シャックルトン基地のそこかしこで爆音が響く。
基地の外郭は流石に頑丈なつくりをしていて、多少の爆発ではびくともしない。
川路が加勢の気密服の取っ手をつかんで道を駆け抜ける。
「加勢士長!どこへ行けばいいですか!」
川路の叫びに加勢は脳みそをフル回転させる。
中隊は現在散り散りである。本部はすでに爆破されてこなごな。
山本1曹も大谷3曹も見当たらない。無事だろうか。
-少し前-
私と川路それと村田士長は通常業務であるし尿処理番でタンク作業中だった。
唐突なラッパ。聞いたことがないメロディ。
いや、これは。緊急ラッパだ。
続いて全基地放送。「総員、気密服を着用し、原隊に集合せよ。」
村田士長が怒鳴る。村田士長の怒鳴り声は初めて聞いた。
「川路、気密服着用!」
気密服は通常業務中は行く先々に持って行くきまりだ。
し尿処理の管理係もあわただしく気密服を着用している。
気密服を着て中隊へ戻ろうとした時だ。
あちこちから爆発音が聞こえてきた。
正直、怖すぎてへたりこんでしまった。
村田士長が気密服をぶっ叩いてくれ、なんとか立ち上がる。
川路が「行きましょう。」と背中を押してくれた。
今まで先輩面していたのにここで恰好をつけなければどうする。
警備道でも、アーチネットチューブでもできた。
爆発音くらいでなんだ。
川路は私にできた初めての後輩だ。
大谷3曹が、津志田3曹が、村田士長がそうしてくれたように。
「村田士長!中隊本部ですね!」
村田「行くぞ。加勢、川路」
その時、し尿処理事務所のガラスが割れ、気密服を着て今まさに出ようとしていた管理係が倒れた。ヘルメットに大きな穴が開いたのが見えた。
大丈夫ですか、と加勢が戻ろうとするのを川路がおさえ、村田士長が「かまうな、行くぞ!」と命じてくれる。
死んだ。死んだんじゃない。あれ死んだよね。
と頭の中がグルグル回る。
足がよろけ、もつれる。倒れ掛かるとグッと体が軽くなった。
川路が取っ手をつかんでくれたのだ。
中隊本部の隊舎まであと少しのところで爆発があり、もうもうと煙が立ち込め、村田士長とはぐれた。
川路は道を変えて中隊本部を目指すが、到着した中隊本部隊舎は半壊して無人だった。
「加勢士長、どこへいきますか!」
「2番倉庫!2番倉庫に行くよ!」
加勢はとっさに思いつき、川路の手をふりほどいて走り出す。
2番倉庫は確か、緊急時の臨時集合場所に指定されていた。
果たして2番倉庫へ続く街路に武装した3中隊がいた。
「だれだ、加勢か!こっちだ!」
中隊本部の要員が誘導してくれる。
2番倉庫には3中隊の主だった面々が集っていた。
「加勢、し尿処理だな。村田はいないのか。」
川路「村田士長も途中までいましたがはぐれました。」
息が荒く受け答えができなかったのを察したか川路が代わりに答えてくれた。
全基地放送が流れる。
「気圧低下中につき、総員気密せよ。繰り返す・・・」
「気密ー!」
徳田曹長の怒声が響く。
こんなに怖い徳田曹長は初めてだ。
おのおのがヘルメットを装着し、気密をオンにする。
シャックルトン基地は多重気密構造だが、おそらくどこかが致命的に破壊されているようだ。
全体通信が流れる。
「聞こえるか。3中隊。中隊長だ。」
「現在4中隊は警備道上で不明な敵と交戦中である。一部がこのシャックルトン基地にも侵入してきた模様。敵の規模は不明である。くわえて特殊な訓練を受けているものと見積もられる。」
「地球との通信は途絶。米軍とも連絡が取れない。
ここからは憶測が混じるが、あえて言う。敵は広寒中心基地の中国軍であるとみてまちがいない。なぜ攻めてきたかについては知らん。ともかく、少数の尖兵によって我らを混乱させている間に主力を前進させ、シャックルトン基地を占領する目論見だろう。」
「ゆえに!」
「我々のなすべきは!基地の死守である。」
ここで中隊長は息を継いだ。
「中隊はただいまから、シャックルトン基地の防衛任務に移る。F号警備要領。
雨宮3尉はF号の1に示す3か所警備を担任せよ。
山本1曹は同じくF号の2に示す2か所警備を担任せよ。
警備しつつ敵を漸減し、速やかにこの混乱を回復する。
本部機能は中隊長以下5名。本部はこの位置。
中隊長はこの位置にあり!」
数名の血塗れの気密服が何かボックスらしきものを運んできた。
「弾薬来ました!」
今まで警戒係の持っていた即応弾薬だけで応戦していたが、これで皆に弾薬がいきわたる。
2号倉庫の武器庫から銃を搬出し、弾薬の交付を受ける。
雨宮3尉と山本1曹がそれぞれ自分の部隊を掌握する。
大谷3曹以下加勢、川路は米軍装備品付近の基地内ポストに向かう。
「俺は見たぞ。気密服を着ていないやつらだ。」
そういう話があちこちから聞こえてくる。
敵は気密服を着ていない。潜入して脱いだのだろうか。
米軍装備品モータープールにはすでに被害があった。
いくつかの車両が燃え、あるいはパンクして擱座している。
加勢は見た。ゆっくり歩きながら射撃する人間を。
いや、今までも見ていた。意識が拒否していたのだ。
し尿処理場でも確かに見ていた。
2号倉庫に向かう途中に倒れているのも見ていた。
恐怖が記憶を上書きしていた。まるで透明人間に攻められているかのように感じていたが、明らかに違う。
戦闘服こそ着ているが。ラバー製の顔をつけてはいるが。
あれは間違いなくアンドロイド兵。
一目でわかった。人間ではない。
誰かが射撃号令を叫ぶ。
「撃てー!気密服も着ていない。防弾チョッキも着てない。生身だ。撃てばやれるぞ!」
加勢は愕然とした。ほかのみんなにはあれが人間に見えているのだ。
アンドロイドと言えども超電磁弾を受けて無事と言うわけではないが、人間と違って被弾してすぐに動けなくなるわけでもない。
しばしの銃撃戦。ときおり擲弾が飛んできて至近で爆発する。
「なんでだよ、なんで当たっても倒れねえんだよ!」
撃って当たったと思っても敵兵はなかなか倒れない。
弾が当たっても、倒れ掛かる方向に、人間ではありえない姿勢で踏ん張るのだ。
こちらは何人か動かなくなっている。血を流して倒れて呻いているのもいる。
動きが制限される気密服を着ている我々は生身で動いて射撃をしてくる敵に対して著しく不利だった。
米軍の車両を奪取されてはまずいことになる。
「川路、大丈夫!」
「ハイ、川路1士。異状なし!」
とりあえず川路が無事でほっとする。
入隊から2年と半年程度の空士長でも。これが不利だとわかる。
数はこっちが上だが、相手がアンドロイドだ。しかも仲間は気づいていない。
「加勢!」
誰かが対人通信で呼びかけてきた。
この声。村田士長だ!
村田は誰かと二人でやってきていた。
「加勢。これを!」
村田士長がなにかを渡してきた。チェーン付きのカードだ。
「なんですか、村田士長。」
「LOW-MACSの起動カードだ。米軍の事務所でもらってきた。」
「ええ?」
「あいつらは整備兵か管理要員しかいない。こちらにはパイロットがいると言ったら、頼むと言って渡してきたんだ。」
「で、誰がパイロットなんです。」
「加勢士長」
「はい。」
「あなたが乗るのよ。」
「え。なんで女言葉なんですか!?」
ドチュウン!
気密服なので激しくはないが、着弾の音がした。
「冗談言ってる場合じゃないな。一度言ってみたかっただけだ。」
「私が!?運転免許もないんですよ。」
「こいつもつける!」
もう一人の気密服が握手をしてきた。
ドチュウン!
もともと地面をはいずる低い姿勢だったが、着弾のたびに頭を下げる。
「俺は王宇軒だ。よろしく。」
「はいー!」
加勢は全力で疑問を呈する。
「山本1曹負傷!栗林2曹が指揮を執る!」
しかし、加勢が疑問を呈する余裕はなさそうだった。
山本1曹が引きずられてレゴリスブロックの後ろに連れていかれるのが見えた。
村田「いいか、加勢。カードを読ませれば動く。このコネクタは日米共通だ。」
そういって村田は加勢の気密服の腹にある外部ポシェットを開けて接続を示す。
「ここにLOW-MACSのコードをつなげば、お前と機体がシンクロする。」
王「加勢さん。俺も初めてだ。安心しろ。」
-安心できない!-
「む、村田士長。すみません、こんなときになんですが。」
「なんだ!?」
「その、め、命令にないんですが!」
「それもそうだ。」
村田は栗林2曹に回線をつなぐ。
「栗林2曹。こちら村田士長」
「村田?無事だったのか。」
「米軍車両の借用許可をとってきました。加勢が動かせます!乗せていいですか!」
「なに、乗せろ乗せろ!!」
「村田、了解」
村田士長がヘルメットを、ごん、とぶつけてきた。
「乗っていいぞ、加勢。」