「川路。今度は大丈夫?」
川路はしばし考え、暗い表情をする。
「すみません。加勢士長やはり怖いのでお願いします。」
「もー。いい加減なれなきゃね!」
と、川路を叱責しながら加勢は川路の手の甲に自分の手を乗せて握る。
川路が横目に見る。加勢は目をぎゅっとつぶっていた。動き出す直前のジェットコースターの乗客がきっとこんな感じだろう。
ほどなく打ち上げが始まり、彼らは宇宙へ。
こうして警備第3中隊は再びタカマガハラへ集結した。
第2次練成滞宙が終わればそのままシャックルトンへ向かう。地球とは3カ月と3週間ばかりお別れである。
いま、警備3中隊は最高に仕上がっていた。
昨年末、シャックルトン警備が決まるや士気は高まり、自然、訓練には熱が入った。
9月の体力検定で加勢は念願の体力検定2級に合格し、川路は体力徽章を手に入れた。
ベテランも初の隊員もその別なく、みな気持ちを昂ぶらせている。
到着して隊員たちは陸自を探してみたがやはりタカマガハラにはいなかった。
JAXAと縁の深い航空宇宙自衛隊は昔からタカマガハラを活用させてもらっているが、つてのない陸自はどうも米軍と共同でケープカナベラルからシャックルトンへ向かっているようだ。
あるいはアメリカのリバティステーションを経由しているのかもしれない。
キョロキョロする同僚たちに半笑いの大谷が言う。
「ま、いやでもシャックルトンで会うんやし、別におらんでええやろ。」
そう、それより船外活動練成である。
無重力と低重力の違いはあるが、42式気密服の本格的活用である。
水中でも危険はあったが、宇宙となるとその比ではない。
タカマガハラの営庭ともいえる2枚の羽根で挟まれた場所が船外活動訓練場だ。
一度に20名前後が出て2時間ほど訓練する。
外に出る前に減圧体操を練習し、実際の減圧に臨む。北防府でも訓練施設でやったことだが、扉1枚挟んだ向こうが死の世界となると、緊張感は否応なく高まる。
そして扉は開き、わずかに残った空気が排出される。
眼前に広がる大宇宙は漆黒だった。
「吸い込まれるような青空」という表現があるが、宇宙の漆黒は吸い込みにくる。
加勢は、いや。加勢に限らない。川路も。
初めて宇宙に出た隊員は皆、動けなかった。
恐怖感。皆といるのに襲ってくる孤独感。
人間の感覚が圧倒されるのだ。
斜め上には地球。
眩しい。地球が光っている。
「川路」
加勢が少し浮いて川路に背をあわせる。
「怖くない?」
川路は加勢の手をとり握った。
「加勢士長。怖くないわけないじゃないですか。」
「私についてくれば、大丈夫だから。」
いま、川路は加勢が頼もしかった。
進むも引くも、加勢士長といよう。
訓練がはじまる。
無重力だが質量はある。
重さは感じないが物を動かしたり止めたりするのに力がいる。この不思議な感覚にみな戸惑うのだ。
また「どこにも落ちないが、どこにでも落ちていく。」感覚に包まれ、パニックになる者もいる。
ガス噴射訓練も行われる。
セイファーと呼ばれる体の7カ所に取り付けられた噴射口からガスを出して姿勢制御や移動をおこなう。
それぞれがもつアシストAIに目標を指示すれば、最適解を導き出して自動で噴射してくれるのだが、基本基礎訓練ということで、手動で行う。
大概の者はくるくる回転するばかりで、ちっとも進まない。
研修組は大笑いするのだが、実際自分の番でくるくる回転すると、こんなに怖いことはない。
そんななか加勢は元から宇宙育ちだったのかもしれない。
全ての課目を十分にこなしていった。
これは掛け値なしにすごい。
加勢士長は本当に宇宙人なのかもしれない。
セイファーの回転がとまらない川路は、体が一周するたび目にはいる、器用に動き回る加勢に感心しきりだ。
5日目には船外活動検定が行われる。
航空宇宙自衛隊では、宇宙特技隊員に最低限5級以上を取るよう基準を設けている。
気密服の装着
気密服操作要領の習熟度
減圧対策(減圧体操など)
船外での基本的動作8個
船外活動での基本的な移動方法8個
船外活動での障害通過
セイファーの基本操作8個
これらを実技と座学で測られる。
結果
川路は5級
その他の隊員もだいたい4〜5級
そして、加勢はなんと特級!
「宇宙生まれにはかなわねえよ!」
「へっへーん。」
加勢は胸をそらして人差し指で鼻の下をこする。
「なんだその平成仕草は。」津志田が突っ込む。
「お母さんが持ってた漫画のキャラがやってたんです。」
「徳田曹長が赤ちゃんの頃だな。」
「先任も赤ちゃんの頃があったんですねー」
・・・などと調子に乗ったのがよくなかった。
おさらい練成のときのこと。
加勢はセイファーで余計な操作をしてぶっ飛んでいってしまう。
咄嗟に足に抱きついた川路とともに、タカマガハラの訓練場の「屋根」を越え、命綱がピン!と張った。
回転する加勢と川路。
漆黒の宇宙と眩しい地球が交互に視界へ飛び込んでくる
そして何度目かの回転で川路は加勢がグッタリするのを気密服越しに感じる。
医務室で目を覚ました加勢はタカマガハラステーションの船外係長、先任、教官の山本1曹らに代わる代わるめちゃくちゃに怒られた。
「まあ、いい薬かもしれんが。令和ではあるまいに。あんなに怒られるもんなんだなあ。」
3中隊の面々は加勢の怒られっぷりに感心するやら同情するやら。
「川路。お前は大丈夫だったのかよ。」
「ハイ。大丈夫でしたが、生まれて初めて恐怖感で小便をもらしました。」
「はは…実は最初に出た時、俺も漏らしたよ。」
互いに告白しあい、案外みんなして漏らしていたんだなと笑い合った。
その晩
「加勢士長」
川路が食堂と居室をつなぐ廊下で呼び止めた。
「川路…」
加勢は川路を巻き添えに、ヘタをすれば死なせていたかもしれないことを気に病んでいる。
「川路は気にしなくていいって、言ってくれるんだろうけどさ。それじゃダメなんだよ、私は。」
「加勢士長、そんなことよりこれ見てください。」
川路はアームモニタを出してアシストAIを呼び出した。
女の子のキャラにデザインされている。
「これもしかして。」
「加勢士長を作ってみました。」
アシストAIはおまけ機能でキャラの見た目をデザインが出来るのだが、プロンプトを工夫することで、人格デザインもできる。
川路のアシストAIがしゃべる。
「川路!次は3日ぶりのシャワーなんだから早く用意して行くよ!」
「私じゃん!」
「すみません。勝手にデザインしてしまいました。」
「キモい!アハハハ!」
「加勢士長に叱られていると、自分は動きがはかどるのです。」
「なんてプロンプトうったのさ!」
「なんといいますか。加勢士長の口調とか、そういうのをチマチマ入力してましたら、思いのほか再現度が高くなりました。」
「じゃあ私は川路作っていい?いいよね。川路は勝手に私つくったんだから!」
「是非作って、出来たら見せてください。」
加勢はその晩、消灯までAIデザインで川路作りに没頭した。
「どういうプロンプトを入れたのか、か…」
川路は寝床の電気を消し、目をつぶる。
年上で人生経験もなにもかも上の後輩を導くのに必死な、義務感の強い子供っぽい頑張り屋の女の子。
と言った感じのプロンプトを試しに入れたら加勢が出来た、とは言えなかった。
明後日はついにシャックルトン行きである。