炊飯器と冷蔵庫   作:すりーみにっつ

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美人美人びーじーん!

建徳9年-2051年-

この時代の日本は人口約8千万人。600万人の特別永住外国人、労働外国人等を抱えていた。治安上の不安定要因ではあったが、労働力補完のため日本社会はそれを甘受している。

もっとも日本人自体が相当数の犯罪を犯す治安状況であり、令和初期と比べると修羅の時代であったため、外国人犯罪は誤差の範囲かもしれなかった。

 

経済はいまだ世界第5位、極東では凋落した中国と肩を並べる地位にあるが、国内の治安やインフラは平成、令和初期と比し、いまや見る影もない。

 

令和晩年に消滅自治体多数のため行政区分は道州制に再編され、自治体の腐敗、行政能力の低下が国政の課題となったがゆえに、中央集権の度合いが強まっていた。

 

また、想定威力からすると半分程度であったものの2年をおいて2度あった首都直下地震、令和23年南海トラフ地震及び建徳元年以降数年にわたった富士山を始めとする太平洋岸火山帯の噴火災害のダメージは甚大で、日本全国にはいまだ無数の廃墟が残っている。

加勢も父親を亡くしているが、この物語の登場人物たちはこれらの大災害で誰かしら親しい人を亡くしている。

 

加勢達の生きる日本は令和初期の我々からするとポストアポカリプス世界であり、政府の国民管理はディストピアを彷彿とさせる。

 

ただ、いくらか明るい兆しとして出生率は大幅に回復し、日本の人口は10年後には上向き修正となるらしい。もっとも痩せさらばえた日本の教育インフラがその世代を十分教育できるかはわからない。

 

日本人の死生観は揺らぎ、研究者によれば昭和40年代くらいの世相に似通っているそうだ。

令和中期までスタンダードであったいわゆるポリティカルコレクトネスは明らかに退潮を始め、建徳時代はいささか、良くも悪くも「おおらか」な時代となっていた。

 

 

桜野の前に54連隊の9名が休めの姿勢で2列横隊に並んでいる。

その前を桜野がゆっくり移動しながら講評を述べていた。

 

「兎内3曹。お前の班動作はなかなか良かった。」

ハイ!

兎内3曹以下が気を付けの姿勢をとる。

「しかし!敵は飛び道具を持っていない。ゆえに端折っていいところもあった。実際突っ込んでいく吉川を探知代わりにしていただろう。あと上方警戒が足りなかったとお前は思っているかもしれないが、そもそも上下左右の概念がないという着意に欠けている。」

「金澤士長。お前らは刺撃練度が足りていない。あの大谷3曹というのは確かに手練れだが、3方から挑んで討ち取れないことはない。ここが宇宙だということを忘れるな。」

 

親善試合は54連隊が勝利した。

大谷3曹が田中3曹を突いてフラッグをとるよりも早く、金澤班が加勢を倒してフラッグをとってしまったのだ。

 

「田中3曹。吉川を飛ばした判断はよろしい。主攻、助攻の定石にとらわれず均等に部隊を分けたことも理解できる。全般的に指導事項はない。強いて言うならば、区画の形状から判断して、兎内班と金澤班の進路は逆が良かったかもしれない。が、今回は空自側の進路に助けられた。」

田中3曹がハイ!と気を付けをする。

 

うなだれているのは吉川1士だ。

桜野がゆったりと移動し吉川の前に立つ。

「吉川1士!」

ハイ!

吉川が雷にうたれたように直立不動となる。

「独断専行、直情径行、後先かまわぬ突進」

吉川の顔が青ざめる。

桜野の顔がぎりぎりと険しくなっていく。

 

傍でみている岩倉中隊長ら空自一同も胃がキリキリ痛くなってくる。岩倉1尉と徳田曹長は実際胃に穴が開いていたかもしれない。

吉川1士よりも顔が青い。

 

「全部俺の大好物だ!」

吉川が「え」という顔をする。

「自衛官はそうであってはならんが、そうでなければならん。」

吉川がもっぺん「え」と言う顔をする。というか場のみんながした。

 

「とにかく貴様の敵を倒すという気概は買っておこう。」

吉川が「ほ」という顔をした。

 

「それだけに。なんだ貴様は。女の尻に顔を突っ込んだくらいで狼狽しおって。かてて加えて敵がダクトに入り込んだ時の貴様の行動もたえがたい愚かさだ。」

「あ、危ないと思いまして。」

「ならば、即座に状況中止を「お前が」具申するのだ。おろおろする暇があったのなら。そうでなければ敵が次、どこから出てくるか注視する。フラッグに手をかける。いくらでもやることはあった。お前が出てこいと言ったら、ダクトの敵はでてくるのか。」

「で、でて、出てきません。」

 

「半端をするな。猪突猛進なら猛進しきってこい、ばかものお!」

吉川がのけぞったが、岩倉1尉と徳田曹長ものけぞった。

「やっぱ20世紀生まれは厳しいな。」「令和元年入隊だもんな。」「平成の圧を感じる。」大谷達はひそひそ話をしていた。

 

桜野がぎろりと空自に目をやる。

ひそひそ話がすっと止んだ。

「岩倉中隊長、空自もなかなか良い隊員に恵まれていますな。」

「そ、そうですか。いや、まあ訓練のたまものです。」

「津志田3曹。君らは敗れたが、経験が足りなかっただけだ。村田士長、原田士長。君達は相手が悪かった。川路1士。ルールをあくまで守って手を出さなかった判断は尊い。」

名前をあげられた隊員は褒められているのに、脂汗がだらだら流れた。

涼しい顔をしていた大谷3曹も名前を呼ばれてびくっとなる。

 

「大谷君」大谷3曹は君付けだった。

「主攻と助攻を作って適切な経路を与えた判断やよし。ただ、君は自分の技量を頼みすぎた。一人か二人連れて行けばよかったのだ。人を信じなさい。人は宝だよ。」

「奇襲、みたいなものを考えていました。」

「錯雑した自然の地形ならばともかく、この人工の建造物の中では一人も二人も変わらない。人は宝。敵が来たときに盾にもできるし、囮にも使えるんだよ。」

-それは宝なのか-

場の皆が思った。

 

しかし、確かに大谷が誰でもいい。一人か二人連れていればフラッグは空自が先に取っていたかもしれない。

「えー。空自から陸自に身分を変えることもできる。まあ考えておいてくれ。」

桜野は最後にさりげなくヘッドハンティングをしてから、表情を変えてじろりと加勢をみつめた。

 

「嬢ちゃん」加勢は嬢ちゃん呼びだった。

「ハイ!」加勢は勢いよく答える。

岩倉と徳田は脂汗が流れ切ってだんだん干からびてくる。

「今回一番気に入った!」

岩倉と徳田にちょっと潤いが戻った。

 

「ダクト内がいかに危険かは、空自の部隊からもステーション長からも習っていることと思う。」

岩倉と徳田が再び干からび、ステーション長も一気に干からびた。

一応教育項目には入っていたが、強調した記憶はない・・・

 

「それなのに、君は果敢にダクトに活路を求めた。」

これは褒められているのか叱られているのか。

加勢は足掛けに知らず知らず力が入り、不動の姿勢になる。

 

「第四区画ダクトは途中の分岐を間違えると排気ダクトや外壁通気口などに至ってしまう。宇宙線からの防護もままならない区画だ。まさに命がけ。訓練に本当に命を差し出す、その蛮勇!」

-多分、これ怒られてるやつ-

加勢の額に脂汗がにじんできた。

 

「大好物だ!」

加勢は「やっぱ」という顔になる。

 

「自衛官はそうでなくてはならないが、そうであってはならない!」

加勢は「さっきと逆?」という顔になった。

 

「命は粗末なものだ。私に言わせればさほどの価値はない。それゆえに高く売れ!嬢ちゃん、命を安く売るものではない!」

どこかで同じようなことを言われた気がする。加勢の胸がちくっと痛んだ。

 

「あと吉川、謝れ。嬢ちゃんに。」

「は、自分ですか?」

「ちびだのブスだのメンスだの、言いすぎだ。」

メンスとは言っていないし、そもそも聞いたことがない単語だが、吉川は空自の面々をかきわけ、加勢の前に立つ。

 

「わ・・・悪かった。桜野曹長に言われたから謝る、わけじゃない。やっぱあのあとちょっと言い過ぎたと思ったから。

放射線とかいろいろあるから、女が宇宙に来るべきじゃないって思って。それで・・・

それに、その、ブス、じゃない。案外可愛いし。」

吉川1士は「可愛いし」のところでフン、と横を向いた。

加勢「ハァ!?」

 

空自、陸自双方から、ひゅーひゅーとヤジが飛ぶ。

 

吉川1士が向き直る。

「でもな!ちびは本当の事だから訂正しないぞ!」

「馬鹿じゃないの、アンタ!」

「うるせーブース・・・いやカワイイ。」

罵られているのに、なんだかまんざらでもない感情がわく加勢

 

「バーカバーカ!バーカ」

「このちび、美人、美人。おまえなんかビージーン!!」

笑いが止まらない大谷3曹が川路の背中を押す。

川路がそっと二人に割って入った。

 

「あの、そこまででよろしいでしょうか。お二人とも・・・」

あらためて川路を目の当たりにすると山のようだ。吉川は美人美人と罵るのをやめて息を呑む。

「班長殿は、美人ですもんね。」

やれやれ顔の川路。

がるるるる、と鼻息を荒くする加勢をそっと最後列に連れて行く。津志田が回収した。

吉川も兎内3曹が後ろに連れて行く。

 

息を吹き返した岩倉1尉が、早くこの地獄を終わらせるべく双方の前に立った。

「えー。この親善試合で空陸自衛隊の絆が深まったことはまことに喜ばしく思います。我々が陸自から学んだものがあるように、陸の方々も我々から学んだこともあろうかと思います。今後また宇宙で、または地球で会うこともあるかもしれませんが(あってたまるか!)互いに切磋琢磨し、ともに日本を守ろうではありませんか!」

 

岩倉1尉がなんとかうまいことを言い、徳田曹長の司会で双方敬礼しあい、この地獄はようやく散会した。

 

-中隊長室-

「はひー」

「中隊長。本音がもれております。」

「そうは言うが、先任。」

中隊長室でようやく落ち着いた二人がパックのお茶を飲んでいたところにノックがあった。

「54連隊桜野曹長、入ります。」

 

二人がお茶を噴く。

「あ、入ってください。」

 

「失礼して。」

桜野曹長が二人の傍にやってくる。

「お休みのところ申し訳ありません。地球行き往還船が2時間後に出ることになりましたので、ご挨拶にと。」

「2時間後!?往還時刻にないですけど。」

岩倉1尉は目を丸くした。往還船のダイヤは確かもう少し厳格なはずだ。

 

「それはまた急なことですが。まさか、隊員が急な病気とか?」

「いえ、徳田曹長。ちょっと呼ばれた、とでもいいますか。ところでお二人とも防衛秘密の等級はAクラスでよろしかったですか。」

二人は、あ・・・まあ・・・と返す。

 

桜野がアームタブレットを呼び出し、資料を見せた。

アームタブレットとは投影装置が前腕にモニタを映し出すものだ。

 

岩倉1尉と徳田曹長はその資料を見てへなへなと膝から崩れ落ちる。

 

 

-防衛省は、月面警備に陸上自衛隊の部隊を運用し、航空宇宙自衛隊の支援を検討している。その任はシャックルトン警備隊創設に深くかかわった第54普通科連隊をおいてほかにない。また基地施設拡張、維持のため必要な陸上自衛隊の部隊の派遣も視野に入れている。そしてその第1陣は・・・

 

「建徳9年10月のシャックルトン警備隊第3中隊の担任期間に合わせるものとする~~~~~~~~~~~~!?」

岩倉1尉と徳田曹長の声が見事にハモった。

 

「この情報、8月1日付で秘密ではなくなるそうですよ。では、桜野曹長、帰ります。」

きびきびした敬礼をして桜野曹長は退室していった。

 

中隊長室には、互いに上下さかさまになり、顔を見合わせた岩倉1尉と徳田曹長がぷかぷか浮いていた。

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