「行かせてください!」
車いすに乗った警備1中隊長葉坂1尉が警備隊長に直談判している。
地球に降りたばかりでまだ筋力が回復していない。リハビリセンターから脱走してきたのだ。
警備隊長
「行かせられるわけないだろう。そもそも知っての通り、中隊のローテーションは空幕が決めているんだ。」
1中隊長葉坂1尉はぎりぎりと歯噛みする。
「自分が上番していたならば、広寒まで攻め込んでやりましたものを・・・!
岩倉さん!中国と殺りあえるんだなあ!なんて幸せなんだ。」
警備隊長は岩倉でよかったと心底ほっとした。
「葉坂。お前の意気込みはよおっくよおくわかった。だが、地球に戻ったばかりでもう一度すぐに月面に行くなんてのは問題外だ。」
「わかりました。しかし増援計画があるとは聞いています。2中隊をぜひ。ぜひ!4中隊ではなく。」
2中隊長は1中隊長の後輩で、葉坂と同じくらい前のめりの武闘派だ。
もちろんそうではあっても独断専行で先制攻撃なんかはしないだろうが、四六時中、5分おきに「やらせてください。」と打診してくるのは目に見えている。
宇宙適正があって選抜されてやってくる幹部は、牙をむき出しで獲物を狙う狼みたいなやつか、秀才チワワかの2択だ。
-両極端すぎる-
増援は4中隊で決まっている。
4中隊に5中隊の要員をくっつけて増強中隊にして送るのだ。
事態緊迫につき、滞宙訓練は3日。地球を出て2週間後に月面で戦力化という手はずだ。
4中隊長は飛行機から降りて地上勤務になって久しい45歳の冷静な男。丸崎3佐。
冷静なのはいいが、石橋を叩きすぎるきらいがある。
まあ、泳いで渡って攻め入るタイプではないのでよかろう。
米軍が航空宇宙自衛隊シャックルトン基地に駐屯する案は米議会で否決された。
本来、軍の裁量範囲なのだが、月面での軍事行動には議会の承諾が必要だ。
もちろん、中国を無用に刺激してしまうからだ。
米国も中国と世界中のあちこちで駆け引きをしている。いたしかたないのかもしれない。
もっともその代わりに来援しやすいよう、鉄路を2線増設する案は可決され、すでに着手されている。が、完成には3か月かかる。
外務省と防衛省が折衝で米軍に兵器供与を打診したが、それも断られた。しかし、現地調整でなんとか月面車両とホッパーを何台かが供与されたのは、いくらか明るい話題だ。この供与には在月のアメリカの有力議員が動いてくれたという。
とはいえ焼け石に水。
広寒に配備されているのは人民解放軍の一個機械化月面軽旅団980名。
月面戦闘車両10台、飛翔車両12台。自走砲3台。装甲人員輸送車45台。
これは公表されている数であって、実際はもっと多い可能性もある。
シャックルトン警備隊はおよそ70名。月面移動用車両が20台。戦闘車両は米軍供与3台を入れて4台。ホッパーが米軍供与を入れて6台。
とうていかなう相手ではない。
これに増強した4中隊90名を派遣すればかなりマシにはなる。しかし機械化が足りない。あくまで軽易な警備を目的として編成された警備隊に本格的な月面野戦は荷が重い。
「月面野戦」はいまだ人類が経験していない戦闘だ。
想像だけで組み立てられた戦略、戦術、戦法。それにあわせて作られた各種兵器。
何が起こるのかは誰にもわからない。
あ、いや。ひとつわかることはある。
始まってしまえば。
シャックルトン警備隊のごときは簡単にすりつぶされるということだけは。
-前進ポスト-
雨宮3尉のもとに歩哨からの報告があがってくる。
確認されているのはホッパー1型2台、2型アンテナ型が1台。
40m高度を維持しての偵察を繰り返している。
過去にない活発さである。
教範のとおりであるなら。この後、ホバーが出てきて、並行して最前縁ポストから前進ポストにかけて制圧射撃がある。
中隊本部ポスト群の近くまで装甲人員輸送車が押し寄せ、下車した歩兵が制圧してくる。
確かこんな感じだったかな。テストに出たので記憶している。
だが、幸いなことにホッパーたちは偵察するだけで、他に動きはない。レーダーにも感はない。まあ、ステルス化が著しいので、レーダーの感知はさほど信用がないのだが。
「米軍は俺たちが攻撃を受けるまでは動けないんだってさ。」
「なんでや。」
「いきなり米軍が殺到したら、全面戦争になりかねないって。」
などという雑談が交わされていたのも、最初のうちだけで、みんな無口になっていった。
交代の時間が来る。大谷分隊が前縁ポストに配置される。
交代で下がる笹嶋たちはホッとしているが、いったん戦端が開かれれば、前だろうが後ろだろうが運命は同じだ。
大谷には感情がないのか。こういうときでもいつもと同じだ。
「まあ、なんとかなるやろし、ならんならならんで仕方ねえけん。いつも通り監視せんとな。」
大谷はポストの減圧室扉に入る隊員一人一人の背中をぽんとたたいて、サムズアップをする。
減圧室で気圧を調整し、ポストの監視室には村田士長、加勢士長、川路1士の3人が入った。
モニタと多機能監視装置で埋めつくされた部屋で、システムに長けた村田が監視状況を最適化する。
村田士長は加勢の1期半先輩だが、静かな男で無口だ。
加勢「村田士長、緊急開放部点検オッケーです。」
村田「了解。川路は各ポストと交信できたか。」
川路「Cポストだけ感が悪いです。」
どれ。と村田が器材をいじるとたちまち通信は快調になった。
それ以後は、モニタの中を跳梁するホッパーを眺める、重く辛い沈黙の時間が流れる。
定時で大谷に状況変わりなしの報告をするほか、時折、雨宮3尉から状況の確認と細かな連絡が来たりする。
もう10時間くらいたったような気がするが、まだきっかり2時間ほどだ。
「川路さ。」
「なんですか。」
「ジェネリック加勢出して。」
村田は聞き耳を立てている。
川路がアームモニタにアシストAIを出す。
「なに。この重い空気。溺れそう。」
不機嫌そうな顔をしたジェネリック加勢がきょろきょろしたあと、不満げに言う。
アシストAIは周囲の状況を把握している。
村田がくすっと笑う。
「なんだそれ。川路。」
「はい。人格デザイン機能で加勢班長をつくってみたところ、意外と再現度が高くて気に入っています。」
「村田士長、川路キモいでしょ!」
加勢がにっこにこして村田に問いかける。
「加勢のアシストAIはなんなんだよ。」
「え、私は・・・」
しぶしぶ加勢は自分のアシストAIを出す。
「お呼びでありますでごわすか。」
巨漢しか共通点のないAIが変な語尾で現れた。
村田士長がげらげら笑いだす。
「なんだ、加勢。そりゃもしかして川路?」
「あ、その。うまく作れなくて。」
「いや、うまく作れないのはわかるが、語尾は絶対おまえわざとへんなプロンプトうったろ。」
川路はそういえば加勢のデザインAIを初めて見たのだが、自分のイメージは語尾が「ごわす」なんだなと苦笑いする。
3人は雑談しながらもモニタは監視している。監視AIがあるので、かならずしも人間の監視は必要ないのだが、ハルシネーション対策技術が進んだ現代でも、AIを完全に信用はできないのだ。
-定点異状なし-
AI監視が等間隔の時間で報告してくれるが、3人ともモニタからは目を離さない。
冗談を言い合ってはいても、状況の変化が自分等の死に直結する緊張感は抜けるものではなかった。
「そういう村田士長のはどんなのなんですか。」
「俺のはかなりクラシックだよ。」
村田がアシストAIを呼び出す。
薄緑の長いツインテールの女の子が出てきた。
ちょっと高い声質。大昔の合成音声で挨拶をしていた。
「え、カワイイ。でもなんかちょっとこう、古い絵柄っていうか。」
「クラシックだもの。人工音声で歌を歌わせるのが流行り始めた頃のキャラだし。」
「え、それって何年前なんですか?」
「2007年8月31日」村田士長は即答した。
川路は学生時代に同級生がこのキャラを扱っていたのを見たことがある。
同級生はクラシックデジタルが趣味で、30年前のパソコンのエミュレータでこの女の子を呼び出して曲を作っていた。
人間より上手い自然な歌声が常識になっていた当時、その歌声はツギハギが過ぎて聴き慣れなかったが、なんどか聴いているうちに「これはこれで良いな。」と思えてきた。
「歌うんですか?」
「歌えるよ。」
「聞かせてください!」
「さすがに警備中だからな。下番したら。」
その時だ。無線にノイズが入る。
3人が一瞬にして黙る。
さきほどまでの冗談が飛び交う部屋に、いよいよ死ぬのか。そんな張り詰めた空気が充満する。
ノイズの中になにか歌のようなものが聞こえる。
ずいぶんツギハギな人工音声だ。
村田士長「この歌、第4世代の温州ミカだ。」
歌に混じって中国語が聞こえた。
「你这个蠢货。住手!」
「你频道调错了!」
間をおいてそれぞれのアシストAIが「止めろバカ!」「チャンネルが違ってる。」
と訳してくれた。
それっきり混信はなくなり、ふたたび静寂が訪れた。
しばらくしてホッパーは消えていった。
なんだか取り残されたみたいな3人。
「なんかさ。」
加勢が川路の裾を引っ張る。
「なんでしょう。」
「あいつらなんかエンジョイしてない?」
村田「勤務中に歌姫ソフトの曲聴けるのかあ。」
川路「チャンネルをあわせ間違えて外に聴かせて怒られていたのか、そもそも聴いていること自体怒られていたのかわかりませんが・・・」
村田がホッパーが去った旨を小隊ポストに報告した。
雨宮3尉「了解」「ところで」
雨宮3尉が困惑の声で無線交話基準にない言葉「ところで」を送ってきた。
村田「こちらポストBオクレ」
雨宮3尉「さきほど一瞬聞こえた曲はなんだろうか。オクレ」
村田「みっかみかミラクルパニッシュのサビ部分である。オワリ」
村田士長は即答した。