「一番乗りを目指せ!」
劉達がズヴェズダを目指してレゴリスの荒野を一直線に駆けていく。
8人いた「保華援沙義勇軍」はすでに残り4人だ。
基地から乗ってきた3中隊のルナクルーザーは月面戦闘車からの銃撃で中破し、下車戦闘に移ったのちに一気に3人がやられた。そしてついさきほど、また一人が飛んできた岩石の直撃を受けてしまった。
月面の物理現象は容赦がない。飛ぶときは一気に吹き飛んでしまう。
地球上ならせいぜい2~3mですむところが10mくらいは一気に吹き飛ばされるのだ。
劉の前を走っていた呂軍士長はレゴリスとともに遥か彼方へ一瞬にして消えてしまった。大気がないため爆発があっても爆風は来ない。
不思議な光景だ。飛散物にさえ当たらなければ、そばで爆発が起きてもどうということがない。
劉は呂を目で追ったが、視界からあっというまに外れてしまった。
そんな劉を趙が追い抜く。「劉大校、おさきに。」
「あ、こらまて趙!」
楊めはあの巨大戦車に搭乗しているに違いない。
やつの首は絶対に俺たちがあげなければならない。
4人はほどなくしてズヴェズダの外部装甲にたどり着き、よじのぼる。
ずしん
という振動を感じた。みあげると上部砲塔付近にシャックルトン基地で見たロボットが立っていた。
たしか王中士が乗っていたはずである。
劉「でかした王宇軒!」
趙「いきましょう、劉大校」
◆
「あのデカブツ、動きがのろくなったぞ!」
「味方のロボットがホッパーと戦っている。対戦車火力は停止!」
富原「白兵でいくぞ。」
無線で命令を聞いた角田2尉は着剣を命じる。
桜野「着け剣!」
無線を聞いた隊員は気密服の銃剣格納嚢の蓋を開け、45式銃剣Mを取り出す。
45式5.3mm低反動自動小銃Mの2脚をぱちんとしまい(月面ゆえ「ぱちん」は聞こえない。地球上で訓練を繰り返した隊員の心の中にのみ響いている。)、銃剣取り付け金具を回し、銃剣の取り付け部を装着した。
車両の残骸がそこかしこに転がり、ところどころに大きな穴があいたレゴリスの大地に隊員たちは分散して息をひそめていた。
富原「角田、いつでも行け!」
角田2尉はアームモニタで隊員の位置を確認する。
ズヴェズダを中心にほどよく散らばっているが、3分隊と2分隊の位置が悪い。
角田は2分隊にズヴェズダの後部ハッチ付近を目標に与えた。
これで3個分隊はほぼ同時にあのデカブツにとりついて車内に攻撃を仕掛けられるだろう。
2分隊には指向性爆破筒を持たせてある。あれで装甲に穴をあけて突破口とする。
角田「桜野曹長、第1分隊をお願いします。自分は2と3を持って行きます。」
桜野曹長は「了解!」と短く答えた。
富原中隊長が上空に「赤玉」を上げた。
ゆらゆら打ち上げられた「赤玉」は50mほどの高さで破裂し、真っ赤な粉塵を散らした。大気のない月面で発煙のような効果を出せる特殊な粉塵だ。
「前へ!」
各分隊長が分隊員を率いて一斉にズヴェズダに駆けだす。
軌道戦闘車、自走無反動砲などの車両が先導する。
「俺たちもいるぞ!」
軌道施設の藤田1曹の装輪ドーザ3型Mも突っ込んでいく。
久野3曹「藤田さん!あのデカイやつの前の土盛り、まかせてください!」
久野3曹は僚車の装輪ドーザ3型M2台でズヴェズダに真っ先に突っ込んでいった。
散発的に飛んでくる弾丸がドーザの排土板に当たる。
ときおりガイン!という振動が伝わるが、なんてことはない!
ドーザは土盛りを3往復でくずし、軌道戦闘車が通れる一台分の車両用通路を開けた。
車両用通路、そのほかの通過可能な地形を次々に54連隊は乗り越えていく。
ズヴェズダ手前で下車した隊員たちは次々によじ登り始めた。
◆
軍士長は楊の後頭部にスキャン電極を刺し、強引に椅子に座らせた。
オペレーターに指示を出すと、あらかじめ打ち合わせていたのか、オペレーターは何かのプログラムを打ち込み始める。
軍士長は鄭といった。
「悪いな楊隊長。あんたの勇み足にはついていけないよ。」
地球で戦闘が起きたという報せを最後に地月間通信が途絶した。
これを機に楊は与えられた命令を拡大解釈し、ほぼ独断で今回のシャックルトン基地侵攻を指揮した。
鄭たちはやむなく従っていた。
もっとも楊の目論見通り勝てば祖国に凱旋できるという欲目もあったが。
勝算は確かにあったのだが、あの規格外の米軍ロボットによって打ち砕かれた。
これ以上、楊につき従う必要はない。
ほかの将校連中はズヴェズダには乗っていない。
やるならいまだ。
鄭が再びオペレーターに合図を送る。
楊のマイクを全体放送につなげた。
焦点のあわない目をした楊が静かにしゃべりだす。
「戦闘停止。繰りかえす。戦闘を停止せよ。私は第2航天合成営長の楊上校だ。戦闘を停止し、各部隊は降伏せよ。」
指令室に爆発の振動が次々に伝わってくる。
おそらく日本軍がとりついて装甲を爆破しているのだろう。
じきにここに日本兵が雪崩うってくる。
戦闘停止命令を指示した楊はふたたびぐったりとうなだれた。
指令室の天井が爆発し、メキメキという振動とともにはがれた。
気圧が一気に下がる。全員吸い込まれないよう机や突起物を握り、体を固定した。
米軍のロボットが現れた。
「抵抗は無駄だ。降伏しろ。」
AI翻訳とおぼしき声。その声は若い女性のものだった。
永久影から響いてくるような冷たい声。一切の慈悲がない。
これが噂に聞く日本軍の宇宙1級の女兵士か。
どういう生き方をしてきたらこんな声を出せるのだろうな。
あらためてこんな奴らと戦っていたのかと恐ろしさがこみ上げてきた。
鄭は震える手をなんとか制し、指向性通信で会話を試みる。
「聞こえるか。私は第2航天合成営の鄭軍士長だ。楊上校はたったいま名誉の戦死をなされた。この持ち場の最先任は私だ。楊上校の命令通り、降伏する。」
「貴官の要望は受け入れた。武器を捨てて前へ出てこい。」
美しい声だ。きらめく鋭い刃が喉もとにあてられている気分になる。
この声で命じられ、畏怖せずに降ることができる者がいようか。
するとロボットの重機関銃の銃口がしずかに鄭たちを向いた。
あるものはかたまり、あるものは跪いた。
やめろ!やめろ!鄭は大きな身振りでロボットを制止しようとする。
-中国も日本もあまりかわらんということか!-
「王さん、だめでしょ!」
鄭たちに元気のよい、どこか幼い印象の女性の声が飛んできた。
すると銃口はひっこみ、下を向いた。
「加勢さん、撃たないよ。俺たちはこいつらに追い出されて命からがら逃げてきたんだ。おどかしてやるくらいいいだろ。」
「だーめーでーすー!」
「どういうことだ。さっきの女の声はなんなんだ。」
女性の説明が入る。
「みなさん、さっきの声はですね。私もあまり詳しくないんですけど、紅玉リンっていうVOCASONの怜悧モードでね、王っていう男の子の声を変換してたんです。」
鄭たちが顔を見合わせる。言っている意味がよくわからない。
中国ではVOCASONはとっくにすたれており、知名度は非常に低い。
というか、日本でもすでに下火で、王と村田くらいしか詳しい者はいない。
「と、とにかく我々の降伏は受け入れられたんだな。」
「すみません!そのとおりです!お願いですから、そこにおとなしく座ってください!!」
お願いされては座らざるを得ない。鄭たちはその場に跪いて座った。
「あ、あ。武器さえもっていなければ、もっと楽に座っていただいて結構なんですよ!」
「いや、まあ一応、我々は降伏兵だからな・・・」
「ああ、恐縮です、ありがとうございます、みなさん。」
「いや、礼には及ばん・・・」
鄭は言っていて頭がこんがらがってきた。
扉があき、54連隊の隊員が突入してきた。
跪いた鄭たちが包囲された。
王「加勢さん、もう大丈夫でしょ。せまっくるしいし、外に出よう。」
加勢「そうですね。」
LOW-MACSのハッチが開いた。
中からパイロットが現れる。
子供のようなパイロットだ。
冒頭の女の声の主だとしたら邪悪さが浮きだつところだったが。
姿かたち通りの女性、というか女の子だった。
-いや、やはり-
あの技量を持っていることを鄭は思い出した。
-悪魔には違いない-
片足をハッチに乗せた女性パイロットは鄭たちを見下ろす。
見下ろす?ちがう。見下しているのだ。下等生物を。
およそ人間が差せるとは思えない冷酷な目つき。
-鄭にはそう見えた。
可愛らしい声とみてくれはともかく、あのロボットの操縦技術は悪鬼そのもの。
そしていつの間にいたのか、傍らには従兵の巨人がいた。
加勢「川路!?」
ズヴェズダをよじのぼってきた川路がLOW-MACSのかたわらにいた。
川路は肩をぽんぽんと叩いた。
加勢がよいしょっと川路の肩めがけてハッチから飛び降りる。
川路は加勢を肩でうけとめ、手で両足を固定し、ゆっくりしゃがんで加勢を床に降ろした。
「加勢士長。川路1士参りました。」
「よく来たね。」
「加勢士長がハッチの乗り降りに困ると思いまして。」
遅れて降りてきた王が川路とハイタッチした。
つづけてジャンプした加勢も川路とハイタッチした。
◆
54連隊の隊員がきびきびと鄭達を拘束して指令室から連れ出していく。
装甲の割れ目に4人の気密服がやってきた。
「保華援沙義勇軍だ!」
劉が指令室に飛び込んできた。
続いて「おとなしくしろ!」趙が一回転して銃を構えた。
残る二人が続いて入ってきた。
4人を加勢、川路、王それと54連隊の隊員達。そして降伏した鄭たちが一斉に見た。
劉「あれ、あれれ?」
趙「一足遅かったようですな。」
劉は趙の肩を叩く。「そうでもない。」
指令室の中央には一人、後頭部からコードを垂らした男が座っていた。
船外活動服を着用しているが、ヘルメットはしていない。
絶命し、血色の悪い顔をした男。まさしく楊だった。
劉は楊のそばに歩み寄り、顎をとり顔を上げた。
「生け捕りにしたかったがな。」
劉の背後に54連隊の気密服が一人
「おい。」
ぶっきらぼうに話しかけてきた。
劉が振り向く。
富原3佐だ。
「そいつが敵の大将だろう。劉さん。あんたにやるよ。」
趙「ついでに一番乗りできたってことにしてくれませんかね。」
桜野「馬鹿野郎、調子に乗るんじゃねえ。」
富原「聞いたよ。非戦闘員を守ってくれたんだってな。」
劉は黙っていた。
富原「今までとこれからはわからんが。今はお前らは戦友だ。」
富原が手を差し出した。劉がそれを握った。