令和16年の首都直下型地震を皮切りに、日本は10数年災害続きとなる。
令和18年、二度目の首都直下型地震
令和20年の佐多岬台風
令和21年の宮城台風
令和23年南海トラフ地震
そして建徳元年から3年間続いた富士山などの太平洋岸火山帯の連続噴火。
日本ばかりではない。環太平洋諸島もあちこちで台風や噴火災害にみまわれ、遠くヨーロッパ、北米、南米大陸もまた水害、日照りとさんざんであった。
中国などは令和10年の台湾紛争において日米に敗れ、空母2隻、主要艦艇の6割を喪失したが、その再建をようやく果たした直後に南海トラフ地震による津波によって再び2割の艦艇を失い、沿岸諸都市に甚大な被害が出てしまう。
EUは再軍備宣言をしたドイツが一強となり、もはや米国は必要ないと、その態度は露骨であった。
ドイツ首相は大統領を廃し、権限を集中。ちなみにその首相は美大に落ちていない。
落ちていないが、美大卒だという。
イタリアはEUを抜け、ロシアと接近。
アフリカは新興国や古くからの中堅国が合従連衡を繰り返し、慢性的な内戦が20年続いている。
中東もまた麻のごとく乱れ、もはや原油の安定供給は遠い過去の話となった。
世界中が疲れ果てていた。
しかし否応なく科学技術は発展し、文明は衰退することなく、その歩みを進めた。
疲労の極。誰しもがそう思っているところに宇宙開発がたけなわとなる。
科学の進歩は月面を権益の塊に変えた。
疲れたからといって宇宙開発の手を抜けば、その国は置いていかれ、どこかの従属に甘んじることになる。
血を吐きながら続けるマラソンという言葉があるが、2050年の世界はそんなランナーでひしめいていた。
後ろを向けば骸(むくろ)同然の国がいくつも塗炭の苦しみの中にある。
日本は今のところ血塗れになりながらもトップ集団を走っていた・・・なんとか。
「中隊長遅いですねえ。」
「1400に集合と言ったのは中隊長なんですが。」
「待て待てみんな。外で自衛隊の用語は出すな。岩倉さんだ。」
3中隊有志14名は、大宰府天満宮入り口でぼやいていた。
建徳9年9月2日土曜日の大宰府はごった返していた。
令和の中ごろからだが、太宰府天満宮は九州における宇宙関連の総鎮守となっている。
シャックルトン警備隊に限らないが、宇宙事業に携わる者は宇宙に上がる前に太宰府天満宮にお参りをするのだ。
そして。
岩倉1尉が集合場所に現れない。スマート端末にも応答がない。
「迷子じゃないですかね。」
「川路がいるから、近くまで来たら一目瞭然だがな。」
「加勢を肩車したらもっといいんじゃないか。」
などと雑談をしているところに岩倉1尉がようやくやってきた。
「いやいや、すまない。ちょっとね・・・」
皆、中隊長に視線がくぎ付けだ。いや、正確には中隊長ではなく、中隊長と腕を組んでいる女性にくぎ付けだった。
「あの、中隊長、いや岩倉さん。そちらの女性は・・・?」
徳田曹長が恐る恐る尋ねる。
「柳沢さんといってね。結婚も視野に入れているんだ。」
柳沢と紹介された女性。年のころは20代後半。いわゆるアラサーであろうか。
岩倉1尉が33歳なので、年齢的には釣り合っている。
ウェーブをかけたきれいな髪の毛。切れ長の目。均整な顔立ちで美人だが、愛嬌が感じられる表情。
「みなさん。柳沢と申します。よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる。声まで綺麗だ。
「岩倉1い・・・岩倉さん。初耳ですがいつ頃からお付き合いを?」
山本1曹が訪ねた。
待ってましたとばかりに岩倉1尉は皆に説明を始めた。
せっかくだから博多を巡ろうと3日前から福岡入りしていた岩倉1尉は天神の、よせばいいのに場末のバーを見つけてそこで飲んだくれていた。
柳沢氏とはそこで出会ったらしい。
「ちょっと待ってください!」津志田が待ったをかけた。
せっかくの説明の腰が折られる。
「ど、どうした津志田3曹。いや津志田君。」
「3日前に出会った方と結婚するんですか。」
岩倉1尉はニヤリと笑い、説明を続けた。
彼女は運命の人なんだ。
僕が10月には宇宙に上がるというと「それは奇遇ですね。私も上がるんです。」と。
そして僕がシャックルトンに行くんだというと「それはまた本当に奇遇ですね。私もシャックルトンなんです。」と。
いったいどういうお仕事なのか尋ねたら外務省なんだって。
「ちょっと待ってください!」
今度は加勢が待ったをかけた。
「ど、どうした加勢君」
「どう考えても怪しいじゃないですか!」
大谷3曹が加勢を抑えて「俺もそう思うが、言い方が直球すぎ。」と耳打ちした。
「みなさんが怪しいとおっしゃるのは重々承知ですが、本当なんです。彼、岩倉さんて本当に優しくてスマートで。頼りがいがあって。え、身分証明書?いえ、プライベートな個人旅行なので持ってきていないんです。すみません。」
「みんなが訝しく思うのはわかる。しかし彼女と話しているとね、本当のことを喋っているんだなってわかるんだ。
ええと、それから今日まで一緒にね、寝泊りして・・・ね。」
岩倉1尉が顔を赤らめて説明をごにょごにょした。
「中隊長、防大卒業この方独身で趣味もないし、投資に成功したとか言ってたから、たんまり金もってんぜ・・・」
「10月までにあの女勝負かけるぞ。中隊長の身ぐるみはぐ気だろ。」
誰彼なし、ひそひそ話をした。
川路がゆっくり進み出る。
柳沢の前に立ちはだかり、彼女を見下ろす。いつになく冷たい目だ。
「久しぶりだね、るり子さん。」
加勢が食いつく。「名前呼び!?」
「君が会社をやめて消息を絶って。みんな心配してたんだ。」
「久しぶり。昇平君。心配してくれてたの?私を手ひどく振ったけど、やっぱり心配はしてくれたんだ。」
柳沢がにっこり微笑む。その怪しさはともかくとして、とにかく映える笑顔だ。
岩倉1尉は狼狽して川路と柳沢を交互に見る。
川路がみんなにふりむいて事の次第を説明した。
「みなさん。この方は柳沢るり子さんといって、自分が自衛隊に入る前につとめていた会社の同期です。いろいろあって退社して、その、消息を絶っていたものでして。今こうして再会できたのでついつい話しかけてしまいました。すみません。中隊ちょ・・・岩倉さん。」
岩倉「そ、そうだったんだ。川路そうだったんだな。そうか、そうか。」
岩倉1尉がほっとひと安堵したそのとき。柳沢が唐突に川路に抱き着いた。
川路の胸、ではなく身長差で腹に顔を埋めて頬をする。
「本当に鈍い人。私、昇平君に告白したのに全然、袖にしてくれたよね。会社を去る時も最後にあなたと一緒になりたいって言ったのに、昇平君さっぱり話を聞いてくれなかったじゃない。」
岩倉1尉がおろおろして先任に「どうしようどうしよう」と泣きつく。
「大人の恋愛だ。」津志田と加勢が顔を見合わせる。
中隊有志一同のがやがやが止まらない。
川路「告白?」
「そうよ。入社して最初の団結会の時に告白したのに。」
「え?まさか。もしかしてアレ?」
「思い出した?」
川路は思い出した。確かに団結会の真っ最中に柳沢が隣に来て唐突に好きだから結婚を前提に付き合おうとか言っていた。冗談だと思って、袖にしたら柳沢も「そうだよね、急すぎるよね!」と大爆笑していたので、それで終わった話だと思っていた。
「あれで私はふっきれて出世街道にまい進。でも取引先の部長と仲良くなりすぎて失脚。原点に戻るために、最後にあなたにもう一度お願いしてみたけど、あなたはちっとも話を聞かなかった。」
え、そうだったっけ。
川路の顔が青ざめる。
「川路ってひょっとして鈍い?」「ひょっとしなくても。」津志田と加勢がひそひそ話す。
川路「手当たり次第に同期にアプローチしていたっていうのは?」
「あれね。あの時私、自信を失っていて。自分に魅力が果たして残っているのかわからなくて。あなたにまっすぐ行けなかった。寄り道して話しやすい同期にアプローチして見せてなびくかどうか試してた。それで、手応えを感じてこれなら昇平君にアタックできるって自信をつけて・・・玉砕したってわけ。」
「それはそれとしてとんでもねえ女だよな。」「中隊長、空気」津志田と加勢はふたりしてあきれる。
「るり子さん。僕も君を誤解していたのかもしれないし、知らぬこととはいえ君を傷つけていたようだ。すまない。」
川路の謝罪を聞いて柳沢は両手で川路を突いて後ずさった。
「や、柳沢さん。」
岩倉1尉が柳沢におろおろ近寄る。
「岩倉さん。」
柳沢が岩倉1尉の顔を両手で持ち、キスをした。
しばし。数秒か、数分か。場のみんなの時間が止まった。
気が付いたら唇は離れていた。
「岩倉さん。3日間楽しかった。ありがとう。こんな私でも結婚できるのかなって夢をみることができました。でもごめんなさい。一緒になれないわ。」
岩倉1尉は呆然自失。呆けた目で柳沢を見ていた。
「みなさん。岩倉さんをよろしくね。いい人なのは間違いない。お人よし。悪い虫がつかないように見張ってあげて。じゃね。岩倉さん。それと。」
柳沢はうるんだ目を川路に向けた。
「またすぐ会えるよ、昇平君。」
柳沢は人ごみの中に消えていった。
「中隊長~大丈夫ですって。」
「岩倉1尉。きっと別の女性とすぐに仲良くなれますよ。」
徳田をはじめとする中堅以上の空曹が中隊長を囲んでかわるがわる慰めていた。
もう誰も自衛隊用語を気にしていなかった。
「川路が現れたから方針転換して逃げたんじゃないの、あの柳沢って女。」
加勢が川路を見上げて持論を展開する。
「そうかもしれません。るり子さん。柳沢さんの言ってたこと、全部本当とはちょっと思えないんですよね。自分も。」
川路を取り巻く3曹以下の若い連中が質問攻めにする。
柳沢は岩倉1尉を言いくるめて身ぐるみはごうとしていたが、偶然過去の知り合いである川路と会ってしまい、作戦の失敗をさとって去ったのだろう。
「川路~罪な男だよね。」
加勢が肘で川路の太ももをつつく。
「はは、なんとも情けない話です。柳沢さんの言ったことが本当だったら、彼女には悪いことをしてしまいました。まさか会って3日目の団結会で結婚前提に交際を申し込まれるとは・・・それも宴会の真っ最中に。」
「そら、難易度高いわ。」津志田が川路をフォローする。
3中隊岩倉慰め団と川路質問団が天満宮広場にさしかかる。
なにやら騒動が起きている。
ひとごみで見えない。
「川路、肩車して!」
「了解。」
川路に肩車された加勢「喧嘩だ!喧嘩だよ!」
徳田「巻き込まれんなー」
「宇宙に上がる前に警察にお世話になったらつまらんけんな。」
川路の前の人混みが何かを避け、その何かが川路の足元に転がり込んできた。
若い男性だ。何か制服らしきものを着ている。
その男は鼻血をそででふいてまた乱闘に加わりに行くのだが、加勢と目があった。
「あ」
男「あのときのちび!」
加勢「あのときのバカ!」
その男性はタカマガハラで会った54連隊の吉川だった。
制服らしきもの。
陸上自衛隊の制服だ。
勝ちどきが聞こえてきた。
「おぼえてろ!」乱闘の集団から一方のグループが散り散りに逃げて行った。
そこに残っていたのは、これまた見覚えのある顔がちらほら・・・
「いい女性に会う前に、いやあ、とんでもない連中と会っちゃいましたね。」
山本1曹が中隊長と徳田にハハハと冗談を飛ばした。