第十八話 商いの布石
永禄五年(一五六二年)秋。
収穫を終えた黒川領では、新米を積んだ荷車が館へと次々に運び込まれていた。
今年も大きな災いはなく、領民たちの表情には安堵の色が浮かんでいる。
街道では荷を積んだ馬や牛車が行き交い、以前より人の往来も増えていた。
◇
昼過ぎ。
「山田市兵衛殿がお見えです!」
家臣の声が館へ響く。
書院へ通された市兵衛は、宗久と新九郎へ深く頭を下げた。
「宗久様、若様」
「お久しゅうございます」
宗久は穏やかに頷く。
「息災そうで何よりだ」
「商いの様子はどうだ」
市兵衛は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お陰様にございます」
「野盗がおらぬと分かってから、黒川領を通る商人が少しずつ戻って参りました」
「近頃では尾張や美濃の商人も、この街道を利用する者が増えております」
宗久は静かに頷いた。
「それは良かった」
「街道が賑わえば、領も潤う」
市兵衛も深く頷く。
「まこと、その通りにございます」
「商いにおいて一番大切なのは信用」
「安心して往来できる土地には、人も品も自然と集まります」
新九郎はその言葉を静かに聞いていた。
(やはり、領を豊かにするには商人の力も必要だ)
◇
しばらく商談を終えた後、新九郎が口を開いた。
「市兵衛殿」
「はい」
「もし黒川領で、今までにない品が採れるようになれば、売れますか」
市兵衛は少し驚いたように目を丸くした。
「珍しい品……でございますか」
「はい」
市兵衛は少し考えてから答えた。
「質が良く、継続して手に入る品であれば十分に商いになります」
「珍しい物ほど、都や大きな城下では値が付きます」
「何かお考えがおありなのですか」
新九郎は微笑みながら首を横に振った。
「まだ試している段階です」
「形になりましたら、その時にご相談いたします」
市兵衛は笑みを浮かべた。
「その時は、ぜひ私にお任せください」
「必ず良い商いにしてご覧に入れます」
宗久は二人のやり取りを静かに見守っていた。
◇
市兵衛が帰った後。
宗久は新九郎へ声を掛けた。
「新九郎」
「試している物を見に行こう」
「はい」
二人は館の裏山へ向かった。
◇
最初に訪れたのは養蜂場だった。
巣箱の周囲では、蜜蜂たちが忙しく飛び回っている。
世話役の彦兵衛が深く頭を下げた。
「宗久様、若様」
「蜂たちは順調に冬支度を進めております」
「巣も大きくなって参りました」
新九郎は静かに巣箱を見つめる。
(鑑定。)
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養蜂箱
状態:良好
蜂群:安定
冬越し成功予測:92%
採蜜推奨:来年
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新九郎は小さく頷いた。
「今年は蜜を採りません」
「冬を越すための蜜を残してください」
彦兵衛は安心したように答える。
「承知いたしました」
宗久も静かに頷いた。
「急いで利益を求めぬか」
「良い判断だ」
◇
続いて椎茸の原木が並ぶ場所へ向かう。
管理を任されている男が一礼した。
「若様」
「今のところ、原木に腐りや虫食いもございませぬ」
「このまま冬を越せれば良いのですが」
新九郎は一本の原木へ手を添える。
(鑑定。)
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椎茸原木
状態:菌糸が定着している
品質:良
発生予想:来春
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(順調だ)
新九郎は静かに笑みを浮かべた。
「このまま今まで通り管理してください」
「焦る必要はありません」
「来年には必ず実ります」
「はっ」
管理役は力強く頭を下げた。
◇
館へ戻る途中。
宗久が静かに言う。
「兵を育てるにも年月が掛かる」
「木も、蜂も同じだ」
「時間を掛けたものほど、大きな実りとなる」
新九郎は深く頷いた。