壊れても【直る】少年 作:性癖デストロイヤー
――食後の自由時間。
規則で17時から22時までは自由時間となっていて、その中でもシャワールームにおける男性の利用時間が18時~19半まで設けられている。
規則には最初から
なので夕飯を終えてから真っ先にシャワールームに向かい、ついでに炭鉱のカナリア扱いでシャワーの安全性を確かめてきた。
一応、シャワーに危険性がなかった事だけは確かだ。ゴクチョーは平和に暮らして欲しい的な事を言ってたし、皆で使う場所に罠は仕掛けないだろう。
「……少し、探索するか…」
スマホでマップを見る。
2階から地下まで含め、3つのフロアで構成された洋館。気になるのは裁判所だが、鍵をかけられていたので自由に探索出来る範囲ではないのだろう。
1階は外からの入口を含め、倉庫やサンルーム、ゲストハウスまである。気疲れのある現状では、流石に外までは足が伸びない。
ならば部屋の少ない2階の方が良いだろう。2階は図書室と娯楽室があるが……解放さない部屋なのか、幾つかの空白の部屋が気になる。無論、ゴクチョーに逆らって殺されるのは嫌なので今は探索出来ないが。
「……娯楽室かな」
小さく呟き、裁判所前のドアから踵を返すと――
「小山内カエデ」
「うおっ!?び、ビックリした……居たのかよ」
――黒部ナノカ。ゴーグルの付いた黒い鹿撃ち帽に、同色のジャケットやシャツ、チェックのスカートやタイツに至るまで黒で統一された衣装の少女。
二つに結われた黒髪や、陶器のような白い肌と相まって彼女だけ独特な雰囲気を醸し出している。然し何よりも目を引くのは、背負われた銃だ。レイアのレイピアのように最初から持っていたのだろうか?
ナノカは灰色の瞳で此方を見詰め、何かを探ろうとしている。
「何か用か?」
「……話があるわ」
「…今から娯楽室に行くんだけど…」
「私も同行するわ」
「あ、うん」
有無を言わせない雰囲気もそうだが、銃を持ってる相手は普通に怖い。流石に先導して背中を見せるのには抵抗があったのでナノカに先を譲り、俺は後から着いて歩いた。
階段を登り、右手側に見える豪奢な扉。そこに入れば娯楽室だ。
会話のない道中に辟易としながら室内を見渡すと、娯楽室と言うには、現代の若者には堅苦しく感じるモノがあった。
広い室内のずっと奥にはビリヤード台があり、入口から右側にはチェス盤。巨大なスクリーンや古過ぎて実物も初めて見る映写機もある事から、映画も見れるのだろう。映写機があまりにも古いので、観れる映画の内容も察してしまうが。
巨大なシャンデリアは、洋館殺人では良く落ちる印象があるのでこの状況では素直に綺麗だと褒める事も憚られる。
ナノカも初めて入ったらしく、物珍しそうに見渡し、何故かそこらじゅうをペタペタと触って探索した後に奥のソファに座った。
「小山内カエデ、あなたも座ったら?」
「そうするけど……話って?人前じゃ言えない話か?」
「……そう、ね………その通りよ。お互いの為に、ね。あと訂正するけど、話と言うよりは質問よ」
「……………」
何かを見通すような瞳。懐疑と確信、返答によっては敵愾心すら持ちかねない反応。緊張で口内が渇き、唾を飲む。彼女も俺や他の少女と同類、【魔法】を使える魔女候補だ。【魔法】の内容次第ではどんな事だって起きうる。
「――黒部ホノカ、という名前に聞き覚えは?」
「黒部ホノカ…?いや、聞いたことないと思う。ナノカの姉か妹か?」
「質問してるのは私よ。次、あなたに兄弟はいる?
「待て、少し待ってくれ。流石に質問の意図が分からない…!兄弟は居ないし、【魔法】を使えるヤツだって今日初めて出会った!それが何だって言うんだよ…!」
質問とは銘打たれても、その実、尋問に等しい。ナノカは何かしらに確信を得て妙に具体的な質問をしてくる。そして内容全てに対して、俺には心当たりがない。嘘ではなく本当に、思い当たる節がないのだ。
ナノカはじっと俺の目の奥を見据えて、溜息をこぼした。
「……妙ね…嘘は付いていないように見える」
「妙って言われてもな……」
「最後の質問よ――あなたの
「ッ!?」
見透かされてる、なんてレベルじゃない。ナノカは目の前の俺なんか見ていなくて、もっと別の……結論や、それに繋がる道程
何かを知って、俺の【魔法】が【回復】ではないと確信している。
あまりにも気味が悪い。本能が警告している。黒部ナノカは危険だ。全てを見透かした様な目は、いずれ俺の禁忌にすら踏み込んでくるだろう。
怖い、危険だ、緊張で視界が狭くなる。嫌に鈍く鳴る心臓から捻り出される、黒く重い空気。ピキり、と胸の内で何かに罅が入る。
この感情の名前は――【殺意】
感じた事のない殺人衝動が全身を支配する。
全てを暴かれる前に、殺さないといけない。
その眼を向けられるだけで殺意が増幅される。
そうだ、殺したってバレなきゃ良いんだ。事故死に見せかける手段だって幾らでもある。殺した後にシャンデリアを落として事故死に見せかけるとか、幸い娯楽室に二人で入ったのは誰にも見られていないから自殺に見せかける事も――
(…………あっ)
――【形状記憶】発動。
精神が健常な状態へと徐々に【戻る】。薄くなる殺人衝動。
ローブの下で手のひらに爪を食い込ませて、極めて平静を取り繕って答える。
「本当の【魔法】…?本当も何も、【回復】だって言っただろ。食堂で聞いてなかったのかよ」
「そう………なら、話は終わりよ。時間をとって悪かったわね」
「え?あ、おい…!」
立ち上がったナノカは振り返る事もなく娯楽室から出て行った。残された俺は何が出来る訳でもなく、背中を見送った。
――【魔女化】による殺人衝動。
体験して始めて解る。これは抗えない……今も少しだけ残る殺人衝動は、この牢屋式ではストレスによって誰にでも起きうる現象だ。
俺もあと一歩魔法の発動が遅ければ衝動的にナノカを殺していた。もしくはナノカの持つ銃で返り討ちにされていたかもしれない。
「………マズイな…」
精神にまで作用する【魔法】だったから踏みとどまれたが、誰もがそうではない。
ゴクチョーは、絶対に殺人事件が起こると断言していた。その理由を今ならば理解出来る。この状況下で皆がストレスを貯め続ければ、近い将来必ず殺人が起こる。
娯楽室から出て階段を下ると、途中でレイアとすれ違う。レイアは小柄な少女――夏目アンアンを所謂お姫様抱っこで運んでいた。
「おっと、カエデくんか」
「よっす。何かあったのか?」
「……アンアンくんが貧血でね。ノアくんが部屋をペイントしていて、それに驚いてしまったらしいんだ」
「あー、なるほど。医務室に連れて行く途中か……足止めて悪かった」
「構わないよ。こちらこそ、すまないね。時間を取って欲しいと言ったけど、今夜は難しそうだ」
「仕方ないだろ。どうせ長居する事になりそうだし、お互い暇なときにでも話そうぜ」
「そう言って貰えるの助かるよ。じゃあ、私はこれで」
「おう。何かあったら呼んでくれ、多少は力になるから」
レイアは颯爽と医務室の方へと向かって行った。漫画や映画なら男の俺が率先して人を運ぶべきなのだろうが、今は多少のストレスも後が怖い状況。アンアンが人と関わろうとしないのは見て取れるし、そんな彼女に対して異性が出しゃばるべきではない。
意味の無い言い訳を並べて、俺は牢屋へ続く階段を降りて行く。鍛えてないモヤシな身体じゃあ人っ子一人持てる自信はない、なんて言い訳を胸に隠して。
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一晩寝ると、やっと胸に芽生えていた黒い感情が無くなっていた。
清々しい目覚めではあるが、牢屋の中であることを思い出して溜息が出てきた。せめて寝場所くらいは、もっとマシな所を用意してもらいたいモノだ。
時計を見ると6時半だ。これから10時までは自由時間で、ダイニングには朝食が用意されている頃だろうか。昨日の晩御飯を思い出すと食欲はない。
「………朝飯はいいや」
まだ生きるため云々と言い出すほど追い込まれてもいない。アレを食べてストレスを溜めるくらいなら、好き勝手に暮らした方がマシに思えた。
――と、思っていたのが数分前。
結果だけを言えば、シェリーとエマに捕まった。シェリーの怪力から逃げる事なんて、少なくとも俺には出来ない。
食堂まで連行され、不味いモノを口に捩じ込まれてから俺の一日は始まった。
「ではエマさん、カエデさん。何処から探索しましょう!」
「ボクは医務室が気になるかな」
「……おい待て、何で俺が同行する流れになってんの?」
人手が欲しいならハンナかメルルにでも頼めば良いのに、2人は俺が着いて行く前提で話していた。ハンナとメルルを見かけてないのも理由の一つだろうけど。
とは言え、良く考えれば拒絶する理由もない。1人では気付けない部分も、3人もいればまず見逃さないだろう。
「…エマの言う通り、医務室なんてどうだ?」
「おおー、意外と乗り気ですね。何か理由でも?」
「昨日、レイアがアンアンを医務室に運んでたんだよ。食堂でも見てないし、様子は気になるだろ」
「……確かに、アンアンちゃん昨日倒れてから見てないね。顔色も悪かったし、大事になってないといいんだけど…」
「承知しました!では医務室に向かいましょう!!」
医務室は食堂と同じ1階にある。2、3度マップを見れば迷わずに辿り着ける距離だ。食堂を出てから玄関ホールに向かい、出入口とは逆方向にあるラウンジを経由して医務室へと向かう。
今にも走り出しそうなシェリーをエマと宥めて、牢屋敷内を観察しながら歩くが怪しい物はない。いや、怪しい物だらけではあるのだが、明確な理由な根拠を持って異様であると言える物はあまりない。
やがて医務室に着いたが、物珍しい事柄はない。敢えていえば雰囲気が柔らかい。牢屋敷は全体的に物々しい雰囲気なのだが、医務室は爽やかな外の風やお日様の匂いで落ち着く。意外にも薬品臭くはなかった。
3人で室内を覗いていると、一人の少女が駆け寄ってきた。
「あ、エマさんにシェリーさん…カエデさんも、おはようございます…!」
「メルルさん、見かけないと思ったらこんな所に居たんですね」
「は、はい……アンアンさんの具合が悪いって聞いて、放っておけなくて……ごめんなさい」
「謝るモンじゃないだろ。立派だよ、こんな状況で他人の心配を出来るのは」
「そうですよ!えらいです、メルルさん!」
「はわ…そ、そんなそんなそんな……」
顔を赤く染めて謙遜するメルル。誰もが自分の事に必死で、現に俺達は単なる興味本位だけでなく生存に不可欠と思って探索しているのに、メルルは真っ先に具合の悪いアンアンを気遣って医務室に居続けてるのだ。
そんな事を出来るのは、余程優しいか自身の現状に余裕のあるヤツだけだ。メルルは前者なのだろう。優しい人を見ていると、自分もそうで在りたいと思ってしまう。
「アンアンちゃん、昨日から医務室にいたんだよね?具合はどうなんだろう」
「えっと、高熱が出ていて……ゴクチョーさんをお見かけしたので聞いてみたら、さすがに、自室じゃなくて医務室で過ごしても良いとのことでした」
「そうなんだ……わりと緩いんだね」
エマの指摘に、ふと気が付いて魔女図鑑の規則を流し見る。規則の中でも生活規則の項目、体調不良者は拘束時間であっても医務室で休む事が認められている。介助の付き添いも1人なら許されているので、エマの言う通り意外と緩い規則だ。
優しいとも言えるが、勝手に囚人にしておいて、一体誰に向けた優しさなのか……つくづく、牢屋敷は規則も管理体制も歪だ。
一通りメルルと情報交換をしてから、エマとシェリーはアンアンの寝ているベッドに近付いた。俺は……寝ている人も、その傍で何かをされる事も苦手なので少し距離を置いた。トラウマってのは簡単には解消されない。
「…キミたちか」
どうやら、レイアはアンアンの傍で休んでいたらしい。一晩中看病していたからか、声に気疲れの色が乗っている。それでも良く通る声なのは職業柄だろう。
3人がアンアンの病状について話している間、手が空いてしまったので医務室を見て回る。とは言え人が寝てる周りで物音を出すのは気が引けるので、医務室内で唯一外に繋がるドアを通り中庭の方へ歩を進めた。
中庭は四方が壁に囲まれてはいるが吹き抜けの形となっていて空が良く見える。中心には古びた噴水があり、壁際には木々や薬草等が生えていて、古風ながらも緑が多く目に優しい。
テーブルや椅子もあり、軽い茶会をする事も可能だろう。
「どうかな、カエデくん。自然に溢れているし、良い景観だと思わないかい?」
振り返ると、レイアやエマも続いて医務室から出てきていた。身振り手振りで大袈裟な表現方法だが、実に分かりやすい。
「不思議な場所だな。潮の臭いが微かにするから海が近いんだとは思うけど、潮風が混じってるにしては植物が不自由なく育ってる。これも【魔法】的な力が働いていそうだ」
「なるほどね………新しい視点だ。確かに言われてみれば微かだけど潮の匂いがする。でも建物は老朽化は激しいが潮風による風化現象が見られないし、案外キミの言う通りかもね」
「も、もしかしてここって孤島だったりするのかな?」
「有り得るよ、エマくん。【魔女】の処遇には国が関わっているんだ……【魔女】を国に災害をもたらす不死の存在として扱っているのであれば、島くらいは用意するだろう」
「エマさんとは話しましたけど、もしかしたら私たちは既に、元の居場所では亡き者として扱われてるのかもしれませんね〜。国全体でなら隠蔽だって容易いでしょうし!」
明るく言い放つシェリーだが、皆の表情は暗くなる一方だ。もし俺たちの考察が正しいとしたら、仮に脱獄したとしても帰る場所がない。孤島だとしたら、そもそも逃げれない。
これでストレスが溜まるのは良くない。少しでも明るい内容に話題を変えようとしていると、頭上から羽音が聞こえた。全員が顔を上げると、予想通りゴクチョーだった。巡回中なのだろう。
俺とレイアが前に出て、それぞれを背に隠す。力関係で言えばあまり意味はないのだが、多少の怪我は直せる俺が前に立つほうが良い。
「おや、皆さんお揃いで」
「ゴクチョー、仕事中か?」
「そうなんですよね……はぁ……忙しいんですよ、皆さんと違って……」
「嫌味ったらしいこと言ってくれるよ」
「可愛いフクロウの言うことなので、お気になさらず……」
ゴクチョーの正体は分からないが、この鳥には善意も悪意もないように思える。意思はあるけど、巨大な何かに従っている……生き物なのかも怪しいが。
一応は庇っているのだが、シェリーは気にせず俺の両肩に体重をかけて身を乗り出し、輝く瞳をゴクチョーに向ける。
「遭遇出来るなんてラッキーです!ちょーっといいですか、ゴクチョーさん!ここ、随分と古い建物ですよね。ゴクチョーさんは長い間、何度も囚人を迎え入れているのでしょうか?過去に捕まった囚人はどうなったんでしょう!?この牢屋敷ってなんなんですか!?ぜひ教えてください〜!!」
「耳元で叫ぶな…!」
早口で捲し立てるシェリーに対し、ゴクチョーは酷く面倒そうに前置きしながら説明を始めた。
ゴクチョー曰く、この牢屋敷は500年前からあるらしい。当時は魔女を捕らえる檻ではなく、寧ろ魔女が集まって暮らす屋敷だった。【大魔女】を中心に、【魔女】が普通に暮らす屋敷。
然しある時、魔女とは異なる種族――人間が
「それがなんで囚人を捕らえる牢獄なんかに?」
「ええと、それは【大魔女】が――おっと、おしゃべりのし過ぎは良くありませんね。私はこれで……」
シェリーの問いに中途半端に答えかけて、ゴクチョーは姿を消した。
……今の会話で確定したのは、やはりこの場所が【島】である事だ。推察ではなく、ゴクチョーの口から島という単語が出たので間違いないだろう。
牢屋敷の歴史は今の俺には不要な情報だが、大魔女には興味がある。わざわざ【魔女】と【大魔女】が分けられているのであれば、大魔女は魔法の根幹に関わる存在なのだろう。
もし魔法なんて異物が消失したら、俺達は元の居場所に帰れるかもしれない。大魔女を紐解く上で情報が眠っているとしたら――一番確率が高いのは図書室だ。
与えられた情報を反芻しながら、エマとシェリーの後に続いて歩き出した。次の目的地は図書室だ。