気密服の男がレゴリスを手でつかみ、顔の前でひらいてパラパラと落とす。
「土が泣いているな。」
男は54連隊に配属された施設小隊の隊員だ。
油圧ショベル5型M(陸自は月面使用の器材には名称の最後に必ずM(Moon)をつける。)のオペレーターである。
ここはジャクトン線内の警備道。
大谷達はポストFの工事に駆り出され、陸自の施設小隊の支援をしていた。
工事の主体はあくまで航空宇宙自衛隊で、それを陸自の施設小隊が支援をしているのだが、さらにその施設小隊に3中隊が人を出している。
「支援の支援の支援の支援ってあるんでしょうか。」
「理屈上はあるんじゃねえかな。」
加勢はショベルが珍しくて眺めているうちに、施設の隊員を真似てレゴリスを握っては放し、ぱらぱらさせ始めた。
「ほう、アンタにもわかるかい。土が泣いているのが。」
「いえ、わかりません!」
「いいかい。」
男は加勢の目の前でレゴリスをぱらぱらさせる。
「この落ち方をよく覚えておきな。」
次いで男は少し地面を掘ってからレゴリスをぱらぱらさせた。
「どうだい。違うだろ。」
加勢にはさっぱりわからなかったが、こういう押しに弱い。
「はい、なんだか違うような。ぱらぱらにも種類がある気がします。」
「筋がいいな!!」
「あ、ありがとうございます。あの、加勢士長っていいます。私。」
「加勢士長。こっちだ。」「え。」
男は加勢の手を引っ張り、油圧ショベルに乗せる。
オペレータールームには計器やたくさんのレバーが並んでいるが、もちろん加勢にはさっぱりだ。
「みてな。」
男がトグルスイッチをパチパチ入れると計器が光る。流れるように男はレバーを操作し、ショベルのバケットを地面に押し付けた。
「よし、手を貸してごらん。」
有無を言わさず男は加勢の右手をレバーを握らせる。
バケットがレゴリスを圧し、ひっかく。
「砂が語りかけてきただろう?」「はあ。」
男はレゴリスをバケットいっぱいにかいて持ち上げる。
砂が語り掛けてくる云々はわからないが、確かにレバーを通して細かな振動は伝わってくる。
「さあ、加勢士長、バケットをあの位置に置いてごらん。」「へ?」
男は、こうやってこうやってこうだ。と手でレバーの空操作をしてみせる。
「えいや!」もうやけくそである。
加勢は見よう見まねで油圧ショベルのアームを動かす。
デタラメにアームが動くが、2~3振りするとレバーの動きがアームに伝わり、慣性に任せる部分と制御する動作の塩梅がわかる気がしてきた。
「とりゃ!」
ウィイイン。心地よいモーターの振動がレバーから加勢の手に、加勢の手から腕に、頭につたわる。
バケットは男が指定した場所にふわりと着地した。
「ほう・・・驚いた。加勢士長はあれかい。空自の基地施設隊だったりする?」
「いえ。警備隊です。」
「シミュレーターで遊んだこと。ある?」
「ありません。こういう機械は生まれて初めて乗りました。」
いつの間にか大谷や、施設小隊の隊員が油圧ショベルを取り囲んでいた。
「なにやっとるんや、加勢」
大谷に呼ばれ、加勢は「ありがとうございましたー!」と礼を言って降りる。
男は小さく手を振った。
「藤田1曹、何やってたんですか。」
油圧ショベルに施設の隊員が登ってきた。
「おい、久野。あの子。あの小さい子。あの子は異常だ。」
「なにがです。」
「月面の物理が体にあらかじめインストールされている。」
「何言ってんです。でも、そういえばあの子、輪投げの時に宙返りした子ですね。」
「俺は行ってないが、月面で宙返りしたのか。」
「あと、輪投げ満点でしたよ。狙ったところに輪っかが全部入ってったんです。」
藤田1曹は油圧ショベルの側面に寄りかかり、腕組みをした。
休憩が終わり、作業に戻った空自の隊員達を眺める。
その中にひときわ小さな気密服の隊員がいるのがわかる。
傍には逆に目立つ巨人もいる。
「さて。」
藤田は仕事に戻った。
-シャックルトン基地試験農場-
月面で最も豊富な資源。レゴリス。
レゴリスは特殊な凝固剤を水で溶き、一定の割合で混ぜると軽くて丈夫なレゴリスコンクリートになる。これは通称レゴリートと呼ばれている。
今やレゴリートは月の建築物には必ず使われており、シャックルトン基地の隊舎はその全てがレゴリート製である。
地球では使い物にならないが、月では地震も台風もないので十分なのだ。
レゴリス活用の研究が今最も盛んなのはレゴリス土壌での農業だ。
鋭利な細粒で、栄養素はゼロ。
当初は地球から持ってきた土を混ぜるなどしていたが、水氷資源からとれる元素などを活用したり、レゴリス細粒の角を丸める加工技術などが確立し、地球由来の土壌とレゴリスの割合は今や4:6ほどになっている。
ちなみに10年前はこれが9:1であった。
シャックルトン基地の試験農場でも大根や豆、トマトが作られ、最近では米が収穫されるようになった。
二品種あり、銘柄は「ゆめルナ」「つきのほまれ」だ。
シャックルトン基地で農場を経営しているのは、農学博士の玉田洋之助、農協の営農指導員にして准教授の鈴木浩平ほか職員4名である。
そう
-農協はついに月に行ったのだ-
そして、6人では手が回らない作業はシャックルトン警備隊から若い力を借りている。
今日は大谷の分隊が試験農場支援で作業をしていた。
「土が笑っている。」
玉田博士はレゴソイル(レゴリスで作られた農業用土)を握り、その感触を楽しんでいた。
-土は笑うもんだろうか-
援農作業に来ていた川路は隣で微笑む玉田博士の真似をしてレゴソイルを握るが、さて、笑うも怒るもよくわからない。
「君!」
「ハイ、川路1士!」
玉田博士が川路を呼んだ。
「ははは。自衛隊の気を付けはいらんよ。それより君。君にも土が笑っているのがわかるのかね。」
「いえ、わかりませんでした!」
「ふむ。しかし表情を確かめようとはしたようだな。」
そこに作物の入った段ボール箱を運ぶ中年男性が通りがかる。
営農指導員の鈴木だ。
鈴木「博士、彼は?」
「見込みがあるんだ。なんせ土の表情をみていたからね。」
「なるほど。じゃあ君、これをみてごらん。」
鈴木は段ボールを地面に置き、足元のレゴソイルを握って川路の前でパラパラ落とそうとしたが、高低差があるので、ちょっとしゃがむように言った。
中腰になった川路の面前でレゴソイルがパラパラ落ちる。
「これをよく覚えておいてほしい。」
次いで鈴木は川路に粒の大きなレゴソイルを掌において見せる。
「どうだ笑っているだろう。」
-わからん-
「自分には笑うというのはよくわからんのでありますが、土の状態が違うことはわかりました。」
玉田・鈴木「それでいいんだ!」
「川路ー!」
そのとき、遠くから川路を呼ぶ声がした。
小さな加勢が50mほど先の畔に立ち、まめつぶみたいな体で川路を呼ぶ。
よく通る声量なので、耳元で叫ばれているみたいだ。
「なにやってんのー!」
「はい!土について指導を受けておりましたー!」
「先行ってるよー!」
「先に行ってくださーい!」
「行ってるぞー!」
加勢はにこにこ笑って駆けて行った。
鈴木「君の同僚かい。」
「先輩です。」
玉田「仕事中だったね。邪魔をしたようだ、すまない。」
「いえ、ありがたいお話を聞かせていただきました。」
鈴木が川路にトマトを2玉渡す。
「先輩と食べなさい。」
「ありがとうございます。」
川路は敬礼をして二人と別れ、加勢を追った。
トマトか。
加勢士長は昨日の作業で、しかめっ面で「土が泣いている。」とか言ってレゴリスをいじっていたが・・・
営農の人は笑っているとか。
首をかしげながら川路は道を急いだ。