二人の衛兵が、俺を議会から引きずり出す。
「何を考えているのですか! 今このまま彼を外に出すと命が――」
サンシャモン卿の最後の抗議は、議会の分厚い扉で遮られた。
後ろを振り返ると、ドアを塞ぐように立つ衛兵たちに、無言で外に出るように促される。
こうなってしまってはどうする事も出来ないと悟った俺は、出口の方を見て重い足取りで歩きだした。
すっかり陽は傾いて、窓から夕日が差しこんでいる。
幽鬼のような足取りで、一人出口へと向かう。
何でこんな事になったんだろう。
思い返せば、この世界に来てから訳の分からない事だらけだった。
何の前触れも何の説明も無くこの世界に降り立った。
それなのに異界人だからと言って、追い出されたり難癖付けられたり、殺されかけたり。
こっちは三人で楽しく暮らしたかっただけなのに。
冒険者ギルドは分かる。カロンダイン学院? 統一五教? 何なんだ、何処の何?
守護騎士? 守護神? 太陽信教? 何一つ分からない。
思えば葬送神教もイマイチよく分からない。何を信仰して何をしているんだよ。
あと魔王とかいるの!? 火龍ってドラゴン?
なんで俺たちの意見を聞かずに勝手に所属を決めるわけ?
そもそも、なんで議会で裁判みたいなことしてるんだ?
あの赤バケツ絶対許さねぇ。
誰かこの世界を説明してくれ。俺には何も分からない。
――ふざけやがって!
ゆっくりと歩いていたが、長い廊下も終わりに近づいてきた。最後にサンシャモン卿の言っていたことが正しいのならば、俺の命もあと少しらしい。議会の建物から出ると、刺客が襲ってくるのだろう。
俺だけで一度街から出ようか――一瞬そう思ったが、二人を置いて行くなんて選択はできない。二人は親友なんだ。
建物の入口近くで耳を澄ませば、すぐ右側から微かな衣擦れ音が聞こえる。他にも何人かが息を潜めているのがわかった。
本当に刺客が居た。
ここで諦めたくない。
どうにか出来る事を増やそう。
まだやりたい事が沢山ある。
少なくとも、あの赤バケツだけは絶対にぶん殴ってやる。
俺は決意を固めて建物の外に出て――
「死ねオラァ!」
出て早々に、入口のすぐ右に隠れていた人物の攻撃を、転がり抜けて回避する。
屋根の上から放たれた矢の音が聞こえ、横に飛び込んで避ける。
案外動けるなと思っていたが、避けた先に一人、周りは既に囲まれていて、もう逃げ場は無かった。
そこで何の前触れも無く、敵の頭上に人が現れる。
「失礼するッス」
突然現れた人物は、俺のすぐ傍にいた人物をメイスで殴り倒すと、俺の手を握って一方的に話す。
「いいっスか、絶ッ対に動いちゃダメッスよ」
「え、何? 誰――」
一瞬、エレベーターが上昇する時のような感覚がすると、俺は見知らぬ場所にいた。
また説明なしかよ……
見渡すと、ここは見晴らしのいい高台に位置する広い庭付きの三階建ての豪邸だった。多くのマリノヴァーレの家屋と同じく漆喰の壁とレンガの屋根の造りだったが、その大きさはまるで異なる。ヤシや糸杉が植えられた庭は手入れが行き届いており、小さな池まで備わっていた。
空を見上げると、西の夕日から東の夜空まで、美しい赤橙色と青紫のグラデーションができている。
眼下には赤い夕日に照らされたマリノヴァーレの市街地が広がっており、夜闇に飲まれつつある東の方には、運河とそれに架かる巨大な橋が見える。運河はマリノヴァーレを挟む海を繋ぐための物のようだ。運河の向こうにも街は続いており、点々とだが灯りがあるのが分かった。
どうやら、マリノヴァーレは海に挟まれて運河に分断された構造をしていたようだ。
美しい。純粋にそう思った。
俺が景色に見とれていると、さっきの人物の声が聞こえた。
「あそこのドアから中に入って下さい、オレはまだ仕事があるんで」
振り返ると既に誰も居ない。
先ほどから一瞬過ぎて姿が分からないが、オレンジ色の髪色をしている事だけは分かった。
言われた方を見ると、まるで俺を誘いこんでいるかのように半開きのドアがあった。
恐る恐るゆっくりとドアを開きながら中に入る。
扉の先はまだ明かりが点いておらず、夕日が差し込んでいるだけだった。
ゆっくりと音を立てないように進んでいると――
「忍者のつもりか? そんなに警戒しなくていいから、さっさとこっちに来いよ」
奥から若い男性の声が聞こえてきた。
声に従い普通に進み部屋に入ると、スーツベスト姿の若い男性と若い侍のような女性が居た。
男性の方は茶髪で後ろになでつけた髪が一部が前髪として垂れていた。小脇のホルスターから拳銃が見えている。
女性の方は猛禽類の様な鋭く紅い目が俺を見据えており、長い黒髪を後ろで束ねている。着物と袴を着ており、その上に赤黒い武者鎧を装備している。その腰には刀を帯びていた。
状況が飲み込めず立ったまま待っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「先程の議会は酷いものだった。ガエリオは今年中に動くだろうな」
後からやって来た男性はそのまま俺の横を通り過ぎ、窓から差しこむ夕日を背に椅子に座った。さすがに逆光で外見の詳細が分からない。
「座りたまえ、古市シノブ君」
男性は俺に座るように促すので、ここで拒否する理由もないので素直に従い座る事にした。
若い男性が瓶をとグラスを持ってきて、瓶の中の飲み物を注ぎ男性に差し出した。男性はそれを受け取り一気に飲み干すと、穏やかな口調で話しかけてきた。
「さて、はじめまして。私の名前は、ジャンヴォルペ・カヴァロッティと言う」
「はぁ、古市シノブです。ご存じのようですが」
「ドン・ヴォルペと呼んでくれて構わない」
ドンと聞くと、マフィアやそういう危ない組織のボスの名前についているような気がするが、気のせいだろうか?
また大変な目に合わないか注意して話を進めないと。
「俺をここに連れてきた理由って何なんですか?」
「単刀直入に言おう。我々は君を勧誘したい」
「勧誘……ですか」
「そう、勧誘だ。気に入らないのであれば出口から出ていってくれて構わない。我々は今後一切君を勧誘しないと約束しよう」
「その前に、まず貴方たちはどういう組織なのですか」
今日だけで散々酷い目に遭ってきたんだ、まずは情報収集をするべきだ。
「そうだね……ハルアキ君」
「ハイなんでしょうか」
「我々の組織はそちらの世界の基準で見ると、どんな組織かな?」
「忌憚のない意見を言わせて頂くと、ウチは『
俺は椅子から立ち上がろうとした。マフィアからの勧誘なんて願い下げだ。
「……君に望みは無いのか?私にはある」
立ち上がるのをやめて、一応話だけは聞く事にした。
「私の望みは、このマリノヴァーレ自由共和国の正常化だ。君も議会で見ただろう、この街は、この国は病んでいる」
「あの議会が今のこの国の縮図だったというのですか?」
「そうだ」
国全体があの議会のようになる可能性があるということか。
「マエストロが建国してからもうすぐ百年。自由と情熱を掲げていたこの国にも陰りが生じている」
「それを何とかしたい……と」
「そうだ。それで、君の方はどうだ?」
俺は少し考えて、ドン・ヴォルペに自分の望みを話す。
「二人を取り戻したいです。訳の分からない状況で勝手にバラバラにされて、勝手に殺されかけるし」
話していると、段々と議会でのことに腹がってきた。全部あの横暴な赤バケツ野郎のせいじゃないか。許せない。
「それにあのガエリオ? とかいうあの赤バケツを一度ぶん殴ってやらないと気が済まない!」
「そうか、では」
「とは言え、仲間になるとして俺に何かメリットってあるんですか?」
ドン・ヴォルペは順番に指を立ててメリットについて述べていく。
「一つ、君の能力について教える事が出来る。二つ、君に戦う術を教える事が出来る。三つ、君のお友達について。私から交渉して会えるように取り計ろう」
三つ目がとても魅力的だ。
正直ここを逃すと、これ以上の好条件で入れる組織なんて無いだろう。
「……分かりました。俺も貴方を利用しますし、貴方も俺を利用してください」
「それが契約というものだ」
俺とドン・ヴォルペは軽い握手を交わす。
握手をしたままドン・ヴォルペは、しかし――と、前置きをして話し始める。
「互いに命を預ける身だ。君には証明して貰わなければならない事がある」
「それは……何をすればいいんですか?」
早まってしまっただろうか? 相手がマフィアであるという事を軽く見ていた。
ドン・ヴォルペが合図を送ると、オレンジ色の髪の青年が廊下から何か重い物を引きずってくる。引きずられてきたものは、見覚えのない人物だった。
「彼は君に最初に斬りかかった男だそうだ」
「はぁ」
「ハルアキ君、ダガーを」
ハルアキと呼ばれていた若い男性が俺の隣までやって来て、ダガーを取り出した。
「そういう事で、契約には血が必要だ」
俺は斬られるのかと思ったが、そのダガーはテーブルに突き立てられた。
「まぁもっとも、流れるのはコイツの血だがな」
彼はそう言いながら転がされている男を蹴った。男は短い唸り声を上げる。
「殺しなさい」
ドン・ヴォルペから、短くとても冷たい指示が俺に言い渡される。なるほど、確かに必要な通過儀礼だ。
俺はダガーを取ろうと手を伸ばすが、手に取ったが最後、確実に元には戻れないだろう。
これは人生のターニングポイントだ。
俺が葛藤していると、ドン・ヴォルペが壁の時計を指して時間が無い事を告げる。
「今、十七時五十九分だ。六時までに決めなさい」
「え? あ、早くないですか」
「咄嗟の判断が出来ないものは、死ぬ事になるだろう」
「あと三十秒」
ハルアキさんの妙に抜けた声のカウントダウンが部屋に響き渡る。
俺はダガーを引き抜き、刃を下にして頭上に掲げるが、何処を狙えばいいのか分からず固まってしまった。
「二十秒」
「何処を刺すと苦しませずに済みますか?」
「苦痛の無い死など存在しないよ」
ドン・ヴォルペが冷酷に事実を突きつける。
「十秒」
「首を狙え、一番早い」
今まで一言も口を開かなかった侍風の女性の助言を聞いて首に狙いを付けた。
「五、四、三、二――」
――俺はダガーを突き立てる。
マリノヴァーレに十八時を告げる鐘の音が鳴り響いた――