「ホバータイプが来ます。」
岩倉はスコープで確認する。
先頭のホバータイプは49式磁懸浮車一型…確か天駆とかいう名前だったか。
ホバーが撒き散らすレゴリス煙がもうもうと上がる。そんな突進をしてくるため、全貌はまったくわからない。
光学、熱学、音響、各種光線機器。何を使っても撹乱粒子とレゴリスを撒き散らすホバーは観測できない。
「シュワルツコフの射撃準備完了。いつでも撃てます。」
―あれ?まだ実射訓練やってなかったよな―
今はそんなことを考えている場合ではない。
シャックルトン・リム南区域から米軍が来援するまで5時間。
米軍来援まで決死の戦闘で持ちこたえる。
100年前の北海道の自衛隊がやっていたことを岩倉は今、月面でやっている。
―俺はもともと空自の高射なんだが。これじゃまるで陸自の普通科みたいだな―
まあ、ボヤいてもはじまらない。
ホバー車両が爆発した。
「ホバー車が地雷を踏みました。」
山本1曹がうわずった声で報告する。
月面用地雷は、というか2050年の地雷はスマート機構があり、自己判断で適切な時期に爆発する。
ホバーのように接地していなくても関係ない。
月面特有の土煙があがる。
あの煙、というか岩石、レゴリス。そのいずれかの一粒でも浴びれば気密服は裂け、たちまち戦死だ。
ホバーの僚車が続く。
手前にレゴリス煙がいくつもあがる。
月面自走砲2型の震岳というやつか。多分、30キロ後方。つまり広寒から撃ってきているのだろう。
「制圧射撃…だったかな。脅威国2の機械化月面戦闘団の戦術だとホバーを危害範囲ギリギリまで出してからの射撃だから、なるほど教範通りに動くんだな。」
岩倉は感心する。
あの土煙の中で部下の何人かが確実に死んでいるのだが、もうそれを思考に組み入れる余裕はなかった。
「山本1曹。次は人員輸送車が突っ込んでくるはずだ。シュワルツコフでやってくれ。」
「了解」
人民解放軍は教範通り、ホバー車を超越させて人員輸送車を前に出し、気密服の兵士を吐き出していく。
防護ポストからの警備3中隊の射撃が彼らを捉え、兵士たちはバタバタ倒れていった。
「いいぞ。これなら米軍を待つまでもない。討って出れば撃滅できる。」
岩倉は震える声で命令した。
「突撃に」
山本が無線で中隊に伝達する。
「前へ!」
岩倉は気づけば先頭を走っていた。
「突っ込めー!」
警備3中隊全力突撃だ。
敵の射撃で、次々に部下が倒れていく。
あの小さいのは加勢士長だろう。かわいそうに吹き飛んで粉々になってしまった。
あの大きいのは川路。気密服がやぶけて窒息しているのか。かわいそうに。
かわいそうに…
かわいそう…
かわい…
か…
ハッ
目が覚める。
地球の安全保障環境が著しく悪化している。
米軍もキャンプシャックルトン・リムの警備段階を一気に3つ上げるらしい。
…と、肝付基地の警備隊長からレクチャーされたのが効いたか。
「とんでもない夢をみてしまった。」
しかし。
1中隊と交代して2週間でこんなに情勢が変わるとは。なんでよりによって俺の時に。
1中隊長はうまい時期に交代したもんだ。
今頃ホッとしてるんだろう。畜生。
シュワルツコフとジャックラビットがあるのがせめてもの救いだ。
ジャクトンさんに、いや、柳沢るり子さんにもあらためて礼を言わねばな。
その頃シャックルトン基地の前進ポストには第1小隊が警備にあたっていた。
「いいか。ホッパーは1型と2型、2型に長アンテナがついたのの3種類がある。」
小隊長の雨宮3尉が地図を開いて説明している。
アームモニタもいいが、一堂に会した場面では昔ながらの紙の地図にクリアフィルムを貼ったものが使い勝手がよい。
「ここ。ナマコ台と三角リムをつなぐ空際線上。ここが敵の進入経路。ここに土煙が上がったら敵が来たってことだ。」
「2小隊の萱島が見たとか。」
「ルナクル(装甲ルナクルーザー)で確認しにいったが、何もなかった。」
「仮眠明けは見間違えもあるだろう。だが狼少年だけは避けろ。」
第1小隊15名が交代しながらこれから3日間警備につく。
シャックルトン入りして初の警備だ。
大谷分隊がポスト入りする。
定期巡察。警備モニタ確認。警備任務中は気密服を着用しヘルメットはいつでもかぶることができるようにしている。
身体的負荷は高い。いくら低重力といえど、常時気密服着用というのは、体力が奪われていく。
それに加えて軍事的緊張である。
「川路。警備下番したら津志田3曹と笹嶋士長と米軍食堂行こう。」
「日本円使えますかね。」
「じゃーん」
―令和っぽいな―
加勢の言動はいちいち令和とか平成くさい。
「ルナ$」
加勢は100ルナ$を見せびらかす。
10ルナ$札が、9枚に5ルナ$札が2枚。
「どこで手に入れたんですか。」
「こないだ柳沢るり子さんが両替してくれた。」
建徳9年の物価は令和初期の約2倍〜3倍になっている。
令和初期に1パック300円だった卵は700円前後。二等空士の初任給は令和初期に22万3500円。現在は44万8900円。
そして為替は1ドル250円。
つまり、加勢の100ルナ$はだいたい2万5000円である。
ルナ$は一昨年に導入された。まだ1ドル1ルナ$だが、近い将来為替が生じる予定らしい。
加勢は米軍食堂の29ルナ$するニューヨークステーキを狙っている。
これを食わずに地球には帰らないと鼻息が荒い。
「一緒にたべよ、川路。」
「自分はルナ$がないのですが。」
「先輩のおごりです。」
「いえ、それはさすがに…」
「ニューヨークステーキ2枚はダメ。1枚ね。」
やれやれ、どうしたものか。
加勢士長のウキウキ具合。無下に断るのも気が引ける。
「川路。私、この警備がおわったらニューヨークステーキたべるんだ。」
「加勢士長いけません、そのフレーズは。」
川路は平成から令和にかけてそういう不吉なネットスラングがあったと聞いたことがある。
ジンクスなんか普段は気にしないのだが、これだけ緊張感が高まっている今は流石に気味が悪い。
「え、なんで?」
加勢士長は知っててやってるのではなく、普通に振る舞うと令和仕草になるのだ。
「ん?」
無線がはいる。
「っぱ」
「ー」
加勢も川路も耳を澄ます。
「ー1型」
「ホッパー1型向かってくる。」
前進ポストの笹嶋士長の声だった。