建徳時代の日本人は令和初期の日本人と比べると、なかなか喧嘩っ早い。
令和中期での度重なる大災害は国家の対処能力を大きく超え、あらゆるインフラが危機に瀕した。
治安は悪化し、自力救済の風潮は強まっていく。
建徳時代に入ってから徐々に統制を取り戻しつつあるが、令和晩年にはびこった蛮風はしばらく抜けないだろう。
安全保障に関する意識も大きく変わった。
台湾をめぐる戦争に勝利してからは、戦争に対するアレルギーのようなものは消え、平和路線は堅持しながらも、防衛政策は大きく転換された。
昭和から平成にかけての戦争に対する躊躇のようなものは令和中期頃にはほぼなくなっていた。
中国に対しても、以前に比べるとなかなか強気にあたるようになる。
米国外交を主軸にしていた中国、韓国、北朝鮮は日本を相手にしなければならなくなった。
中国は台湾を巡る戦争に敗れ、国内が大荒れに荒れた結果、西側との宥和派が政権をとる。国内経済の立て直しのため、外資を呼び込み、軍を改革する。
日米もまた、外交政策によりチャイナリスクへの保険を幾重にもかけたうえで企業を進出させた。中国は再び19世紀を思わせる状況となり、経済はなんとか持ち直すものの共産党政府の威信は徐々に弱まっていく。
今回の政変により、旧来の共産党中国と民主派中国そして日和見勢力で中華は三分された。
各国は基本的に旧来政権である共産党中国に軸足を置きつつも、民主派を名乗る勢力を完全に切り捨てることもできず、様子見を決め込む。
というよりも、そうせざるを得ない。
なにせ中国は巨大すぎた。
こうなると各国の承認を得るための両勢力による国の切り売りが始まる。
共産党中国はさらなる外資受け入れを約束する。
民主派中国は公平な選挙制度を敷き、西側の理解者となる。
共産党中国は少数民族地区への資源共同開発を宣言する。
民主派中国は名目上堅持していた台湾統一を放棄する。
etc
果たしてどこまで本気なのかわからない両勢力の外交合戦が始まる。
そんな中、南部戦区の潮陽軍が共産党支持にまわったほか、沿岸都市の甬江、靖海、雲沙などもはっきりと共産党支持を打ち出す。
全体的な勢いについては、はた目に共産中国に傾きつつあった。
政変勃発から1週間。
いつ内戦に発展してもおかしくない、重い重い緊張が大陸を支配していた。
-シャックルトン基地-
「すると、亡命ではなく同盟を結びたい、と。
軍人にすぎないあなたに、そういう権限はないと思うのですが。」
防衛部長前田空将が当然の疑問を口にした。
園部1尉が劉に発言権を渡す。
劉はすっくと立ちあがり身振りを入れて話し出した。
アメリカ人向けにはこういう話し方がいい。
「私は戦闘団指揮官であるほか、広寒中心基地司令官も兼ねており、月面基地はその環境の特殊性ゆえ、独立性が高く、広い裁量を与えられている。
本国との途絶があった場合、周辺の他国基地との敵対も協調も基地司令官の権限の中にある。
現状、わが国は政変により勢力が二分されているが、関係ない。
私は中国共産党から基地と軍を預かっている。正当な司令官と軍指揮官は私だ。
先日、中央軍事委員会を騙る偽命令があり、基地は非合法な手段により反乱軍に奪取されてしまった。
ゆえに。
同盟という言葉が適切でなければ協調と言い換えたい。
軍事的な協調を希望する。」
ウィストン大佐が露骨に困った顔をする。
「貴官の幅広い権限及び希望は承知した。また、貴官の祖国の混乱も理解している。
我々は貴官ら一行を当基地にて保護するよう本国から言われているだけである。」
シャックルトン基地司令の米田2佐も同意した。
ちなみに影が薄いが、一応シャックルトン基地にも司令はいる。
米日としては月面で軍事的緊張など御免こうむりたいだろうから、地球での中国の決着がつくまでは保護と称してどこかに隔離するのだろう。
共産中国が勝てば劉を渡し、民主中国が勝てば、民主中国に渡すか、粛清されそうなら人道上の問題から亡命を許可する。おおかたそういう考えだろう。
劉「広寒にいる民主派中国の部隊は何をやるかわかりませんぞ。」
園部1尉がウィストン大佐に発言権をわたす。
ウィストン大佐「広寒中心基地から行方不明軍人の捜索依頼が来ている。もちろん貴官らのことだ。ワシントンは当面隠匿せよと言ってきている。」
前田空将補も深くうなづく。
「日本政府も同様です。統幕から方針は伝えられています。」
趙が発言する。
「しかし広寒は感づいています。我らが通った溶岩洞はすでにみつけられているとみて間違いない。いつまで我らの事を隠し続けられますものやら。」
ウィストン大佐
「ともあれ、貴官らの要望は理解した。広寒基地とのやりとりは外交問題ゆえ、今後の・・・」
陸自派遣隊長の富原3佐が割って入った。
園部1尉が止める間もない。ウィストン大佐は肩をすくめてOKを出す。
「まだこの劉大佐の要望を我々は聞いていない。協調だのなんだの。まわりくどい。率直に尋ねるが。」
劉がむすっとした顔で富原3佐を向く。
「あなたは我らの力を借りて反攻したいのだろう。ここから軍勢を駆って広寒中心に攻め入り、その楊とかいうやつと一戦交えて勝つ。そうしたいのか。」
劉「むろん、それが理想の一つである。」
「あいつらは強いのか。」
「最新の装備をもっており、地上訓練もおそらく万全だが到着から日が浅い。慣熟訓練や月面での演習を経なければ使い物にならない。だが、1か月あれば強力な部隊となるだろう。」
「なら、こちらは数に劣るが、練度で有利だな。」
前田防衛部長「富原君、だめだよ。」
「やるやらないは上が決めるとして、やれるかやれないかは我々が判断します。私はやれると思います。なあ、岩倉1尉」
突然重い話を振られた岩倉1尉は狼狽を必死に隠す。
「我々は警備が主任務の、いわば軽普通科中隊にすぎない。防御ならば粘ってみせますが、攻め入るのは専門外ですね。」
富原「そういうと思った。でもね、俺はアンタんとこの連中はやれると思うぜ。」
ウィストン大佐
「物騒だが、確かに重要な話だ。しかし前提として広寒はキャンプシャックルトン・リムを破壊する砲を装備している。」
富原「と、ここまで話しておいてなんだが。個人的にアカは嫌いだ。」
劉「貴官の個人的意見は承った。」
富原「民主派がせっかくアカをぶっつぶしてくれるかもしれない。それなのに、俺たちがアカの先棒を担ぐ。おかしくはないか。」
劉「あえて侮辱とは受け取らないでおこう。中国共産党は永年、中華人民をただしく領導してきた。」
富原「民主派の方がマシなんじゃないか、と言ってるんだ。共産党の方がマシだと俺たちに説明できるのか。」
自分が話しているわけではないのに、岩倉1尉はそろそろこの応酬に耐え切れなくなってきた。
前田「その辺にしておけ、富原3佐」
ウィストン大佐「政治の話は我らの職責と場にふさわしくない。」
-錦凌市-
人口1600万
上海の北方沿岸部の都市で、朝鮮半島や日本も近く、交易が盛んであり、一帯の中心的都市だ。
政変により各地の軍や都市が日和見を決め込む中、中国共産党支持をいちはやく打ち出した錦凌はいまや中国共産党の沿岸部での拠点となっている。
民主派が居座る北京をにらむ共産党支持の人民解放軍がどんどん集結している。
その数は10万とも20万とも。
郊外に宿営する部隊、市域に駐屯する部隊がごった返し、錦凌は不穏な賑わいを見せていた。
行き交う装甲車や軍の小型車。
市民は手を振り「やっつけちまえ!」と軍を応援した。
その日も錦凌の中心街は渋滞だった。夕闇が帳を下ろし、街の灯りがまぶしい。
ただでさえ交通量が多いのに、人民解放軍がやってきて、あちこちが通行禁止になったり、横幅のある戦闘車両が行き交うものだから、朝夕の渋滞は悪化していた。
「軍が来るのはいいが、通行止めはなんとかならんもんかねえ。」
倉庫に荷を運ぶトラックドライバーの毛はハンドルに両足を投げ出して背もたれを倒す。
自動車は自動運転なので、特にこのような渋滞時は完全に任せていられる。
「理想経路が変更されました。承認してください。」
AIが尋ねてくる。毛はめんどくさそうに「いいよ、それで。」とぶっきらぼうに返す。
軍の車両は位置情報を交通センターに通知しないので、渋滞を回避する経路をいくらAIが考えても無駄なのだ。
「10時までにはつくかねえ。」
ドオン!
前方の交差点付近が爆発し、土煙があがる。
信号機が宙を舞うのが見えた。
毛は跳ね起きる。
「なんだ、民主派か!」
ドオン!
再び同じ場所が爆発する。
「ヤバいか。ヤバいか!?」
車を乗り捨てた人々が毛のトラックをすりぬけてどんどん後ろに逃げていく。
ドオン!
再び同じ場所だ。
「なんで何度も同じところが爆発するんだ。」
トラックを放棄する決意をした毛は手荷物をまとめてドアを開ける。
ステップに足をかけたとき、毛はふと空を見上げる。
なにかが落ちてくるのが一瞬見えた。
-シャックルトン基地北方警備ポスト-
津志田3曹が村田、加勢、川路を連れて警備道を徒歩で巡察している。
「ホッパー飛ばしまくってた犯人はあのオッサンだったんだろ。」
「劉とかいう亡命者でしたっけ。」
村田が面倒そうに答える。
「村田おまえ、まさかVOCASON聞いてないよな。」
「聞いてませんよ・・・」
といいつつ、村田は気密服内マイクの設定を変えて初声クミの曲をヘビロテしていた。
「まあ、いいんだけどよ。目ん玉はしっかり頼むぞ。」
地球上と違って真空の月面では聴覚情報はあまり重要ではない。
敵の足音も、車両の轟音もなにもないからだ。
「今日も地球がきれいです。」
「ああ?加勢。なんでそんな乙女みたいなこと言ってんだ。」
「乙女だからです。」
「川路、なんか言ってやれよ。」
「加勢士長は間違いなく乙女です。諸元表にそう書いていました。」
「どこから冗談なのかわかんねえよ。」
加勢が「あ」と小さく叫んで地球を指さした。
「どうした加勢」
津志田3曹が地球を見る。
川路「いま、なにか光ったような気がします。」
村田「あ、俺も見ました。」
チカっと地球の影の部分が光ったようだった。
「あ」
加勢がまた小さく叫んだ。
「なんだ、またどっか光ったか。」
「違います!下がりましょう。ポストに!」
加勢が突然小銃を構える。
川路がそれにならい、小銃を同じく構え、安全装置を外した。
津志田「おいおい、勝手に安全装置とくな。」
といいつつ津志田も村田も銃を構えて四周を警戒した。
「津志田3曹。ポストに応援をお願いできますか!」
「できるけど訳を話さねえとお願いできねえよ。」
「んー!なんか殺されそうな!」
んー!加勢に聴いた私がバカだったか。
「本部。ポストFこちら巡察2。脅威を感知。現在巡察2は警戒態勢にてさがりつつある。オクレ。」
そのとき、川路が発砲した。
月面では無音であるため、味方の発砲があった場合は場所や方向がわかるよう合成された発砲音声が入る。
「おい、勝手に撃つな。」
といいつつ、川路が撃つからにはなにか本当に危険がせまっていたのかもしれない。
川路の発砲方向に銃を向けると津志田の足元に土煙が上がる。
「うわ、あっあ!」
津志田3曹が転んで尻もちをつく。
「うた、うた、撃たれた!ポストF、撃たれた!」
岩陰に隠れた村田が応戦し発砲。
といっても敵がはっきりと見えない。
しばし撃ちあいが続く。
100mほど先の岩陰に動く人影はやがてあきらめたのか見えなくなった。
4人は警戒しつつ、その場に固まった。
「津志田3曹、勝手に発砲してしまいました。すみません。」
川路がぽつりと言う。
「こっちから撃っただろ、おまえ!」
「いえ、敵の発砲が先でした。」
敵の弾は川路と加勢の間を通って後方の岩にあたったらしい。
月面は無音なので、視認するしかない。
「加勢、川路、村田。怪我はないか。」
村田「なんともないです。」
-ちびったけどな-
川路「大丈夫です。」
-失禁してしまったが-
加勢「ひっひ・・。う・・・。無事です。」
-もらしちゃった-
川路が加勢の気密服の取っ手を握って支えている。腰が抜けて泣いている。
津志田
-もらしちまったな・・・-
しばらくすると大谷3曹達のシュワルツコフと人員輸送車が到着した。
大谷「無事やったか。乗って帰るで。」
津志田「あの、敵のいたところとか見に行かなくていいんすか。」
大谷「いったん下がれって言って来とる。それと。」
大谷にしては珍しく奥歯にものが挟まった言い方だ。
「なんか中国でえろうでかい核爆発があったとかいって大騒ぎなんよ。」