俺たちの命運を決める議会が開かれた。大勢の人物に両翼から見下ろされて、俺はその光景を前に委縮してしまう。
議長が木槌を二回、甲高い音を鳴らすと、通りの良い声で話し始める。
「では、予定を変更しましょう。議題は異界人三人の処遇についてです」
本格的に議会が始まってしまった。
すると早速、真っ赤なバケツ型の兜――右眼の部分が大きく焼け爛れており、歪な穴が空いている――に真っ赤な鎧と黒いマントを着こんだ人物が挙手をした。
「発言を許可します」
議長がそう言うと真っ赤な人物は立ち上がり、くぐもった声で話し始めた。
「即刻この街から排除すべき、あるいはこの場で――」
「五教連合から出向して来た方ですよね? 申し訳ありませんが、最初の発言はまず名乗りを――」
「――いや、即刻この場で処分するべきだ」
「処分ってこの場で俺たちを殺すつもりですか!?」
「そうだそうだ! 名乗る事も出来ないお子ちゃまは、考えが過激で先まで考えていないんじゃないのか?」
「――ほう?」
議会がざわつく。
真っ赤な人物は、議長の言葉に全く耳を貸す素振りさえ見せずにそのまま言葉を続けた。
物騒な事を言ってきので俺たちが反論すると、兜の穴から炎を揺らめかせて凄みをきかせてきた。
議長がまた木槌を二回叩くと、議会はすぐに静かになる。
今度は普通の議員らしき人が挙手し、発言を許可された。
「マリオ・マッキオです。まずは彼らの危険性を見定めるためにも、その能力が知りたい」
一理ある――そう言った声が聞こえてくる。
「では、順番に本人たちから聞いていきましょう」
「――待て。そいつらが正直に話すとは思えん」
真っ赤な人物がまた被せるように発言したが、彼の横に居る白い服の男性が立ち上がって彼を制止する。
「クウィントゥス卿! いい加減にしてください! 我々は五教連合の代表として来ているのです。貴方の発言が我々の総意となるのですよ。――皆様、とんだご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえ、構いません。サン=シャモン卿」
サン=シャモン卿と呼ばれた人物は、議長に深々と頭を下げ謝罪した。
白い裾の長い服には所々に青いラインが入っており、ウェーブがかかった金髪が肩まで伸びている。
あの人が サンシャモン卿か。
「改めまして、えーっと、まずは一番大柄な君から」
「えっ、俺ですか!?」
ケンタロウが驚いた様子で自分を指さすと、議長は無言で頷いた。
「あ、えっと。能力――あ、俺は金剛ケンタロウと言います。そして自分では、ちょっと力が強くなった気がします」
ケンタロウは少し上ずった声で話始める。
「えっと、グウォード村からここまで五人を荷車に乗せて運んできました」
「君ぐらいの体格であれば普通だな」
「えっ、そうなんですか?」
「次、そこの髪の長い君だ」
今度はイオリが発言するように求められた。変な事言わなければいいけど。
イオリは恭しく一礼をすると、勿体ぶった口調で話始める。
「我が名は道明寺イオリ。このイオリに不可能は無い、思い描いた事を何だってできる。望むのであれば、我が魔法でそこの赤バケツを――」
案の定ノリに乗ってしまい物騒な事を口走ってしまう。いや、キレてるなコイツ。
イオリの発言でまた議会が騒がしくなったが、また議長が木槌を強く二回叩くと、イオリを含めた皆がすぐに静かになった。
次に議長が俺を見据えた時に、一人の浅黒い肌の老いた男性が挙手をして発言の許可を貰うと、スッと立ち上がった。
その人物は灰色の逆立った短髪に豊かな髭を蓄えて、金色の刺繡が入った黒いローブの上に赤いマントを羽織り、宝石類が散りばめられた黄金色の宝飾品を、至る所に身に着けていた。
「カロンダイン学院魔術学部、学部主任のシャヒス・シン・ラマシュトゥだ。以後お見知りおきを」
シャヒスさんはイオリの方を真っ直ぐ見つめて話し続ける。
「彼の証言が事実であれば、恐らく彼の能力は『現象再現』である可能性が高い。彼の身柄を引き取り異能を調査させて頂きたい。我々の学院の設備であれば――」
「ガルタニアの宮殿魔術師崩れが何を言う!」
議員の野次を議長が制止すると、シャヒスさんは再び話し始める。
「――もうよろしいか? 何なら三人共我々が引き取っても構わんぞ」
「まだ言うか!」
「静粛に! 静粛に!」
議員たちの反論により、議会は今までにないほど騒然とした。
議長が何度も木槌を何度も叩きつけて制止するが全く収まる気配は無く、ただ状況は悪化するのみだった。
俺たちは完全に置いてけぼりで蚊帳の外だ。次から次へと聞いた事も無い訳の分からない単語が飛び交う。誰か説明して欲しい。
今の俺たちの扱いは、まるで競売にかけられている商品のようだ。
そんな中、外から凄まじい雷の音が段々と近づいてくるのが分かった。最後の雷鳴は、この建物の外で止まったように聞こえた。
怪物がこの部屋に向かってきているのかと思うほどの、重量感のある足音が近づいてきた。
すると、入口の扉が壊れそうな勢いで開かれた。
「冒険者ギルドの到着だオラァァーーッ!!」
扉を開けた人物はケンタロウ以上の大柄で、全身が黄金色の装甲で覆われていた。
それは甲冑というにはあまりにも武骨で、あまりにも分厚過ぎた。まるで人型の戦車だ。
その後ろから、彼の半分ほどの身長のおじさんが出てきた。
後から来た男性は見るからにドワーフだった。筋骨隆々の金髪で、髪は角刈りの七三とでも言うような髪型に整えられており、分厚い丸眼鏡をかけて、髭も髪と同じくらい直線的に整えられていた。
筋肉ではち切れそうな青いシャツに、紺色のサスペンダーズボンを履いている。
そして大きな台帳のようなものを抱えていた。
「東地区から来るのに大変時間がかかってしまった。申し訳ない。ドワーフは足が短いからな!」
彼は鼻息荒く弁明すると空いている席に向かって肩を怒らせながらガニ股で歩き始めた。
その後ろを黄金鎧の大男も続いた。
「しかし我々の到着を待たずして議論を始めるとは、一体どういうつもりか!」
そう言いながら椅子に座ると、顔だけがギリギリ机の上に出ている。一言唸り声を上げると椅子をどかし、立っている事に決めた様子だった。
事務員らしき人がドワーフの人に紙を渡すと、そのドワーフはそれを一通り読んだ後、挙手して発言する。
「マリノヴァーレ冒険者ギルドのギルドマネージャー及び、マリノヴァーレ銀行事務局長! ガルラのマクロガネルだ!」
煮えくり返る腸の底から出すような声で自己紹介を行った。
「たった今議事録を確認したが、学院が全員を保有しようとしているな。一つの勢力が過剰な戦力を保有する事は看過できん!」
そう言って、議会の面々と貰った議事録とを交互に見ながら話を続ける。
「少なくとも、コンゴーともう一人は我々が引き取る。お前たちはドウ――ノッポの奴だけ連れて行け!」
「えっ、俺たちの所属を勝手に決めないで貰えますか!?」
マクロガネルさんがそう言い放つと、ケンタロウの言葉を無視して今度はシャヒスさんが再び挙手してから発言した。
「待たれよ。能力が不明とはいえ二人も連れて行くとあらぬ噂を立てられるぞ。対立している今は、均衡を重視するべきだ」
「我々冒険者ギルドは中立組織だ。そちらのいざこざには口を挟まんよ」
「――では、誠意ある対応を」
「であれば、我々はコンゴーの身柄を要求するとしよう」
「よろしいでしょう。では、我々はドーミョージを連れて帰るとしよう」
「ちょっと待って下さいよ!」
「当の俺たちへの誠意がなってないぞ誠意が!」
幾ら反論しても勝手に俺たちの処遇が決められていく。
俺は、小さい頃の記憶を思い出した。動悸が激しくなり、呼吸が苦しくなる。誰が俺を引き取るか、親族同士で言い争っていた光景が鮮明に蘇る。
「つ、次は最後の君が自分について発言してください……」
議長は段々と萎縮していき、自信の無い声で俺に発言を求めた。
この地獄のような議会から脱出するには、ナジェズダお婆さんから預かった手紙をサンシャモン卿に見せるしかないだろう。
俺には、恐らくここが最後のチャンスだろうという直感があった。
「――古市シノブです。あの、その前にサンシャモン卿宛にナジェズダさんからの手紙があるのですが……」
そう言って自分の懐からサンシャモン卿宛の手紙を取り出した。
「葬祭長から私宛に?」
サンシャモン卿が動こうとしたその時。
あの真っ赤な男が身を乗り出して、議会の俺たちが居る所まで降りてきた。
男は俺から手紙を強引に取り上げようと手紙を掴んできた。
「何をしているのですか!」
サンシャモン卿の制止の声を無視して引っ張り合いになり、俺は殴られて手紙を奪い取られた。
俺は床に倒れ込んでそのまま殴られた頬をおさえる。
男は手紙を手にそのまま演説を始めた。
「貴様らはこの手紙が本物であると思うのか! つい先ほどこの街に現れた異界人ごときが、統一五教が一つ、葬送神教の長である人物と出会う訳がない!」
男は、爛れた兜の右側に開いた空虚な穴の奥から、真紅の炎を吹き上げる。
「全てが嘘だ!」
「嘘だと思うなら、奪う必要無いじゃないか……」
俺の言葉を無視して彼は手元に火を起こし、手紙を開けもしないでそのまま燃やしてしまった。
――なんて奴だ……!
「ガエリオォッ! 何て事を――」
サンシャモン卿が声を荒げて机を叩くと、天板が木端微塵に砕け散った。
「神は違えど同じく神に仕える者として、その独断専行は許しませんよ!」
「そういう所だ、貴公ら守護騎士たちのその傲慢な正義が気に入らんのだ」
「正義と平和を愛する心は、貴方には無いのですか!」
「正義とは炎であり、平和とは全ての悪を焼き尽くした先にある! 太陽信教こそが真の正義だ!」
一段と眼から出る炎が大きくなり、両手に真紅の炎の玉を出現させる。
その光景を見た者たちは、それぞれ戦闘態勢に入った。
「随分と話が分かりやすくなってきたな」
そう言って黄金鎧の大男は、マクロガネルさんを守るように、その前に陣取る。
「下賤な奴よ」
シャヒスさんは立ち上がり、手を後ろで組むと周囲に火球を展開する。
議会の場はもはや話し合いどころでは無く、正に一触即発だ。
その時、光が弾ける音が響く。サンシャモン卿から閃光が放たれ、光り輝く結晶の鎧に包まれていく。
「守護騎士ギュスターヴ・サン=シャモンが、守護神に代わって命ずる。全員、戦闘態勢を解け!」
一際強い語気でサンシャモン卿が両手を広げて皆を諭すと、各々が身を引いた。赤い鎧のガエリオを除いて。
戦闘態勢を解かないガエリオに、サンシャモン卿はにじり寄ってもう一度語りかける。
「もう一度言います。ガエリオ、引きなさい」
ガエリオは再三の警告の末に炎を収めた。
「ガエリオ、貴方がこの議会に参加する事を許可したのが間違いでした」
「フンッ。神に仕える守護騎士がこんな腰抜けではな。次にまたドラキアの火龍のような魔王が出た時にどうなる事やら」
事態が収束したのを見届けると、サンシャモン卿の輝く鎧は光の粒子となって消えた。
そして、先程ついうっかり叩き潰してしまった自分の席に戻った。
状況を整理しよう。俺たちを何としても排除しようとしていたガエリオが暴走して、それを皆が止める為に戦闘態勢に入った。
その一触即発の事態をサンシャモン卿が収めた。
ナジェズダ婆さんが、村での騒動を収めた時ようだった。
たぶん、サンシャモン卿は物凄く強いのかもしれない。あるいは神に逆らえないか。
少なくともこの一件で宗教関係者とは関わりたくなくなった。
そして忘れてはいけないが、最悪な事に手紙が燃やされてしまった。
あの邪悪な紅いバケツ野郎によって。
長い沈黙の後議長が口を開いた。
「え、えーでは、あの……時間も押してまいりましたので、決まった事を確認します。まずコンゴー君は冒険者ギルドが、ドーミョージ君はカロンダイン学院魔術学部が、それぞれ引き取るという事でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「異論はありません」
「異議あり! 異議あり! 微塵も納得してないぞ!」
「ふざけやがってェ!」
マクロガネルさんとシャヒスさんはそれぞれ了承した。
イオリとケンタロウはそれぞれ反対した。しかし効果が無かった。
「では、フルイチ君の処遇を決めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「またアンタらで勝手に決めるのか?」
俺は皮肉交じりの質問を投げかけるが、周りからは異議なし――と、そう言った声が聞こえてくる。
「では――」
議長がそう言いかけた時、職員らしき人が議長に駆け寄って耳打ちをする。
「――えー、時間が押してまいりましたので本来の議題に戻りましょう」
「ハァ? 俺はどうなるんですか?」
「えーっとですね、ふむ……明日の午前十時にまた議会を開きます。今日は即刻議会から退場するように」
「断る! 明らかにおかしいでしょう!?」
「発言は挙手をしてからでお願いします」
「知るか!」
議長がそう言った瞬間、ケンタロウとイオリが大声でこの展開について文句を言った。
「おい、ちょっと待て、待ってくれ! シノブだけをこのままにするつもりなのか!」
「事の流れが出来過ぎだ! 議長とあのバケツはグルだろ! あとそもそも勝手に所属を決めるな! 絶対に俺は従わないからな!」
二人が抗議を続けるが、議長の合図で二人の衛兵が現れて、俺を議会から引きずり出す。
「何を考えているのですか! 今このまま彼を外に出すと命が――」
最後にサンシャモン卿も抗議していたが、分厚い扉が閉じられて俺は最後まで聞く事は出来なかった。
こうして俺は追い出され、二人と引き離されてしまった。