ようこそ配信者ちゃんの教室へ(全年齢向け)   作:ロボっピ

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4月

満員のバスの車内は、むっとするような熱気と、新生活への期待に満ちた喧騒で満たされていた。

 

私は吊り革に掴まりながら、スマートフォンの画面を無表情にスクロールする。前方の席では、何やら老人に席を譲る譲らないの押し問答が起きているようだが、私には関係のないことだ。誰が善人で、誰が偽善者か。そんな品定め、私の人生の役には立たない。

 

そんな時、バスが信号の切り替わりに合わせて、ガタッと大きく不自然にブレーキをかけた。

 

「あ――」

 

立っていた乗客達の身体が一斉に傾く。私の隣にいたOL風の女性がバランスを崩し、その衝撃が私へと伝わった。なす術もなく身体が浮き、視界が歪む。

 

(転ぶ――)

 

そう覚悟した時、私の身体は硬い肉体に受け止められていた。

 

「……っと」

「あ……ごめんなさい。怪我はないですか?」

 

慌てて体勢を整え、声をかける。私の身体を支えてくれたのは、席に座っていた同年代の男子生徒だった。端正だが、どこか生気のない、ガラス細工のように無機質な目をしている。

 

「ああ……大丈夫だ」

 

彼は短く答え、支えていた手を離そうとした。その瞬間、彼の視線が私の右手の拳でぴたりと止まる。

袖の隙間から覗く私の拳の関節部分は、少し腫れ上がっていた。

 

「もしかして、どこかぶつけたか?」

 

男子生徒が、感情の読めない声で呟いた。

 

「え、あぁ……これは元々なので、大丈夫です」

 

私は袖を引っ張り、拳を隠すように胸元に引き寄せた。ぶつかってきた女性が「すみません!」と頭を下げてきたが、「いえ、大丈夫ですから」と冷たくあしらい、その場をやり過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のクラスである1年D組の教室に入り、割り当てられた一番後ろの窓際の席へと向かう。すると、隣の席に見覚えのある顔があった。バスで私を支えた、あの無機質な目の少年だ。

 

「あぁ、さっきの。隣の席なんだ。凄い偶然」

「そうだな。俺は綾小路清隆。お前は?」

「結城ルヰ。まぁ、これから3年間よろしくね」

 

当たり障りのない挨拶を交わしながら、私は彼を観察した。

最初の印象は、ロボットみたいな人間。今までに出会ってきたどんな大人とも違う。喜怒哀楽の欠落した、冷え切った瞳。私のことを見ているようで、その実、世界のすべてをただの物質として透過しているような、薄気味悪い目。

 

──けれど

 

(……まぁ、今までにアイツらに向けられてきた、気持ち悪い視線よりはマシか)

 

そう思いながら席につく。

やがて教壇に立った担任の茶柱先生からのこの学園のルールについての説明が終わり、彼女が教室を去った直後、平田と名乗る爽やか男子が「お互いを知るために自己紹介をしよう」とクラスに提案を投げかける。

だが、その生温い空気を切り裂くように、前方の席の赤髪の男子――須藤が激昂して席を立った。

 

「仲良しこよしがしたい奴だけで勝手にやってろ」

 

吐き捨てるようにそう言うと、須藤は荒々しく教室のドアを開けて出ていってしまった。

一気に凍りつく教室内。気まずい沈黙が流れる中、須藤に釣られるようにして、関心のなさそうな生徒や空気に耐えかねた生徒達が、一人、また一人と次々に席を立ち、教室を退室し始める。

私もスマホだけをポケットに入れて、彼らに便乗するように教室を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

スーパーでの買い物を終えた私は、食材の詰まったレジ袋を下げて寮の方へと歩いていた。その途中、寮の近くにあるコンビニの前が何やら騒がしいことに気づく。

人だかりの向こうで、自己紹介の時に教室を飛び出した須藤が上級生と揉め事を起こしていた。

 

カッとなった須藤が、手に持っていたカップラーメンを地面に叩きつけるようにして投げ捨てる。チッと激しい舌打ちを残して須藤と上級生達が去っていくと、周りの生徒達も関わりたくないのか、見て見ぬふりをして一瞬にして散っていった。

誰もいなくなったコンビニの前。

 

「……はぁ」

 

私は小さくため息をつき、手元にあったスーパーの袋をそっと地面に置いた。

このまま放置するのも問題だろう。誰もやりたがらないのなら、自分がさっさと片付けてしまった方がマシだ。そう思いながら、地面にぶちまけられたカップ麺の残骸を黙々と片付け始める。

 

すると、不意に隣に誰かがしゃがみ込んだ。隣の席の、綾小路だった。

 

「……」

「……」

 

彼は何も言わず、手際よく落ちた箸やプラスチックのゴミを拾い集めていく。お互いに無言のまま、数分で地面は元通りになった。

 

「ありがと」

 

短くお礼を言い、私は地面に置いていたスーパーの袋を持ち上げる。綾小路も立ち上がり、私達はなんとなく、そのまま並んで寮への帰り道を歩き始めた。

 

しばらくの間、お互いに口を開くことはなかった。気まずいというよりは、お互いに他人に踏み込まないスタンスだからこその静寂だ。

そんな中、ふと、会話の引き出しに悩んだかのように、隣を歩く綾小路がぽつりと呟いた。

 

「……そういえば、さっき行ったコンビニで、奥の棚に一部だけ『0ポイント』で売られている生活必需品があったな」

「え? 0ポイント?」

 

私は思わず足を止め、彼を振り返った。

 

「あ、そういえば……私がさっき寄ったスーパーにも、0ポイントの食品が置いてあった」

 

そこまで口にして、私は胸の奥に奇妙な引っかかりを覚えた。

毎月10万円分もの大金が自由に使える、天国みたいな学校。それなのに、なんでそんな救済措置みたいなコーナーが最初から用意されているんだろう。

 

「ちょっと変だよね。……もしかして毎月同じ額のポイントが振り込まれる訳じゃないの?」

「……。」

 

綾小路はそう呟く私を、ただ無言で見つめていた。その死んだような目からは、何を考えているのか全く読み取れない。

 

「……何?」

「いや。スーパーで何を買ったんだ?」

 

彼に促され、私はレジ袋を少し持ち上げて中身を見せた。透明な袋の隙間から、パックに入ったお肉や、いくつかの野菜が覗く。

 

「見ての通り、自炊用の食材」

「料理ができるのか。意外だな」

 

綾小路の無機質な目が、ほんの少しだけ動いた気がした。あのロボットみたいな顔でも、他人に驚く瞬間があるらしい。

「失礼だな。これくらい普通にできるよ。初めのうちはコンビニ弁当とかでもいいと思うけど、やっぱり自炊の方が圧倒的に食費の負担は減るの」

 

それに此処は光熱費の負担もないしねと、呟く

 

「そうなのか。参考になる」

「綾小路くんは料理の経験はあるの?」

「いや、それが全くない」

「ならこれから勉強しないとね」

 

ポツポツと交わしただけの、なんてことのない会話。

けれど、私の胸の中に、彼に対する小さな興味が確かに芽生え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に登校すると、教室内はいつもより妙な熱気で盛り上がっていた。

席につき、何事かと様子を伺っていると、どうやら男子達が女子の胸のサイズを予想し勝手にランキングづけして賭け事をしているようだった。

 

彼らの声が大きすぎるせいはもちろん、デリカシーが皆無なせいで、その最低な会話はクラス全員に丸聞こえだ。予想に熱中している男子達は、女子からのゴミを見るような冷たい目を向けられていることに、誰一人として気づいていない。

 

(……本当に気持ち悪い。ガキばっかで嫌になる)

 

男子達の浅ましさに吐き気すら感じていると、登校してきた綾小路が来て早々に捕まり、彼らの最低な会話に巻き込まれていった。

 

男子達が朝からこんなにも浮足立っているのには理由がある。今日の体育の授業は、水泳なのだ。

あんな猿達に値踏みされる目で見られるのも不快だし、何より、水着になれば腕の傷が丸見えになる。今更周囲からどんな目を向けられようと気にはならないが、面倒事は避けたい。

 

「今日は見学にしよ……」

 

ようやく男子達の拘束から抜け出した綾小路が、自分の席へと歩いてくる。彼は心なしかゲッソリした様子で息を吐くと、隣の席の堀北から案の定、氷のような視線を突き刺されていた。

 

「全く、男子の性というものは呆れるほどに浅はかだわ。貴方も同類かしら、綾小路くん?」

「俺を巻き込まないでくれ、堀北。ただあいつらに引っ張られただけだ」

 

私はそんな二人のやり取りを聞き流しながら、スマホに映る通販サイトに目を向けた。

 

 

 

 

 

結局、体育のプールの授業は予定通り見学でやり過ごした。私以外にも、男子達の会話のせいでランキングの際に名前を挙げられていた佐倉や長谷川など、女子の半分が見学になっていた。おかげで私が長袖ジャージ姿のまま紛れ込んでいても、教師から余計な詮索をされることはなかった。

 

 

そしてお昼休み。

机の上にお弁当を取り出し、静かに食べ始めようとしたところで、不意に隣から声を掛けられた。

 

「……それは、手作りか?」

 

横を見ると、購買のパンを手にした綾小路が私の手元をじっと見つめていた。

 

「そうだけど。それが何?」と返そうとしたけれど、彼は私の顔をまじまじと見つめ、少しだけ眉をひそめた。

 

「結城……お前、顔色が悪いぞ。体調でも悪いのか?」

 

その言葉に、私は思わず軽く目を見開いた。

 

(……嘘でしょ? ちゃんとコンシーラーで隠してきたのに気づかれた?)

 

「……大丈夫。寝不足だから」

 

嘘ではない。けれど、彼が想像しているような、単なるお気楽な夜更かしのせいなんかじゃない。

普段は睡眠薬を飲んでから眠りにつくのだが、最近市販の薬では効き目が弱くなり、まともに眠れないのだ。

 

だが、そんな事情を彼に話す必要もないだろう。

私は表情をいつもの冷徹なものへと戻し、これ以上何も見破られないようにと祈りながら、小さくため息をついて箸を進めた。

そんな私達のやり取りを横目で見ていたらしい隣の席の堀北が、驚いたように小さく目を見開く。

 

「あら……意外ね。まさか貴方にお友達が出来たなんて」

「俺にだって友達の一人や二人、出来てもおかしくないだろ」

 

どこかポーカーフェイスのまま、ほんの少しだけ自慢げに言い返す綾小路に、堀北は呆れたようにため息をついた。

 

「買い被りだったかしら。類は友を呼ぶというけれど、彼女に迷惑をかけないことね」

 

それだけ冷たく言い残すと、堀北は教室を去っていった。

そんな彼女の後ろ姿を見送ってから、私は隣の彼に向き直る。

 

「……それで、何か用事?」

「いや、大した用じゃないんだが……そういえば、結城。お前は部活には入ったのか?」

「入ってないよ。そんな面倒くさいこと、するわけないじゃん」

「そうなのか。少し意外だな」

「そう?」

「お前は料理ができる。てっきり、家庭科部にでも興味を持つものだと思っていたが」

 

その言葉に、私は自嘲気味に口元を歪めた。

家庭科部で、のんきにクッキーでも焼いている普通の女子高生。そんな生温い、平和な青春が許されるなら、どれほど良かっただろう。

 

「……そんな生温いこと、やってる暇はないの。

 

──私には……他に、やるべきことがあるから」

 

小さく呟いた私の言葉に、彼は「……そうか」とだけ返し、それ以上は深く追究してこなかった。代わりに、思い出したかのようにぽつりと言った。

 

「時に、結城。お前は料理が得意みたいだが……一つ聞いてもいいか」

「何?」

「実は、お前のアドバイス通り、自炊を始めようと思ってるんだが、まずは形からと、包丁やまな板といった基本的な調理器具は買ったんだ。ただ、何から作ればいいか悩んでいてな」

「……ふーん。なら最初は簡単な野菜炒め辺りが無難なんじゃない?」

「なるほど、参考にする」

 

私の投げやりなアドバイスに彼はありがとうと、礼を言うと再び食べかけのパンに齧り付いた。

 

 

 

 

 

――放課後。

すべての授業を終え、ようやく自分の部屋へと帰ってきた私は、張り詰めていた糸が切れたようにベッドへとドサリと倒れ込んだ。

 

天井を見つめ、腕を顔の上にのせる。

他の女子達は、この天国のような学校で、部活やショッピング等に現を抜かして青春を謳歌しているけれど。

 

「そう……私には、そんな余裕ないの」

 

ぽつりと、誰もいない部屋に声が落ちる。

私はベッドから上体を起こし、壁にかけられた「それ」を見つめた。

そこにあるのは、ピンクと水色のパステルカラーが目を引く華やかなセーラー服と、綺麗に整えられたウィッグ。

私はその衣装をじっと見つめながら、内に秘めた野心を燃やすように、暗い部屋の中で強く拳を握りしめていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。1年Dクラスの教室内は、授業が始まるというのにガヤガヤと会話は止まず、居眠りやスマホをいじる生徒がいたりと、相変わらず弛みきった空気が流れていた。

 

教壇に立った茶柱先生が、冷淡な声で「今から小テストを行う」と告げても、「えー、聞いてないよ」「まあ、成績に関係ないって言うなら適当でいっか」と、お気楽に文句を言い合っている。

 

(この学校が、意味のないテストなんてやるはずがないのに……本当に馬鹿ばっかり)

 

この小テストには何かある、と私の勘がそう告げている。それに入学してからの初めてのテストだ。ちゃんと取り掛からなければ後で痛い目を見るかもしれない。

前の席から配られた問題用紙に目を落とす。内容は受験の時よりも難易度は低く、私は問題をスラスラと解いていく。

 

(なんだ、全然大丈夫そ……ん?)

 

ふと、終盤のあたりでペンを持つ手を止めた。最後の3問がいままでと明らかに難易度が違う。しかも、まだ習っていない内容ではないか。

 

(駄目だ。これ、私じゃ解けない)

 

正直、私は自慢出来るほどの学力は持っていない。この問題を解ける生徒はこのクラスに何人いるのだろう。解くのを諦めた私はペンを置くと、テスト終了まで机に顔を伏せ、寝る事にした。

 

 

 

そして、テストが終わり、待ちに待ったお昼休み。

やりきった解放感からか、教室内は午前中以上の喧騒に包まれていた。私は机の横にかけたスクールバッグから、大きめの巾着袋を取り出すと、隣の彼に声をかける。

 

「ねぇ、綾小路くん」

「どうした?」

 

私の声に、彼は机に頬杖をついたまま、眠たそうな目をこちらに向けた。

 

「今日のお昼もカップ麺か、パン?」

「うっ、そうだな。まだ弁当なんて作れるレベルじゃない」

 

図星を突かれたように、彼がほんの少しだけゲッソリした顔で息を吐く。

 

「そう……じゃあ、ちょっと付いてきてくれる?」

「……?」

 

不思議そうに首を傾げる彼を促し、私は巾着袋を抱えて席を立った。

騒がしい教室内や、相変わらずピリピリとしたオーラを放っている堀北の前で渡すのは、色々と面倒な勘違いをされそうで嫌だったのだ。

 

向かった先は中庭。人通りが少なく、ベンチがあるのでちょうど良かった。

綾小路と並んでベンチに座ると、私は抱えていた巾着袋からお弁当箱を取り出し、彼の胸元へと突き出した。

 

「はい、これ」

「……くれるのか?」

「この前、体調を気にかけてくれたでしょ? そのお礼……」

 

一気にそこまで言って、私はふいっと視線を逸らした。

すると、綾小路は差し出されたお弁当箱を前にして、少しだけ戸惑ったように眉を下げる。

 

「……いや、待ってくれ。俺はただ、あの時、思ったことを口にしただけだ。そこまで大層なお礼をされるようなことはしてない」

 

彼からすれば、本当にただの気まぐれな一言だったのだろう。まともに受け取るのをどこか遠慮しようとする彼の態度に、私は引っ込みがつかなくなって、少し強引にお弁当箱を彼の手に押し付けた。

 

「いいから受け取って。私はあの時、貴方が具合が悪い事に気づいてくれたことが嬉しかったの。それにまだ、料理に慣れてない綾小路くんに参考になるかと思って作ったの」

「なるほど。……なら、ありがたくいただく」

「うん……」

 

ようやくお弁当を受け取ってくれた綾小路に安堵しながら、私も自分のお弁当を取り出す。

 

「何が食べれないのか分からなかったから、とりあえず定番のものを用意しといたよ」

 

お弁当の蓋を開けようとする綾小路にそう言うと、中身を見た瞬間、彼の瞳が一瞬だけ輝いた。

 

中には、ケチャップがかかったハンバーグに、厚焼き卵、タコ型に切られたウインナーに、ブロッコリーの卵サラダ。彩り豊かに詰められた中身に、普段は表情を変えない綾小路が思わず小さく声を上げた。

 

「おぉ……」

 

感嘆を漏らす彼に箸を渡すと、私も自分のお弁当を食べ始める。

綾小路はまずハンバーグを口に運ぶと、いつも通りのポーカーフェイスのまま、しみじみと呟いた。

 

「……美味いな。俺が食べた物の中で、一番美味い」

「ちょっと、褒めすぎ。特別何か手を加えたりはしてないし、普通だよ」

「そうなのか……? 俺のいた環境では、その……少し味気ないものが多かったからな。凄く新鮮だ」

「そうなんだ……?」

 

味気ないもの、というと毎日レトルトやインスタントばかりを食べさせられていた、とかだろうか。

 

(彼も、複雑な家庭なのかな?)

 

いつも無機質で冷え切っている彼の瞳を見つめながら、そんな思いが頭をよぎる。私ほど酷くはなくても、彼も何かしらの孤独を抱えて生きてきたのかもしれない。

けれど、そんな私の勝手な推測をよそに、彼が放った言葉はあまりにも真っ直ぐで。それが、私の胸の奥をじんわりと温かいもので満たしていく。

 

「そう……。そう言ってくれてありがとう。すごく嬉しい」

 

いつもとは違う、自分でも驚くほど柔らかい声。気がつけば私は、彼に向かってふっと優しく微笑んでいた。

 

それを見た綾小路は、箸を持ったままほんの一瞬だけ動きを止めた。いつもポーカーフェイスの彼が、珍しく少しだけ驚いたように私の顔を見つめている。

 

出会ってからずっと、周囲を拒絶するような頑なな表情ばかり崩さなかった私が、彼の前で見せた初めての、本当の笑顔。

 

(……初めて笑ったな)

 

彼が内心でそんな風に思っていたなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。

 

 

驚きを隠すように、綾小路はすぐに何事もなかったかのように手元のタコさんウインナーへと箸を伸ばした。けれど、私達の間を流れる空気は、さっきよりもほんの少しだけ柔らかく、居心地のいいものに変わっていた。

 

甘めに作った厚焼き卵を箸でツンツンと突いていると、ふと頭に浮かんだことがあり、私は思い出したように声を上げる。

 

「そういえばこの前、病院で薬もらってきたの」

 

この学校の至れり尽くせりなシステムの一つに、医療費の完全無償化がある。敷地内にある最先端の総合病院は、診察代から処方される薬代に至るまで、生徒であれば誰もがプライベートポイントを1ポイントも支払うことなく、すべて無料で利用できるようになっているのだ。

 

「薬?」

 

綾小路が箸を止め、不思議そうにこちらを見つめてくる。

 

「うん。この前、寝不足だって言ったでしょ? 私、昔から眠りが浅いタイプなんだけど、寝てもちょくちょく起きちゃうのがストレスで。いつもは市販の睡眠薬を飲んで寝てるんだけど……」

 

淡々と説明しながらも、私の脳裏には、数日前のあの診察室での記憶が不気味にチラつき始めていた。

 

 

 

_____それで、今日はどうされましたか?

 

_____……はい。最近なかなか寝付けなくて。中学の時からストレスで眠れないことが多かったので市販の睡眠薬を飲んでいたんですけど……最近じゃ、薬の量を増やしても効き目が弱くて

 

 

 

私はおかずを食べながら、なんでもない風に嘘と真実を混ぜながら話を続ける。

 

「ずっと飲み続けたからかな? 薬に耐性がついたのか効き目が弱くなっちゃって」

 

 

 

_____夜、布団に入った時はどのような状態ですか?

 

_____目を瞑る度に、嫌いな人間達の顔が浮かび上がって、全く眠れないんです。そいつらの顔が思い浮かぶだけで、殺してやりたいって、殺意が湧き出て、それが更にストレスになって……

 

 

 

「だから、この前病院に行って睡眠薬を処方してもらったの」

 

 

 

_____強めの睡眠薬を、処方して貰えますか?

 

 

 

「やっぱり、市販のとは全然効き目が違うね。あれから、よく眠れるようになったから、体調を崩すことはないと思うよ」

 

これが私の語る『表向きの理由』なら、脳裏を焼き尽くさんばかりに暴れる記憶は、誰にも見せられない『本当の真実』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

4月も後半に差し掛かった頃、先日行われた小テストの答案用紙が返却された。

案の定、答案が配られた直後の教室内は、緊張感のないお気楽な悲鳴と笑い声で満ちていた。

 

「やべぇ、俺24点なんだけど!」

「やりぃ! 俺、28点!」

「うげ!? で、でも4点差だろ?」

「いやいや! 4点も上なんだけど?」

 

前方の席から聞こえてくる池や山内の底辺の会話に、私は内心で深い溜息をつく。成績に関係ないという言葉を鵜呑みにして、本当に何も考えていないらしい。馬鹿ばっかりだ。

 

このテストは全部で20問。私はあの時、最後の3問を捨てたので結果は85点。我ながら妥当、というか上出来な数字だ。

 

「なあ、結城は何点だったんだ?」

 

不意に隣の席から声をかけられる。見れば、綾小路がこちらをじっと見つめていた。

 

「ん」

 

机の中にしまおうとしていたテスト用紙を、気のない返事とともに彼の目の前に晒す。

 

「おお、85点か。結城は頭がいいんだな」

「別に……」

「ん? ルヰってこう書くのか」

 

答案用紙の氏名欄に目を留め、珍しい字だな、と彼がぽつりと呟く。

 

「ま、親がつけたキラキラネームってやつ?」

 

私は呆れたような、どこか乾いた笑みを浮かべて肩をすくめた。まあ、きっと頭の軽そうな母親がその場のノリか何かで決めたんだろう、と当たりをつけている。

私はすぐに意識を切り替えるように、彼に視線を戻した。

 

「で? 綾小路くんは何点だったの?」

「俺か? まあ、普通だな」

 

そう言って、綾小路が手元にある自分の答案用紙をめくる。

 

「へぇ、50点か……、?」

 

100点満点中の50点。文字通り、クラスの真ん中辺りの「普通」な点数だ。

そう思った。――しかし、赤ペンでつけられたその正誤の並びは、明らかに不自然だった。

 

(……え?)

 

上から視線を滑らせていくと、ほとんどの生徒が正解するような基本問題はことごとく不正解。それなのに、あの異様に難易度の高い最後の3問のうち、1問には堂々と赤丸がつけられていた。

 

「……綾小路くんって実は頭良かったりする?」

「……どういう意味だ?」

 

そう問い返した彼は眉一つ動かさず、無機質な瞳のまま私を見つめ返してきた。私は誰にも聞こえないように、彼の耳元へ身を寄せてコソッと耳打ちをする。

 

「だってあの最後の3問、1年が解けるレベルの問題じゃないよ? それを正解してるくせに、誰もが解ける基本問題は間違えてる。……わざと50点になるように、点数をコントロールしたって考えるのが自然じゃない?」

 

私の言葉に、彼はほんの一瞬だけ、パチリと深く瞬きをした。いつもなら微動だにしない無機質な瞳が、ほんの数ミリだけ泳ぐ。完璧なポーカーフェイスに生じた、見落としてしまいそうなほど小さな亀裂。

けれど彼はすぐにいつもの表情を取り戻し、淡々と、どこか面倒くさそうに言葉を返してきた。

 

「……考えすぎだ。基本問題は、見直しをしなかったから書き間違えただけで、最後の問題は適当に書いたら運良く当たったんだ」

「そんな都合のいい偶然、あるわけないじゃん」

 

平然と言い逃れようとする彼に、私は思わず呆れた視線を送る。

これ以上追及したところで、この男は頑なに口を割らないだろう。

 

「別にいいけどさ、隠し事の一つくらい、誰にでもあるものだし」

 

ふっと張り詰めた空気を緩めるように呟く。

 

「――私もそうだもん」

 

その瞬間、私はわざと声トーンを一段高くした。

それは"理想の自分"を意識した、どこか鈴が転がるような甘い声。

 

「大丈夫。この事はクラスの人達には内緒にしておくから」

 

自分の唇に人差し指をそっと当て、悪戯っぽく微笑む

 

(これで、貸しひとつね?)

 

「2人だけの秘密だよ」

 

いつもの冷めた、どこか壁を作ったような結城ルヰではない。まるで天使のような可憐な笑みと、甘い声。その一瞬のギャップに、綾小路は目の前にいる彼女が普段のクラスメイトとは全く別の人間に見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

人気のない空き教室に、私は綾小路を呼び出した。

夕日が斜めに差し込む無人の教室内。私は適当な机に腰を掛け、教室に入ってきた彼を見つめる。

 

「呼び出しなんて、何の用だ?」

 

警戒している風でもなく、いつも通りのテンションで尋ねてくる彼に、私は本題を切り出した。

 

「うーん、まず最初に確認だけど、綾小路くんって夢チューブって知ってる?」

「夢チューブ……あぁ、池達がよくスマホで見てるやつか」

「超有名動画サイトなんだけど……綾小路くんって、結構世間知らずなんだね」

 

呆れたように小さく笑い、私はすぐに真面目なトーンに声を戻した。

 

「まぁ、いいや。私ね、あの動画サイトで頂点を目指してるんだよね」

「頂点?」

「そう。だけど、この学校は外部とのやり取りを厳しく取り締まってるでしょ? 普通に動画の投稿はできるみたいだけど、学校についての情報を少しでも流したら、すぐに削除されるらしいの。だから、いきなりあの動画サイトから始めるのは現実的に難しい。……で、悩んだ結果、学校専用の動画アプリに目をつけたわけ」

「教師達が補習用の動画とかを上げている、あれか」

「そう、それ。物分かりが良くて助かるよ」

 

私は机をトントン、と指先で小気味いいリズムを刻む。

 

「それを思いついた時、すぐに職員室に行って、先生達に直接確認してきたの。生徒があのアプリで動画を配信したり投稿したりするのはルール上、可能なのかって。結果はセーフ。外部の動画サイトでは学校の情報を一切漏らさないっていう条件付きで、正式に許可も貰えたよ。……それから視聴者数やスパチャ――つまり投げ銭ね。それによって、プライベートポイントをもらうことが可能かどうかも聞いてみたの」

「それで、学校側は何て言ったんだ?」

「先生達にとっても初めての事例らしくて、何人かで話し合った結果、全校生徒約400人のうち、フォロワーを150人達成したらポイントの振り込みを可能にするって条件になった。……ったく、あの教師ども、ただの子供の遊びだって鼻で笑いやがって。簡単にクリアできるわけがないって決めつけてるんだよ。……まぁ、ムカついたけど許可はちゃんと取れたし。今後、私の正体を他の生徒にポイントで買われないように、教師全員に口止め料を払って『情報を売らない』って約束させてきたから、そこはいいんだけどさ」

 

一気にそこまで愚痴ると、私はふぅ、と息を吐いた。

綾小路は表情を変えないまま、淡々と私を見つめている。

 

「……なるほどな。行動力があるのは分かった。だが、その話を俺にしてどうなる?」

「単刀直入に言うね。私が人気者の配信者になるために、綾小路くんにはプロデューサー兼、マネージャーとして協力してほしいの。もちろん、タダでとは言わない。稼いだプライベートポイントの半分をあなたに渡す」

 

魅力的な条件のはずだった。けれど、彼は眉一つ動かさずに即答する。

 

「断る。そもそも、どうして俺なんだ? 俺には動画の編集なんて経験はないし、誰かをプロデュースするような才能もないぞ」

「クラスの人間を観察した中で、あなたが一番頼れるから。それに、才能がないなんて言ってるけど、確かな実力を隠し持ってるでしょ?……小テストの件もそうだしね」

 

逃げ道を塞ぐように微笑むと、私はさらに言葉を重ねた。

 

「経験がないなら、私が一から教えるよ。綾小路くんが頭がいいのは分かってるから、すぐに覚えられるでしょ?」

「……なら、時間をかけてでも、お前が1人でやればいいんじゃないか? そこまでして他人の手を借りようとする、本当の理由は何だ。なぜそこまで配信者に拘る?」

 

いつものトボけた目じゃない。探るような、どこか底冷えするような彼の瞳が私を射抜く。

私はふっと視線を落とし、自嘲気味に口元を綻ばせた。

 

「……実はさ、この学校に来る前に母親と揉めて、ボコボコにしてきちゃったんだよね、私」

「……」

「だから卒業後にあの家に帰ったら、私多分殺されるか、売り飛ばされると思うんだよね」

 

淡々と、まるで他人事のように私は告げた。

 

「その前に、動画サイトで有名になって大金を稼いで、卒業したらすぐに自立できる基盤を作りたいの。誰の力も借りずに生きていくためには、どうしても大金が必要なんだよね」

 

そこまで言って、私は顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「――綾小路くんも似たようなもんでしょ?」

「……何の話だ?」

 

ピリッ、と教室内の一瞬の空気が凍りつくのが分かった。

綾小路の無機質な瞳の奥、その温度が、明らかに一段階下がって鋭くなる。

 

「あれ、違った? 私の勘なんだけどさ、ただそんな気がしたの」

 

彼の鋭い視線を受け流すように、私は小さく肩をすくめた。どうやら彼の触れてほしくない部分に触れてしまったらしい。

 

――よし、ここは自分の昔話でもして、彼の気を紛らわせようか。

 

 

 

 

 

 

「身の上話でもしようか。ただの不幸話でもあるんだけど」

 

 

 

――きっかけは、母親の不倫だった。

不倫が原因で離婚した両親は、私をどちらが引き取るかで揉めた。当然、私は父の方に行きたかったが、どうやら離婚の原因が母親にあるとしても、親権争いでは母親の方が圧倒的に強いらしく、結局私は彼女に引き取られる形で、古くて小さなアパートへと引っ越した。

 

それが、私の地獄の始まり。

 

『お腹すいた……』

『えぇ?……作る気になんてならないわよ。これあげるから好きなもの食べなさい』

 

気怠そうに手渡されたのは、一枚の千円札。

それからというもの、学校から帰ってくる度に、机の上には千円札だけがぽつんと置かれるようになった。

 

私が学校から帰ってくる間、母は新しい男を引っ掛けるのに必死で、家にいることなんて滅多になかった。捕まえた男と食事やデートにでも行っているのか、夜中か、酷い時は朝方まで帰ってこないのが当たり前。

 

毎日コンビニでご飯を買う私に向けられてくる大人達の視線に耐えかねて、私は学校の図書室で料理本を借りた。誰に教わるでもなく、生きるためにそこから必死に料理を学んだ。誰もいないアパートで、一人で料理を作り、一人で食べる。それが私の日常になった。

 

けれど、本当の苦痛はそこからだった。

母が早く帰ってきたとしても、母は連れ込んできた男と隣の部屋で夜を共に過ごすのだ。薄い壁を隔てた隣の部屋で、毎日のように違う男を取っ替え引っ替えしては情事に耽っていた。夜な夜な響く醜悪な声と不快な音のせいで、眠れない日々がずっと続いた。ストレスで頭がおかしくなりそうだった。

 

当然、そんな母親の噂はすぐに地域や学校に広まる。

 

『お前の母ちゃんって、ろくに働かずに男に金せびってるんだろ? 母ちゃんが言ってたぜ!』

 

(うざい……)

 

『そういうのってなんて呼ぶんだっけ? 最近、ドラマで見たけど……あ、そうだ! 娼婦って言うんだ!』

 

(うざいうざいうざいうざい!!!)

 

学校ではそんな言葉を投げつけられ、バイ菌扱いされて、いじめられた。

中学に上がっても、それは変わらなかった。

『売女の娘』と同級生に指をさされ、卑しいものを見るような目で見下される毎日。

 

そんな私を、守ろうとしてくる教師もいた。だけど……。

 

『結城、なんでも先生に相談しなさい』

 

そう言って優しく微笑む男の目が、私の髪に触れる手つきが、ひどくねっとりとしていて吐き気がした。結局、この大人もあの母の娘である私をそういう目でしか見ていない。

クラスの男達もそうだ。

 

『人の彼氏に色目使ってんじゃねぇ!』

『どうせ教師にも股開いてんだろ!? キメェんだよ!』

 

よくいじめてくる女子生徒に腹を蹴飛ばされ、胃液をぶちまけながら、私は冷めきった目で睨みつける。

 

『……吐き気がする。そんな性格ブスだから、他の女子の方によそ見されるんだよ』

『――ッ、このクソアマ!!』

 

激昂した女子が私の胸ぐらを掴み、拳を振り上げた、その時。

 

『……何してるんだ』

『えっ、、どうして!?』

 

パッと女子達の顔が動揺に染まる。そこに立っていたのは、主犯格の『彼氏』だった。

 

『(お前の本性を見せてあげたくてね。呼んじゃった)』

 

動揺している彼女の耳元でそう呟くと、彼女はさらに怒りに顔を歪ませた。彼氏はそんなやり取りに気づかずに彼女達を怒鳴りつけた。

 

『確かに結城さんの家庭は複雑かもしれない。けど、だからっていじめていい理由にならないだろ! 』

『君には失望した。もう僕達には関わらないでくれ』

 

『大丈夫?』と、彼は私を優しく抱きかかえるようにしてその場から連れ出してくれた。

 

一見、ヒーローが現れたかのような救いのある展開。――だけど、現実はそんなに甘くない。その後、その彼氏からも、優しくされる見返りとして当然のように体の関係を求められた。私はすぐに彼とも距離を置いた。

 

(どいつもこいつも、男も、女も、大人も、子供も、全員等しくクズばかり)

 

 

 

 

 

そして、高度育成高校への入学日の朝。

 

『……じゃあ、行ってくる』

 

酔い潰れた母を横目に玄関で靴を履き、ドアノブに手をかけようとしたその時、寝ていると思った母が顔を上げ、ふと何でもないように呟いた。

 

『アンタが帰ってくるのは3年後……18歳かぁ。今まで育ててやった分、ちゃんと返してもらうからね』

 

ピタリと、ドアノブを握ろうとした私の手が止まる。

頭の中で、何かがブチリと音を立てて弾け飛ぶ。

私は靴を履いたまま、踵を返して母親のいる部屋へと歩き出した。

 

『な、何よ』

 

怯える母親の顔を見下ろしながら、私は低く、地を這うような声で呟く。

 

(……育ててやった、だぁ?)

 

『ふざけんな!!』

『キャアッ!』

 

気がつけば、私は母親に馬乗りになって拳を振り下ろしていた。

 

『お前の、お前のせいで私がどれだけ苦労してきたと思ってる! 誰にでも股開きやがって! キモいんだよクソババア!! こうなったのも全部、お前が不倫したのが原因だろうが!!』

『ちょ、やめっ――』

『死ね! 死ね! 死ねぇぇぇッ!!!』

 

今までの人生のすべて、溜まりに溜まった憎悪のすべてを拳に乗せて殴り続けた。

はっと我に返った時、私の目の前には、顔を腫らして完全に気を失った母親が転がっていた。

 

『……あ、行かなきゃ。バスに乗り遅れちゃう』

 

返り血を洗い流し、私は何事もなかったかのように家を出た。

 

バス停に向かって歩いている途中、意識を取り戻したらしい母親から、呪いのような脅迫メッセージが大量に届く。私は歩みを止めることなく、その携帯を、近くの川へと投げ捨てた。

 

水しぶきを上げて沈んでいく忌々しい機械を見届け、私の過去はそこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの空き教室。オレンジ色の重苦しい光が、私達の間に長く歪な影を落としていた。

 

私は小さく息を吐くと、それまで腰を掛けていた机から、ストンと床に足を下ろした。

綾小路の正面へと向き直り、彼の目を真っ直ぐに見据える。

 

「進学、就職率100%?……そんなの私にはどうでもいいの。ただ平穏に卒業して、どこかの企業に就職して終わり、なんて御免だわ。私はこの学校のルールも,システムも、使えるものは全部利用して、絶対に有名になってみせる」

 

「あんな反吐が出るような狭い世界も、私を見下してきたクズ共も、あのクソババアも……全部綺麗さっぱり切り捨てて、私は私の力で生き残るの。そのために、別人の皮を被ってでも、誰の力も借りずに生きていけるだけの圧倒的な大金を稼いでみせる。……確かに、上手くいかなくて失敗する可能性もある。でも、何もしないで指をくわえているよりは、絶対にマシ」

 

私の過去を、その剥き出しの狂気と執念を、一通り黙って聞いていた綾小路は、怯える風でもなく、ただ小さく息を漏らした。

そして、いつもと変わらない淡々とした声で、静かに口を開く。

 

「……なるほどな。お前がそこまで必死に、リスクを冒してまで大金を欲しがる理由はよく分かった。普通の生徒なら狂気の沙汰だと引くような話だが、お前にとっては文字通り、生き残るための生存戦略というわけか」

 

同情の手を差し伸べるでもなく、かといって私の異常性を拒絶するでもない。

ただ目の前にある事実を、ただの『データ』として淡々と受け止めたような彼の無機質な瞳。それが夕日を浴て、底深く、怪しく光った。

 

「お前の言うとおり、確かに俺は実力を隠している。だが、それは俺がこの学校で普通の学園生活を送りたいからだ。悪いが、お前のような厄介な事情を抱えた人間の計画に、加担するつもりは――」

 

(やっぱり、ダメだったか)

 

想定内の拒絶を前に、私は心の中で小さく苦笑する。

そう簡単に彼を説得できるなんて、最初から思ってなかった。ポイントの半分を渡す条件も、同情を誘うような過去の話も、この男の心を動かす決定打にはならない。

 

(――なら、しょうがない)

 

私には、もう後がない。何が何でもこの男を巻き込むと決めている。

綺麗事で動かないなら、汚い手を使うしかない。男なら絶対に無視できない特大の『餌』を吊り下げるまでだ。

 

「断る」と言いかけようとした彼の言葉を強引に遮るように、私は伸ばした手で綾小路の手首を掴む。そして、彼の大きな掌を自分の制服の胸へと力任せに押し付けた。

 

「あなたが協力して、学校が指定したフォロワー150人を越えたら、――エッチしてあげる」

 

「___」

 

 

返答は、言うまでもない。

最初から分かりきっていたことだ。

だが、せめてこれだけは伝えておこう。

 

 

 

……即答だった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 何だこれ」

 

夕方、スマホをいじっていたとある生徒の元に、見覚えのない通知が届いた。何気なく通知をタップすると、学校専用の動画アプリが起動する。

 

(あぁ、そういえば入学した時にこんなアプリの説明を受けたっけな……)

 

生徒は退屈そうに鼻を鳴らした。

教師達が補習用の動画を上げたり、学校の連絡に使ったりするだけの、存在すら忘れ去られているような退屈なアプリ。

 

だが、そんな認識は、画面の右側で鮮やかに主張する『LIVE』の文字と、そこに映し出された眩い映像によって一瞬で消し飛ばされることになる。

 

「……は? 嘘だろ」

 

生徒は思わず、持っていたスマホを凝視した。画面に釘付けになり、完全に目を奪われる。

そこに映っていたのは、ピンクと水色のパステルカラーを基調とした、セーラー服に身を包んだ美少女。同じくピンクと水色のグラデーションがかかった長い髪をツインテールに結んだ彼女は、カメラに向かってあざとさ100%の完璧なウインクを決めてみせた。

 

『みんなやっほー! 初めまして!』

 

その声は鈴を転がしたように甘く、それでいて脳に直接響くような不思議な中毒性を孕んでいる。

 

『悩める子羊には救済を、退屈な貴方には極上の娯楽をお届け!

インターネット・エンジェルこと、エンジェルちゃん! ただいま降臨!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________

 

※ネタバレ注意

 

このまま学園のアイドル的存在になるエンジェルちゃんことルヰちゃんですが、万が一退学にになった場合、エンジェルちゃんのリスナーにはガチ恋勢や激重感情を向けるファンが多い為、エンジェルちゃんの動画投稿が止まる→もしやエンジェルちゃんが退学になったのでは?→最近退学になった生徒を調べ、エンジェルちゃんがルヰだと特定→退学になった元凶の生徒を調べ集中攻撃→元凶は精神的にも肉体的にもボロボロにされ退学

って流れになる

 

 

ルヰちゃんは料理得意な為、これから綾小路に毎日料理を作り、彼の胃袋をつかむ

※実は体の相性も抜群

 

 

※バッドエンドルートは綾小路に捨てられ、彼にセフレが出来ることが条件

この場合、死人が出ます(綾小路ではない)

 

 

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