楊のシャックルトン基地襲撃はおおよそ2日で頓挫した。
この襲撃で日本人44人、アメリカ人4人のほか滞在していた複数国の外国人が5名死亡。重軽傷者はこの数倍となった。
中国側の損害はおよそ100名前後とみられるが、広寒基地の責任者が死亡または逃亡しており、全貌は判明していない。
中国政府に賠償をもちかけようにも、すでに民主中華共和国は瓦解しており、後継を名乗る政治勢力もない。中国共産党も四分五裂し、短期のうちに興亡を繰り返していた。
中華世界は完全に統一を失い、地方政府、または都市単位で合従連衡する有様となっている。
核ミサイル発射の指揮系統も不明であったが、これは珍しく国際連合が機能し、有志連合国の特殊部隊がサイロをおさえることに成功した。
中国はところどころにある国連信託統治領となった複数の都市を除き、戦国時代に逆戻りしたが、年末にはおおよそ3つの勢力に落ち着こうとしていた。
「と、言うのが現在の地球の情勢です。」
-地球情勢説明会場-
ホワイトボード看板が立てられた大教場で園部1尉が基地在住者たちに説明をしていた。
3中隊の隊員、基地業務の管理技官、その他各省庁の公務員などなど。
広寒基地から抑留されている中国人15人、保華援沙の5名もその中にいる。
「それで、我々の扱いはどうなる。」
鄭がとげとげしく質問をした。
日本の基地に多数の犠牲者を含む損害を与えた一派だ。
いくら責任をとる指揮官も政府もないとはいえ、無問責というわけにはいくまい。
「こうなっては逃げも隠れもしない。私が責任をとるしかないが、軍士長風情では首の値段が安かろう。」
広寒基地に残っていた将校は残らず逃げ去っており、楊とともに出撃した将校は全員戦死していた。
信じられないことに軍人としては鄭が残留者の中で最高位なのだ。
劉が鄭の首に平手を水平にあてる。
「値段なんか気にするな。はねさえすれば、どこにでも飾れる。それが重要だ。」
鄭がフンとそっぽを向く。
「現在、日本政府は複数の沿岸諸都市および内陸の有力都市と友好な関係を結んでいます。彼らは「我々の責任ではないが。」と前置きをしたうえで、今回の事件の補償に前向きになってくれていますよ。」
劉「揚げ足をとるようだが。責任がないのに補償とはおかしいのではないか。」
「うふふ。いくらでもやりようはあるのです。今回の場合は有志基金で解決しようという案で進んでいます。」
園部1尉がニコニコしながら解説してくれた。
-さぞかし、脅し透かしがあったのだろうな-
劉も鄭も同じ感想が浮かんでいた。
「というわけで。広寒中心基地在住者の方々は軍籍・国籍は暫定的に中国人民解放軍及び中華人民共和国国籍のままですが、いずれ新しい帰属先が決まることでしょう。」
劉と鄭がにらみ合う。
「貴様と同じ帰属先にならんようにせんとな。」
「行先は3つあるんでしょう。劉大校とは違う先を選ばなければなりませんな。」
趙「おとなげないですよ劉大校。相手は軍士長ですぞ。」
劉「わかっとるわい。そのそっ首しばらく預けておく。」
鄭「あんたにくれてやるくらいなら自分で搔っ切って東京に送り付けてくれましょう。」
「はいはい、そこまで。」
柳沢るり子が割って入るや、劉はサッと真正面を向いて優等生のたたずまいで席に座りなおした。
趙「さあさあ。鄭軍士長も。」
鄭も促されて正面を向いて座りなおす。
加勢「ねえ、川路。川路はわかった?」
川路「まあ、だいたいは。」
大谷「加勢にはむずかしいやろな。」
加勢「残念です大谷3曹。すっごく簡単でしたー!」
3中隊は岩倉1尉以下で説明会に出ていたが、岩倉1尉は戦死者遺族にどうやって頭を下げてまわるかでいっぱいいっぱいだった。
同様に徳田曹長も遺族に向けた手紙の文面に頭を悩ませていた。
広寒基地は現在アメリカ軍が駐屯しているため、以前のような警備体制はとっていない。3中隊も4中隊も、軽減された警備体制に人員を出せばよく、心はともかく、少なくとも体は休めることができていた。
多くの隊員が仲間の死をひきずってはいたが、体が休まっているのでとりあえず前向きな考えにはなっている。
年明けには合同の葬送式が計画されており、それで心に一区切りをつけて部隊交代という予定だ。
今朝早く、統幕やJHKの職員が到着している。
午後には先日やったインタビューの本番がある。
あの怒涛の2日間にわたる戦闘はすでに遠い日になろうとしていた。
◆
地球からは統幕やJHKの職員だけではなく、シャックルトン警備隊本部各科要員や肝付基地業務群の事務小隊などの自衛隊関係者も来ていた。
それのみならず、各省庁からの増員や交代要員も別便で同日到着している。
この度の戦闘による民間人被害者、自衛官の戦死者、戦傷者などへの補償問題。基地被害の調査。米軍器材の賠償などなど、やるべきことが一気に膨れ上がったのだ。
とてもではないが、出先の中隊事務員に捌けるものではない。
同様の理由で陸自の要員も明日到着とのことである。
急遽の派遣となり、彼らはタカマガハラに1週間滞在してからの月面入りとなる。
過去のデータから1週間でも宇宙生理的には長期滞在が可能であると結論付けられているため、大きな問題はないが、それでもやはり慣らしが少々足りないな、とは皆が思っていた。
米軍キャンプシャックルトン・リムにはもとからそういった要員も滞在している。
しかし日本側は基地の規模が比較的小という理由からコストの面で要員滞在を最小限にしていた。
平時は最適解であったかもしれないが、いったん有事となると事態対処は現地の要員だけでは不可能だった。
一応有事の際の各種対処要領は省庁間で取り決められており、今回の派遣はその計画に準じたものだ。
「準じたもの」とあるとおり全くの計画通りではなく、多少のアレンジはあった。
今回の事態を受け、追加で派遣された要員の中に富士学校低重力下戦闘部の調査班の面々がいた。
富士学校はLOW-MACSの試験運用中である。今年度いっぱいでテストを終了し、来年度からは北部方面隊には地球用、東部方面軌道普通科連隊には低重力下仕様のLOW-MACSを配備する予定だ。
中国軍の運用した超重月面戦闘車両ズヴェズダは名前こそ知られていたものの、2051年版世界軍事年鑑にも未記載の兵器である。
キャンプシャックルトン・リムに輸送されているズヴェズダの調査が彼らの主な任務であるが、あわせてLOW-MACSの戦闘能力評価も命じられている。
米側からの資料によると「機能外の機動、回避、避弾運動が認められた。」とある。
富士学校でも送られたデータ通りにLOW-MACSを動かしたが、地球上であることを差し引いても、とても再現できない。
これは米側も同様とのことだ。
それがたとえ有利なことであったとしても未解明な部分を残して運用はできない。
日米で合同調査を行う運びになったというわけである。
ただし当時の操縦手はPTSDにより搭乗不能。
回復には年単位の時間が必要である。
その調査班の河野2佐達が3中隊を訪ねてきた。
徳田曹長は彼らを、席配置を変え、臨時の応接室にした教場に案内する。
殺風景な部屋に机と椅子が並べられている。
机の上には湯呑にお茶。それとシャックルトン銘菓の「かぐやの物語」というクリーム菓子が用意されていた。
たまに食堂に出る甘い菓子で、隊員には好評である。
岩倉1尉「初めまして。3中隊長の岩倉です。」
「調査班の河野2佐です。」
河野は制服をパリッと着こなし、髪型は控えめではあるがポンパドゥールをきかせた伊達者だった。えりあしにはリーゼント。
かすかにポマードのにおいがする。
岩倉「事前の資料であらましは承知しております。」
河野「ならば話が早いですね。しかし、搭乗できないとなるとどうしたものでしょうか。」
河野の隣にいる曹長が意見を添える。
「聞き取り調査しかないでしょうね。」
-聞き取りかあ-
岩倉は加勢のボキャブラリーを懸念する。
というか昨日、米軍基地からPTSDをおこして帰ってきたばかりだ。
上司的には聞き取りもさせたくない。またぶっ倒れたら責任問題だ。
責任問題、責任問題・・・俺もくだらん男になっちまったなあ。
などとつまらないことが頭をよぎる。
岩倉「まあ、もう年の瀬ですし。年が明けてからと言うわけにはいきませんか。」
河野「本人も確かPTSDと伺っています。搭乗は論外としても、聞き取りだって医師の判断が必要でしょうしね。」
こんこん
ノックがあった。
岩倉「入れ。」
「加勢士長ほか一名の者入ります!!」
岩倉「まて入るな!!」
ぎぃー!!岩倉の制止はドアのたてつけの軋みでかき消された。
「加勢士長ほか一名の者参りました!!」
加勢士長が勢いよく入室してきた。つづいて川路がのそっと入室し、びしっと不動の姿勢をとった。
曹長が二人の身長差にちょっと驚いた。
「炊飯器と冷蔵庫だ。」
川路はまた言われたな、と言う顔をした。
河野「あれ、君が加勢士長?」
「はい!」
加勢の張りのある声が室内に響いた。
「隣の陸士は?」
「川路1等空士です!」
川路が回答した。
「ああ、ごめんごめん。空士だったね。」
河野2佐は岩倉に体を正対させ、深々と頭を下げた。
河野「岩倉さん、あらかじめ指示されていたのですね。さすがは歴戦の勇士です。」
岩倉「え、はは!もちろんですとも。加勢士長、気分が悪くなったらアレだが、それまで対応してくれたまえ!」
加勢「ハイ!よろしくおねがいします。」
◆
「加勢どこいったんだ。川路も。」
徳田曹長がきょろきょろしている。
倉田が指さす。
「中隊長が呼んでたとかで、あっち行きましたよ。」
「ええ!」
最初はPTSDのこともあるから出席しない方がいいと言われていたJHKのインタビュー企画。
しかし頑張って出てみようということで出たら案外首尾よくいったため
「この調子なら地球から来た人たちの聞き取り調査も行ける行ける。」と息巻いていた加勢を見た通りすがりの松葉杖の山本1曹が
「中隊長ならもう教場で地球の人と会ってるぞ。」
教えてくれたもんだから加勢は川路を連れて飛んで行ったのだ。
まあ、明確に来るなとは言われていなかった。
様子を見よう、とだけ言われていたので加勢の行動は間違いではない。
川路も「セーフ・・・だろうな。」と思っていた。
まあ、徳田曹長あたりにちゃんと確認をとるべきだったのだが。
◆
「こう、体をクイってひねると、あの子も一緒にこう、クイってひねってくれるんです。」
岩倉1尉はニコニコしながら嫌な汗をかいている。
川路「加勢士長の体勢は気密服のコネクタからニューロン通信でLOW-MACSの姿勢制御統括機路に情報が伝達されます。通常の隊員よりも加勢士長のニューロン伝達指数は高めらしいですので、LOW-MACSの姿勢がより早く正確に伝達されるものと思われます。」
川路は分厚いマニュアルとアームモニタを使って河野2佐に加勢の言わんとしていることを説明する。
「加勢士長、LOW-MACSの当時のデータによると敵の弾道を予期し避弾姿勢にしてすべらせたとあるのだけど、LOW-MACSにはそんな機構はないんだよね。これは偶然なのかな。」
「ヨキ・・・ヒダン、はい!ええと!」
川路が耳打ちする。
「敵の機関銃がくるとき加勢士長は体をちょっと斜めにして弾いておられましたが、あれはどうやったんですか、と。あの「子」にはそういう機能はないらしいです。」
「はい!なにか嫌なものが来る感じがして、こう、ひょいっと!」
加勢は腰を浮かせて実際に体をちょこっとひねってみせる。
「こうすると、あの子もひょいって動いて、そのあとガンガン!ってくるけどノーダメージなんです。」
岩倉1尉の肌着は汗でびっしょりだ。
川路が翻訳しようとするが河野2佐が苦笑しながら止めた。
「いいよ、川路君。だいたいわかったから。」
同席の曹長はなにか頷きながらアームモニタにメモを取っている。
「つまり、加勢士長は機関銃の弾が飛んでくるのが事前にわかったというんだろう。マッハ3で飛んでくる飛翔体だ。交戦距離が100m前後だから発砲から体をひねっていては間に合わないよね。
これはたとえLOW-MACSに避弾姿勢制御機能があったとしても反応しがたいね。
つまり、君は。」
「はい!」
「敵が引き金を引く前にすでに弾道を予測できている。」
「はい!」
河野2佐は体をひねり、洒落たしぐさで加勢に片手を差し出す。
「予測できてるの?」
「あ、えーっと。嫌な感じ、はわかります!」
岩倉「オカルトな話、ですか。」
河野2佐がそっと立ち上がった。
「今日はこれだけわかればいいよ。岩倉さんがオカルトと言ったけど、確かにオカルトだね。でも理屈を突き止めて再現が可能になればオカルトじゃなくて科学の領分だよ。」
-再現-
と聞いて加勢が吐き気をもよおした。
LOW-MACSに搭乗した記憶が一瞬よぎったのだ。
両手で口を押え、上半身をかがめて耐える。
岩倉「加勢!」
川路が加勢の両肩をもって体を支える。
河野「加勢士長、気分を悪くしたね。すまない。今日はゆっくり休んでください。」
「すみません。自分でもなんでいきなり気分が悪くなるのかわからないんです。」
岩倉「河野2佐、今日はありがとうございました。また、明日以降あれこれと調整させてください。」
河野2佐は加勢士長が何に気分を悪くしたのかわからないため、無言で手を振り、副官の曹長と退室していった。ぎい~っという耳障りな音が少し耳に残る。
あとにはかすかにポマードのにおいが残った。
岩倉「加勢士長、急に来たからびっくりしたぞ。」
「すみません。なんか行けるようなら行け、みたいな指示だったんで、ちょっと調子よくて・・・うぷ!」
川路が背中をさする。
岩倉は川路に加勢を連れていくよう命じた。
「ところで川路はなんでついてきたんだ。」
「通訳が必要だから、とのことです。」
加勢「川路が一緒だと「あの子」のこと考えても大丈夫なんです。」
「そうかあ。加勢と川路は戦友ってわけか。」
「そうです。そうなんです。ところで中隊長ぉ。」
みるからに気分の悪そうな加勢が、いたずらっぽい目でなにか聞いてきた。
「なんだ。」
「さっきの偉い人、お菓子残してますけど、もらっていいですか。」