。
「しかし、さっきから敦は銅像のように動かんが大丈夫か?」
「いや、敦は本気出すとこんなもんなんだよ。あと、敦の肌の色は赤褐色じゃないよ」
「そっか…」
どうして誰も来ないんだろう。先ほどはしっかり全員同意してくれたのに。嫌な予感がする。
ーーーさらに30分後ーーー
「なぁ、これさすがにおかしいよな?」
俺はたまらず声を上げた。
「うん…もう一時間経ってるもんね…食堂見に行こうか?」
麗馨がそんな提案をしてくる。
「いや、それなら俺が行くよ。みんな俺が行くけどいいな?」
「うん」
「おっけ」
「おう」
返事が一つ多いと思ったら敦がもう固まっていなかった。
「んじゃ、また後で」
俺はそう言い残して会議室を後にした。
ーーー5分後ーーー
俺は再び会議室の扉を開けた。当然中には麗馨と敦と薫しかいない。
「どうだった?」
敦が聞いてくる。
「食堂には誰もいなかった。もぬけの殻だったよ。やっぱ、俺たちは全員に騙されたんだ。俺ら、頑張ったつもりだったんだけどな…」
俺は悔しさ混じりにそう言うしかなかった。
「なんでみんなこんな急に掌を返したんだ?俺が何か不味(まず)ったか?」
敦もお手上げ、といった様子でそう言った。考えれは考えるほど分からない。
「まぁ…倒せないって決まった訳じゃないんだしさ、その…二日だけでみんなが協力しないと倒せないって結論を出した敦はすごいし、その推測が正しいと思うけど、みんなからしたらそれが早合点だって思えたんじゃないかな?」
麗馨がそんな事を言う。
「そうか…そうだよな、みんなそのうち分かってくれるよな」
敦のそんな楽天的な言葉に、俺たちも頷いた。
「取り敢えず部屋に戻ろう」
俺がそう提案すると、みんなも首肯し、俺たちはそれぞれの部屋に戻ることにした。部屋に戻る途中、俺と麗馨は髙木諒磨に会った。先ほど俺たちの提案に一番最初に応えてくれた勇気ある我が友達だ。彼も結局会議室にはきてくれなかったのだが。
「おう、諒磨」
「よう、湊」
そのまま通り過ぎるのかと思ったら、諒磨がこんな事を言い出した。
「あ、桐山さん。俺、ちょっと湊と二人で話したいから暫く湊と俺を二人にさせてくれないかな?」
「うん、分かったよー。じゃあ湊、私先に部屋に戻ってるね」
「おう、俺も終わったら戻るよ」
麗馨はんじゃまた、と言って部屋に戻って行った。諒磨は会議室に来なかったというのに、麗馨は普通に受け答えしている。俺もその寛容さを見習い、その件については言及しない事にした。
「んで、話って何だ?」
「あ、この情報、本当は漏らしちゃいけない情報だからバラしてるのを誰かに見られちゃまずいんだよな。少し場所を変えてもいいか?」
「おう、いいけど…どこ行くんだ?」
「まぁ、ついてきてくれ」
俺は取り敢えず諒磨について行った。
「よし、この辺でいいだろう」
「ここ…トイレじゃんかよ」
「おう。このトイレは殆ど誰も使わないから安心だ。んで、お前に規則を破ってでも言いたいことってのは…お前ら四人を除く俺たち全員を、敦の提案に同意させないよう仕向けたのは…言いにくいんだが…桐山さんなんだ」
ん?彼は今何と言った?桐山さん…?
「麗馨以外に桐山って苗字のやついたっけ?」
「いや、桐山麗馨だよ」
「お、おいちょっと待ってくれ。それ、冗談だろ?麗馨がそんなことするはずない」
「でも俺たちの目が、耳が、そのことを証明してるぜ?」
「いやいや、落ち着けって。何かの間違いじゃね?見間違い?」
「いや、それはねぇな。間違いなく桐山さんだった。彼女、お前らが会議室行く前に変わった様子とかなかったのかよ?急にどっか行ったとか」
諒磨に言われて俺ははっとした。そういえば麗馨はあの時、トイレに行くと言って俺たちの前から姿を消していた。しかも、トイレとは違う方向に行った。本当に麗馨がやったというのか。
「おい、どうした?思い当たる節があるのか?」
「いや、特にないかな…」
麗馨は確かにあの時トイレに行くと言って姿を消していた。違う方向に走っていた。でも、だからと言って…俺はそんな理由だけで麗馨を犯人だと思いたくなかった。少なくとも俺の知る限りでは、麗馨はそんな事をするような奴ではない。
「そっか。まぁお前ら以外の全員は、桐山さんが黒幕だと思っているがな。取り敢えず気をつけろ」
「お、おう…んで、規則破ってって言ってたけど、どういうことだよ?そんなの聞いたことないぞ」
「桐山さんが言ってた。絶対に外部に漏らすなって。漏らしたら殺すってよ」
「…そんなことまで言ってたのか?てか、それじゃあ諒磨の命が危ないじゃんかよ」
「俺は自分の命以上に、お前の命の方が大事だ。まじで気をつけてくれよな」
「お、おう…お前、自分の命より人の命が大事って…まじでいい奴なのな」
「んなことねぇよ。で、気をつけてくれよな、まじで」
「解った(わかった)」
諒磨はじゃあ、と挨拶すると、自分の部屋に戻ってしまった。
俺は、重い足取りで部屋に戻っていく。あいつが、あんなに可愛くて魅力的な麗馨が、そんな事をするなんて…やはり、麗馨が犯人だとは思いたくない。思えない。…そんな事を考えて歩いていると、前方に麗馨がいた。まだ麗馨は俺に気づいていないようだ。俺は声をかけようとして…やめた。まして、「お前何か悪いことしてんの?」なんて聞けないし…俺は近くにあった掃除用具入れの陰に隠れて、麗馨をやり過ごした。彼女に見つからないようにする彼氏というのもなかなかに変なものだ。破局寸前、ともなれば話は別だが。そして麗馨は、俺の眼前を通り過ぎていった。その瞬間、俺は違和感のようなものを感じた。姿形は間違いなく麗馨のものなのだが、こう…何と言えばよいのだろうか。雰囲気?取り敢えず、麗馨のものではない異様な何かが今しがた通りかかったものには感じられた。麗馨はそんな動揺している俺に気づくわけもなく、すたすたと歩き去っていく。それにしても彼女はどこへ行くつもりなのだろうか。ここは部屋から結構遠いのでトイレ、という線は考えづらい。
その時、俺には一つの考えが浮かんだ。そうだ。後をつければいいのだ。先ほど諒磨が言っていた、麗馨犯人説に関しても、何か分かるかもしれない。そうやって考えている間にも、麗馨はどんどん遠ざかっていく。俺は慌てて後をつけ始めた。麗馨が振り返る気配もなく、どんどん先へ進んでいくため、後をつけるのは簡単だった。暫く歩くと、麗馨の足は"監視室"といういかにも怪しい部屋の前で止まった。そして彼女は躊躇い(ためらい)なくその部屋の扉を開けた。