人を傷つける嘘には、真実を混ぜなければならない。
リュシアがそれを知ったのは、嘘をつき始めて三日目だった。
最初の日、彼女は朝食を別の卓で食べた。
「祈りながら食べたいので」
そう言うと、ノアはパン籠を持って隣へ移ってきた。
「僕、静かに食べられるよ」
宣言の直後、スープを倒した。
二日目は、セレナが髪を結おうとする前に自分で青い紐を使った。
「一人でできるようになりました」
「結び目が曲がってる」
セレナは当然のようにほどき、きれいに結い直した。
三日目、カイルの見張りを断った。
「一人でも眠れます」
「知ってる。でも順番だから」
扉の外に座り、朝まで動かなかった。
小さな嘘は、彼らの親切に負けた。
四日目、リュシアは歩きながら仲間の声を記憶した。
カイルは進路を決めるとき、必ず全員の顔を見る。自分の案が正しくても、誰かが不安そうなら理由を聞く。
セレナは休憩を告げるとき、いつも「私が疲れたから」と言う。本当は一番遅れている者に合わせている。
ノアは食料を盗み食いするが、最後の一個には手を出さない。誰かが空腹になったときのため、鞄の隅へ残している。
エルドは皆が眠ったあと、火が消えないよう薪を足す。朝になると、最初から燃えていたような顔をする。
彼らを嫌いになる理由を探した。
一つも見つからなかった。
代わりに、好きなところばかり増えた。
だから逆に書き留めた。
カイル――守る誓いを否定する。
セレナ――ミアの代わりだと告げる。
ノア――慈悲の演技に使ったと言う。
エルド――沈黙を守らせる。
紙へ書くと、作戦のように見えた。人の心を壊すための、順序正しい作戦。
読み返すうちに、自分の字が怖くなって紙を破った。
破片は風へ飛んだ。ノアが拾いかけたので、リュシアは珍しく声を荒らげた。
「触らないで!」
皆が振り向く。
「……祈りを書いたものです。人に見せるものではないので」
ノアは素直に手を引いた。
その信頼さえ、利用した。
仲間はリュシアの遠慮に慣れている。壁を作ろうとすれば、遠慮しているだけだと考えて乗り越えてくる。
だから真実を混ぜる。
「一人でできる」ではなく、「あなたの助けは邪魔」と言わなければならない。
「心配しないで」ではなく、「心配される価値など感じていない」と信じさせなければならない。
宿の鏡に向かい、リュシアは何度も練習した。
「私は、あなたたちを――」
声が震える。
「利用していました」
鏡の中の少女は、泣きそうな顔をしている。
これでは駄目だ。
口元だけ笑う。目を細める。セレナが皮肉を言うときの顔を思い出す。けれどセレナの皮肉には、相手を傷つけないための隙間がある。必要なのは、その隙間を閉ざすことだった。
「慈悲深い聖女に見えるでしょう?」
ノアの耳が伏せるところを想像して、吐き気がした。
洗面器へ駆け寄る。何も食べていないので、苦い水しか出なかった。
「朝から鏡と喧嘩?」
扉の外で、セレナの声がした。
リュシアは慌てて顔を洗う。
「起きていたんですか」
「壁が薄いのよ。入るわよ」
返事を待たず、セレナが入ってくる。濡れた顔、空の洗面器、手つかずの朝食を順に見た。
「具合が悪い?」
「平気です」
「大丈夫、じゃないのね」
「使い分けていません」
「そう」
セレナは追及せず、窓を開けた。冷たい山の空気が部屋へ入る。
ベルクレアを出て三日。五人は南のリュネを目指していた。第四遺物「終火の剣」がある町だ。山道を下れば、あと十日ほど。
「昨夜、エルドと話していたでしょう」
リュシアの肩がわずかに揺れた。
「見ていたんですか」
「水を汲みに起きたら、裏庭に二人でいた。彼、あなたに何か隠してる」
「気になるなら、本人に聞いてください」
「聞いたわ。『本人が話すべきことです』だそうよ。腹の立つ答えね」
セレナは卓上の櫛を取り、リュシアの後ろへ立った。
「座って」
「自分でできます」
「知ってる。私がやりたいの」
その言葉が痛かった。
リュシアは椅子へ座らなかった。
「妹さんにも、そうしていたんですか」
「ええ」
「私と妹さんは、違います」
「当たり前でしょう」
セレナは何でもないように答えた。
「ミアは櫛を見ると逃げたもの。あなたは礼を言って座る。違う人間よ」
用意していた棘が、簡単に抜かれてしまった。
今は言えなかった。まだ覚悟が足りない。
リュシアは椅子へ座り、セレナに髪を任せた。
「何があったの」とセレナが聞く。
「何も」
「嘘ね」
右の親指が左手へ動きかけた。膝の上で拳を握る。
「どうして分かるんですか」
「あなた、嘘をつくと左手を触るでしょう」
心臓が跳ねた。
「昔から?」
「記録庫から帰った朝に気づいた。昨夜、エルドと話しているときにもやってた」
セレナは髪をとかしながら、鏡越しにリュシアを見る。
「言いたくないなら、今は言わなくていい」
「問いたださないんですか」
「問いただして、無理に吐かせれば正解とは限らない。本人が話せるまで待つことも、必要よ」
その判断を、セレナは優しさとして選んだ。
リュシアには都合がよかった。
「ありがとうございます」
心から礼を言った。
後ろめたさで、息が苦しくなった。
髪を結い終えたセレナは、リュシアの頭を軽く叩く。
「ただし、待たせすぎたら怒る」
「はい」
「約束」
返事ができなかった。
出発後、山道で灰猪に襲われた。
以前なら、リュシアは誰かの傷へ真っ先に手を伸ばしただろう。この日は動かなかった。
灰猪は二頭いた。
一頭をカイルが正面から受け、もう一頭が斜面を回って荷馬へ突進する。ノアが木の枝から飛び降り、耳の後ろへ短剣を刺した。
獣が暴れ、ノアを岩へ叩きつける。
「ノア!」
名を呼んでから、しまったと思った。
彼はすぐに起き上がり、笑う。
「平気!」
灰猪の牙が脇腹をかすめた。血が散る。
聖痕が熱くなった。
走れば三歩で届く。触れれば痛みを引き受けられる。
リュシアは爪を手のひらへ立て、その場にとどまった。
セレナの氷が灰猪の脚を止める。エルドの杖が核を砕き、カイルが最初の一頭を斬り伏せた。
戦いは終わった。
ノアの傷は浅い。自分で耐えられる傷だった。
カイルとの約束どおり、移さないのが正しい。
なのに今のリュシアは、彼を尊重したのではなく、冷たく見せるために動かなかった。
同じ行動でも、心の中はまるで違う。
戦いが終わっても、ノアの脇腹から血の匂いがした。聖痕が疼き、身体が勝手に近づこうとする。
「リュシア、平気。これくらい!」
ノアは笑って見せた。
「そうですか」
冷たく答え、背を向ける。
戦いのあと、セレナが傷を消毒した。ノアは痛みに耳を震わせながらも、こちらを気にしている。
「リュシア、怒ってる?」
「なぜです」
「最近、変だから」
「私が傷を移さなかったから?」
「そうじゃない。前は、すぐこっちに来た」
「来ないでほしいと皆さんが言ったのでしょう」
「言ったけど」
「なら、望みどおりです」
言葉は間違っていない。だからノアは、どこが痛いのか説明できない顔をした。
夜営の場所へ着くと、リュシアは一人で薪を集めに行った。
エルドがついてくる。
「監視ですか」
「あなたは目を離すと、自分の心まで森へ捨てそうなので」
「詩人のようなことを言うんですね」
「元神官ですから。意味のありそうな無意味を言う訓練は受けています」
少し笑ってしまった。
すぐに笑顔を消す。
「笑っても、儀式は失敗しません」
「練習が必要です」
「憎まれる練習を?」
「はい」
森の中で、二人は足を止めた。
「代わりの方法を探しています」とエルド。「各遺物の銘には、公式記録と異なる読み方がある。真名の鈴で器の魂だけを呼び戻せる可能性も」
「愛する者の名を呼べ。その魂は闇より帰る」
「ええ」
「でも記録には、愛が灰の王の道になるとありました」
「矛盾しています。だから、何か隠されている」
希望が胸に灯りかけた。
リュシアは自分で吹き消した。
「確実ですか」
「いいえ」
「残りは二十五日です」
「分かっています」
「皆に期待させないでください。最後に間に合わなければ、私は何も準備できない」
「準備など、しなくていい」
「必要です」
薪を拾う指へ、ささくれが刺さった。小さな血の玉ができる。
リュシアはそれを見つめた。
「カイルが私を殺せるようにしなければ」
言葉にすると、吐息が白くなった気がした。
「なぜ彼だと?」
「終火の剣は、最も強い英雄が使う。セレナの魔法は剣を扱えない。ノアには重すぎる。あなたは儀式を知ってしまった」
カイルしかいない。
守ると誓った彼の手で、殺される。
「彼を壊しますよ」とエルド。
「生きていれば、いつか治ります」
「あなたの聖痕でも移せない傷があります」
リュシアは答えず、薪を抱えた。
野営地へ戻ると、カイルが鍋の前にいた。
「今日は俺じゃないぞ。セレナが作った」
「聞く前に言うのは怪しい」とノア。
エルドの分を含め、器が五つ並んでいる。リュシアの器には、皆より大きな肉が入っていた。
「カイルが入れた」とノアが告げ口する。
「傷が治りきってないから」とカイル。
リュシアは器を見た。
大切にされている。
守られている。
その愛情が、魔神の逃げ道になる。
「余計なことをしないでください」
初めて、用意した声が出た。
カイルの笑顔が止まる。
「肉くらいで、大げさな」
「そういうところが、重いんです」
卓が静かになった。
リュシアは自分の器から肉を取り、カイルの器へ戻した。
「私は頼んでいません」
右手が動かないよう、両手を膝の下へ入れる。
カイルは戻された肉をしばらく見ていた。
「俺たちと旅を続けるのが嫌なのか」
「今さら?」
「今さらでも聞く。嫌なら、リュネまで別行動にすることもできる。護衛は必要な距離を取る」
「私がいなくても、困らないと?」
「そういう話じゃない」
「では、どういう話です」
「君の望みを聞いてる」
望み。
一緒にいたい。
こんなことはやめて、全部話したい。カイルに大丈夫ではないと言ってもらい、セレナに髪を結ってもらい、ノアの皿から肉を取り返し、エルドの代わりの方法を待ちたい。
「望みなんて、ありません」
「そんな人間はいない」
「カイルには関係ない」
「ある」
彼は食い下がった。
「君が言わないなら、俺は勝手に考える。君は俺たちといたい。でも、いちゃいけないと思ってる」
核心へ近い。
リュシアは椅子を立った。
「自分に都合のいい答えですね」
「違うなら、違うと言ってくれ」
言えなかった。
代わりに器を持って、残ったスープを地面へ捨てた。
「食欲がありません」
皆の視線を背に、野営地から離れる。
木立へ入った途端、空腹と吐き気で膝をついた。
足音が追ってくるかと思った。
誰も来なかった。
カイルは彼女が望んだ距離を、初めて守った。
自分で求めたことなのに、リュシアはそれを見捨てられたように感じた。
カイルは何も言わなかった。
ノアが明るい話を探すように口を開き、やめた。セレナはリュシアをまっすぐ見ている。エルドだけが目を伏せていた。
その夜の食事は、五人そろっているのに、一人分の椅子が空いているようだった。
嘘は初めて、仲間の親切に勝った。
勝ったのに、リュシアは少しも強くなれなかった。
毛布の中で木彫りの猫を握り、皆が眠るまで声を殺して泣いた。
泣きながら、翌日に言う言葉を考えた。
人を傷つける嘘には、真実を混ぜなければならない。
ならば一番深く刺さる真実を、自分はもう知っている。