炊飯器と冷蔵庫   作:すりーみにっつ

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ミリオン号事件

国際連合の宇宙計画部が金星に有人探査船を送り出したのが7年前。金星で得られたデータに北極海の資源採掘を促進できる情報があると判明したのが去年。

 

しかし、アメリカ、イギリスそして日本しかその存在は握っておらず、しかも精査するために必要なコードはエルサルバドルに潜伏するアメリカの諜報員がデータとして持つ、という複雑な状況になった。

 

すでに西側各国、中国、ロシアも薄々かぎつけている。データ送信は傍受される可能性が高い。

 

アメリカは大胆な輸送方法を思いつく。

陸路、海路がダメなら宇宙はどうだ。

宇宙の往還船なら厳選された人間しか乗らない。

宇宙港から宇宙港へ。

 

第8次国連宇宙輸送計画。

エルサルバドルの宇宙港からリバティステーション、月を経て、3か所のメガステーションに物資を届けてからケープカナベラルへ行く宙路。

 

エルサルバドル。中米からメキシコを越えればもうアメリカだ。こんなに近いのに宇宙を経由するわけがないという盲点をつく輸送作戦だ。

 

事実、計画は途中までうまく行っていた。

だがやはり各国は輸送要員に工作員を紛れ込ませてきた。

 

ケープカナベラルへ帰る途中、工作員達によるデータの奪い合いが発生し、輸送往還船ミリオン号は操縦不能となり、大気圏へ消えていく。

地上への破片落達を防ぐため船体の予防分解があり、乗組員は全員死亡した。

 

もちろんデータは永遠に失われる。

 

しかし、この事件にロシアと中国の工作員が関わった証拠が残ってしまった。

偶然、近傍宙域で活動していた日本のデブリ処理船が中国のステーション由来のデブリを拾ったのだが、その中に含まれていたのだ。

 

ここからが泥仕合。

諜報員が絡む後ろ暗い事案ゆえ、大々的には報道されていないが、関係各国は水面下で非難の応酬を繰り返していた。

 

そのうち、普段各国が自重していたアレやコレや。自重の必要なしという方向に流れ、国際的な緊張はひさびさに高まっていった。

 

警備3中隊が中華ホッパーを見たのが、まさにその緊張のさなかである。

 

―シャックルトン基地の一室―

「ナツミさん、死んじゃったんだ。」

岩倉1尉ががっくり肩を落とす。

アームモニタに職員死亡のお知らせが来たのだが、その中に岩倉の知り合いがいた。

 

加藤ナツミ2等空尉

ミリオン号に乗り込んだ日本側の工作員で、ミリオン号船長アメリカ宇宙軍ステップ大佐とデータ護衛をしていた。

ナツミ・ステップペアならば大丈夫だろうと目されていたのだが…

 

もちろん岩倉はそんなことは知らない。

岩倉は航空総隊勤務時代に加藤が任官してきて、2か月ほど指導係で接したことがある。

 

ケタ違いに優秀な女性で、最後の2週間は逆にいろいろと教えられていたようなものだった。

 

「キレイな方ですね。」

肩越しに柳沢るり子が岩倉のアームモニタを観る。

「はい、とてもキレイな後輩でした。」

岩倉がそういうと、柳沢るり子は岩倉を睨んで「アハハ」と笑って帰っていった。

「え、なんで…」

 

徳田曹長の書類整理を手伝っていた津志田が「ったりめぇだろ…」と独りごちた。

ちなみに2051年の今も紙媒体はなくなっていない。

 

 

「加藤3尉が…」

夕食の帰りに加藤2尉の訃報を知った川路は歩みを止めて、アームモニタのお知らせを穴が空くほどみた。

 

南防府基地の新隊員前期教育で、一度会ったことがある。

風致地区と呼ばれる芝生の広場で休憩中、同期たちが代わる代わる柔道の技をかけてくるのをキャッキャしながらかわして遊んでいた。

 

ふと、一人の制服姿の女性幹部がしゃがんで眺めていた。

 

「君、つよいのね。」

そばの班長が気づくや、気をつけをかけ、敬礼した。

「第2班訓練休憩中です!」

「御苦労さまです。」

 

たおやかな、百合の花を思わせる人だった。

 

「はじめまして。私は加藤3尉。通りすがりの総隊の者なの。そこの大きな君、握手していい?」

 

同期達がやんややんやと騒ぎ立てる。

「カワジーニ!」「あっくっしゅ!あっくっしゅ!」「握っちゃえ!」

班長が狼狽しているのがちょっとおかしかった。

 

川路がおそるおそる加藤3尉の差し出した手を取り、握る。

 

「やっぱり。重心が地球の底にあるみたい。」

「じ、自分は柔道をやっておりましたので!」

 

「んー。君の友達がやってたみたいに私も技をかけていい?こないだ習ったんだ。」

「ど、どうぞ。」

たわむれがすぎる。しかし。

華奢な百合の花が、さて何を仕掛けてくるのか。

冗談だろうとは思うが、一応真剣になろう。万一でも怪我はさせ

 

シュババ!

 

気がついたら川路は腕を極められ、首筋を加藤3尉の二の腕が絞めていた。

力をいれられたら、落ちるとわかった。

 

「こんな感じ。どうかな。」

そう言うと加藤3尉は技を解き、制服についた芝生をはらって川路の手をとって起こしてくれた。

 

加藤3尉はみんなの方を向いて

「君たち。私の特技は宇宙。君たちもおいで。」

と言って去って行った。

 

特技が宇宙

柔道の凄技

いろいろと結びつかなかったがインパクトだけは強烈だった。

 

川路は背中に感じた加藤3尉の胸の膨らみと腕に絡みついた太ももの感触を思い出して赤面しっぱなしだった。

 

 

「川路ー!」

加勢が背中をばちーんとたたく。

「なにしんみりしてんのさ。お姉さんに言ってごらん。」

「あ、いえ。知っている方が亡くなったもので。」

「え、あ。ごめんね。」

「新隊員のときに会ったことがある方なんです。」

「教官とか?」

「通りすがりの方です。」

「よく覚えてたね。」

「柔道で負けましたから。」

 

通りすがりに柔道の試合を申し込まれた?

そんで川路がやすやす負けた?

新隊員教育中に?

 

「どういう状況?」

「えー、話すとちょっと長いのですが。ちなみにこの方です。」

川路がアームモニタをみせる。

加勢は言葉を失う。

 

加藤教官。

 

新隊員後期課程で確か宇宙物理を教えてくれた教官だ。

荒っぽい口調でバシバシ言ってくる気風の良いお姉さん教官だった。

花。花に例えるというより、どかーんと爆発する花火みたいな人だった記憶。

 

休憩中に一度雑談をしたことがある。

「女はねえ。男のメンツを愛嬌で操縦するのが最強よ。」と、よくわからない人生訓を教えてくれた。

 

「加藤教官だ!」

「加勢士長もご存じなのですか?」

「後期課程で教官だったよ。」

「そうだったんですか。」

声に力がない。川路が落ち込んでいるのがわかる。

 

―なーんか気にくわない―

 

「川路、加藤教官と柔道やって負けたの?」

「はい。完敗でした。」

「ホントに?」

「はい。信じがたいでしょうが…

もっとも、ちゃんとした試合でよーいドンでやったら負けなかったと思いますが。」

「闇討ちされた?」

 

加藤教官が川路を闇討ちするイメージがわかない。

 

「ははは…。戯れに手を握ったところから技をかけてもらったのです。そうしたらあっという間に極められ、手も足も出なかったのです。油断もしてましたが、あれは構えていてもやられていました。」

 

「へえ、加藤教官って強かったんだ。」

 

 

岩倉がしょんぼり歩いていたら加藤加藤と耳に入ってくる。

誰か加藤2尉の知り合いでもいたかと、顔を向けると加勢士長と川路だ。

 

「お前ら、加藤2尉を知っているのか?」

加勢が敬礼をする。

岩倉が答礼をする。

「はい。自分は新隊員後期課程で。川路1士は新隊員前期で。それぞれ会っておりました。」

 

「そっか。加藤2尉は中隊長の後輩でね。」

加勢「中隊長もでしたか。私たちもショックを受けたところでした。」

 

「よし、二人とも献杯をしよう。ちょっと付き合ってくれ。」

「献杯?」

川路「亡くなった方にたむけるお酒です。葬式での乾杯みたいなものです。」

 

―隊員クラブ「しゃくる」―

「はわわわわ」

さっきまで頼れる兄貴分中隊長だった岩倉の腰が砕ける。川路もちょっとひるんだ。

 

したたかに酔った先客がいたのだ。

「岩倉さんに、昇平くんに…それとお嬢さん。」

「加勢士長です!」

「失礼、加勢さん。」

うふふと笑い、柳沢るり子は言い直して酒を煽った。

 

「みなさん、ひょっとして加藤さんの追悼かなにか?」

「あ、ハイ。たまたま3人とも知り合いでして。」

「…そう。」

柳沢るり子が机の端から3人にグラスを出し、日本酒を注いだ。

「加勢さんはなめるだけでいいのよ。」

「飲みます!」

 

岩倉「え、献杯。日本酒をいただけるのですか?」

柳沢るり子「岩倉さん。岩倉さんの大切な方だったんでしょう?私にも献杯させていただけますか。」

 

岩倉「では、僭越ながら…若くして亡くなった故加藤ナツミさんに。」

岩倉がグラスを掲げた。

柳沢るり子と川路もグラスを掲げたので、加勢も掲げた。

 

岩倉「献杯」

 

しばし、岩倉たちは在りし日の加藤ナツミの話をする。

岩倉が頼んだつまみが並び、ちびちび食べながら岩倉は涙をふく。

ほどなく柳沢るり子が、では私はこれで、と席を立った。

「加藤さん、キレイな方だったんですね。」

去り際に岩倉にささやく。

「あ…」

「思い出の中のキレイな方。大事にしてくださいね。岩倉さん。」

岩倉の頬を人差し指でなぞり、柳沢るり子は去っていった。

 

「川路。どういうこと?」

「さあ。柳沢るり子さんが中隊長のメンツを立てたってところでしょうか。」

「メンツで操縦だ。」

「その表現はあまりよろしくありません。」

「そだね。でも、きっと大事なことだよ。」

 

岩倉中隊長は幸せそうな顔をしていた。

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