第十四話 春の実りと乱世の足音
永禄五年(一五六二年)春。
厳しかった冬が終わり、黒川領にもようやく春が訪れた。
山々には若葉が芽吹き、小川には雪解け水が勢いよく流れている。
鳥たちのさえずりが響き、野には色とりどりの花が咲き始めていた。
館の庭へ出た新九郎は、柔らかな春風を受けながら静かに山を見上げる。
昨年の秋から冬にかけて進めてきた椎茸栽培と養蜂。
自然が相手である以上、人がどれほど準備を重ねても、最後に答えを出すのは山そのものだった。
「源蔵、参りましょう」
「はっ」
山口源蔵は一礼し、その後ろには柴田甚八も控えている。
三人は朝露に濡れた山道をゆっくりと登っていった。
◇
最初に向かったのは養蜂場だった。
二十の蜂箱は冬を越え、整然と並んでいる。
新九郎は歩みを止め、静かに耳を澄ませた。
――ブゥン。
微かな羽音が風に混じる。
源蔵も目を細めた。
「若様……」
「飛んでおりますな」
蜂箱の一つから蜜蜂が飛び立ち、近くの花へ向かう。
しばらくすると、後ろ足に黄色い花粉を付けた蜂が巣へ戻ってきた。
それを見た源蔵が思わず声を漏らす。
「住み着きましたか」
「そのようですね」
新九郎は静かに頷いた。
だが、その表情は落ち着いていた。
外から見えるだけでは、本当に女王蜂が定着しているかまでは分からない。
新九郎は誰にも気付かれぬよう、小さく心の中で呟いた。
(思考支援)
青白い画面が静かに浮かび上がる。
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【思考支援】
『蜂箱 一号』
解析中……
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営巣 開始
女王蜂 定着確認
働き蜂 活動正常
推奨
開封せず経過観察
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(よかった)
女王蜂は無事に巣へ入っている。
まだ巣作りが始まったばかり。
今ここで箱を開けば、せっかく落ち着いた群れが逃げ出す恐れがある。
画面を閉じると、源蔵が嬉しそうに笑った。
「若様のお考えどおりになりましたな」
「蜂が戻ってくる様を見るのは初めてにございます」
「まだ始まったばかりです」
新九郎は穏やかに答える。
「今年は巣を育てる年になります」
「蜜を採るのは、その先です」
甚八も蜂箱を見つめながら頷いた。
「急がぬことが肝心なのですな」
「はい」
「焦れば蜂は逃げます」
「自然には自然の速さがあります」
三人はしばらく蜂たちの働きを静かに眺めていた。
春の日差しの中、小さな命は休むことなく花と巣を往復している。
それだけで、新九郎には十分な成果だった。
◇
養蜂場を後にした一行は、そのまま椎茸栽培地へ向かった。
木漏れ日の差す林の中には、昨年並べた椚と楢の原木が整然と横たわっている。
冬の雪にも耐え、大きく位置を変えたものは一つもなかった。
源蔵が一本の原木を持ち上げる。
「雪で傷んではおりませぬな」
「はい」
「甚八殿のお仕事のおかげです」
甚八は照れくさそうに頭をかいた。
「いえ、若様のお考えどおり並べただけにございます」
新九郎は一本の椚へ静かに手を添えた。
(鑑定)
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名称:椚原木
状態:良好
椎茸菌:定着済み
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(定着したか)
さらに思考支援を発動する。
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【思考支援】
『椎茸栽培』
解析中……
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菌定着率 96%
発生予測
初夏〜梅雨
推奨
現状維持
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新九郎は静かに画面を閉じた。
外から見れば、ただの丸太でしかない。
だが、その内側では菌糸が原木全体へ広がり、着実に育っている。
今必要なのは、人の手ではなく時間だった。
源蔵が不思議そうに尋ねる。
「若様、まだ何も生えてはおりませぬが」
「順調なのでしょうか」
新九郎は微笑んだ。
「ええ」
「椎茸は急いでも育ちません」
「今年は原木の中で力を蓄える年です」
「その力が十分になれば、初めて姿を現します」
源蔵は感心したように頷いた。
「まるで人と同じですな」
「幼き頃に学びを積み、やがて花開く」
「その通りです」
新九郎は一本一本を見回した。
秋にはただの木だった原木が、今では黒川家の未来を支える財産へ変わり始めている。
◇
館へ戻る頃には、日は高く昇っていた。
書院では宗久が待っている。
「どうだった」
新九郎は一礼した。
「養蜂は一箱へ蜂が住み着きました」
「さらにもう一箱も、住み着く兆しがあります」
宗久は目を細める。
「ほう」
「もう成果が見え始めたか」
「はい」
「ただ、今年は巣を育てることを優先いたします」
「蜜を採るのは来年以降です」
宗久は満足そうに頷いた。
「欲を出さぬか」
「蜂もまた領民と同じ」
「育てねば、実りは続かぬ」
「はい」
新九郎は続けた。
「椎茸も順調です」
「原木へ菌が定着しております」
「今年は待つのみです」
宗久は静かに笑みを浮かべた。
「武だけでは家は栄えぬ」
「こうした積み重ねこそ、国を豊かにする」
「励め」
「はっ」
新九郎は深く頭を下げた。
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【イベント進行】
『椎茸栽培計画』
菌定着 完了
進捗 60%
EXP +25
政治 +1
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【イベント進行】
『養蜂計画』
営巣開始
進捗 60%
EXP +25
政治 +1
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黒川領では蜂が巣を築き始め、椎茸も原木の中で静かに育っていた。
田畑では春耕が始まり、村人たちは今年の実りを願いながら鍬を振るう。
穏やかな春。
しかし、乱世は静かに動き始めていた。
◇
昼過ぎ。
一騎の早馬が黒川館へ駆け込んできた。
「ご注進!」
門番の声が館中へ響く。
使者は馬を降りると、そのまま書院へ通された。
宗久をはじめ、家老・佐久間兵庫ら重臣が居並ぶ中、使者は深く頭を下げる。
「稲葉山城より急ぎのお達しにございます」
宗久は静かに頷いた。
「申せ」
「国主・龍興様より、美濃国内の諸将へ伝えるよう仰せつかりました」
「尾張の織田信長と、三河の松平元康が盟約を結んだとのことにございます」
書院に静かなざわめきが広がる。
兵庫が口を開いた。
「ついに手を結びましたか」
宗久は書状を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「信長が以前より美濃を狙っておることは、誰の目にも明らかだ」
「これまでは東に今川がおった」
「だが桶狭間で今川は崩れ、今度は松平と盟約を結んだ」
「いよいよ尾張は、美濃へ力を向けてくるであろう」
兵庫も地図を見つめながら頷く。
「国境の動きも、今まで以上に慌ただしくなりますな」
◇
宗久は書状を静かに畳んだ。
「兵庫」
「はっ」
「街道を行き交う商人や旅人の話を集めよ」
「尾張から流れる情報は、小さなことでも見逃すな」
「承知いたしました」
宗久はさらに続けた。
「今年の年貢は無理に急がせるな」
「田植えを終えねば米は実らぬ」
「兵糧がなければ戦はできん」
「村々の備蓄も改めて調べ、不足があれば早めに手を打て」
兵庫は深く頷いた。
「そのように手配いたします」
そこで初めて宗久は新九郎を見る。
「お前の養蜂は順調か」
「はい。巣も増え始めました」
「よし」
「蜂蜜も椎茸も売り物になる」
「兵糧だけではなく、銭も蓄えておけ」
「乱世では銭が兵を動かす」
新九郎は静かに頭を下げた。
「心得ております」
その夜。
新九郎は一人、書庫で美濃一国の絵図を広げていた。
稲葉山城。
黒川領。
尾張との国境。
木曽川。
墨俣。
ゆっくりと指で道をなぞる。
(清洲同盟……)
信長は背後の憂いを断った。
歴史は、前世で知る流れのまま進んでいる。
ならば、この先も大きくは変わらない。
信長は必ず美濃へ来る。
そして、龍興ではそれを止められない。
新九郎は静かに絵図を見つめた。
(残された時間は、多くない)
五年。
乱世では長いようで、あまりにも短い歳月だった。
兵を育てるにも時間がかかる。
馬を増やすにも年月が要る。
武具を揃えるにも、鍛冶場だけでは足りない。
そして何より――。
「銭だ……」
新九郎は小さく呟いた。
どれほど強い兵でも、飯がなければ戦えない。
槍も鎧も弓も、すべて銭で手に入れる。
戦が長引けば、兵糧も報奨も必要になる。
乱世を勝ち抜くには、武だけでは足りない。
家を支える財が必要だった。
(養蜂も椎茸も、そのための第一歩だ)
蜂蜜。
干し椎茸。
これらは米とは違い、売って銭へ換えられる。
領地に実りを増やし、その実りで家を富ませる。
富が兵を支え、兵が家を守る。
それこそが、これからの黒川家に必要な力だった。
新九郎は絵図を静かに巻き上げる。
(まだではない)
(間に合うのか?)
寝所へ戻ると、小さく呟いた。
「ステータス」
青白い画面が静かに浮かび上がる。
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【歴史イベント】
『清洲同盟』
確認
EXP +20
兵法熟練度 +5
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画面は静かに消えた。
新九郎は灯を吹き消す。
残された時間は、決して多くはなかった。