炊飯器と冷蔵庫   作:すりーみにっつ

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クリスマスケーキ

-ここはどこだろう-

瞼が開いた。白い天井が見える。

顔を左右にゆっくりと振る。ベージュのカーテンに仕切られた部屋だ。

脇机に薬やメモ用紙と文房具が置いてあるのが見えた。

声が出ない。のどがカラカラに乾いている。

 

しばしもぞもぞ動いているとカーテンの向こうから声が聞こえた。

「加勢、起きたのか。」

 

津志田3曹の声だった。

-よかった生きていたんだ-

とっさにそう思った。

 

体をもぞもぞと動かしていると、次第に指先から腕がほぐれて動くようになった。

顔を両手でさする。くちびるを触ると、干からびたみたいになっていた。

これはあとから割れて血が出るやつだ。加勢は唇を動かすのをやめた。

 

頑張って体をひねると横を向いた。あぶない。

脱落防止柵があるので落ちはしないだろうが、ベッドと柵の隙間に挟まってしまいそうだった。

 

しゃっ

カーテンが開いた。

「加勢さん、目が覚めたようだね。」

白衣の男性、おそらく医師と目が合う。

 

看護師が入ってきて水を飲ませてくれた。

しばらくしてようやく声が出せるようになる。

 

「ここは医務室ですか。」

「そう、医務室だよ。今日は12月25日。あの戦闘のあった日から3日ほど君は眠っていた。」

「3日もですか!」と驚いた加勢。唇がちょっと切れた。

 

しゃっ

カーテンが開いた。津志田3曹の部屋だ。

 

「津志田3曹!」

加勢が顔を向けると、津志田3曹の部屋がみえた。

上半身を起こしていたのだが、どこか違和感がある。

目を凝らす加勢。まだちょっと目がかすんでいる。

 

にひひ、と津志田3曹はわらって右手を振った。

右手は手首から先がなかった。

顔も、右目を残して上半分が包帯でぐるぐる巻きだ。

 

ひっ!と、固まる加勢

「加勢、おどろかせて悪いけどよ。」

津志田が今度は左足を上げる。

左足は膝から先がなかった。

「やられちゃったよ。」

 

加勢は息をのんだまま、また卒倒してしまった。

「津志田さん、ちょっと!」

遠くなる意識の中で津志田をたしなめる看護師の声が聞こえた・・・

 

 

◆

 

 

「アネキ!しっかり!」

笹嶋士長の背中に気密服が背負われている。

笹嶋は気密服の外部ハンドルを器用に持ってうまく固定していた。

全重量120kg程度。月面なので約20kg。

地球から来たばかりなら楽々に担げる重さだが、月面生活2か月半ですっかり月仕様になった体には少々重かった。

 

ふみしめるレゴリスに足が沈む。

遠くでなにかドンパチをしているが、分隊長に負傷者を下げろと言われた笹嶋には今のところ関係はなかった。

ポストまでどのくらいだろうか。

戦闘で地面は穴だらけ、破壊された車両がそこかしこに点在する。

 

「笹嶋置いてけよ。もう助かんねえよ。空気ぬけてっし。」

「抜けてませんよ!さっき気密テープ貼りました。」

「手と足、感覚がねえよ。血がでてる。多分、たくさん。」

出血ばかりはどうにもできない。

止血と言っても気密服を脱がすわけにはいかない。

 

気密服の中に血がたまっている想像をするが、振り払う。

「いやいや、アネキ。大丈夫ですって。さあ、しゃべってしゃべって!」

返事がない。

 

「アネキ!アネキ!津志田3曹!」

「・・・んだよ、うっせーな。ねむてえんだよ。」

「寝ちゃだめですって!!絶対それ死ぬ奴!」

 

前方に横倒しになったシュワルツコフがあった。

車両の影に一人の気密服がたたずんでいた。

二人を認めるや、手を大きく振って「来い、来い」と呼ぶ。

 

ときどきあたりに流れ弾が着弾し、レゴリスが小さく飛ぶ。

確かにのんびり歩いている場合ではない。音がないことと着弾の土煙が目立たないので危機感がわかないだけだ。ここはまだ立派に戦場なのである。

 

察した笹嶋は歩みをはやめ、シュワルツコフの陰に急いだ。

 

「お邪魔しますよ!」

先客の気密服は陸自の隊員だった。

 

「俺も左足が動かないんだ。多分折れてるんだろうな。」

陸自の隊員はそういって足をさする。

笹嶋「って、その声アンタ。たしか。」

陸自の隊員は兎内と名乗った。

空自同士はデジタルグラス内に顔が見えるように調節されているが、陸自とは同期していないため顔が見えない。

 

「お前こそ、確か空自のあのときの。」

「奇遇ですねえ。」

「まあ、俺ら合わせてもせいぜい200人かそこらだから。そちらのけが人は。」

笹嶋はハッとする。

「そうそう。こうしちゃいられないんですよ。ポストに行って手当しなきゃならないんです。起きて!起きてアネキ!」

笹嶋は津志田を揺さぶる。

「うるせえな。」

 

「アネキ?」

 

「津志田3曹です。近くで爆発まともにくらって気密服が裂けて大怪我したんすよ。気密服は修繕したけど、多分血がいっぱいでてる。」

「ポストはもうないぞ。」

「え」

「ここの最寄りCポストは天井に大穴があいて与圧できてない。」

「そんじゃどうすりゃいんすか!」

「Dポストも果たして無事かどうか。空自の4中隊がどうなっているのか皆目見当もつかない。」

何か言おうとする笹嶋を兎内が制する。

 

「止血だな。」

兎内は口ごもり、意を決する。

「ひとつやり方がある。まってろ。」

兎内は折れた足をひきずり横倒しのシュワルツコフ後部ハッチからなにかをとってきた。

「応急装甲補強剤だ。これを気密服に注入する。」

「なんすかそりゃ。」

「平たく言うと宇宙用の速乾セメントだ。説明はあとだ。」

「それ、ぶちこむんすか。」

笹嶋を無視して兎内はセット内から器具を取り出し、津志田の気密服の補強部分を確認し、電熱カッターを予熱する。

 

「セメントで止血しようってことっすか!でも傷口に優しいんすか、それ!」

「知らん。注入ホースは気密服用じゃないからエアが漏れる。笹嶋士長は津志田3曹の気密服のコック開いて酸素足してくれ。」

「知らんじゃないっすよ!足もげたらどうすんすか!」

 

笹嶋は頭では理解していた。足がもげても手がもげても、命があった方がいいに決まっていることを。でも、どうしても口が先に出る。

 

兎内はだまって補強剤タンクからホースを伸ばし、手際よく津志田の気密服に電熱カッターで穴をあけ、ホースをつないだ。塞ぎきれない穴から結構な勢いでエアが漏れる。

兎内「津志田さん。気圧みて。90より下がったら言って。」

「・・・大丈夫。」津志田の声に覇気がない。

 

タンクから気密服内に補強材が流し込まれていく。

「いってええええ!いてえ!」

笹嶋が「こらえてください、こらえてください!」と津志田の体をおさえる。

 

-酸性だから、痛いだろうな-

兎内は口には出さなかった。ただ、意識が弱っているので痛みを与えるのは良いかもしれない。今はあえてそう合理的に考えた。

レゴリスは弱アルカリ性なので、補強材はやや酸性に調節されている。

弱酸性ではあるが、傷口にはこたえるだろう。

 

「3分で固まるはずだ。」気密補修テープを気密服の穴に貼り、兎内がつぶやく。

「次は手だ。」

 

笹嶋が兎内から電熱カッターをぶんどった。

「アンタにゃまかせられねえ。」

津志田「だれがやったっていてえよ。」

 

-冗談をいえてるな-

 

二人は津志田の手に同じく補強材を注入した。

 

笹嶋「アネキの手と足がもげたらどうしてくれんすか!」

津志田「いってえ・・・!しょうもねえこと言うな笹嶋。」

 

兎内は押し黙ったままだ。

 

つらい。津志田さんの痛み。

 

地平線に地球が見える。きっとあそこならこんな怪我たいしたことないのだろう。

たった38万キロ先だというのにどうしたことだ。

全然とどかない。助けられないかもしれない。

命を救えても不具者にしてしまうかもしれない。

俺の判断で。

 

「・・・しなう。」

 

笹嶋「なんか言いました?」

 

「俺が養う!手も足も。なくなったら俺が補うよ。きっと約束する。」

 

笹嶋「え、それって。」

 

兎内は津志田のグローブを握りしめた。

「ああ、もうなんでもいい。津志田さん、生きて帰ったら一緒に暮らそう!」

 

「・・・のむよ」

 

笹嶋「アネキ!」

 

「たのむよ、ありがとう。」

 

流れ弾でもあたったのかシュワルツコフに振動があった。

津志田はあおむけに満天の星空を見る。顔を傾けると地平線に地球が見えた。

意識がだんだん遠のいていった。

 

なんか養うとか言ってくれて早々悪いけど、ごめん、もう無理。

さよなら。

津志田の意識が遠のいていった。

 

 

◆

 

 

「でさー!兎内君、私を養ってくれるっての。ギャハハ!!」

津志田のベッドの隣に兎内3曹が座ってもじもじしている。

 

加勢の病室に大谷や六会ミヤコ、そして4中隊の生き残りのWAFたちがつめかけていた。

大谷は単に見舞いだったが、WAFたちは恋バナにあやかろうと集まったのである。

 

一番身を乗り出して話を聞いているのは園部1尉だった。

加勢士長からLOW-MACS搭乗時の事情を聞きに来たのだが、それはどこへやら。

後ろで重原准尉が所在なさげにパイプ椅子に座っている。

 

「私、わかりました。」

園部1尉のスーパー恋愛コンピューターが答えをはじきだした。

「笹嶋士長が「手がもげたらどうするんですか!」なんてわかりきった言葉をわざわざ兎内さんにぶつけたのは、きっと「養う!」って言わせたかったんですよ。」

 

WAFたちが「おお~」と、どよめく。

六会「確かに。そういわれたらそう言うしかないよね。」

せつない表情で六会が納得する。

4中WAF中島士長「笹嶋君も津志田3曹に気があると思ったんだけど。」

 

園部1尉が鼻息も荒く割って入った。「それはもちろん、自己犠牲です!」

WAFたちが「おお~」と、どよめく。

 

4中WAF初島3曹「一歩引いたんだ、笹嶋さん。」

初島3曹は格闘練成で笹嶋に手ほどきを受けている。顔見知りだ。

 

ちなみに笹嶋士長は加勢側のベッドわきに小ぢんまりと座って息をひそめている。

-そうだったのか、俺-

 

初島3曹「そうだったんだ、笹嶋さん。」

笑いながら問いかけられた。

「も、もちろんでさ!津志田のアネキの幸せをですね、自分は常に第一に考えてまして。」

初島3曹は感心しきり。笹嶋もなんだかまんざらでもない。

 

-カッコ悪いけどカッコいいなあ、俺-

というか、普通に見舞いに来ただけなのに、こいつら後からどかどか入ってきて巻き込まれちまったよ・・・

 

園部1尉がフンフンと鼻を鳴らしながら「結婚!ですね!」

中島「流石にはやくないですか。」

「最近は会ってすぐ婚が流行りですし。いいんじゃないですか。」

加勢が身を乗り出してきた。

 

令和初期~中期までの数年交際してから結婚、という常識はだんだん崩れていき、建徳時代には、比較的はやく結婚するケースが目立ってきている。むろん、その分離婚件数も多いのだが。

 

兎内3曹も笹嶋同様、単にお見舞いに来ただけなのだが、笹嶋と鉢合わせしてちょっと気まずいなと感じた直後にWAFたちが乗り込んできて、いい感じに俎上にあげられている。

「え、えっとその。津志田3曹。地球におりたら、一緒にお食事しましょう・・・」

WAFたちの盛んな女子トークの奔流に流され、言いそびれていたことを勇気を振り絞って言った。

 

ギャハハと笑っていた津志田が途端にカァっと顔を赤らめて黙った。

WAFたちも一斉に黙った。

重原准尉が奥の方でうんうん、いいもの見せてもらったとうなづいている。

 

「あっと。兎内3曹、兎内さん。私、帰ったらゼリアのチキンステーキ食べたい・・・です。」

30数年前、九州にはなかったイタリアンのチェーン店ゼリアは、いまでは九州各地にある。肝付基地の近くに開店したのは去年の事だ。

 

初島「津志田3曹が敬語使ってる。」

津志田「馬鹿!私だって敬語くらい使うっつーの!」

 

兎内がおそるおそる津志田の左手をとる。

「こちらこそお願いします。」

「お願いします。」

津志田が再び顔を真っ赤にしてうつむいて言った。

 

加勢「敬語だ・・・」

笹嶋「敬語だ・・・」

大谷「敬語だ・・・」

 

園部「結婚!ですね!」

誰かが問うた。

「園部1尉はどなたかいらっしゃらないんですか?」

 

重原准尉が奥で「そうそう早く結婚結婚。」と言いたげにうなづいていた。

 

「私はまだまだ仕事にまい進しますから!結婚はもうちょっと・・・ね。」

「絶対いい人いそうなんだけどなあ。」

園部はウフフと笑ってふりむいて言った。

「重原准尉。私みたいに結婚しないで仕事をする女性の事、昔はなんて言ってたんでしたっけ。」

 

唐突に話を振られて重原准尉が一瞬びくっとなる。

「え、園部1尉くらいのご年齢で結婚していない女性・・・?え、そうですね。」

なんてったっけ。

 

「クリスマスケーキ」

 

場が静まった。この場にいるのは重原を除いてみな令和生まれだ。

「え、なんか可愛いですね。」

「聞いたことないですけど、どういう意味なんだろう。でも美味しそう。」

おりしも今日はクリスマス当日

「園部1尉はクリスマスケーキ、ですね!」

加勢がニッコニコしながら言った。

園部「アハハ、さすが重原准尉ですね。」

WAFたちがワイワイ騒ぐ。

 

クリスマスケーキ、なんて響きがいいんだろう!

 

重原「違った。バリキャリ、ですな。」

必死に脳を回転させて思い出した言葉で場を塗り替える。

 

園部「あ、それです。バリキャリ。いまじゃ死語ですけど、私それになりたくてがんばってるんですよ!」

 

重原「バリバリ仕事をするキャリアウーマン!ですね!私が定年する前くらいに確か使ってましたね。バリキャリ!バリキャリ!」

 

加勢「でもクリスマスケーキのほうがよくないですか?」

 

重原が加勢士長の肩に手を添える。ちょっと力を入れた。

「加勢士長、クリスマスケーキをあとでもってきてあげますよ。だから、バリキャリで行きましょう。バリキャリ。」

「ありがとうございます!バリキャリもなんだかカッコいいですね。昔の言葉ってなんか憧れます。」

「そう。バリキャリです。みなさん。バリキャリですぞ。アハハハ!」

 

病室は暖かい笑い声に包まれた。

 

 

◆

 

 

翌日、出勤した重原准尉に園部1尉がそっと近寄って小声で尋ねる。

「准尉。私は半額ですか。」

 

咳払いして、さあなんのことやら。

「あーえっと。私は大晦日まではいいと思いますよ・・・」

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