相互確証破壊
核兵器を持つ国同士は、どちらかが先に核攻撃をしても、相手が必ず報復核攻撃を行い、結果として両国とも壊滅するため、誰も核戦争を始められない。
という逆説的な信頼を元にした抑止理論である。
逆に言うと、核戦力が半端な国が核武装をしてると、その相手国には核戦争の誘惑が起きうるともいえる。
これは「恐怖の均衡」とも表現される。
一方、月面では核を使うまでもない。
月面最大の人類拠点であるキャンプシャックルトンでさえ、地上の施設のほかに比較的浅い地下に建設された区域があるだけで、爆発方向を指向するモンロー効果を付与した砲弾で簡単に壊滅させることができる、とされている。
月面で野砲を用いれば100km超は軽く飛ぶ。広寒中心基地とキャンプシャックルトン・リムの中枢の距離は約50km
米宇宙軍も人民解放軍宇宙軍も基地を破壊できる野砲を装備している。
自衛隊でさえ、基地攻撃用でないものの70kmの射程を持つ砲を装備していた。
月面基地はただの基地ではない。地球上の基地では考えられない莫大な予算と資源を投入した月面国家と言っても過言ではない施設だ。
月面基地の喪失に耐えられる国家は存在しない。
そうなると人間は何を考えるか。
生残性を上げるために地下に深く潜るか、副拠点をたくさん作るか。
そういうことをやりだす。
仮に互いに基地を破壊しあうことになっても、最後まで拠点を維持して反撃する能力を残した方が勝利するのだ。
ゆえにキャンプシャックルトン・リムも広寒中心基地も地道に秘密の地下拠点を広げている。
アメリカの秘密地下拠点。
通称「シャドウキャンプ」は資源採掘も兼ね、いまや20数か所に及ぶらしい。
月面での工事能力確保は年々重要性を増していた。
防衛省は地球外での活動を「軌道上活動」と定義し、宇宙空間で運用可能な部隊を軌道部隊とした。
とくに軌道運用可能な施設部隊は上記観点から急務とされ、第1軌道施設団が創設されたことは記憶に新しい。
地下拠点は基本的にいちから掘削がなされるが、当然、自然の地下トンネルがあればこれを活用する。溶岩トンネルは極には基本的にないのだが、最近、大きな空洞が見つかった。
都合の良いことにキャンプシャックルトン・リムの西方5kmくらいの地点に空洞の反応があったのだ。
2030年代に活躍した冒険家ダグラス・アーチネットの名前をとり、アーチネットチューブと命名された。
米軍が頭を悩ませていることがひとつ。
探索や開発の主導権こそ握ってはいるが、このアーチネットチューブを発見したのがシャックルトン警備隊第3中隊だということだ・・・
-シャックルトン基地西方8km地点の丘-
「ミヤコー!めんどくさいもの見つけやがってさぁ!」
津志田が六会士長のヘルメットを人差指でちょんと押す。
「えへへ。」
無口な六会士長が照れ笑いをする。
「ナイスです!」
加勢が六会に笑顔を向けて両手を大きく振る。
「えひひ。」
六会士長はヘルメットを両手で覆って照れる。
アーチネットチューブ探索班が編成され、米宇宙工兵隊同行で周辺を探索しているのだ。陸自の施設小隊からも1名が参加している。
先週の警備で六会士長が遠方に何か動く影を見たということで、探索車を出した。
結果それはただの誤認ということで済んだのだが、近くの丘に庇状の岩石があり、その下に空洞が見つかった。
翌日、基地施設の隊員が調査したところ、これがかなり大きな空洞につながっていることがわかった。
シャックルトンのような極に溶岩チューブは希なため、まさに盲点と言ってよかった。
ただし、庇状の岩石に隠れていた空洞は途中で岩盤に閉ざされていたため、そこからは入ることができない。基地施設隊の重力モニタで計測したところ、現在地付近がもっとも浅いらしいことがわかっている。
米軍工兵隊がボーリング器材を設置する。人手がいるため3中隊と施設小隊の藤田1曹が手伝う。ボーリング器材の取り扱い要領の習熟も任務の一つだ。
「いいかい。このレバーは高圧ガス。これが溶剤注入。岩盤に当たったらHEATで破壊するので、引き上げ。」
米宇宙工兵がボーリング器材の使用法を説明する。
月ではボーリング自体の自重を使えないことにくわえて掘削流体を使用できないため、陽面で使用可能なガスや特殊な溶剤を使う。
ボーリング器材と溶剤とガスを満載した地中掘削セットから注入するのだ。
いったん作業が開始すると、出てくるズリ(掘削されたレゴリスや岩石)の処理に3中隊の人力が活躍する。
「まさか宇宙でネコを使うことになるとは・・・」
川路はズリを満載した一輪車を押している。不器用で右にふらふら、左にふらふら。
一方加勢は難なく、まっすぐ一輪車を押している。
「加勢士長のバランス感覚は相変わらず卓越していますね。」
「卓越?」
「すごいってことです。」
「すごくないよ。」
と、いいつつ加勢は片足でぴょんぴょんはねながら、それでもまっすぐ一輪車を押して見せる。
「コツはあるのですか。」
「取っ手を握るじゃん。そしたら重さが伝わってくるでしょ。右に傾きそうだったらわかるじゃん。左でも。傾く直前ってフ!って、手に感覚がくるでしょ。そしたら逆に力をこうやってエイっていれるでしょ。」
-感覚派すぎる-
川路は真似をしてみるが全然うまくいかない。
「だれか加勢に国語教えてやって言語化させろよ。」
「でも加勢は地球じゃ跳び箱も縄跳びもできんのだぜ。」
大谷「もともと月で生まれたんやろ。竹の中に入っとったんだ。」
加勢は川路に歩調を合わせて一輪車を運ぶ。
-俺が倒れそうになったら支えようってことか-
面倒見のよい、ありがたい先輩だ。と、川路は一輪車をよろよろ運ぶ。
「あったぞ!」米工兵のスミス軍曹が叫んだ。
「穴が見つかったぞ!」
「いや、穴じゃない。」
溶岩チューブはだいたい地下50mくらいのところにあると見積もられている。
ボーリングのビット先端はまだ20mほどしか掘れていない。
スミス「溶岩地盤だ。この固さ。あと粒状からいってこの直下に溶岩チューブがあることは間違いない。」
藤田1曹は興味深そうにスミスの一挙手一投足を観察している。
アームモニタにはボーリング操作要領のページが表示され、いつでも参照できるようになっていた。
「もう少し掘れば、溶岩チューブ独特の粒状岩石が出てくるはずだ。」
「そうすりゃ大型工事を入れられる。」
大谷3曹がアームモニタで雨宮3尉に報告する。
雨宮「了解。まだもうちょっとやるんだな。」
大谷「ハイ。ただ、どこまでやるかは米軍次第ですね。」
モニタの雨宮が後ろで誰かになにか言われ、うなづく。
「大谷3曹、そのへんで一番高いとこはどこだ。」
大谷はあたりを見回す。名もない丘陵がある。
「このへんだと、あそこでしょうか。」
大谷がカメラを回して雨宮に見せる。
「登ってみてくれないか。」
大谷はちょっと苦笑いする。登るとなるとちょっと骨が折れる高さだ。
まあ、こういうときは階級の権力を使おう。
「加勢士長、川路、来い。」
大谷に命じられ、加勢と川路は40mほどの小高い丘に登る。
おあつらえ向きに上りやすい坂道があり、崖の部分も手に取れる岩石が出ていた。
川路が肩車をして加勢が登り、加勢の差し出した手を握って登る。
気密服を着て160kgの川路も月面では30kgもない。
加勢でも頑張れば十分引き上げられる。
かくして登り切った加勢と川路。
仁王立ちの加勢。
「ここを瑞奈岳と名付ける。」
「るなまっぷに記載しましょう。」
川路がアームモニタで防衛省の月面地図サービス「るなまっぷ」に「瑞奈岳」と入力し、登録した。
「え、マジで登録したの川路」
「ダメでしたか?」
「国土地理省・・・?なんだっけ。とにかく、なんか報告とかいるんじゃないの。」
「月面地名に関する航空宇宙自衛隊規則の細則に「著名な地形は最初に立ち入ったものが仮地名をつける。」とあります。その後、審査される規則ですが。」
「もちろん知らないよ!!」
あははと笑い、加勢がぴょんぴょん跳ねる。
「大谷班長、こちら加勢士長です。」
「どうだ、見晴らしは。」
「上々であります。」
「北西を向いてくれ。そう、そう。あとちょっと。あと2ミル。」
「2ミル細か!」
ミルとは、1km先にある1mの高さの角度のことであり、前世紀から軍隊で使われている単位の一つだ。
大谷が雨宮3尉のモニタに加勢のカメラをつなぐ。
雨宮「ズーム。」
加勢がいわれるままズームする。
雨宮3尉が何かを見つけたのか「あ!」という顔をした。
川路「なるほど。」
加勢「なにが?」
川路が加勢のアームモニタの画像を拡大する。さすがに画素が荒い。
川路「おそらく中国のポストですね。」