シャニマスの世界で、色の見えない彼女はアイドルの脳を焼く 作:ヒナまつり
「─綺麗……っ!」
キュッ、キュッ…靴の擦れる音がする。でも、そんなのは気にならないぐらい、初めて目の前で見たアイドルの踊りは…暑く暑く…そして、ピアノの弦のようにピンと張り詰めている色をしていた。
ほんの少し、何かのきっかけで切れてしまうんじゃないか。あぁ、でもこの完璧を見れるならそれでもいいんじゃないか。そんな、不安定なのに完ぺきでそれでも輝きを放っている彼女の色を僕は目に焼き付けた。
─きっと、にちかもそうで…。彼女の緑の元気で明るい陽気な色が燃えるように、赤に染まりながら…でも少し、また黒く濁った。
「──にち…」
「─よしっ、私も頑張るぞー!」
励まそうと言葉を口にしようとしたけど、僕の声はやる気に満ちたにちかの声に負けて、靴の擦れる音が増えた。
─すれ違い、僕の声は消えていく。どうすれば、にちかは自分の色を信じれるんだろう?どうすれば、あのにちかの色のまま踊ってくれるんだろう…?
頭の中は、そんな考えで一杯で…踊る彼女たちを僕は外から眺めていた。
でも、外だから気がつけた。2人の色に似ている所があるのを。
─美琴さんは、アイドルにならなきゃ意味がない。にちかは、憧れになりたい。
そんな、彼女たちの強い強い願望が僕よりも大きな背中を照らしている。例え、色が濁っても…張り詰めていてもそれだけであの人たちは立って踊っている─。
なら、僕もそうならなきゃ。ここで、アイドルになるために憧れを掲げて命を懸ける…そんな人にならなきゃ─嫌われちゃう…!
「─っ、こう…」
色んな色を重ねて、美琴さんの真似をして…僕のことを隠して─色のある世界に合わせる。
鋭く、鋭くステップを踏んで…張り詰めて切れてしまいそうな程に身体を動かして。踊り続ける…息が切れても、肩が上がらなくなったって─。
見せつけるように、ポーズを決めて─っ!
「─そこまでですよ~。身体、壊れちゃいますから~」
パペットのように無理に動いた僕の身体は柔らかな身体に受け止められた。淡い淡い緑、にちかに近いけど見守るように優しいその色は僕の心にすっと入り込んで熱が冷めた。
─身体、痛い。息、詰まる…。汗、気持ち悪い。なんか、床近いな─。
「─はぁ、はぁ…あれ?僕、どうして…倒れてるの─?」
「─無茶をしたからだ、かさね…。はづきさん、支えるの変わります。俺がかさねをソファーで休ませてくるので、にちか達のこと、任せてもいいですか?」
「はい。任せてください~」
勝手に、視界が変わる。僕の意思で、身体が動いてくれない。ただ、あの人の美琴さんの真似をしただけなのに─。
─僕、倒れたの?やっぱり、体力足んないのかな…。もっと、もっと頑張らないと─あそこの中で普通にならないと…。
「─かさね、これ…飲めるか?あ、ゆっくりだぞ?一気に飲むと余計に身体を壊すからな…?」
曇った視界の中でも、プロデューサーは何時もと変わらない…暖かくて、光で周りの色を生かす優しさに満ちている。
だから、差し出された飲み物も綺麗な色に染まって…ぐるぐると巡っていた不安や熱が一気に冷まされた気がした。
でも、僕の耳にはまだ…床を蹴るあの音が響いている。
「─うん。─っ、ん…はぁ、もう…平気。僕も、練習しないと」
「─ダメだ。かさね。今日はもう休むんだ…まだ、まだアイドルは始まったばかりだぞ?駆け上がらなくていい、ゆっくり…自分のペースで登っていけばいいんだ、な?」
─それを掻き消すように優しい声が、聞こえる。僕の頭に触れた手から世界を彩らせる暖かな光が広がって僕を照らす。
でも、それですら僕に色をくれないことを知っているから痛む心を、寒い身体を拾った色で覆い隠した。
「─そう、ですね。ごめんなさい、プロデューサーさん。美琴さんもにちかも、凄かったから焦っちゃいました。僕、ここで休んでいるので…2人のこと、見てあげてて下さい」
「─分かった。ちゃんと、休むんだぞ?また倒れたら俺がかさねの親御さんに怒られちゃうからな?ははっ」
「─うん。そうだよね、分かった。お母さんもお父さんも心配しちゃうもんね。しっかり、休むから…」
疲れで、勝手に落ちてくる目蓋に抗う体力すらなくて…僕の初日のレッスンは暗い闇に包まれて終わった─。
(なにあれ、なにあれ…なにあれ─っ!)
かさねさんがなみちゃんの真似が出来るのは知っていた。私の前で、何度も見せてくれたから。
それに、私なんかの色も真似できることも…。
でも、あれは異質だ。美琴さんの綺麗な、洗礼されたダンスと、なみちゃんや色んな人の特別が…節々にあって─でもそのどれもが生かされていた。流石にダンスに関しては、完璧なんかじゃなかったけど─。
でも、あの瞬間…急に踊り始めたかさねさんにスポットライトが当てられているみたいに見えた。なみちゃんの、スカウトの時みたいに。
いや、それ以上に。声なんかなくても…特別だって分かっちゃうぐらいに輝いて、カメラも人の視線も全部、奪い去る。
あんなの、あんなの…っ!
「─勝てないじゃん…。私、今のままじゃ─美琴さんの隣にも、かさねさんの隣にも立てない─。2人の足を引っ張るだけで……っ!なみちゃんに、ならないと─」
置いていかれる…。アイドルに、なれなくなる。人混みに…戻っちゃう─。
折角得られたチャンスなんだっ!ここで、頑張らないと…。
「─七草さん…?七草さん~?集中してくださいね~?」
「─わ、分かってます!集中してますから~!」
今、私どんな顔してるんだろ。笑えてるのかな、それとも苦しんでるのかな…。
アイドルになるって、こんなにも苦しいことだったのかな─?
…あぁ、なみちゃんの曲。聞きたいな…何処までも行けるって、月までも行けるって…そうだよって歌って欲しい…。
その為にも、今は頑張らないと─。
キュッ、キュッ…靴の擦れる音が響く。美琴さんよりも、かさねさんよりも、大きく。
それが、2人と私の才能の違いのように聞こえて…その苦しみに耳を塞ぎながら、私は踊る。配られた靴に合わせるように─ワン、ツー…音に合わせて。
でも今までも、やって来たことなのに足が重くて…視界の隅で写る美琴さんの踊りと比べたら──。
「──っ、あ……っ」
足を踏み込んだ、その瞬間…汗で滑った。どうにか受け身をとったから怪我はしなかったけどこれがもし、ライブだったら…。
そう考えて、膝が笑ってるのが見えた─。お姉ちゃんの、心配そうな顔が見えてしまった…。
「─七草さん、大丈夫ですか~?」
「─だ、大丈夫です…!別に、怪我なんてしてませんから!ほら、続きやらないと─!」
口が、勝手に回る。なんて言ってるのか…自分でも分からない。ただ、お姉ちゃんの顔は見たくなくて…ふたをするためにまた踊り出した─。
─色のなかった世界が、色づいていく。
光沢の差でしか、分別のつかなかった世界に…感情という色が見えるようになった。才能も、才覚も…その人が今なにしたいのかも分かってしまう…そんな世界に変わって。
綺麗で、見とれて忘れたくないって思ってしまう程に嬉しいのに、やっと普通になれた、欠陥品のまま生きなくて済んだって凄く喜んでいたのに─。
あぁ、怖い…。今じゃ、逆に人の色を見るのが─っ。濁っていく色を見るのが…。
綺麗な、綺麗な色なのに…変わっていってしまう現実が─。
それに、僕が加担しているのが…。
──怖い。
もし、もしあの時の羽那のように色を奪ってしまったら…。
もし、にちかの時のように色を濁らせてしまったら…。
そう考えるだけで、寒さは酷くなって…息が苦しくなる。
─あぁ、誰か…誰か─、助けて…っ!
そんな暗闇の中で、手を伸ばして─。
「あはー、どうしたのー?悪い夢でも見てた~?」
その手は、暖かでふわふわなその人に掴まれた。その瞬間に、僕の中にその人…雛菜さんの色が流れ込んで─涙が溢れてきた。
「─ひっぐっ、あれ…なんで、僕─泣いて…?」
「もー、そんなに怖い夢見たの~?ほら、これで拭いて~?」
綺麗な、綺麗な…雛菜さんにしかない色が、涙を拭っていく。きっと、変わることのないその色が…今の僕にとって一番安心できて─渦のように回っていた心が落ち着いた…。
「─あ、あの…雛菜さん。ありがとう…ございます。でも、ハンカチ─汚れちゃう。だから、大丈夫─」
「んー?そう~。じゃあ、雛菜そろそろ行くね~~?円香先輩待たせてるから~」
「─別に、急がなくていい。それで、泣いた跡あるけど雛菜に何かされたの?」
急に現れた円香さんは、雛菜さんを睨むように見ながら僕の涙をティッシュで拭いてくれた。
それは、僕を守るために重ねていた色を水に溶かすように拭き取って…円香さんと雛菜さんの色だけが、僕の中で重ねあった。
その二つは、鮮やかに世界を彩って…でも何処か透明な色をしていて…非現実的なその色に絆された。
「え~?雛菜、円香先輩じゃないからそんなことしないよ~?怖い夢見たんだって~」
「─は?私だってそんなことしない。かさね、大丈夫?」
「─あぅ、大丈夫。…もう、大丈夫。雛菜さんと、円香さんが…来てくれたから─」
「─そう。舐める?飴」
そう言いながら、円香さんは手慣れた様子でポケットから飴を取り出した。その優しさが、荒んでいた心に染み渡って、世界も、それに合わせて曇りガラスから眺めていたような色じゃなく、透き通って…やけに明るい夕日と笑う僕の顔が目に写った。
「あは~、雛菜も舐める~~」
「ん、それで。夢、どんなの見たの?」
「─えっ、と…その。だ、大丈夫です…!雛菜さん、帰りたがってるので…僕のことなんかは─」
雛菜さんの色が、外に伸びていたから…僕はそう言って。その言葉でなぜか、雛菜さんの色が僕の方を向いた。
「やは~?なんで、雛菜が帰りたがってるの分かったの~?」
「─?だって、雛菜さんの…色。外に向いてた。…あ、ユアクマの…イベント?行きたいんですか─?」
「え~?なんでそこまで分かるの~~?誰からか聞いた~?」
「…聞いて、ませんよ?寝ましたから─」
なんで、驚いているんだろう…。だって、普通のことなのに─。
そう思っていたのに、円香さんが怪訝そうな顔で僕を見て
「─色って何?」
「─?色は、色です。…皆、見えてる。色です─」
「ん……雛菜も分かんなーい!色は見えてるけど、考えてることは~~」
─そうなの?これが、普通なんじゃないの…?この、色は僕と同じ─偽物?じゃあ、まだ…僕は欠陥品のままなの…?
そう考えながら困惑している2人の色を目にしちゃって、胸が痛くなった。ダンスした後みたいに、呼吸が浅くなって、あぁ─キモチワルイ…。
「─あはは、やっぱり…」
「…かさね?」
こっちを見る円香さんの赤が、変わっていく。水で滲ました紙に色を乗せるように。
─広がって、広がって…僕を包む。多分、心配なんだ─円香さんの、この色は。
でも─それは、見えては…いけないものを見ているみたいで─。
そして、色を見ないように閉じた真っ暗な視界に浮かんだ円香さんの目が、思い出したくもないあの、瞳に見えて…僕は疲れた脚を無理矢理動かした─。
後ろから聞こえる、声を無視して─。階段を駆け下りて、ただ、遠くに遠くに…誰も居ない場所を目指して。
走って、走って…気がついたら、世界はまた白黒に染まって─月が雲の隙間から顔を出していた。
誰にも、見られたくないのに。誰にも、触れたくないのに…月明かりがスポットライトみたいに僕を照らして─白黒の人達が、僕を鑑賞する。
壁に飾られた絵画を眺めるみたいに─。
「─みないで、みないで…僕を、そんな目で─っ」
心配そうな白、貶してるような黒…色んな、白と黒が僕をまさぐる。
染まることしか出来ない僕は、羽那から…ルカから、色んな物から貰った色すらも忘れるようにその色達に染められて…僕は、その喧騒の中で震える身体を抱えるように立ち竦むことしかできなくて……アスファルトを、濡らした。
そんな僕に白黒が話し掛ける。優しさに満ちた声で…。
「─あぁ、えっと迷子?お母さんとかお父さんの居場所分かる?」
「─っ…!」
でも、それすら…今の僕には怖くて─逃げ出そうと脚が勝手に動いた。
駆けて、駆けて…たどり着いたのは─あさひとプロデューサーに初めて会った公園だった。
身体が限界なのに走り続けたから疲れ果てて、僕はベンチに座って荒い息を整えるために呼吸を続ける。
─つんっ、と寒い空気が僕の身体を突き刺す。でも、今はこの痛みが少しだけ心地よくて…白い息が空に登っていくのをただ、眺めていた。
その先には、光り輝く星があって…思わず手を伸ばす。
触れないのに、近づくことなんて出来ないのに─何時も、見上げればそこにあるそんな普通に、僕もなりたいとそう願って…。
─でも、握った手には何も残らない。
…あぁ、人に関わらなければ良かった。色の見えないままなら良かった…。
それなら、希望なんて抱くこともなかったのに─。
そう、思うのに…同時に大切な思い出が忘れることを許してはくれない。
ルカの笑顔も、羽那の白さも…にちかもあさひも雛菜さんも、全部全部暖かな光が僕の中で輝き続けている。
星や月とは違っていつか見えなくなるそれが、でもだからこそ手放せなくて矛盾した思いに挟まれてどうすればいいのか分からなくて立ち止まるしかなくて。
「─ひどい、ひどいよ…なんで、僕を普通にしてくれないの─?」
そんな、小さな恨み言だけが広い広い世界に響いて……。
「─かさねっ!」
失礼で、やさしくて…こんな僕でも求めてくれる、愚かな人の声が聞こえた─。
遅れました。理由は、シャニマスに来た羽那の新ガチャで完凸狙いをするために育成し続けていたからです…!俺は悪くねぇ!