レベルアップする戦国武将   作:沙耶王

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黒川家の嫡男

第一話 黒川家の嫡男

 

冬の夜だった。

 

仕事を終えた俺は、いつものように駅から自宅へ向かって歩いていた。

 

吐く息は白く、街路樹の枝にはうっすらと雪が積もっている。

 

「明日は休みだし、ゲームでもやるか……」

 

そんなことを考えながら横断歩道へ足を踏み出した、その時だった。

 

「危ない!」

 

誰かの叫び声。

 

眩しいヘッドライト。

 

耳をつんざくクラクション。

 

そして――

 

衝撃。

 

体が宙に浮き、世界が回転する。

 

(……終わった。)

 

痛みを感じたのは一瞬だった。

 

次の瞬間、意識は深い闇へ沈んでいった。

 

 

どれほど時間が経ったのだろう。

 

最初に聞こえたのは、誰かの慌ただしい声だった。

 

「もう少しです! 奥方様、あと少し!」

 

「はぁ……はぁ……!」

 

女性の苦しそうな息遣い。

 

何人もの人間が動き回る気配。

 

(……夢か?)

 

そう思った瞬間だった。

 

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

 

耳元に響いたのは、自分自身の泣き声だった。

 

(……え?)

 

体が思うように動かない。

 

腕を動かそうとしても、短く細い。

 

足も小さい。

 

視界はぼやけ、輪郭しか分からない。

 

(まさか……。)

 

温かな布に包まれ、誰かに抱き上げられる。

 

「おめでとうございます! 元気な男の子にございます!」

 

(赤ん坊……なのか?)

 

その事実を理解した瞬間、心臓が大きく脈打った。

 

俺は――転生したのか。

 

 

「殿、お子がご誕生なさいました。」

 

部屋の障子が静かに開く。

 

入ってきたのは三十代後半ほどの男だった。

 

整えられた髷。

 

羽織の上からでも分かる鍛えられた体。

 

腰には一振りの刀。

 

時代劇でしか見たことのない姿だった。

 

男は俺を抱いた女性の前まで歩み寄ると、穏やかな表情を浮かべた。

 

「母子ともに無事か。」

 

「はい。」

 

「そうか……。」

 

男はほっと息を吐き、俺の顔を覗き込む。

 

「よく生まれてきた。」

 

その目には、厳しさと優しさが同居していた。

 

(この人が……父親か。)

 

部屋の様子を観察する。

 

木造の屋敷。

 

畳敷きの部屋。

 

障子から差し込む淡い光。

 

照明は電気ではなく、油皿に灯された炎だ。

 

さらに、出入りする男たちは皆、髷を結い刀を帯びている。

 

(昔の日本……?)

 

しかし、それだけでは時代は分からない。

 

江戸時代かもしれない。

 

もっと古い時代かもしれない。

 

あるいは映画の撮影所という可能性だってある。

 

情報が少なすぎる。

 

その時だった。

 

視界の中央に、青白い光が浮かび上がる。

 

 

【SYSTEM】

 

レベルアップシステムを起動しました。

 

対象者:黒川新九郎

 

年齢:0

 

レベル:1

 

HP:10/10

 

MP:10/10

 

攻撃:1

 

防御:1

 

敏捷:1

 

スキル

 

・鑑定 Lv1

 

・言語理解 LvMAX

 

SP:0

 

称号

 

・転生者

 

・唯一の成長者

 

 

(……ゲーム?)

 

目を瞬かせる。

 

画面は消えない。

 

手を伸ばそうとしても、小さな腕がわずかに動くだけだ。

 

周囲の人間は誰一人として反応していない。

 

俺にしか見えていないらしい。

 

さらに新たな文字が表示される。

 

 

※経験値によるレベルアップが可能なのは、あなただけです。

 

 

(俺だけ……。)

 

ゲームの主人公のような能力。

 

いや、それ以上だ。

 

この世界に本当にレベルという概念があるなら、この能力は計り知れない価値を持つ。

 

だが、焦る必要はない。

 

今の俺は生まれたばかりの赤子だ。

 

立つことも歩くこともできない。

 

まずは情報を集めること。

 

それが最優先だった。

 

 

数日後。

 

俺は眠っているふりをしながら、大人たちの会話に耳を傾けていた。

 

「若様は丈夫なお子ですな。」

 

「黒川家もこれで安泰でしょう。」

 

「殿も大変お喜びでした。」

 

(黒川家……。)

 

どうやら俺は黒川家という武家の嫡男らしい。

 

さらに、父の名前も分かった。

 

黒川宗久。

 

代々この地を治める国人領主。

 

領地は決して広くはないが、多くの家臣が仕えているようだ。

 

(国人領主……か。)

 

前世で読んだ歴史小説の知識が頭をよぎる。

 

しかし、まだ時代は分からない。

 

「織田」も「武田」も「徳川」も出てこない。

 

焦って結論を出すべきではない。

 

俺は赤子だ。

 

これから何年もかけて、この世界を知っていけばいい。

 

その時、再びシステム画面が開いた。

 

 

【メインクエスト】

 

『黒川家を存続させよ』

 

達成条件

 

・黒川家の家督を継ぐ。

 

・黒川家を滅亡させない。

 

報酬

 

ユニークスキル『領主の器』

 

失敗

 

黒川家滅亡

 

 

(いきなり家の命運か……。)

 

思わず心の中で苦笑する。

 

だが、不思議と恐怖はなかった。

 

前世では、ごく普通の会社員だった。

 

何かを成し遂げたわけでもない。

 

誰かに頼られたわけでもない。

 

だが今世では違う。

 

俺には家族がいる。

 

守るべき家がある。

 

そして――俺だけが成長できる力がある。

 

(黒川家を守る。)

 

(そのために強くなる。)

 

(そして、この世界がどんな時代なのか、自分の目で確かめよう。)

 

小さな拳を握りしめる。

 

まだ誰にも気づかれない、小さな決意。

 

それが後に乱世を駆ける一人の武将、その最初の一歩だった。

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