ザ・ワールド・ザ・サバイバル   作:きゅぼ

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二重存在

「おう、桐山か」

「ああ。任務は完了した」

「よくやったな。これから生徒達がどうなるか見物だ」

麗馨が話している相手は…坂田?麗馨がドアを閉めてしまったので、ドアから聞き耳を立てているのだが、どうも坂田の声らしい。いつもの間延びした話し方はどこへいったのだろうか。しかも麗馨はあんなぶっきらぼうな話し方をするような奴か?考えれば考えるほど分からない。そんな事を考えているうちに、二人の会話が終わった。任務の遂行の報告以外は話すことはないらしい。俺は慌てて身を隠し、麗馨が去るのを待った。先ほども感じたように、麗馨はやはり何かが違う。これが麗馨の、裏の顔なのか。真実だったのか。そんなことを考えているうちに麗馨はどこかへ行ってしまった。あ、大事なことを忘れていた。敦に報告だ。困った時の津田敦である。そこで初めて携帯を見る。携帯のロックを解除して画面を見た瞬間、おぞましい数の通知があった。敦から今どこにいるんだ、というLIMEが10回くらい来ているし、不在着信も5件もあった。俺はやっべー、と思いながら敦に電話した。ワンコール終わらないうちに、敦が出た。

「お前、どこにいるんだ?」

敦は電話に出るなり声を荒げた。ずっと何も連絡を寄越さなかったのだからしょうがないか。

「わりぃわりぃ。俺は今監視室っていう怪しげな部屋の前にいるんだが…」

「お前な、そうやって自分で動くのはいいけど連絡の一つくらい寄越せよ…」

「すまん。麗馨の後をずっとつけてたらこんなところに着いちまった」

「麗馨?麗馨ならここにいるぞ」

「え?今の今まで麗馨は監視室にいて、坂田と話してたぞ。んで、もしかしたら麗馨がこの事件の真犯人なのかと思ってお前に電話したんだ」

「いや、麗馨はずっと俺らと一緒だったが…」

「いや、俺は麗馨をつけてたんだが…」

「お前、人違いじゃないのか?しかも、麗馨があの坂田と話すなんてあり得んことだろ」

「でも、姿形は間違いなく麗馨のものだったし…俺が見間違うとも言うか?」

「確かに変な話だな…まぁでも麗馨はずっとここにいたから麗馨が怪しいなんてことはないぞ。それより…やっぱりみんなが協力してくれないんだ。…つーか、このことは電話で話すよりリアルで会って話した方がいいな。お前も俺と薫の部屋に来てくれ」

「おっけ、分かった」

俺は電話を切り、走って部屋に向かった。

ーーー4分後ーーー

「おー、随分と早かったな」

「そりゃ走ったからな」

敦と会話しながら、俺は麗馨の姿を確認した。いつもと変わらない様子である。

「湊、私ずっと敦と薫と一緒にいたよ?」

麗馨も電話を聞いていたのか、そんな事を言ってくる。

「そうだよなぁ…でも、俺の見たものも確かに麗馨だったんだよな…」

「不思議な事もあるもんだね」

最終的に薫が俺たちの間に割って入ってそう結論づけた。

「それよりみんなが協力してくれないんだよ。本当に、どうしちまったんだ」

敦が話し出す。そうだ。俺はこの話のために呼ばれたのか。

「会議室から部屋に戻った後、何かしたのか?」

「何かしたっていうほどの事もしてないが、朝やったみたいに全員の部屋にもう一回行ってみたんだよ。朝行った時はみんな反応よかったのに、今回は恐ろしいくらい悪かった。まずみんな部屋から出てきてくれないし、出てきたとしても殆ど取り合ってくれなかったよ。男女ともそんな感じだった」

「そんなに不味いのか…これじゃ俺たちが逆に悪者扱いされるなんてこともありかねないよな?」

「おう…そこが一番怖いんだ。本当、みんなどうなってるんだろうな」

敦の問いに、誰も答えることはできない。

「あーもう、なんか上手くいかないねー」

麗馨は諦め気味だ。と、その時、放送が入った。

「みなさーん、もうすぐ夕食の時間でーす。今日もバイキングですよー。食堂も開いているので、好きな時に食べてくださーい」

「あ、いっけない。もうそんな時間?」

薫が時間を確認する。現在時刻は七時だ。

「このまま駄弁(だべ)ってるのもなんだし、早いとこ食堂行くか」

敦の提案に全員が首肯し、俺たちは食堂へ向かった。

ーーー10分後ーーー

食堂は閑散(かんさん)としていた。俺たちは適当な席に陣取った。

「今日は人が全然来ないけど、みんな何か用事でもあるのかな?」

麗馨がそんな事を言う。

「だといいんだが…今日の昼の件もあるし、俺たちは避けられてるのかもな」

敦は苦しげに、麗馨の問いかけに答えた。

「いや、そんな事ないだろ。俺たち何も悪いことしてないじゃん。ただ、作戦があるからってみんなを集めて話そうとしたら誰も来なかった。それだけの話だろ?」

俺はそう思いたかった。

「お前な、よく考えてみろよ。朝の時点ではみんな俺たちに同意して、協力するって言ってくれてたんだぞ。それが今、掌(てのひら)を返してるんだからそんだけあいつらの心を変える何かがあったって事だろ?例えば、俺たちに従わないように扇動してる奴がいるとか」

「そんな奴いるのか…」

「これはあくまで俺の推測だがな」

「あの、話してるとこ悪いんだけど…そろそろ食べない?」

薫が申し訳なさそうに言ってくる。

「あ、わりぃ。そうだな、食べるか」

「「「「いただきます」」」」

昼の件でストレスが溜まっているためか、今日の俺たちみんなの食欲はすごかった。たちどころに料理を平らげていく。

ーーー30分後ーーー

「あー、食った食った」

俺は限界まで食べた。生きていてよかったというものだ。

「湊半端なかったねー。お腹痛くなっても知らないよ?」

麗馨が茶化してくる。

「なぁに、心配ねぇよ」

「そっか」

「しかし、一向に人が来ないな…」

俺は独り言のように呟いた。確かに、三十分以上経っても誰も来ないというのはおかしな話だ。

「だから言ったろ、俺たちは避けられてるんだって」

「でも、証拠はないだろ?」

「証拠ならあるよ」

俺の問いかけに麗馨が応えた。

「どういう事だ?」

「だって、昼に全員の部屋を回ったのに殆どの人が出てきてくれないんだよ?それだけで十分な証拠じゃない?」

麗馨に続けて、敦も言う。

「まぁ、あの状況を見れば誰もがそう思うよな…湊、お前は何も見ていないから分からないかもしれんが、現状はお前が思ってる以上に深刻なんだ」

「そうか…」

「ねぇ、こんな所で憂(うれ)いててもしょうがないしさ、そろそろ部屋に戻らない?」

重い雰囲気を少しでも和らげようとしたのか、麗馨がそんな提案をしてくれた。全員がその言葉に首肯し、部屋に戻った。

ーーー5分後ーーー

「今日もいろんな事があったねー」

「だなー。状況的には昨日と比べてかなり悪くなったけどな」

「それを言わないの」

麗馨にめっ、と言われる。

「流石、俺が惚れた女だな。可愛いよ」

冗談半分で言ってみた。

「最初の言葉は余計だよ?…ありがと」

顔を見合わせ、俺たちは笑った。そしてそのまま、どちらからともなく抱き合う。

「なんか、幸せだね…ずっとこうしていたい…」

「俺も…」

ひとしきり抱擁を終えた後、俺たちはすることがなくなったのでテレビを見ることにした。テレビは相変わらず死を運ぶ者(デス・ブリンガー)に関する報道をしている。

「これ、毎日毎日同じようなことしか言ってないけど、テレビ局の人たちは飽きないのかな?」

「テレビ局の人たち以前に、俺たちが飽きてるよ」

俺は大きい欠伸(あくび)をしながら応えた。麗馨はそうだね、と笑いながら頷き、テレビに視線を戻した。と、ここで俺は思い出してしまった。今日の昼、俺が見た限りでは麗馨は坂田と手を組んでいる。先ほどは有耶無耶になってしまってその事について考える暇がなかったが、今一度状況を整理して考えてみることにした。まず、俺は麗馨が歩いてどこかへ向かうのを見かけた。不思議に思って後をつけてみると、監視室という怪しげな部屋で彼女は足を止め、中へ入った。中で麗馨は坂田に任務完了の報告をして、また戻っていった。そこで敦にその事を伝える電話を入れると、敦によれば麗馨はずっと敦と薫と共にいたという。どうにもおかしな話だ。麗馨が二人いるのか…?そうとでも考えなければ、この話は辻褄が合わない。元から辻褄が合っていないから考えているのだが。

「湊、なに深刻そうな顔してるの?」

俺があまりにも険しい表情をしていたせいか、麗馨が声をかけてきた。

「なぁ麗馨、お前は今日の昼敦と薫と一緒にいたんだよな?」

「うん、そうだけど…なんで?」

「いや、俺も麗馨を見たんだよ。監視室とかいう超怪しい部屋で」

「監視室?私そんな所行ってないけどなぁ…まずその部屋がどこにあるか知らないし」

「だよなー。俺は幻覚を見たんだろうか…」

「さぁねー。でも、私は敦と薫と一緒にいた。それだけは間違いないよ」

麗馨が真剣な面持ちで俺の目を見ながら言った。多分麗馨の言葉に間違いはないのだろう。やはり、麗馨は二人いるのだろうか。俺はそのまま深い思考の闇に堕ちていった。

ーーー5分後ーーー

不意に俺の携帯が鳴った。薫からの着信だ。

「もしもし」

「もしもし、湊?大変だよ、敦と麗馨が…」

「え?ちょっと待て、麗馨ならここに…っていないし!んでその二人がどうした?」

「なんか、恋人同士みたいな雰囲気っていうか、とにかくやばいの!すぐ来て!一階のテラスだよ!」

「お、おう!」

俺は電話を切って、走ってテラスに向かった。

ーーー5分後ーーー

「湊、こっちこっち」

薫が手招きしている。

「んで、二人はどこだ?」

「もうちょっと声小さくね。あそこだよ…」

薫の指差した先には、確かに敦と麗馨がいた。互いの身体を抱き寄せあっている。

「おい…これマジかよ…」

「ね?やばいでしょ?」

「んで、なんで薫は二人を止めないんだ?」

「だって、すっごい声かけづらい雰囲気だし…」

その時。麗馨と敦が顔を近づけ、そのまま二人の唇が…

「やめてくれ二人とも!」

「やめて!」

俺たちは我慢できなくなって叫んだ。麗馨と敦は俺たちの姿を認識すると、露骨に嫌そうな顔をして二人は別々の方向へ走っていった。

「待って!」

薫が二人を追おうとした。俺は薫の肩を掴み、

「感情的になっちゃダメだ。どうせ部屋は同じなんだからこの事に関しては後から聞いてみよう」

「でも…!」

「俺、一つ思ったんだが、麗馨と敦ってあんな事するような奴らか?」

「でも、ちゃんと見たじゃん。湊も見たでしょ?」

「ああ、見たよ。でも少なくとも麗馨は、そう簡単に人を裏切るような奴じゃない」

「それは、敦もそうだけど…」

「だろ?んで、俺は考えたんだが…俺が昼に見た麗馨と、今見た麗馨と敦には、ある共通点がある」

「どんな?」

「どちらも、普段の行動からは考えられないような事をしてるんだよ。俺が昼に見た麗馨は、坂田と二人で何か話してた。口調がすっげーぶっきらぼうだったし、歩くフォームも違った」

「歩くフォームって…あんたどこまで麗馨の事チェックしてるの…」

あ、まずい。馬脚を露わしちまった。

「まぁ歩くフォーム云々(うんぬん)はさておき、だ。今見た麗馨と敦も、普段の行動からは考えられない事をしてただろ?」

「うん…あなたが見た麗馨の事は知らないけど、今の事に関してはそうだね…」

「だろ?だからさ、俺が思うに、なんだけど…麗馨と敦には、偽物がいる」

「に、偽物?」

「そう。もっと簡単に言えば『二重存在(ドッペルゲンガー)』だろうな」

「でも、そんな事あり得る?」

「だって、そうとしか説明できねぇよ。俺はさっきまで麗馨と部屋にいて…」

と、薫にその事を説明しかけたところで、俺は絶句した。そういえば麗馨は、俺が薫からの電話を受け取った時にはいなかった。これではドッペルゲンガーがいることを証明できない。

「湊、どうしたの?」

「そういえば、お前から電話もらった時には麗馨はいなかった…」

「じゃああれはドッペルゲンガーとかじゃなくて…?」

「本当に、麗馨と敦なのかもしれないな…薫も、敦と一緒じゃなかったとか?」

「私は、敦が気分転換にちょっと外出てくるって言ったから部屋で待ってたんだけど…私も暇になって、ちょっとホテルの中を散歩してたの。そしたら敦と麗馨を見つけて、今に至るって訳よ」

「そうか…二人ともアリバイはねぇのな…」

その時、俺の携帯が鳴った。確認してみると、麗馨からLIMEが来ている。

"今どこにいるの?"

こんな内容だった。薫にもそれを見せた。

「今どこにいるって、ついさっきまでここで私たちを見てるのになんで聞く必要があるの?」

薫は率直な疑問を口にする。

「いや、俺もわかんねぇよ…まぁ適当に返しとくか」

「さっきの事についても聞いてみてくれない?」

「おう、了解」

俺は薫の要求を受け入れつつ、

"俺は今テラスにいるよ。麗馨こそ、敦と何してたのさ?"

と返した。

「さっきの敦と麗馨を見たのに、なんでそんなに軽い聞き方なの?」

薫が横から返信内容を見ていたらしく、そう聞かれた。

「いや、まだドッペルゲンガーの可能性もあるな、と思ってさ。俺がそう信じたいだけなのかもしれないけど…」

「まぁ、そうだよね。…立ち話もなんだし、座らない?」

「おう」

俺たちは傍にあったベンチに腰掛けた。

「今日もいろんな事があったねー」

薫がしみじみと話し出す。

「そうだなー。基本悪い事ばっかだったけど…」

「私たちに誰も協力してくれなくなって…私たちの中でも仲間割れして…」

「いや、俺たちはまだ仲間割れなんかしてないって。きっと、さっきの麗馨と敦も、何かの間違いだよ」

勿論今言った言葉に根拠などない。そうこうしているうちに、麗馨から返信が来た。

"敦?私はトイレに行ってただけだよ。トイレに行くこと、湊に言ってから行こうと思ったんだけど、湊寝ててさ。部屋に戻ったら湊はいなくなってるし…しばらく待ってみてもあなたが戻ってこないから、送ってみたの"

思考の闇に堕ちていたと思っていたのだが、俺は寝ていたのか…俺は心の中でとても恥ずかしかった。それはさておき、やはり、麗馨が言っていることは俺たちが見た光景と矛盾する。

「麗馨、とぼけてるのかなぁ?」

薫は疑わしげだ。

「いや、そうじゃないと思うんだけど…てか、麗馨に会って直接話した方がよくないか?この事」

「そうだね」

"麗馨、お前今部屋にいるよな?ちょっと話したい事があるから今から部屋に戻ってもいいか?"

「あなたね、『部屋に戻ってもいいか?』って…あんたの部屋でしょーが」

薫から呆れ気味のツッコミが入る。そうこうしている間に、麗馨から返信が来た。

"いや、戻ってもいいかなんて私に聞かなくても…あなたの部屋なんだからw"

同じことを言われた。

「よし、んじゃ俺は行ってくるけど…薫はどうする?」

「いや、私はいいよ。敦と二人で話したい事もあるし」

「そっか。んじゃまた後でな」

ーーー5分後ーーー

「よっ」

「おー、来た来た」

俺は自室に戻った。麗馨がベッドの端に腰掛けていたので、俺もその隣に座る。

「心配したんだよ?戻ってきたら部屋からいなくなってるんだから」

「す、すまん…」

「ま、よしとしよう。んで、話したい事って何?」

「あ、そうだった。お前がトイレに行ってる時、薫から電話が来たんだよ。今すぐ一階のテラスに来てくれって」

「うん」

「んで、行ってみたらさ、お前と敦が、その…抱き合ってたというか、あれだな、恋人同士みたいな感じになってた」

「え、ちょっと待って。冗談はやめてよ?本気で言ってるの?」

「おう、本気さ。そう言われるだろうと思って写真撮っといたんだよ」

本来これは誰にも見せない写真だったはずなのに、麗馨に見せてしまった。自己嫌悪に陥りながら、麗馨に写真を見せた。

「ほ、本当だ…でも、私はそもそもテラスになんか行ってないし、敦とも会ってないよ?ほんとのほんとに!」

「そうだよなー。でも俺は見たんだよな…最後にもう一回だけ聞くけど、まじで敦と会ってないし、テラスにも行ってないんだな?」

「うん」

「んじゃあ、やっぱりこいつは二重存在(ドッペルゲンガー)だな」

「ドッペルゲンガー?何それ?」

「ドッペルゲンガーっていうのは、自分と全く同じ姿形をした自分の偽物の事さ。今日の昼の事があったから、怪しいなとは思ってたんだ」

「あー、あなたが私の後をつけて監視室に行った、あれね。実際私は薫と敦と一緒だったんだけど」

「そう、あれだ。…んで、俺が見た限りでは、お前のドッペルゲンガーは、坂田と手を組んでいる」

「え…」

「多分、俺らに従わないようにみんなを仕向けたのも、お前のドッペルゲンガーさ。すげー厄介な話だがな」

「じゃあ私は、他のみんなにとっては悪者っていう認識…?」

「そういう事になるだろうな」

「え、本当にどうしよう。私がみんなに迷惑かけちゃってるの?」

「いや、麗馨が責任を感じる事はないと思うぞ。確かに、ドッペルゲンガーっていうのは、本人の邪悪な部分だけを抜き取って形作られるとかいうけど、人間なんてみんな、一皮脱げばそんなもんだろ」

「そうかな…」

「俺だってそういう部分くらいいくらでもあるぞ」

「どんな?」

「それ聞くか普通⁈」

「うん、聞く」

こいつ…普通じゃねぇ…しょうがない、一つだけ言ってやるか。

「例えばな、今この瞬間にも、俺は…その…お前と一つになりたいってか、襲いたいってか…思ってるんだぜ?そういう事」

正直すごく恥ずかしい。顔は恐らく真っ赤だろう。これでもし別れるとかいう話になれば、それはそれで本望だ。そう思って、言ってやった。

「ふぇ?」

麗馨はよく意味を理解しておらず、二、三回大きな目をぱちくりさせた。とても可愛いが、とぼけるのも大概にしてくれ…

「あの…だからさ、キス…したいなとか、もっと色々大人な事やってみたいなとか…」

そこでようやく麗馨も察したのだろう。大きな目をさらに大きくした。

「な?言ったろ?俺もこれくらいはあるから。お前が責任感じる事はねぇって」

先程発した台詞が恥ずかしかったので、今の言葉は少し早口になっていたかもしれない。そのまま数分間、俺たちはただ顔を赤くして俯いていた。

「湊」

麗馨が不意に俺の名前を呼んだ。俺が麗馨の方を向いた、その刹那。

「!?」

俺の唇に、柔らかいものが触れた。そのまま、肩にしなやかな手が回される。そこでようやく状況を理解した。俺は麗馨にキスされていた。麗馨が唇を離す。

「へへ、キスしたいのは私も一緒なんだぜ?」

顔を赤らめながら、麗馨はそう言った。その姿は、あまりにも可愛かった。

「お前な…いきなり急過ぎ…」

「でも私はファーストキスだったんだよ?それくらい許してよー」

子供のように駄々をこねる麗馨。

「いや、俺もしたかったからそれでいいけど…ドッペルゲンガーについて話すはずが、目的すり替わっちゃったな」

俺は頭を掻きながら言った。

「でも、少なくとも今湊の目の前にいる私は、本当の私だよ?」

「あぁ、それが判ってるだけで十分だ。薫と敦にも言っとくよ」

「うん」

俺は敦に電話した。数コールで敦が出る。

「もしもし?」

「もしもし…俺だ」

「お前さ、その悪代官みたいな言い方やめたら?」

「おう…それより、お前薫から何か聞いたのかよ?ドッペルゲンガーがどうとかって」

「あぁ、その件か…俺も聞いた。麗馨と俺が一階のテラスでイチャイチャしてたらしいな」

「それについてなんだが、俺たちが見た敦と麗馨はドッペルゲンガーじゃないかと思うんだ。二人ともアリバイはないけどさ、お前らそんな事する奴らじゃないし…」

「確かに、今回起こった事を客観的に見れば、そうとしか考えられないよな。こんな非現実的な事を認めるのは癪だが」

「んでさ、お前ドッペルゲンガーについて何か知ってるか?」

「まぁ少しは知ってることもあるけど…つか直接会って四人で話そうぜ? 部屋近いんだし電話する意味がねぇよ」

「おう、そうするか。どっちの部屋にする?」

「正直どっちでもいいが…俺はお前らの部屋が見てみたいかな」

「んじゃ俺たちの部屋にするか。麗馨、敦が俺たちの部屋で話したいって言ってるんだけど、いいか?」

「ん、いいよ」

「よし、んじゃ俺らの部屋にカモンベイベー」

「そんなキモい言い方はよせ。背筋が凍る」

と言うなり、敦は電話を切ってしまった。まったく、意味のわからない奴である。

ーーー1分後ーーー

「おぉー、ここが湊と麗馨の部屋かー。結構綺麗だな」

「だろだろ?」

「まぁ掃除してるの私だけどね」

「…ウィッス」

「湊かっこわる…」

薫の貶(けな)し方が酷い。

「つーかさ湊、なんでベッドがこんなに乱れてんの?」

「お前どこ見てんだよ…」

「これ、男女の営みがあったって事だよな?」

「お前な、変な妄想も大概にしろよ…」

ちなみに俺たちはさっきキスをしたので男女の営みが全く無かったと言えば嘘になる。

「どうだった?お前の初めて」

敦がにやにやしながら聞いてくる。俺は決めた。こいつは放っておこう。俺からの反応を諦めたのか、今度は麗馨に話を振っている。

「麗馨もさー、なんかない?痛かったーとか」

俺には敦が不審者にしか見えない。因みに麗馨はというと…

「ん?すっごいどきどきした!」

自信満々に感想を述べている。どきどきしてもらえるのは嬉しいが…この恥ずかしさは一体何なんだろうか。

「痛くない…お前まさかやりま…」

「それ以上はやめてもらおうか」

敦の台詞に被せて言った。

「ははっ、冗談だって。二人とも初々しいし、なんかいいなって思っただけだよ。まぁ俺が一番いいって思ってるのは薫だがな」

「言ってくれるじゃん敦〜」

二人はそのままじゃれ合いだした。おめでたい二人である。

「んで…当初の目的が達成されてないって思うのは俺だけか?」

「あぁ、すまんすまん。ドッペルゲンガーについてだったよな」

こいつら、放っておいたらいつまでじゃれ合うつもりだよ…と、心の中で毒ついていると、敦が話し出した。

「んじゃ俺が知ってる事を言うけど…まず、ドッペルゲンガーっていうのは、自分のある側面だけを抽出して形作られる物の事だ。それが自分のいい所か悪い所かは分からない。んで、もし自分のドッペルゲンガーにら自分が会うと、自分は死に、ドッペルゲンガーも消滅する…まぁこのくらいかな」

「敦って物知りだね〜」

麗馨が感嘆の声を上げる。

「いや、知識だけあってもしょうがねぇよ。俺、昔こういう系好きだったから。本で読んだりネットで調べたり、誰かの受け売りばっかだよ」

「誰かの受け売りって、そんな事に詳しい人、敦の周りにいたっけ?」

薫が首を傾げる。

「うん、いるよ。あーこの事は薫にも話してなかったっけ。俺の爺ちゃんは霊能力者だったんだよ。もう死んじまったけどさ。だから俺も若干霊感あるんだ。まぁこの事については今度時間があったら皆に話すよ。それより、ドッペルゲンガーの対策練った方がいいだろ」

「おう。でもその前に質問いいか?自分のドッペルゲンガーに自分が会ったら死ぬってどういう事だ?即死か?」

「いや、殆どの場合は即死じゃない。ただ、じわりじわりと体調が悪化してって、一年後には大体みんな死んじまうな…」

「なんかそれ呪いみたいでやだー」

麗馨が怖がっている。

「俺が守ってやるよ」

無意識のうちに俺はそんな事を麗馨に言っていた。

「うん、ありがと」

「お前ら、こんな真面目な雰囲気なのによくイチャイチャしてられるな…」

敦は若干呆れていた。

「確かに状況もまずい事になってきてるけど…何が何でも立ち向かうしか解決策ないんだしさ」

「それはそうだが…」

「要は、麗馨と麗馨のドッペルゲンガーを会わせなきゃいいんだろ?俺が常に麗馨のそばにいれば大丈夫じゃね?」

「まぁそうかもしれん。でも人間の観察力には限界があるし、何よりお前はずっと緊張の糸を張っとかないといけないんだぞ。俺的には、それでお前が潰れちまうのも恐い」

「じゃあどうしろって言うんだよ?」

「ドッペルゲンガーそのものを消し去ればいいんだよ。つーかドッペルゲンガーって、大元(おおもと)の人が持ってる物の一部をぐっと凝縮して形作られるんだから、大元の人の一部だろ?なら、俺や麗馨は今、何かが不足している状態にある」

「お前は何が言いたいんだ?」

「まどろっこしい言い方になって悪かったが、ドッペルゲンガーがずっと大元に戻らずに周囲を彷徨(さまよ)ってたら、俺たちはいずれ死ぬよ」

「し…死ぬ?!」

その場にいた全員が驚愕する。

「これは爺ちゃんが言ってた事だけどな。間違っちゃいねぇと思う。だからどの道、俺たちはドッペルゲンガーをちゃんと始末しないといけないんだよ」

「でも…どうやって?」

薫が不安げに敦に聞く。

「実は俺にもよく分からないんだよなぁそこが。しかも俺はドッペルゲンガーを見てはならない、と。不甲斐ないけど、俺のドッペルゲンガーに関しては、お前ら三人で何とかしてもらわないと駄目だろうな」

「じゃあ、私のドッペルゲンガーは私以外の三人?」

「そういうことだな」

そこで会話は一旦途切れた。それぞれが解決策に考えを巡らしている。

ーーー5分後ーーー

「無理ゲーじゃね?」

「だな」

俺が発した言葉に、素早く敦が応える。

「大体、ドッペルゲンガーの始末の仕方が分かんないんだからどうしようもないよな…」

「全部イチから、かぁ…」

麗馨も若干諦めに近い声を上げる。その時、俺は一つ閃いた。

「俺さ、この間小説でお互いの頭を思いっきりごっつんすると人格が入れ替わるっていうの読んだんだけど、そういう類じゃないのか?」

「あぁ、お前がこの前読んでたあの怪しげなエロ本な」

「エロ本じゃねーよ!れっきとした『ライトノベル』っていう小説ですー」

「だって最初のページにあったカラーの絵、すげーエロかったし」

「…」

「ま、まぁそれはさておき!湊のはいい考えだと思うよ?みんなどう思う?」

はぁ…俺の黒歴史が遂に麗馨に知られてしまった。もう俺死にたい…

「まぁアイディア自体は悪くないな」

「物は試しって言うしねー」

敦・薫ペアも快く受け容れてくれた。

「じゃあドッペルゲンガーと本物をごっつんさせてみるか」

「いや、ちょっと待て」

俺の提案を敦が止めた。

「ん?何だ?」

「ごっつんさせるのはいいけど、俺は俺のドッペルゲンガーを見たら死ぬんだぜ?頭ごっつんなんて出来ないじゃん」

あ、そういえば…敦に最初に言われた事を忘れていた。

「大体、ライトノベルとかいう小説に書いてある事なんて信用出来んと思うがな」

敦に一番痛いところを突かれた。

「確かにその通りだけど、だからって何か不味(まず)い事が起こるのを恐れて何もしない気か?あと、一つ言っとくがドッペルゲンガーが出現してるって事自体小説の世界でしか起こらないような事なんだ。寧ろ(むしろ)小説に書いてある事の方が参考になると思うよ」

「小説に書いてある事の方が参考になるという事に関しては同意しかねるが…何もしなくてもどうせ死ぬってのはその通りだしな。んじゃ本体とドッペルゲンガーをどこにごっつんさせればいいんだ?」

「んー、お尻とか?」

流石にこの提案はダメ元だ。

「それを決行するのはすっげー嫌だが…しょうがない、それでやるか…」

「いや、俺の考えを無理に実行に移そうとする必要はないぞ?」

「でも、他に思いつかねぇんだよ。薫と麗馨もそれでいいか?」

「んー、私のお尻とお尻が当たるのかぁ。未知の領域だし、面白そう!やってみよう!」

麗馨のポジティブさには感謝してもしきれない。

「私もいいと思うよー」

薫も快く受け容れてくれた。

「よし、んじゃそういう事で。明日からこの作戦を実行…っていっても、明日にはあの怪物との戦闘が待ってるしな。明後日にでもやってみるか」

敦の言葉に全員が首肯し今日の会合はお開きになった。

 

「はぁ、疲れた…」

敦と薫が去った瞬間、俺はどっと疲労を感じた。

「今日も大変だったね…」

麗馨も疲労感を隠せていない。今日は戦闘は無かったはずなのに、みんなから拒絶された事や、ドッペルゲンガー問題など、様々な事が起こった。

「そういえば、会議室に誰も集まってくれなかったのって、今日の昼だよな」

「そうだけど、なんか、遠い昔みたいに感じるね」

俺は麗馨に相槌を打ち、また思考の闇に落ちる。状況は悪くなるばかりだ。そもそも、こんな状況に置かれてまで、戦う必要があるのだろうか。もう、みんなと同じでなぁなぁにやっていればいいんじゃないか。どうして魔物を倒そうとしなければならない?自分の安全だけを最優先して、隠れていればいいんじゃないか。俺は、そんな感情をぽつりと口にした。

「なんで…戦ってるんだろうな、俺たち」

「あれぇ?昨日の夜、私がそうやって言ったら、湊、偶然って言ってたじゃん」

「いや、そうじゃなくてさ。俺たちが選ばれたのは百歩譲って認めるとしてもさ、どうして他のみんなみたいになぁなぁしちゃいけないのかなって」

「あぁ、そういう事か…正直な話、多分私たちがこんな事する必要は、どこにもないと思うよ。ただ…なぁなぁで戦っても、絶対に勝てないじゃん私たち」

「そうだけど…さ。なんで俺らがここまで傷ついて、みんなをまとめようとしないといけないんだろうなって」

「じゃあ湊は、勝ちたくないの?終わらせたくないの?この理不尽な戦いを」

「そりゃ終わらせたいさ。でも…みんな一緒だとは思うけどさ、結構心がやられてるってか、傷ついた」

「傷ついた、かぁ…私も今日は散々だったなぁ…」

まずい。このままでは雰囲気がどんどん暗くなっていく。一旦この問題は保留にして、明日からまた頑張るのが一番だろう。俺は会話を終わらせようと口を開…

「傷ついたけど、私たちがやらなきゃ何も変わらないんじゃないかなぁ?」

「どういう事だ?」

「だから、そのまんまの意味だよ。変わるのを待つんじゃなくて、自分が変わるの。湊に私が説教するなんて、釈迦に説法もいいとこだけどさ」

麗馨は苦笑した。更に続ける。

「みんなと同じようにしてるんじゃ人生面白くないよ。私も確かに、一昨日までは人と同じような人生しか歩んでこなかったけど、今この状況って人と違う事だし、もしこれで私たちがみんなをまとめて魔物を倒せたら、私たちヒーローじゃない?いや、私はヒロインか。んで、この武勇伝って一生語れるじゃん。面白い話になるよー。小説化するのもいいかもしれないし」

ここで一旦麗馨は、ふぅ、と一息ついた。

「まぁ、何が言いたいかっていうとね、どんなに苦しい事でも、いつかは笑って、こんな事もあったね、って笑い合える日が来るんだって事。だから湊、弱気になるのも分かるけど、もうちょっと頑張ってみようよ、ね?」

そう言って麗馨は俺の顔を覗き込んできた。あぁ、俺は馬鹿だった。弱くなっていた。こんなに苦しい状況なのに、麗馨は希望を見出そうとしている。それなのに俺は何なんだ。ちょっとしたことですぐ弱気になって…

「ごめんな、麗馨。俺、こんなに弱くてさ…」

「もう、私に謝るくらいならもっと強くなって」

「はい…」

「まぁそこが湊のいいとこでもあるからいいんだけどさ」

麗馨は笑いながら俺に抱きついてきた。俺も抱擁に応え、そのままベッドに横になった。

暖かい暗闇と麗馨の体温が、俺を眠りに誘(いざな)った。




今回は少し長いです。
正直、読み切りのつもりで書いたんで、どこで切るのがいいのかよく分かんないんですよねw
引きとかも全くないしw
そんなイイカゲンが贈るストーリーですが、一人でも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。
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