炊飯器と冷蔵庫   作:すりーみにっつ

49 / 50
LOW-MACS

ズヴェズダの上空に無数の迫撃砲弾が飛んでくる。

大半はズヴェズダに迎撃されるが、いくつかは曳火射撃となり、ズヴェズダの周囲を走る月面戦闘車などに命中する。

対抗射撃も始まり、シャックルトンリムの内側に逆円錐型のレゴリスによる土煙が発生する。

地球上よりもやや遅いが、舞い上がったレゴリスは着地し、煙にはならない。

 

淡泊でどこか幾何学模様を思わせる着弾。

その模様が警備線前面、そこかしこに現れる。

太陽の光に照らされたレゴリスはキラキラ光る。

自分に危険さえなければ。いつまでも見ていたい美しい奇景といえた。

命の危険さえなければ。

 

ズヴェズダの主砲が警備線の岩石を砕き、背後に隠れていたルナクルーザーを破壊した。

キラキラさせながら飛び散るレゴリス、岩石の破片にルナクルーザーの破壊された装甲や機械の部品、引き裂かれた気密服と、そのばらばらになった中身が飛び散った。

 

「鳥丸1曹のルナクルがやられた。あのデカい奴の主砲は岩石を貫通するぞ!」

月面には大気がないため、空気抵抗での威力減衰がないうえに直進性が増す。

おまけに照準と発砲はAIによる補正があり、未来位置まで割り出す。

 

ズヴェズダの装甲板に爆発が起きる。

106mm無反動砲が命中したのだが、ズヴェズダの装甲板には黒い焦げ痕が残るのみだった。

迫撃砲、重機関銃、無反動砲。54連隊の持つ火力という火力がズヴェズダを襲うが、車外装備品や各種の突起を破壊するのみ。

肝心の装甲板には焦げ痕の数が増えるばかり。

 

 

「うっとおしいネズミどもめ。」

楊はズヴェズダの指令室にすわっていた。

モニタに映る戦況を苛立たし気に眺め、日本軍に毒づく。

「楊上校。本機の装甲を貫く貫徹力のある兵器は月面にはありません。ご安心ください。」

ズヴェズダの車長である郭が自信満々に楊に説明する。

 

「郭。やられんのはわかった。あのネズミどもをぴしゃりと叩き潰す方法はないのか。さきほどの主砲はなぜ黙っている。」

「はい。125mm滑空砲は威力こそ絶大ですが、地球仕様を無理やり月面用に改造したものであるため、連射ができないのです。」

「ふん!捉襟見肘(襟を正すと肘が出る服。一つ繕うと別のところにボロが出ること)とはこのことだな。」

郭「シャックルトン基地入口まであと1km地点通過しました。」

 

楊「今はシャックルトンを目指せ。ネズミはかまうな。」

 

オペレーターの軍士長が「あ!」と叫んだ。

郭「どうした。」

 

楊も郭も、他のオペレーターも軍士長が指さすモニタの角を見た。

 

 

 

 

2030年代。2020年代に起きた様々な戦争により、各国が新時代の軍事理論を発展させた。

 

中国では台湾戦による敗北で超限戦理論の政治的リスクが顕在化し、新たに全息重層戦(全重戦)理論が導き出される。

その中に高所獲得のため宇宙及び月面での戦略的地位の重要性が謳われた。

また、月面での戦闘においては単兵戦闘能力も重視された。

 

遠い将来はともかく、近い未来において月面で展開できる兵力はごく限られたものであるため、地球上のように数をそろえられない。そのため個々人の戦闘能力が全体の戦力に占める比重が高くなる。

ゆえに兵士個人個人の能力、単一の兵器の性能が重視されるという考え方だ。

 

この理論の元、導入された宇宙適性の最上級が宇宙1級である。

 

一方アメリカと日本ではまた少し違うアプローチがあった。

2020年代に起きた戦争で進化したドローン戦法によって戦場の様相ががらりと変わった。しかしそれは変わったように見えただけで、従来の戦術のバリエーションに過ぎないとも言えた。

 

ドローンは確かに有用な兵器であったが、対抗手段もまた次々に現れた。

従来の兵器の必要性はあくまでそのままだった。

 

そんな中、米軍はドローンを交えた現代の戦争を変える「空飛ぶ戦車」構想をたてた。

曰く。

未来の戦場を支配するのは、従来の履帯によらず、二足ローラー及びホバー走行により不整地踏破能力を高めた兵器である。また、ホッパー機能により可能となった滞空と滑空を活用した高所獲得能力とを組み合わせることで高機動対戦車戦を実現する。

単機突破能力により敵最前縁第一線を破壊し、第二線において第一線への支援を断ち切ることを可能とする。

データリンクシステム、C5AWによる統合システムはこの単機作戦を支援する。

 

この兵器構想に基づき、日米は「装甲機動戦闘システム」開発に着手するが、技術的困難にぶつかりうまくいかなかった。しかし、低重力下であればどうだ。

おりしも月面進出が勢いづいた時期だった。

シャックルトン基地でのテストにより、月面でならば上述の性能を十分満たすものが開発できた。

 

それが低重力下装甲機動戦闘システム

Low-gravity Operational Warfare Mobile Armored Combat System

略してLOW-MACS。

 

しかし研究者も開発者たちも完全に想定外だった。

宇宙適性保持者により操られたLOW-MACSが月の空を支配する兵器となることは。

 

 

 

 

悠々と宙を舞うロボット。

空中で射撃をすると、地上の月面戦闘車が弾けて飛散する。

ロボットは射撃の反動であらぬ方向を向くのだが、それも計算のうちなのか。

むいた先に砲身を定めて再び射撃をする。

すると地上の月面戦闘車が弾けてしまう。

 

一度の滑空でロボットは4台の月面戦闘車を粉々に砕いてしまった。

 

ズヴェズダの密マイクロ波はそのロボットには効かなかった。おそらく装甲に抗マイクロ塗料が塗られているのだろう。

14.5㎜機銃のAI追随射もひらりひらりとかわされる。

 

郭「未来位置予測が壊れているのか。」

オペレーターは絶叫する「敵のAIが一枚上手です!」

 

実はLOW-MACSの滞空時姿勢制御AIにはズヴェズダの未来位置予測AIを大幅に上回る性能はなかった。

 

「なんかイヤなのが来る!」

操縦席で加勢は直感で体をひねる。するとLOW-MACSも体をひねる。

するとズヴェズダの機銃弾はLOW-MACSのすぐそばをかすめてはるか後方へ飛んでいくのだ。

 

LOW-MACSが着地をする。

着地とともに右ホバーがガスを噴射し、機体は急回転の後、再び空を飛ぶ。

一拍遅れて着弾があった。

「かわされた!」ズヴェズダの砲手が叫ぶ。

 

楊「武装ホッパーを出せ!」

郭がマイクをとり格納庫に命令を出す。

「敵ロボットを落とせ。周中校、5機で出ろ!」

楊「全機だ!」

郭が一瞬目を丸くさせるが、彼は俊敏に訂正した。

「12機、全機で出ろ!」

 

 

ズヴェズダの後部ハッチが開き、ロシア製武装ホッパーが飛び出る。

ロシア製武装ホッパーは空中での姿勢制御技術に長け、トンボのような複雑な空中機動が可能である。

その名もストレコーザ(トンボ)だ。

 

「王さん。なんか変な形のホッパー出てきたよ!」

「加勢さん、私はみたことない奴。多分ロシア製。」

「なんかわかんないけど!」

 

加勢が突っ込んできた一機をLOW-MACSで足蹴にして跳躍した。

あえなく墜落するホッパー

さらに高く飛びあがったLOW-MACSは重機関銃で掃射し、さらに一機を落とした。

重機関銃射撃の反動でLOW-MACSは機体をのけぞらせるが、その姿勢のまま後方回転し、今度は背後から襲い掛かるホッパーを106mm砲が真正面にとらえる。

 

王は照準とホッパーが重なる直前。

自分の感覚による3拍前に引き金を引いた。砲弾はホッパーに吸い込まれていく。

瞬きをするいとまもない。ホッパーは空中で四散した。

「みっつ!」

 

LOW-MACSが空中で舞うたび、砲身が火を噴くたび。

重機関銃の曳光弾が空を裂くたび。

ホッパーは落ちて行った。

 

加勢「むっつ!」

王「ななつ!」

加勢「やっつ!」

王「ここのつ!」

加勢の無線に質問が飛ぶ!

王「加勢さん!10はなんて言うんだ!」

 

LOW-MACSのマニュピレータ―がホッパーの翼をつかまえ、地面にたたきつける。

舞い散るレゴリス。ホッパーは翼が折れ、二回転してさかさまに止まった。

 

加勢「とお!!」

 

 

 

 

腹だたしかった。

なにが怒りをわかせるのか。次々に武装ホッパーが落とされていく。

むろん、それが楊の怒りの根源だったが、増幅させているものがあった。

 

空中で破壊されて飛び散る破片は太陽光をうけ、キラキラと輝きながら幾何学模様の軌跡で飛び散っていく。

美しいのだ。

こんな美しい光景があるだろうか。

レゴリスと岩がむき出し。大気はない。外の温度は100度か零下180度の二種類しかないという死の世界。

 

こんな絶望的な世界に輝きながら破片とともに舞い散る同胞

背徳と焦燥は楊の美的感覚をいやおうにも研ぎ澄まさせた。

 

ハッと我に返る。

 

郭がへたり込んでいる。

「郭、戦況はどうした!」

 

郭はわなわな震える唇でなにやらつぶやくが、自らの手で頬を強くたたいたのち叫んだ。

「12機のホッパーが全滅しました。」

 

「全滅?12機のホッパーが、3分たたずにか。」

 

ドシンという振動があった。

何かがズヴェズダの甲板に着陸した。

言うまでもない。なにが着陸したのかは。

 

次の瞬間。

楊の後頭部に衝撃が走る。鋭いなにかが頭の中に入ってくる。それとともに激痛。

 

軍士長が背後にたっていた。

 

かっか・・・かかぐぁ・・・

 

横からオペレーターの兵士たちに抱きつかれ、楊は動きを封じられた。

楊の脳に軽い電気が走る。

 

 

ズヴェズダに必死に駆け寄る気密服があった。

 

速度を落とし、ゆるやかに進むズヴェズダの巨体。なおも舞い散るレゴリスと、こぶし大の岩石。

あたりには破壊された月面戦闘車やホッパーの残骸が転がっている。

 

ズヴェズダはすでに戦闘を停止しているようだった。

破壊され、あちこちがめくれた前面装甲を手掛かり、足掛かりにその気密服は登っていく。

 

あと少しだ。

 

その気密服が見上げた先には甲板に着地したLOW-MACSがあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。