シャニマスの世界で、色の見えない彼女はアイドルの脳を焼く 作:ヒナまつり
「─かさねが、脱走した…!?」
かさねが寝てから、にちか達のレッスンを見ていたら冷静を保とうとしながらも珍しく焦ったような円香からそう聞かされて、俺は直ぐに車を出した。
何処に行ったのかは分からない。だけれど、夕方に差し掛かるこの時間にあの子が一人で外に居たらどうなるかなんて直ぐに想像がつく。
だって、彼女は…全てを諦めているような顔をしながらも─見惚れてしまいそうな美しい笑顔を浮かべられる魅力的な少女なんだ。
その上、まだ磨かれていないのに漏れている彼女の醸し出す猛毒のようなカリスマ性や甘い香りは人を引き寄せてしまう…良くも悪くも。
─それに。
『─貴方が、プロデューサーですか…かさねのこと、よろしくお願いいたします。あの子が、やっと得れたやりたいこと─憧れ。それを、生かすのも殺すのも貴方次第なのでしょう。ですから、親としてせめてのお願いです…一瞬でも、ほんの一瞬でもいいのです。生きていて良かったと…そう言えるような思い出をあの子に与えていただきたい。私達には、出来なかったので…』
泣きそうになりながら、電話越しで頭を下げ頼み込むかさねの親御さんの願いを守る…そう誓ったのだから。
けれど、それなのに…探しても探してもあの子の、かさねの居場所は見つからない。
それもそうだ、俺はまだあの子について殆ど知らない。何が好きなのかも、嫌いなのかも…知らない。
あの子の憧れだけしか、知らないんだ。
だけど、俺はあの子の居場所に一つだけ心当たりがあった。
それは─小さな小さな何処にでもあるような、公園で─。
俺は、またあの日と同じ出会いを繰り返した。擦り切れて削られてしまった無色の宝石の、空へと手を伸ばすことしか出来なくなってしまった彼女との─。
太陽は、何処にだってその光を─色を届けてくる。小さな、小さな綻びから…。
だから…あの人、プロデューサーさんもそれと同じで白黒という群衆に染まった僕へ、何色もない空っぽな僕という色を届けた。
夜になって、灯る街灯の光を反射する氷からそれが見えてしまって…でも、その色を覆うように色に溢れた世界が広がって僕の震える手を暖かなその人が取った。
「─かさね、良かった。事件とかに巻き込まれてなくて─本当に…」
優しくて、暖かいその声と手が僕の凍えそうな身体を暖める。でも、熱を奪う僕の手が…プロデューサーさんのその色すらも奪ってしまうんじゃないかって不安がその手を払った。
「─やめて。触らないで…プロデューサーさん。僕に、近づいちゃ、ダメ。奪いたく、ないの。僕はもう、何色も─」
「─いや、握るさ。色─なんて、好きなだけ奪って貰って構わないしな?それが、かさねの幸せや楽しみに繋がるなら…」
僕の見えている世界を見たことすらないのに、危機感もなくプロデューサーさんは甘い言葉を漏らす。
もし、きっとこの人も僕の異常性を知ったなら─あの瞳をするのだろうか…こんな、甘い幻想のような言葉を投げ掛けてくることもなくなるのかな─?
そんな、好奇心のような疑心のような心が僕の口を動かした。
「─なら、見せてあげる。僕の世界、プロデューサーさん…Pは見たことないモノクロを─」
そう、言いながら僕が取り出したのはキャンバスノートに初めて描いた僕の世界の絵。
輪郭と、光沢でしか物を認識できないようなそんな世界の絵。
僕にとっては見慣れた欠陥品の視界。それを見たPは─。
「─凄いな、かさねは世界がこう見えているのか…!ん?じゃあ、かき氷食べるとき大変じゃないか?味なんて分かんないよな?」
無邪気で、当たり前のように─普通にそう答えた。
欠陥品と蔑むこともなく、ただ普通に。それが、なんだか可笑しくて…僕は久しぶりに色を重ねずに笑った。
「─ふふっ、あははっ!P、ずるい。ずるいよ、なんで…そんな─普通でいられるの…?」
「─ははっ、きっと、かさねより大人だからだな」
堂々と、自信満々に答えるPの言葉には安心感があって…僕はその色を飲み込んだ。そして、聞いてみたんだ…未だに子供のままな僕で。
「─おとな。そっか、ねぇ…P?僕、大人になれるかな。普通に、なれるかな─」
「おう。─なれるさ、いつの日か。けど、その前に─耀かないとな?アイドル、やりたいんだろ?」
「─うん。誰かの、普通に。耀く……星みたいなアイドルに─。あさひ、みたいな。雛菜さんみたいな─アイドルに」
何でか分からない。けど頭に浮かんだのは、何処までも自由な風と…心のままに生きる2人の姿で…僕はそう答えた。
でも、それにPは首を振って優しく頭に手を乗せて笑顔でこう言った─。
「─違うぞ?あの2人みたいになるんじゃない、かさねの─かさねらしいアイドルになるんだ。これが自分だって、これが普通なんだって叫ぶんだ。きっと、その魅力に人はついてくる。なんてたって、俺がそうだからな?」
─あぁ、本当にヒドイ人。色も変えずに、自然にPは答えて…僕の心を引っ掻く。そこから溢れたのは痛みや血なんかじゃなくて─心の底からの心地よさ。
あぁ…きっと、他の人もこの人に侵されたんだ。自分の─世界を。
これからも、きっとそうなんだろう。なら、隠すことなんて意味がない。この想いも、悩みも─いつの日か暴かれる。
なら、僕らしく言葉を漏らそう。
「─ねぇ、P?これから、僕を染め上げて?色んな色で、僕という白紙のキャンバスを。僕は、僕らしくそこに絵を描くから─。だから、ずっと僕を見てて。変わっていく僕を─。一番のファン、としてね?」
心臓が、バクバクうるさくて…でも心の底からの声は初めて、色を持ったように見えた。それが、どんな色なのか─僕には見えなかったけれど。
空っぽから、少しだけ変われた気がして─この暑さはきっとその喜びのせいだ…。
「─おうっ!…だけどな、色を選ぶのもかさねの意見を聞かして欲しい。俺だけじゃなく、かさねの心の向く方へ歩かなきゃ意味がないからな?」
「─そっか、じゃあ。ちゃんと、伝える。Pには、嘘つかない…。だからね、一つだけ我が儘言わせて?」
僕の、心が向く方に。
─そっか、なら綺麗な色を大切にしよう。にちかの、あの色も─美琴さんの切れてしまいそうな程完璧な色も全部、全部…今までみたいに撮って、描いて忘れないようにして─。
…変わっていく所を写し出そう。褪せるんじゃなくて、成長していく、その色を。濁ったって、いい。それすらも、最後には普通になるのなら─。
見守っていこう。まだ大人ではないけど、僕は…ほんの、ほんの少しだけ長い時を味わってきたのだから。
「おう、なんだ?」
「─にちかと美琴さんのこと。ちゃんと見てあげて?僕の、仲間なんでしょ?僕達、三人でシーズなんでしょ?そう、Pが感じたんでしょ?なら─きっと悩んでるから。─まぁ、Pは言わなくても踏み込むだろうけど…」
「─そうだな。…かさねも手伝ってくれるか?」
「うん、当たり前。僕、にちかのことも美琴さんのことも好きだから。あ、Pもだよ?」
「─そっか。なら、良かったよ。じゃあ、そろそろ帰るぞ?親御さんが心配しちゃうからな~?」
「うん、帰る。P─ありがとう…大好きだよ」
小さな小さな僕の心の声。それは、眩しくて耀き続けてるその人には届かず、白い息として世界を震わせる。
けれど、それが心地よかった。だって僕のこの想いは恋なんかじゃなくて、普通に見てくれたことへの感謝だったから─。
言葉なんかじゃなくて形としてあげたい。それこそ、アイドルとして耀いた姿で─。
流れていく白と黒の世界を眺めながら、僕は…そう決心してこれからの未来へ期待を乗せ、揺れる身体に身を任せた。
次の日の朝、僕は少し冷たい風を浴びながら走り出した。
先ず、アイドルとしての目先の問題は体力不足だって昨日のレッスンで痛い程分かったから。
走って、走って─でも、今度は迷うこともあの公園に行くこともなく…お家まで走った。
息は絶え絶えで、汗が地面を濡らしても心は沈まなくて…ただこれからの色の変化とアイドルというまだ未知な世界への期待を膨らませているだけでも時間が過ぎて気がついたらレッスンの時間になっていた。
急いで、僕は事務所に向かってそこで、初めて見る色へまた出会った。
それは、何処までも透明で─目を惹き付けるのに姿を認識できないような不思議な色で…呆けている僕にその人は声を掛けてきた。
「─あー、雛菜が言ってた子だ。よろしく」
「─あ、雛菜さんのお友達さんですか?えっと、よろしくお願いします。僕、かさね…樒 かさねって言います」
「よろしく。あ、とおる…浅倉 透」
そう言いながら、手を差し出してくれたその人の色はやっぱり認識するのが難しくて、恐る恐る僕はその手を握った。
その瞬間、なんだか…透明のように見えた色に揺らめきを感じて、波のように広がる色で…それがこの人の、不思議な色が─呑み込まれてしまいそうな程に大きな海なんだと、そう思った。
そして、そのお陰で今思っている色を揺らめきの中で見つけ出すことが出来た。
だから、朝ごはんにと言われたおにぎりの一つを持って透さんに渡そうと取り出した。
「─お腹。空いてるみたい?食べます?」
「おぉ、分かるの?お腹すいたの」
「はい。あげます」
そう聞いてくる透さんは、不快感とかは浮かべてなくて…それに少しだけ安堵しながら、僕はもう一つのおにぎりを持って隣で食べ始めた。
言葉は、それ以上続かなくて2人で淡々とおにぎりを食べた。でも、そんな時間も不思議と心地よくて大きな彼女の隣でその色を眺めながら食べ切ると透さんは立ち上がって事務所の冷蔵庫を漁って、プリンを僕に差し出した。
「これ、食べて平気?」
「うん、グー」
「そっか。ありがとう、透さん」
透さんの色に染められて、透き通っているプリンは甘く疲れていた身体に活力をくれる。
だから、レッスンも頑張れそうと立ち上がってレッスン室に向かおうとしたら、透さんの色が僕のことを引き留めた。
何かと思って振り返るとほんの少し色を変えた透さんが僕を見ていた。
「あ、樋口のだ。それ」
「え、そうなんです?─よし、円香さんには美味しかったって伝えといてください。あ、僕が勘違いしたってことで」
「─うん。分かった、伝えとく…じゃ」
「はい、お疲れ様です」
緩やかに、流れるように自然体な透さんの色を僕は忘れないように、目に焼き付けてから…僕はレッスン室に向おうとして、また僕の歩みは止められた。
それは、事務所に入ってきたPの言葉で…予想もしていなかったことだった。
「あ、かさね。ちょうど良いところに!そう言えば伝え忘れていたことがあったんだ」
「─え、なに?」
「まず、一つ目がシーズにはウィング…まぁ新人アイドルの登竜門であるコンテストに出て貰うことになっている。それに合わせて、個人…一人一人でのライブや仕事が幾つかもう既に決まっているんだ。直ぐに、というわけではないんだけどな?」
ウィング、コンテスト…ライブ?
急に色んな事を伝えられて、困惑する僕を置いてPは僕の目の前に幾つかの紙を置いて説明を続けた。
「かさねにやってみて欲しい仕事はこれと、これだな。一つ目のやつがかさねのプロファイル写真を撮った会社のツテからきたモデルの仕事…有名な化粧品らしいぞ?」
その言葉を聞きながら捲った紙に書いていたのは、本当に結構有名な化粧品メーカのモデルのお仕事。
なんで、こんなにも早く仕事が来ているのかとか…色々疑問点はあるけれど求めてくれているのならやりたいとそう思って僕は首を縦に振った。
「─そっか。うん、やってみたい。Pはどう思う?」
「うん、俺はかさねに合いそうな仕事なんじゃないかなって思ってる。写真取られなれてる感じあるしな」
「あ、うん。絵を描くときに自分の写真撮ったり…たまにするからかな。あ、P…ライブのお話は?」
正直、気になっているのはライブ。僕がしたいのはあの日見た、白と黒なのに耀いて色んな人の光を受け止めて歌っていたあのアイドルのようなライブで。
だから、我慢できずにそう僕は聞いた。
「ライブの話だな?一応方針としてはシーズとして本格的に活動する前ににちかとかさねには初めてのライブを経験して貰うことにしたいんだ。それでいま取れるのが来年の春頃だな、練習時間が少し短い来もするんだが、どうだ?」
「─うーん、出来ると思う。いや、やる。僕、頑張るよ」
「─そっか。分かった、なら初めてのライブは来年の春。そこから、シーズとしての仕事も入れていって目指すはウィング優勝…だな」
「─うん。じゃ、レッスン…頑張るね?」
「あぁ!応援してるぞっ!」
心が、少し浮わついているのを感じながら僕は2人の待つレッスン室へ向かった。
やっと、やっと…これから、僕はアイドルになれる。ルカ、会えるかな…また─笑ってくれるかな?
未来への希望と、不安。それが巡って…でもPに押された背の暖かさが、不安を覆ってくれる。
だから、精一杯…僕が僕らしく普通であるって叫ぶために覚悟を決めた。
きっと、それはふっ…て息を吐いたら揺らいでしまうろうそくの炎だけど、Pがいるなら…この先も平気なんじゃないかな。
そう、僕は楽観視していた。アイドルという世界がどんな世界か、これから起きることがどれ程僕を傷つけるか…そんなことをまだ知らなかったんだ─。
あぁだから、すれ違った…愚かな僕のせいで──。