-錦凌中心街-
大地が大きく揺れた。揺れるというより、持ち上げられた。ハッキリとはわからない。毛の意識はそこで途絶えた。
錦凌の中心街に3発の鑽地導弾(バンカーバスター)が落ち、約100mの深い穴が穿たれる。そしてその穴の底に核ミサイルが着弾したのだ。
錦凌は爆心地からおおよそ直径8~10kmの円形に一瞬浮き上がるとともに、中心部に発生した火球から高熱線が放たれる。
地中爆発ゆえ、核の威力に比してその出力は低かったが、それでも数km以内のあらゆるものを発火させた。
爆風は周囲を襲い、20km圏内の中小規模の建築物はことごとく吹き飛ぶ。
一瞬遅れ、マグニチュード7~8程度の地震波が周辺数十キロに伝わり、耐震設計されていない大多数の家屋が崩壊していく。
錦凌港に停泊していた船は爆風で横倒しになり、穿孔された市街地地盤に海水がなだれ込む。台湾、朝鮮半島、九州では数十センチの潮位変化が認められた。
数時間後、錦凌は都市ではなく、湾になっていた。
立ち上るきのこ雲は巨大すぎてもやはきのこの形はしておらず、はるか上空まで伸びた円柱であり、円柱にまとわりつく禍々しく厚い雲は雷を放出する。
錦凌空港の上空を飛んでいた飛行機はその直接的な爆発の威力や電磁パルスによる計器故障等で6機ほどが墜落した。
成層圏に達した土砂、塵、瓦礫。様々なものが偏西風に乗り、その後朝鮮半島と日本列島に降着した。
中国語が書かれた紙きれ、誰かが着ていた服の切れ端、破壊された家財。とにかくあらゆるものが降ってきた。
放射線は錦凌の周囲を汚染し、その影響は日本にも及ぶ。
放射線モニタリングによれば、それから数か月は平常の数倍の放射線値が計測された。
かくして。
錦凌に駐屯していた中国共産党支持の人民解放軍部隊は文字通り壊滅する。
錦凌の異変は、ほどなく中南海の民主派政権に伝わる。一方、中国共産党の要人の過半数は錦凌に滞在していたため全滅。そのため潮陽に残っていた丁国務院副総理が爆発から3時間後に掌握した。
とはいえ、被害の全貌はまったくわからなかった。
誰がやったのか。
民主派が共産党に傾きつつあるパワーバランスに恐れをなし、人民解放軍ロケット軍に命じたのだろうとされた。
中央軍事委員会は民主派がおさえており、その直轄であるロケット軍第66基地(河南省洛陽)の基地司令官は民主派で早々に降っていた。
共産党支持の都市の多くはこの事態を知るや、支持をあいまいにし、あるいは民主派支持に傾く。その一方、民主派支持だった都市が共産党支持にまわったりもした。
軍も混乱の極みにあり、各地の軍が司令官などの実力者を頭に軍閥化していく。
中華を治める者は空位にならんとしていた。
-シャックルトン基地-
錦凌の核爆発は会議中にウィストン、前田空将の知るところとなった。
会議がいっとき中断する。
園部1尉「緊急ニュースが入ったようですので、いったん休憩をはさみます。」
場違いな笑顔。だが酸鼻極める地獄に一輪のひまわり。
一礼して退室する園部を皆が目で見送った。
その後は重い沈黙が会議室に流れる。
富原「岩倉さんよ。そこの中国人の旦那。信じられるかい。」
岩倉は、そんな話ふらないでくれと思いつつ・・・
「聞く限りでは命からがら逃げてきたわけですし、敵の敵は味方という観点ならば。一定の信頼はおけるのではないでしょうか。」
「まあ、あいつを追い出した楊ってのが何者かわからんが、トロイの木馬ってことはなさそうだ。」
「油断はむろん、禁物なのでしょうがね。」
自分等の事を話しているのだろうと聞き耳を立てるが、周囲のひそひそ話の中から富原と岩倉の会話だけを抜き出して翻訳するのは劉の端末では無理で、支離滅裂な会話が耳に入ってくる。
趙「劉大校。あの少佐。奴です。あいつはきっと味方になります。」
劉「なんでだ。一番かみついてきたぞ。」
「なればこそです。へりくだるのではなく、武人然としてふるまうのです。」
「あまりやりすぎると決裂するのではないか。それに所詮やつは少佐風情だ。敵であるよりはましだが、味方にしたところで大局に影響はあるまい。」
趙は咳払いをして補足する。
趙「あの歩兵中隊長からは熱を感じます。なにかきっかけがあればですが、そこをつけば必ずや。それに、奴は戦争をしたがっています。」
劉「少佐が戦争をしたがっていたって、奴も指揮系統に縛られているだろう。」
趙は劉の掌に人差し指で一文字を書いた。
-月-
「ここは月なのです。我ら同様、彼らも本国政府に縛られてはいますが、急変対処には相当の裁量が付与されているに違いありません。いや、されていなくとも。超法規的に生存の道をとるでしょう。」
「楊がもし仕掛けてきてた時、やつらの本国政府が動かなかった時にあるいは・・・といった程度の話だな。そもそも我々を奴らは信じていない。共産党アレルギーだから、民主と名がつけばどんな奴等でも俺たちよりマシだと考える。」
バタン!
ドアが乱暴に開いた。
息を切らせた園部1尉だ。
ひまわりのような笑顔はそこにない。刺々しいバラが咲いている。
ツカツカと中央に歩み出ると園部1尉はモニタに何かを映し出した。
いかなる天変地異か。沖合から陸を見た映像だ。
信じられないような巨大な雲がはるか上空に達し、その周囲では落雷が見られる。
参加者からどよめきが沸く。
劉「なんだありゃ。」
趙「台風・・・?」
画面が変わる。今度は航空機からだ。
今度は地形がわかった。どこかの沿岸部だ。上空からも雲と言うか煙と言うか。不鮮明で地上で何が起きているのかさっぱりわからない。
もうもうと立ち込める雲だか煙だかのところどころで炎らしきものが見える。
さっぱりわからないのだが
これがとんでもない映像なのだということは
園部1尉の鬼気迫る横顔からも察せられた。
園部が参加者を向く。
「最初の映像は米海軍からの提供された映像。その次は韓国海洋警察庁からの提供映像になります。」
場所は、どこなんだ。
「中国沿岸部の都市、とまでしかわかりません。」
劉と趙はおもわず息を呑んだ。
あんなことなってて場所が特定できんわけないじゃないか。
「御覧の通りの有様。被害が広すぎて特定はできないのですが。錦凌付近ではないかと言われています。錦凌自体はおそらく消滅とみられているようです。」
園部は無理のある笑顔を作ったが、すぐにうずくまって嗚咽を鳴らした。
みな無言だった。
劉が震えだす。
「超級熱核炸弾。ヘリウム3をふんだんに使える環境で超小型化した核・・・」
趙「噂ならば私も。実用性がないとかで消極的だったはずですが。」
「中央軍事委員会は完成させていたんだ。ヘリウム3もそうだが、月鉱石から貴重な希土類が取れる。だからといって作る必要はなかったはずだが、作ったのだ。」
劉はハッと席を立ちあがった。
「汐玥!」
趙も気づいた。
劉の妻は錦凌に近い西靖の政府庁舎に勤務しており、宿舎は庁舎に隣接した集合住宅だ。
「难道说,那里就是锦凌!?告诉我确切的・・・ガ・・・錦凌、錦凌なのか!どういう状況なのか教えてくれ!」
AI翻訳が途中で追いついた。
園部1尉が涙をぬぐってゆっくりと立ち上がる。
モニタにはウィストン大佐と前田防衛部長も戻ってきていた。
「細部状況は不明です。しかし錦凌市が消滅したことはほぼ間違いないようです。」
涙の残る声で園部が説明する。
劉はゆっくりと崩れ落ちるように着席した。
彼らしくもなく歯噛みし、拳を震わせる趙。
ウィストン大佐
「諸君らも御覧の通りだ。中国の沿岸都市に核攻撃があり、目下調査中であるが、都市が複数個消し飛んだらしい。ただの核ではないだろう。」
大佐は一拍おいて続けた。
「劉、ならびに趙氏。心中お察しする。」
二人は唇をかみしめ、顔を上げ、頭を下げて礼をする。
しかしこれだけの被害となるとアメリカ人も日本人も。いや、様々な国の人々が相当数犠牲になっていることだろう。
未曽有の被害だ。
前田防衛部長
「これは米国と共有している公式情報である。日米両政府は民主派が共産党拠点を壊滅させるために核を撃ち込んだ、という見解である。」
富原3佐が椅子をがたがたならしながら寄ってきた。
「お前らの方がまだマシだってよくわかったよ。」
富原3佐は二人の肩を軽くたたいた。
「ともあれ、犠牲になった人民に哀悼の意を表するよ。」
そういうと富原は元の位置に戻って行った。
-広寒中心基地-
「失敗したか。手練れを送ったと聞いたが。」
楊が爪をかみながら報告を受ける。
イライラしているのがはた目にもわかる。
「はい。手練れではありましたが、その。信じられないのですが。」
「手練れでも失敗することくらいはあるだろう。ましてやここは月だ。」
「いえ、信じられないというのはその点ではなく。」
「ええい、なんだハッキリしろ!」
「宇宙1級は狙撃を察し、なおかつ必中の射撃を避けたらしいのです。」
「手練れと言っても人間だ。なにか見つかるようなへまでもしたのだろう。」
「いえ、レゴリス迷彩は散々にテストしています。50m以上離れていた場合、光学機器でも赤外線、熱線、あらゆる監視機器を用いても観測できないはずなのですが、宇宙1級は突然銃口を特殊兵にまっすぐ向けてきたということです。」
「日本軍が我々の知らない観測機器を持っていたのだろう。」
「いえ、気づいたのはあの宇宙1級のみ。ほかの兵士は気づいていません。」
「面白い。要するにあいつは超能力者だと。ますます脳データが欲しくなってきた。
ま、それはわかった。米日を無駄に刺激してしまったが、劉の残党の仕業にでもしておけばよい。それよりも。」
「錦凌でしょうか。」
「そうだ。」
かたわらの軍士長が壁のモニタに錦凌の映像を投影した。
「中南海はこう言っている。共産党は壊滅状態。各国は中国を統べる我ら民主派を近く承認するだろう、と。」
「勝利は近いということでしょうか。」
「見通しが甘い。そんなわけがない。
大虐殺だぞ。現代都市丸ごとの大虐殺だ。
歴史上たびたびわが国には大虐殺が起きたが、今回のはおそらく最大級だ。
我らとて眉をひそめざるを得ない蛮行だ。それを常日頃人道人道とうるさいアメリカやヨーロッパ、日本が見逃すものか。」
「いったい、これからどうなるのでしょうか。」
「そんなものは誰にもわからん。」
楊はおもむろに立ち上がる。
「だがな。」
覗き窓から地球を見据え、副官に振り向く。
「面白くなってきた。」
副官はうろたえ、軍士長は無表情だった。