人類の宇宙開発は令和中期頃から飛躍的に進んだ。
探査機が火星から持ち帰った岩石からケイ素や鉄などのほかに微生物の痕跡が見つかった。これで世界中が驚いたことは記憶に新しい。
宇宙の観測に関しては日米英3か国共同プロジェクトにより月軌道大型天体観測衛星「エディントン」が運用され、460億光年先の宇宙を観測可能になった。
「宇宙の果て」その先も、数年後には量子コンピューターにより解析される予定である。
AI技術、量子コンピューター技術は爛熟し、核融合技術によりあらゆるエネルギーは低コストとなる。
宇宙への打ち上げコストもまたどんどん下がっていく。
次々に明かされていく宇宙の神秘。
人類はどこから来てどこへいくのか。
哲学も様変わりした。特にAI技術が見せる人間を模した奇行は倫理哲学の世界に激震をおこす。自他の別。拡張。そして融合。反発理論。
最先端の哲学は10年、20年を経て一般人の公教育にも影響を与えていく。
高密度な災害と最新の哲学教育、異文明の大量の外国人たちとの摩擦の日常。
様々なものを経て日本人は徐々に変質していった。
建徳9年に生きる日本人の意識は令和初期の日本人とは少し違う。
また、人間の生理についても研究が進んだ。
宇宙の大衆化が進むにつれ、宇宙に適性のある人間がいることがわかってきた。
宇宙に適応した人間。
低重力下で難なく動くことができる。宇宙酔いをしない。
亜光速で進むビームを感知できる。放射線の影響が小である。
船外活動服を着用していながら、相手の言動を察することができる。
「宇宙適性」についての研究はまだ始まったばかりである。
宇宙適性は目下、低重力下で器材を乗りこなしたり、無重力下で自在に動き回ることができる便利な作業員くらいにしか運用されていない。
-そして-
ジャクトン線から5km北側のライン。
米中の中間線。幅5kmにわたる中立地帯で月面親善試合が行われている。
10m、50mの距離に輪投げ台が設置されており、台上の的棒にどんどんリングが入っていく。
9投目
最後のリングは残った「5」に見事に入る。
司会「王宇軒中士。300点。」
沸き起こる喚声!
喚声はAIが調節し、イヤホンを通じて個人個人に伝わる。あたかも運動競技場にいるかのような臨場感が得られる。
村田士長「理論値の最高得点出しやがった。」
日中で交互に選手を出す競技方式なのだが、王中士の前は大谷3曹で0点だったのだ。本人曰く「風を読み切れなかった。」とか。
司会「54連隊。兎内3曹。」
兎内3曹が待機列から進み出ると54連隊から猛烈な応援が飛ぶ。
ちなみに騒がしいように見えるが、イヤホンスイッチをオフにすると静寂の月世界がそこには広がっている。集まった300人ほどの船外活動服や気密服の人間たちがちょこまかと動いているだけで、音は全くしない。
陰影がくっきりした二色の世界。
ヘルメットのデジタルグラスが光量や色合いを調節してくれているのでいくらか見やすいが、ここは間違いなく死の世界だ。
村田士長はときどきイヤホンを切って、死の世界を楽しんでいた。
おそらく日中ともに、そういう隊員、軍人は数人はいただろう。
それはさておき。
兎内3曹のもとに津志田3曹が駆け寄ってくる。
「おい、アンタ。」AIは状況判断で全体通信と対象通信を切り分けてくれる。
兎内が振り向くと津志田が間近にいた。
「アンタ。あのときのトラウマ野郎だろ。」
「あ、もしかして空自の・・・ええと。津志田。津志田3曹。」
「頑張れよ!」
津志田は親指を立てて兎内のヘルメットに当て、体を押した。
兎内3曹はおっとっとっと投輪ラインへ飛んで行った。津志田3曹も反作用で後ろにふわりと飛んだ。
それを駆け寄った笹嶋が支えた。
「アネキ。知り合いですか。」
「覚えてねえのか。アタシらをフニャ棒で全滅させた奴だよ。」
「思い出した。・・・ちぇ。アネキ。」
笹嶋はマイクを切る。「実はぞっこんなんだろうな。あいつに。」
マイクを戻す。
「笹嶋、なんか言った?」
「なにも?兎内の奴、0点だったらシメましょうぜ!」
兎内3曹は140点をたたき出した。
津志田3曹は彼女らしくもない「きゃー!」などと声を上げ、笹嶋も「きゃー」と真似をした。
54連隊は親善試合が決まってからと言うもの、宿営地域や基地外訓練場でひたすら輪投げの練成に励んでいたのだ。
「楠に敗北の二文字なし」
桜野が腕組みしてうんうんとうなづく。兎内3曹の目標点数は100点だったので、54連隊としては上々だ。
対して空自はぴりつく。
親善試合なのでそこまで気合を入れていない。
大谷が0点をとったときはみんなで爆笑していたが、54連隊は殺気立っていた。
「あんまり得点低すぎると54連隊の連中何言ってくるかわからんよな。」
続いて投げた人民解放軍の許一級上士は44点だった。
女性軍人らしい愛嬌のあるポーズを決めると、中国側から喚声が上がる。
「いいぞー!許さん」「太美了!(きれいすぎるー)」「好輪!」
許一級上士は自衛隊側にも大きく手を振って退場していき、空自も54連隊も手を振り返した。
次いで3中隊の山本1曹
投輪ラインを越えなければよいというルールを逆手(?)にとり、思いっきりジャンプして最頂点で投げる。
日中両サイドから「その手があったかー!」「妖刀(トリッキーな選手)」などなど応援があったが、やはり姿勢が不安定なので別に有利でもなんでもなく、26点で終わった。
次の中国の兵士もそれを真似たが、やはり30点で終わった。
輪投げは54連隊が異様に練習していただけで、中国側も空自も練習なんてほぼやっておらず、その54連隊にしても練習したところでさほどの効果はなかったと見え、両軍トントンの戦い。ただ、王宇軒の叩き出した300点が中国を100点ほどリードさせていた。
劉「日本空軍の宇宙1級はまだ出てこないよな。」
趙「次ですね。」
劉はしかと見届けねばならぬと目を凝らす。
会場にさざなみのような驚きの声があふれた。
2mをこえる気密服が歩いてくる。その肩には小柄な気密服の隊員が大の字で乗っているのだ。ぶれることなく、ゆれず落ちず。2mの気密服がふわりふわりと歩いても動じない。
やってみればわかるが、これは難しい。
わざわざやることではないが、月面活動が1か月を越える者なら、想像できる。
「川路。いくよ。」「了解。」
2mの気密服は小柄な気密服を肩に乗せたまましゃがんで一気にジャンプした。
その頂点で小柄な気密服が肩を蹴ってジャンプをして宙返り、2回体をひねって投輪ラインピッタリに着地した。
どよめく会場。
「雑技芸人!」「いいぞ加勢!」「サーカスだー!」
口々に両軍が加勢をほめたたえる。
加勢は両手を腰に当て、背をのけぞって歓声を体いっぱいに浴びた。
劉はハッキリと加勢士長に脅威を感じた。
人民解放軍宇宙軍はそのドクトリンに単兵戦闘能力の重視が組み込まれている。
劉には加勢が小柄な曲芸隊員ではなく人間兵器に見えていた。
「趙。あれが日本の宇宙1級だな。」
「はい。加勢上等兵。女性です。」
「加勢上等兵はもちろんだが、他のも情報兵によくデータをとらせておけよ。」
「まかせてください。滴水不漏(ぬかりなく)にやっております。」
それからの加勢はすごかった。
「5番」
「3番」
加勢は宣言したところに次々にリングを投げ込む。
そして王宇軒同様の300点。
えへんと仁王立ちする加勢。
2mが近づいてくる。
くるりと加勢はふりむいてジャンプ。
ハイタッチ。
「お疲れさまでした加勢士長」
「川路が最初にウルトラC決めさせてくれたからだよ。」
「ウルトラC・・・いえ、何でもありません。」
川路は暖かい気持ちになってクスっと笑った。
その後の両陣営の軍人、隊員はだいたいみんな20~60点
54連隊もついに100点を超える者は出なかった。
ひとり、意気を吐いた吉川1士が98点だったくらいだ。
「ちびっこに勝てねえ!」
「ちび」はデリカシーに欠けると浅見3曹に怒られた彼は加勢士長を「ちびっこ」と呼んでいる。
結果、日本、総合計895点
中国、総合計907点
僅差で中国勝利となる。
最後は両陣営混ざりあい、抱き合ったり握手をしたり。
ちなみにキャンプシャックルトン・リムのフロリダ時間で朝6時に始まったこの親善試合だが、広寒中心基地の北京時間では夕方の6時で始まっている。
試合時間がおよそ3時間なので、日本側は朝の9時に解散。中国側は夜の9時に解散と言う塩梅になる。
この時差をあわせようという話し合いも先だってのポスト・トランプ会議ではあったのだが、まとまらなかった。
-陸自宿営地-
桜野「いいか。仲良しこよしはここまでだ。あいつらはいい奴等だった。だが、いつでもあいつらの首かっきれる気構えだけはもっておけ。いいやつの首ほど血がふきでるぞ。その覚悟が必要だ。」
富原3佐「先任が今言ったとおり。ここは月だ。誰も助けにはこない。空自はいるが、戦闘力としてはあてにならない。
何か。何かあったとき。この基地を守り抜くのは我ら第54普通科連隊。
他でもない。日本にもう4個しか残っていないナンバー付きの普通科連隊。
陸上自衛隊100年の伝統を受け継ぐ俺たち第54普通科連隊なのだ!
アメリカが見ている。無様な戦いなんかお前らはしないよな!」
ものすごい声量の「おう!」が営庭に響いた。
-シャックルトン基地空自講堂-
4中隊長丸崎3佐
「非常に有意義な親善試合でした。諸官等もおおいに楽しみ、人民解放軍の軍人たちとの理解が深まったことと思う。しかし、これと安全保障の仕事については別物であることは各人ごとに留意されたい。」
3中隊長岩倉1尉
「まず、本日活躍してくれた皆。お疲れさまでした。
遊びのようなものとはいえ、気迫は十分相手に伝わったことと思います。
逆にみんなも人民解放軍の熱を感じたかもしれない。
国際情勢と言うのは非情なもので、今日の友が明日の敵ということはままあります。そういうことがないように祈りますが、祈りが届かなかったとき。
この基地を守るのは我らシャックルトン警備隊です。
陸自もいますが、いまだ常駐とはいえない。彼らは客人です。
また、民間人も少なからずいます。
今日の友好が続くことが望ましいですが、いざという時の腹案は持っておきましょう。」
-広寒中心基地-
「趙上尉。わかっているな。」
「はい。」
「中堅以下が顕著だが、日本軍との融和に浮足立つものがみられる。
今日の宥和は明日の油断となる。
奴らはいつこの広寒の資源地帯を狙ってくるのかわからん。
また、中南海がいつ、シャックルトンを攻め落とせと命令を下すかもわからん。
心させておけ。」
趙は敬礼し、退室していった。
地球は中天に輝き続けているが、星は見えなくなっていた。