米国を中心とした有志連合軍が錦凌爆心地から30キロ地点に上陸したのは爆発から13日後であった。
錦凌周辺の港湾はそもそも被災していたほか瓦礫の流出や高濃度の放射線量などにより使用できず、南に下ること約30キロ地点にある滄江市の港湾施設や上陸艇で海浜に乗り付けたのである。
救援自体は爆発4日後に各国の公的な救援部隊が入っていた。
普段であれば拒否していただろう共産党も民主派の蛮行を宣伝するため、あれこれ条件をつけながらも受け入れを歓迎したのだ。
今回ばかりは有志連合国の政治的圧力が強く、台湾の救援隊も黙認された。
民主派との軍事的緊張は高まる一方である。当の共産党も安全を保障しかねる事態であり、なし崩し的に米日豪韓その他十数カ国からなる救援部隊が来援することになったという次第。
形式上は共産党中国による要請である。
北京の民主派中国を孤立させる一手でもある。
こういった事態であるので、有志連合軍は救援隊としつつも民主派と共産党による内戦を予防するための停戦監視団を兼ねている。
有志連合は明らかに共産党中国に軸足を置いていた。
民主派が救援と称して部隊を送り込もうとするたび、共産党中国の人民解放軍と小競り合いが発生しており、いつ大規模内戦にエスカレートするか、周辺国はハラハラしながら見守っている。
錦凌爆心地は放射線量も高く、そもそも生存者が望めないため後回しとなり、救援はもっぱら周縁の地震災害地域で行われることになった。
ところどころに傾いたビルが残る瓦礫の山。
航空写真でみると、円形に惨状が広がっているのがわかった。
錦凌周縁部一帯。市の中心部で数百万人が死亡したといわれる。
被災者は重軽傷者を含めて一千万を越え、周辺の都市に殺到する。もはや武装警察も人民解放軍も制止する力を失っていた。
行く当てのない民衆は海に出て韓国や日本を目指し、各地に漂着する。その数はおよそ数十万。
株価は下がり、なんとか持ち直しつつあった中国経済はふたたび低迷する。
錦凌がまるごと消し飛んだことで、錦凌港や空港を介した経済活動は停止し、周辺国にも大きな影響があった。
錦凌市内に進出していた日本企業を含む各国企業も消滅。安否のわからぬ在中外国人は数万人。
爆発から2週間がたつが、いまだ被害の全貌はわからない。
絶望的な被害、軍事的緊張。
地球では行動の読めない民主派中国と共産党中国、そして有志連合軍のそれぞれが慎重に、慎重に動いていた。
一方、米国の懸念は宇宙にあった。
中国の宇宙政策は目下、民主派中国が握っている。
敵対していたとはいえ、さまざまな交渉パイプのあった共産党中国と違い、民主派中国とは全く関係が構築されていない。
地球上に輪をかけ、さらにわかならくなったのが月面情勢である。
絶好の適地シャックルトン・リムを中国が虎視眈々狙っていたのは周知の事実。
そして先日、民主派中国軍が広寒中心基地の実権を握り、旧基地司令官が亡命(本人らは亡命ではないと言っているらしいが)してきた。
現在の中国月面軍の実力はいかほどなのか。
先月までは概ねの実態を把握できていたが、民主派中国の活動が高まって以来、増援されたらしいという確度の低い情報しか入ってこない。
情報部の見立てでは米月面軍を上回っている可能性もあるとのことだ。
日本もシャックルトン基地の部隊を増強しているが、おそらく機械化された月面軍300〜400程度の戦闘部隊が日本の物理的・法的限界と見積もられる。
日本の法的限界。
日本の宇宙安全保障法では、月面に派遣できる自衛力は最低限の警備力にとどめるとされ、増強普通科小隊の派遣も国会ではグレーゾーンであるとして議論されている。
先日の銃撃戦事案も自衛隊の違法行為か否かが議論された。適法違法いずれであっても、対処要領をいかにするべきか、法改正が必要か。
しかしながら国民の目はもっぱらセンセーショナルな中国情勢報道に向き、月面での銃撃戦事案は早々に話題から消え、事実上不問とされた。
さて日本が300〜400。うち200名が空自警備隊であるためあくまで補助的な戦力である。
米軍の戦闘部隊がおよそ1000。
単純に足して、最大1400。
中国の潜在能力は、その国力や宇宙への傾注具合から機械化された戦闘部隊900〜1500であろうと推定されている。
民主派中国が月面情勢をなんらかの駆け引きに使ってくることは容易に考えられた。
―シャックルトン基地:加勢士長の居室―
加勢の部屋に女子が集い、余りに余った支給のビスケット消化パーティーが開かれている。
津志田「アンタさ。川路に壁ドンされたらどうする?」
加勢「『壁こわれるでしょ!』って怒ります。」
削岩機みたいな腕だからな…)
津志田はビスケットをぼりぼりかじりながら川路の丸太みたいな腕が壁を壊すさまを想像した。
津志田「川路って何枠?後輩以外で。」
加勢「んー。ごわす枠。」
津志田「人間じゃねえ。語尾が捏造だし!」
六会ミヤコ「加勢さ。こないだ、お姫さま抱っこ…されてたやんか。」
「あの時、ホントに足腰たたなかったんですよぉ。怖くてカッコよくて。警務のひと。」
六会「ずるい。」
「だって好きで取調べ受けたわけじゃないですよ。」
「ちがう。川路のお姫さま抱っこ。」
「え?」
六会は加勢に爛々と嫉妬の目を向ける。
「入るよー!」
気ぜわしいノックとともに二人の女性が入ってきた。4中隊のWAFだ。
津志田の同期と六会の同期だ。
「あの筋肉君のお姫様抱っこの話してた、もしかして?」
津志田「おもいっくそ、その話。」
「月なら、うちらも体重6分の1だから、簡単にされそうよね?」
六会「誰でもいいってわけじゃないよ!」
加勢は六会の視線を強く感じる。
-なるほど-
加勢は察し・・・なかった。
「わかりました!!」
-同時刻:隊員クラブしゃくる-
大谷が入れたボトルをちびちびとなめながら長っ尻で3人が飲んでいる。
議題は川路
大谷「川路にとって加勢士長って何枠なん?」
川路「枠?枠とはなんでしょうか。」
大谷「近所の小学生の女の子枠とか、年の離れた妹枠とかなんやねえか。」
川路「いえ、先輩としか…」
村田「立場が上の豆柴、みたいな感じ?」
「ええと、そうですね。先輩としてではなく。あえて表現するなら。」
川路は腕組みしてうんうん唸る。大谷が「まあ飲めよ。」と一杯、ショットグラスでウィスキーを飲ませた。
「わかりました!お姉さん、でしょうか。」
「年下だろ。妹じゃないのか。」
「妹・・・うーん。柳沢るり子さんなら対等な同期って感じなんですが、加勢士長を「枠」で例えるのは難しいですね。」
村田「堅物め。じゃあ柳沢るり子について知っていることを洗いざらい教えてもらおうじゃねえか。」
話題は中隊長と柳沢るり子がどこで「合体」したか。に移った。
中隊長室、基地宿舎、地下倉庫、あれこれ案は出たが、結局
「所詮、中隊長は自衛隊の小役人に過ぎんけんな。そこはやっぱ外務省の切り札の柳沢るり子が米軍からライオンの口からお湯の出る風呂付のホテルでも借りてイタしたにちげえねえやん。」
となった。
-同時刻:米軍レストラン-
岩倉1尉は柳沢るり子のおごりで夕食を食べていた。
「岩倉さん。」
柳沢るり子はナイフで岩倉のステーキ皿をちょんちょんとつつく。
「あ、はい。」
柳沢るり子は顔をかしげ軽いウィンクをする。
「今晩、どう?」
岩倉は目を泳がせる。「あ、その。るり子さん。前回ちょっと、アレがそれで。自分は警備隊長にたいそう叱られまして。」
「私の宿舎。今晩あけてます。」
岩倉はあのなまめかしい夜の記憶が脳裏をよぎる・・・が。
「るり子さん。申し訳ない。やはり、自分は今日は。」
柳沢るり子が視線をそらし、口をとんがらせた。
その顔で岩倉の心臓は脈を乱打し、ドキンドキンと興奮が波打つ。
が、岩倉は理性を前面に出す。
「るり子さん。こういうことは、地球に戻ってから。戻ってから!自分は貴女だけを見ています。」
伏し目だった柳沢るり子がまっすぐに岩倉を見据え、体を乗り出した。
柳沢るり子は岩倉の頭を両手でホールドし、唇を奪った。
周囲の客がきょとんと二人に視線を向け、「お熱いことね。」と口にしてにやにや笑う。
キスを終えた柳沢るり子は、岩倉の頭を解放する。
「岩倉さん。そんなあなたが好き。地球できっと、ね。」
柳沢るり子がそう言い終えるやいなや、彼女の頭は岩倉の両手につかまれた。
岩倉がキスをし返す。
周囲の客達は状況を察した。
岩倉が唇を離すや、一斉に拍手がわき、レストランホールはダンスフロアのように沸いた。
「るり子さん。僕と、結婚してください。地球に戻ったら。自分はきっと戻ります。今は何もあげられない。今は。でもでも。」
立ち上がり、前のめりの岩倉は柳沢るり子の両手をしかと握る。
柳沢るり子の両の眼から、こんこんと涙があふれ、頬をつたい、机に落ちた。
「おねがいします。私からも、ぜひ。一緒に。一緒に。」
感極まった柳沢るり子は、普段からは想像もつかない嗚咽をもらし、両手で顔を隠し、席に腰を落とす。
岩倉も静かに席に座り、涙をぬぐった。
黒人のウェイターがワインをもってきた。
丁寧にグラスを机に置き、ワインを二人のために注ぐ。
「ご両人。これは店からのお祝いです。」
ウェイターは岩倉と柳沢るり子にウィンクして去って行った。
-岩倉が求婚した頃:しゃくる-
「今頃ご両人、ハッスルしとるんやろうなあ!」
「お二人ともそういう方には見えないと思いますが。」
「堅物ゥ!お前そんなんだから加勢にいいように扱われるんだぜ。」
「加勢のやつ、絶対お前に気があるけん。」
そのとき。
しゃくるにWAF達が乱入してきた。
「川路ー!」
川路に加勢が突っ込んできた。低重力特有の浮足でくるものだから足がもつれて川路に体がぶつかる。
「ど、どうされたのです。加勢士長」
「今日はね・・・先輩としてじゃなくて。一人の女性として来たんだけど。」
大谷と村田が聞き耳を立て固まる。
「いったい、どのようなお話しでしょうか。」
「あのね、女の子は実はお姫様抱っこが好きなの。」
「はあ。」
「だから。」
「はい。」
「あそこの人たち全員ひとりずつ、お姫様抱っこしてくれる?」
「えぇ?」
六会が顔を両手で覆ってくねくねしている。
他のWAF達もきゃーきゃー騒いでいた。津志田を除いて。
その後、しゃくるにて。
川路1士にお姫様抱っこをしてもらったWAFの記念撮影会がひらかれた。
大谷「津志田、あれなんなん。」
津志田「成り行きといいますか。あれで川路ってモテるんですよ。さっき知りましたが。」
大谷「津志田はいいんか。」
津志田「自分は別に興味ないんで。」
大谷「陸自のあの3曹推しやもんな。」
津志田3曹はカッと顔を真っ赤にして大谷に「違います!」と抗議した。
-同時刻:陸自区画の飲酒許可ホール-
桜野「兎内、津志田ちゃんだろ、キメちまえよ。」
浅見「兎内、早いもん勝ちだぞ。こういうのは。空自は多分イケてるやついっぱいいるぞ、俺たちと違って。」
吉川「兎内3曹!突っ込むべきです!」
若い士長「いろんな意味で突っ込むべきです!」
下ネタで一斉に大爆笑が起きる。
「でもよぉ!吉川。」
「そうだ、吉川。あの小学生。どうなんだよ。」
「あのちっこいの。可愛いじゃん。」
吉川はグラスの酒を一気に飲み干してダンと机に置いた。
「あいつはライバルです!第一!女が宇宙にいるべきじゃないんです。」
桜野がバシーンと吉川の頭をはたく。
「先輩方がいる場でグラスをそんな乱暴に置くやつがあるか!」
「す、すいません。」
桜野「それはそうと、加勢ちゃんだろ。男なら、キメちまえよ。」
桜野は男女の仲を見ると「キメちまえよ。」以外の語彙がない。
シャックルトン基地は不穏な情勢をよそに若さが爛熟していた。