第七話 神童
桶狭間の戦いから半月ほどが過ぎた。
乱世は大きく動き始めたが、黒川館では変わらぬ鍛錬の日々が続いていた。
その日の朝。
家臣が書院へ入り、宗久へ一礼する。
「殿、安藤家との境にて会談の準備が整いました。」
宗久は静かに頷く。
「よし、予定通り向かう。」
今回の会談は、領境の山林利用について話し合うためのものである。
争いを避けるための話し合いとはいえ、国人同士の約定は軽いものではない。
宗久は新九郎へ目を向けた。
「新九郎、お前も参れ。」
「はい、父上。」
「武士は戦だけではない。」
「人と人との駆け引き、そして領地を治める術も学ばねばならぬ。」
「心得ております。」
◇
一行は十数名の供を連れ、山道を進んでいた。
新九郎は宗久のすぐ後ろを歩きながら、周囲へ自然と目を配る。
山道は静かだった。
あまりにも静かすぎた。
(……鳥が鳴いていない。)
耳を澄ませる。
聞こえるのは風が木々を揺らす音だけ。
さらに足元へ目を向ける。
街道脇の土には新しい草履の跡。
しかも、それは道ではなく林の中へ続いていた。
折れた枝。
踏み潰された下草。
そして風に混じる、かすかな汗の匂い。
(人がいる。)
新九郎は宗久へ小声で告げた。
「父上。」
「どうした。」
「この先へ進むのは、お待ちください。」
宗久は足を止めた。
「理由を申せ。」
「林の中に人が潜んでおります。」
家臣の一人が首を傾げる。
「若様、獣ではございませぬか。」
新九郎は静かに首を振る。
「獣なら草履の跡は残りませぬ。」
「折れた枝も、一か所へ人が集まったように折れております。」
「待ち伏せの可能性がございます。」
宗久はしばらく新九郎を見つめる。
やがて家老・佐久間兵庫へ命じた。
「兵庫。」
「はっ。」
「数名を率い、林を探れ。」
「承知いたしました。」
兵庫は家臣を伴い、静かに林へ回り込む。
その直後だった。
「敵だ!」
怒号とともに十数人の男たちが飛び出した。
しかし黒川勢はすでに構えている。
兵庫らが背後から挟撃すると、男たちは瞬く間に制圧された。
捕らえた者たちは近隣で略奪を繰り返していた武装集団だった。
◇
戦いが終わると、宗久は新九郎へ尋ねた。
「どうして分かった。」
新九郎は静かに答える。
「鳥の声が途絶えておりました。」
「新しい草履の跡も林へ続いておりました。」
「折れた枝、踏まれた草、そして風に乗る人の汗の匂い。」
「一つだけなら偶然かもしれませぬ。」
「ですが、それらが重なれば、人が潜んでいると考えました。」
宗久は満足そうに頷く。
「見事な観察眼だ。」
兵庫も深く頭を下げた。
「若様のお言葉がなければ、不意を討たれていたやもしれませぬ。」
◇
数日後。
宗久が稲葉山城へ登城すると、その一件はすでに国人たちの間で話題となっていた。
「黒川殿。」
「ご嫡男の話、耳にしましたぞ。」
「伏兵を見抜き、一行を救われたとか。」
宗久は静かに頭を下げた。
「身に余る評判にございます。」
「まだ七歳と聞きましたが。」
「ええ。」
「その年でそこまで見抜くとは……。」
「まこと、末恐ろしい童ですな。」
しかし、その噂は城下から国人たちへと広まり、美濃中へ伝わっていった。
――黒川家には、七歳にして戦場を見通す神童がいる。
◇
その夜。
新九郎は寝所で静かに呟く。
「ステータス。」
青白い画面が浮かび上がる。
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【イベント達成】
『伏兵を見抜く』
EXP +40
観察熟練度 +40
兵法熟練度 +20
知恵 +1
統率 +1
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【称号獲得】
『黒川の神童』
効果:美濃国内での知名度上昇(小)
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新九郎は静かに画面を閉じた。
自分は特別な力で未来を見たわけではない。
ただ、見えるものを見て、考え、判断しただけだ。
だが、その積み重ねこそが乱世を生き抜く力になる。
新九郎は木刀を手に取り、静かに庭へ歩き出した。