「よお、宇軒(ユーシェン)。処分待ちか。」
「うるせえ。温州ミカの魅力もわからねえ奴等に何言われたって痛くも痒くもねえよ。」
王宇軒(ワン・ユーシェン)中士(軍曹)26歳
中国のネットスラングでいうところの「考古学家(デジタルクラシックオタク)」だ。
もともと人民解放軍陸軍にいた王は、ある日受けさせられた適性テストで宇宙一級をとってしまい、月面に送り込まれた。
いやいや来た月面だが、彼自身も知らなかった適性「宇宙一級」は本物だったのか。
彼はたちまちのうちに、月面の王牌(エース)になった。
だが、彼は陸軍の兵営でただただ、日本の平成デジタル文化に浸りたいだけのオタクだったのだ。
「王中士の処分の件はいかがしますか。」
「王?あのC位(ネットスラングで揶揄するエース)か。捨て置け。例のなんだかいう日本のデジタル音声の曲を勤務中に聴いていた奴だろう。」
「ほかに示しがつきませんが。」
「だから適当に数日謹慎とかにしておけ。奴の勤務録に処分の字を残してやるな。」
趙上尉(大尉)は「なんでまた劉大校(大佐)はあんな奴をかばうんだろうな。」と首をかしげながら退室するが「ま、宇宙1級は人民解放軍に数人しかいないから。」としぶしぶ納得する。
劉浩然(リウ・ハオラン)は部屋の覗き窓から見える月の風景を眺めてため息をつく。
アメリカと日本にシャックルトンをとられ、中国は次善とされるド・ジェラシュクレーターに基地を作らざるを得なかった。
ド・ジェラシュも悪くはない。しかし、アメリカと日本がいつ攻めてくるかわからない。地球上のいざこざに目をとられているうちに、気が付いたらアメリカの尖兵である日本軍が目と鼻の先に陣地を作っているかもしれないのだ。
しかも!
劉はいまいましげに窓の先にみえるポールをにらむ。
遠すぎて見えないがインド国旗がはためいているのだ。
「なんでまたインドが目の前に基地を作るんだ!月でくらい離れろ!」
インドもまたド・ジェラシュクレーターの西側リムに基地を建設していた。
「チャンドラ・ドゥルガ」公称では2000人が住み、300から400の軍隊が駐屯しているらしい。
ふん!
劉は天井を仰ぐ。
台湾敗戦の後に軍改革で西側戦術を取り入れた人民解放軍だったが、陸海空軍は取り入れるふりをして、さほど軍制を変えることはなかった。
一番影響を受けたのは正式に発足した新しい軍種である人民解放宇宙軍だった。
人民解放軍宇宙軍は西側と人民解放軍のいいとこどり、といえば聞こえはいいが、その実、中途半端なあいのこ軍隊だった。
そのあいのこっぷりの極致がここ広寒中心基地に駐屯する機械化月面戦闘団だ。
従来の諸兵科連合「合成営」ではなく「戦闘団」
西側式、というよりも。もっとはっきり言うなら日本式だ。
あくまで敗北したのは海軍であって陸軍ではないのに、なぜか導入された忌々しい日式。しかし今はその忌々しい名前の部隊の指揮官が俺だ。
しかもその勢力は400名。軍の公式戦力の半分以下。
充足途上だと戦闘旅団本部は言うが、一向に増員される気配はない。
俺たちは月面に捨て駒として送られているのかもしれない。
米軍1200名
日本軍100名
日本軍は近く200近い増援を送り込んでくるという情報がある。
米軍兵器の供与も脅威だが、あらたにくる日本の歩兵部隊はテストもかねて新兵器を送り込んでくるのだという。
兵数と兵器の性能だけではない。
シャックルトンの日本警備隊長の岩倉(イェンツァン)上尉(1尉)とかいうのがまた厄介だ。
劉は空間モニタに岩倉の経歴を映し出す。
空軍高射部の将校だが、富士学校の歩兵部教育で上位の成績をとって卒業している。
空軍に10数年勤務したベテラン高射将校が歩兵部で上位の成績をとるとは尋常ではない。
先日やった威嚇性偵察(威圧する偵察)にも微動だにしなかった。
インド基地にやったときは先走った歩兵の発砲がみられたのだが、さすがは日本軍と言うべきか。
だが。
劉がもっとも岩倉に怒りを覚えるのは。
キャンプシャックルトン・リムで撮影された一枚の写真だ。
岩倉の腕に柳沢るり子の手が巻き付いている。
憂いた表情の柳沢るり子。ダンディに構える岩倉。
これは撮影者の腕が悪かった。
このときの岩倉は柳沢るり子に夕食をおごるつもりでレストランに入ったが、軍人価格の事を知らず、柳沢るり子に逆に支払ってもらって意気消沈していたのである。
「ダンディに見える岩倉」
これは奇跡の一瞬をとらえたものであり、およそ真実とはかけ離れていた。
この女は日本外務省の切れ者で、アメリカの議長を手玉に取る女傑。
そしてこの美貌。
偶然だが、劉の妻も中国外交部の高官だった。しかし婉曲表現でいうならば「おおらかな顔と体型」をしていた。
柳沢るり子と自分の細君を、脳内でついつい見比べてしまう。
そして「ダンディ岩倉」と自らの容姿(ひょうきんな顔だと自分でも思う)をもみ比べてしまうのだ。
許せぬ。いや、さすがに理不尽なのはわかっているが、岩倉が許せない。
ノックがあった。
「劉隊長、入ります!」
ふわりと趙上尉が入室してきた。
「隊長。これが日本軍の宇宙一級です。」
趙が差し出した数枚の写真。
加勢達が映った写真だ。
「ほう、これが日本の宇宙一級か。」
「違います、隊長。それは宇宙一級の従兵のようです。」
「すると、この小さい女か。」
趙が指し示した写真には加勢と川路が映っている。
「親子か。」
「いえ、女が上等兵。このデカいのが列兵(1等兵)です。」
「遠近感的に。だまし絵じゃないのか。」
「いえ、ただの身長差です。」
「1mくらい差があるが。」
「おそらく50センチくらいかと。」
劉「まあいい。人民解放軍宇宙軍は単兵戦闘力を重視する。いくら背が1mしかなくとも、この女は脅威だろう。」
「さすがに1m50センチはあるかと。」
「あのC位をぶつけてみたいものだ。良いデータが取れるだろうな。」
趙「戦争になりますが・・・」
「友誼戦(親善試合)ってのはどうだ。」
「友誼戦・・・相手が応じてくれますかどうか。八一大楼(中国の軍中枢)もなんといいますか。却下されるのでは。」
「そうだなあ。」
劉はもう一度、加勢と川路の写真を見る。
「炊飯器が冷蔵庫を連れているようだな。」
-シャックルトン基地-
ハァーーックショイ!!
川路が大きなくしゃみをする。
「川路!大丈夫」
「はい。大丈夫です。」
「誰かが川路の噂話してたんだよ、きっと。」
川路は加勢の平成時代の言いぐさを聞いてもっぺんくしゃみをした。