「中国と言えどもだ。いかに中央軍事委員会や戦略ロケット軍を掌握していたとしても、だ!核使用に関してはもっと複雑で何重ものチェック機能が働いていたはずだ。核の使用。それもあんな史上最大級の非合理な核ミサイルが簡単に使用されるというのは度し難い。」
「内部がガタガタになっているという話は仄聞していたが、こうまでとは。」
「単に自国都市を焼いただけの連中と思わないことだ。あの民主派を名乗る勢力は統制不可能な過激集団であり、到底認めることはできない。」
周辺国は最大級の警戒とともに、最大級の非難を民主派中国政府に浴びせかけ、米国をはじめとする核保有国は、あのロシアさえ含め、共同声明を出す。
国連加盟国としての中国はいったいどちらが代表なのか。大勢は中国共産党に傾きつつあるが、民主派中国にも一定の支持が残った。
以前から機能不全を指摘されていた国連安全保障理事会だったが、今回の事態で完全に機能を停止し、地球上は核戦争の恐怖に包まれていた。
-シャックルトン基地-
一方、月面では
村田士長と王宇軒がガンをつけあっていた。
王「你说第四代VOCASON的音频输出特性怎么了?
(第4世代VOCASONの音声出力特性がどうしたって?)」
村田「てめえも日本語で言えよ。もっぺん言ってやる。
温州MIKA的音色存在技术局限,性能与第二代VOCASON相当,甚至更差。
(温州MIKAの声には技術的限界があって、第2世代VOCASONと同等かそれ以下の性能なんだよ。)」
津志田「お前ら翻訳切ってののしり合うなよ。なんで村田は流暢に中国語しゃべってんだよ。」
先日の銃撃戦事件で航空宇宙警務隊から取調べられたり、警備隊本部から、もどかしい地月通信の事情聴取を受け、へとへとで隊舎に戻ってきたと思ったら、先に釈放されていた村田が王とガンつけあっているのだ。
笹嶋がスタスタっと近寄ってきた。
「アネキ!おつとめお疲れさまでした。これ。」
と、おしぼりを渡してきた。
「ありがと。って、私はお前にとってどういうキャラなんだよ。」
川路が加勢をお姫様抱っこして現れる。
津志田「なにがあったんだよ、お前ら。」
川路「取り調べ中に警務の方から壁ドンされて、怖かったけど、一生に一度はされたかったことだったので嬉しいやらで、感情がぐちゃぐちゃになって動けなくなった。とのことです。ちなみに加勢士長好みのイケメンだったそうです。」
加勢「津志田3曹。私また銃撃していいですか。」
津志田「サイコパス判定やってんじゃねえよ。」
やれやれと津志田3曹が食堂に向かう。
昼食は警務詰所で出た携行ゼリーだった。美味い。腹はある程度膨れる。栄養もバランスが取れている。
だが航空宇宙自衛隊の隊員からは「人間に食わせるものではない。」という酷評がなされている。
そこまでとは思わないが、津志田3曹も物足りなさは感じる。
食堂でご飯を食べたい。
流石に月面基地にそれほどメニューの種類はないが、簡素な丼物くらいならある。
食堂入口で津志田が愕然と立ちすくむ。
-本日売り切れ-
見れば店内は満員だ。ずいぶん騒がしく食べている集団がいる。
どこの部隊だ。4中隊か?
入口で踵を返そうとすると、店内の客が一斉に津志田3曹に目を向けた。
「津志田3曹だ!」
客が津志田の名前を次々に口にする。
食べるのも途中で、津志田に客が殺到した。
「うわ、なんだ。」
「人類初の宇宙戦闘をした指揮官だぞ!」
「撃たれたとき、どうでした!」
「敵を撃ったんですか!」
案の定54連隊だ。演習が終わってみんなで飯を食べにきたのだという。
興味津々の隊員が津志田を質問攻めにする。
兎内3曹も津志田をみて駆け寄ってきた。
「つ、津志田3、3曹。このあいだはお、お疲れさまでした。」
「アンタは陸自の、なんてったっけ。」
「と、兎内です!そのせつは、その。首かっ切ったりしてすみません。」
「なんて、ちゃんと名前覚えてるよ。兎内3曹。
あとね…もういいって。なんべん謝んだよ…
それより陸自さんはみんなして飯食ってんのね。おかげで食いそびれたわ。」
「いやー携行ゼリーなんか食えたもんじゃないですからねえ。アハハハ」
兎内3曹の頬に津志田が拳を当てる。静かに頬に拳がめり込む。
「殴っていい?」
「え、え!?」
「うふふっ」と、津志田3曹が笑った。
「冗談だよ。私たち、戦友じゃん。」
アーチネットチューブの時の事かと兎内が合点する。
「ですよね。ですよね!」兎内が拳を作ると、二人して拳をこつんと合わせた。
建物の陰から笹嶋が覗いていた。
「アネさん。幸せになってください・・・」
「あ、加勢士長もいたぞ!」
「デカいのは伝令だ!」
お姫様抱っこをされた加勢にも連隊の隊員が群がった。
「加勢士長。姫目当てに皆の者が群がってきましたぞ。」
「うむ、苦しゅうない。降りる。」
加勢はひらりと川路の腕から飛び降りた。
吉川1士「おい、ちびっこ!お前、殺し合いしたんだって!?」
「質問第一号がアンタってどういうことよ。」
浅見3曹が吉川1士をはがいじめにして「すみませんね、空自さん。」
と謝って下がっていった。
「加勢ー!加勢士長!今度はなし聞かせてくれよー!アンタ可愛いからいっぺんじっくり話してみたいんだー!」「ばか、黙れ」
吉川1士の声が遠のいていった。
川路「加勢士長、どうされました?」
加勢が顔を真っ赤にしてもじもじしている。
今度、あの吉川1士をみたら加勢士長に壁ドンしてもらおう。
などと川路もいたずら心がわく。
若い陸士が加勢に質問してきた。
「加勢士長。弾って見えるもんなんですか!?」
「見えるよ。」
-即答…!-
川路も、そばにいた津志田も思った。
「どんなふうに見えて、どうやって避けるんですか!」
「えーっと・・・
なんかこう、撃たれる!殺される!って気づくじゃん。」
-気づかない…!!-
川路も、そばにいた津志田も思った。
「そしたら光の粒みたいなのがゆっくり。あ、ゆっくりっていっても、それなりに速いんだけど。で、その粒を避けるイメージ。
参考になるかわからないけど・・・」
-参考にならない…!!!ー
川路も、そばにいた津志田も思った。
「加勢士長だっけ?うちの若いもんに特殊能力みたいなの教えないでくれねえかな。うちは能力バトルやってねえんだ。」
がははと笑いながら桜野曹長がやってきた。
「曳光弾をみてると、あの光の筋を避けられそうな気にはなるんだけどな。何度か正面から見たことあるけど、とても避けられるもんじゃねえ。」
「私も、あの時だけです。なんかこうぴーん!って頭がなって。それから、弾がみえるっていうか、避けられるようになって、たぶん5発くらい避けたと思います。」
「うーん。さすがににわかには信じられねえけど。いるんだろうな。そういう人間。」
「桜野曹長だったらきっと何がきても勝てます。」
「そう思ってくれるのはありがてえんだけどな・・・」
桜野は苦い顔をして頭をかきかき、昔話を始めた。
-そうだな。あれは令和も半ばのころかな。
桜野は当時30代前半。レンジャー教官も務め、現役中最高に仕上がっている時期だった。
その年、珍しいことに陸海空で共同警備訓練があった。
3自衛隊で施設や装備品を敵の潜入工作員から警備するという訓練で、桜野たちは敵役として参加することになった。
いざ始まると桜野分隊からすれば、海も陸も赤子の手をひねるようなものであった。
海上自衛隊の基地警備は難なく突破して艦艇に爆発物を仕掛け、勝利判定。
陸自にしても複数の警備線を桜野たちはすいすいと潜り抜け、指揮所天幕に手りゅう弾を投げ込んで勝利判定。
「海自さんは予想通りだったけど、連隊の連中がああもダメダメだと勝った喜びより不安が先走るな。」
「次は空自か。まあ、推して知るべし。とはいえ油断なしで行こう。」
その晩だった。
桜野たちは残らずふん縛られたのだ。
巡察の間隔も調べた。仕掛け罠の位置も特定した。
歩哨ポストの場所も、交替の間隔もわかった。
0時過ぎに桜野たちは闇を縫って空自の警備線に潜入。
途中までは完璧だった。
しかし。
いないはずの巡察がいた。
さがろうとすると、そこにいないはずの増援歩哨がいた。
それでも逃れようとすると、物理的にめちゃくちゃ速い動きをする空自の隊員に回り込まれる。
なんとかかわすが、誰かに手をつかまれる。
桜野も小兵だが、関節技は得意だ。それなりに馬鹿力もある。
「やすやす捕まるかよ!」
・・・と桜野は体を回転させながら言っていた。
地面にたたきつけられ、押さえ込まれた。
そこの空自の曹長がやってきた。
「勝負あり。でいいかな。」
眼光のするどさ。周囲の空自隊員の向ける目。
間違いない。この曹長がこの部隊の実力者だ。俺は完敗したのだ。この男に。
桜野は生まれて初めて畏怖と言う感情を覚えた。
さかさまになった桜野の目にその曹長のネームが見えた。
-重原-
「俺はこの名前を一生忘れない。」
加勢や津志田に群がっていた陸自の隊員は、ときならぬ桜野の秘めた過去に聴き惚れていた。
「桜野曹長でも勝てなかった人がいるんですね。」
「そうよ。世の中は広い。正直、失礼だが、空自だからって油断はしていた。痛烈な反省だ。」
陸自の若い3曹が勢いよく尋ねてきた。
「桜野曹長、その重原曹長はまだ自衛隊にいらっしゃるんですか!」
「馬鹿。もういねえよ。とっくに定年して、そうだな。いまごろは70歳をこえてらっしゃるか・・・」
桜野が遠い目をしていると、明るい挨拶が聞こえてきた。
「みなさんご一緒でにぎやかですね。」
ひまわりのような女性幹部がやってきた。
園部「訓練お疲れ様です。陸自さんたち。」
その傍には園部の副官の准尉がいた。
園部1尉は桜野たちににっこり微笑む。
「桜野曹長ですね。お初にお目にかかります。先ほどは昔話をされていたようですが。」
「いや、お恥ずかしい。本当に大昔の話で。」
「私の頼れる副官さんも昔話はたくさんもってるんですよ。」
園部が副官を紹介した。
-俺にそんな話をふるのはやめてください!ひっそり生きてひっそり退官したいのですよ!私は!なんせ74歳ですからね!来年ようやく任期終了なんですから!!-
重原准尉は心とは裏腹に一歩前に進み出て自己紹介をした。
「初めまして、航空宇宙幕僚監部、府中から参りました。重原准尉です。」
桜野「へ」
-怖!なにこの曹長。バリバリ陸自の普通科でしょ!-
重原准尉は恐怖をつとめて隠し、桜野に握手を求めた。
「普通科とお見受けします。月面情勢は不穏のひとこと。頼りにしています。」
「はぁ」
-なんだ、反応悪いな。やっぱ空自の白髪交じりの弱そうな准尉なんか「デスクワーク馬鹿」くらいに思ってんだろうな-
などという卑屈な考えは表に出さず、握手を終えた。
桜野「あの、重原・・・准尉殿・・・は。失礼ですがおいくつでしょうか。」
-あ、やっぱこんな老いぼれが月に来てんじゃねえぞ、って精強な人達からしたら思うよなあ-
重原准尉はあまりしゃべると馬脚を現してしまいそうで怖かった。
短切に答えた。
「74歳です。」
園部1尉がおほほと上品に笑いながら説明してくれた。
「うちの副官は特別再任用制度で勤務していまして。今も頼れるのだけど、昔は陸自さんを訓練で捕まえたり、それは強かったらしいのですよ。」
重原准尉は帽子のつばをさげ、目線を隠し、向こうをむいた。
-内輪で話すならまだいい。陸自の前でそれはやめていただきたかったです。園部1尉!!-
園部「それではみなさん。」
軽やかな足取りで園部1尉は去って行った。
「桜野曹長」
加勢が呆然と立ち尽くす桜野の袖をひっぱって話しかけた。
「ああ、うん。」
「重原さん、ですね。」
「ああ、ああ。74まで働かせてんのか自衛隊は。」
川路「眼光の鋭いかたでしたね。」
加勢「あの人も弾よけそうだったね。」
桜野「たぶん、あの人も避けそうだな。」
そのころ津志田3曹は54連隊の隊員有志から大量の携行ゼリーを渡されていた。
「おなかへったらそれ食べてください!!」
突き返したかったが、尊敬のまなざしで全員に敬礼をされ、受け取らざるを得なかった。
津志田3曹が静かに答礼の手をおろすと、整列した連隊の隊員達も敬礼の手をおろした。