「月面勤務とはいえ、大晦日まで勤務にしてしまい、中隊長として慚愧に堪えない。」
朝礼で中隊長は身振り手振りで悔しさを表現しながら訓示する。
川路は「随分古い言い方をするもんだな。特に加勢士長はわかっているだろうか。」と心配をした。
加勢は「慚愧」をなにかゲームのボスキャラだろうと見当をつけた。
背中に「惨鬼」と書かれた道着を着た格闘ゲームのボスキャラだ。
村田は何かを斬る動作だろうと見当をつけた。
大谷は「残機」かな。ゲームオーバー近い意味か、と見当をつけた。
他の隊員も似たり寄ったり、だいたいみんなゲームのキャラを想像していた。
12月31日の朝礼は8時20分に行われた。
月面勤務は地球上勤務と少々勝手が違い、警備のローテーションが優先となり、有給休暇にあたる年次休暇の使用も制限される。
3か月の月面勤務をおえて地球に戻ってから代休や年次休暇を取得することでバランスを保っているのだ。
とはいえ、さすがに年末年始には多少の休みがとれるのが通例であったが、ついこの間に実際の戦闘があったばかり。休んではいられない。
その中でも人事員の成迫1曹はオーバーワークもオーバーワーク。
朝から晩までいろんな書類と格闘している。
先だっての戦闘で軽傷だったものを使って整理をさせたり、あちこちに調整の伝令に飛ばしたりしているが、肝心なところは自分が処理するよりほかない。
今日も今日とて本部の1科からおりてきた書類を片付けていた。
「ああもう!通信が弱ぇ。光速が遅すぎんだよ。」
成迫1曹は地球からの返信をイライラしながら待っている。
肝付基地業務群の厚生から送られてくる戦死者遺族の同意書や意見書が届かないのだ。
加勢がそっと背中に回り成迫1曹の肩をもむ。
「成迫1曹!僧帽筋と菱形筋がこっておられますね。」
「なんだこのごますりめ。マイナー筋肉の名前を言えば許されると思っているのか。」
「私は筋肉がこっている人を見ると我慢ならない性質なんです。」
成迫1曹は、むすっとするが、実際加勢の肩もみは上手いのでそのままにしている。
小さな手が筋肉の「隙間」に入り込む。成迫は加勢の肩もみは鍼灸みたいに捉えている。
「成迫1曹ぅ~」
キーボードをぱちぱちうちながら成迫が面倒そうにこたえる。
「なんだ。」
「私みちゃったんです。」
「なにを。」
「あの1尉のWAFの人いるじゃないですか。府中から来た、すごく頭のよさそうなきれいな人。」
「園部さんか。」
「園部1尉!そうです。園部1尉が今朝、陸自の不良の髪型の2佐の人と並んで笑いながら歩いていたんです。私ショックでショックで。」
成迫1曹は口にくわえたダミーシガレットから水蒸気をぷはぁ~っと吐いた。
月面重力独特の広がり方をして水蒸気は消えていく。
「ルナマリッジ、だな!」
「なんですそれ。」
加勢は肘で成迫の僧帽筋をぐりぐり押しながら尋ねる。
「月の六分の一の重力が軽くするのは俺たちの体重だけじゃねえんだ。惚れた腫れたの心まで軽くするんだ。仕事が増えるから俺はやだけどな。」
「そういえば。」
月面勤務から帰ってきた中隊では、男女がくっつくジンクスがある。
「彼氏なんかいらないよー」と言っていた5中隊の先輩もシャックルトンから帰ってきて彼氏ができて気が付いたら結婚して退職してしまった。
「おおかたその園部さんもフワフワ浮かれてんじゃねえのか。って言っても単に並んで笑って歩いてただけじゃな。そもそもあの人いつも笑ってるし。」
「でもでも、あんな不良となんて。」
「リーゼント即不良判定、お前いつの生まれだよ。」
「お母さんの持ってた漫画だとあの髪型はみんな不良ですよ。」
「お前の母ちゃん昭和生まれか。」
「平成18年生まれです。」
「俺とタメかよ・・・俺の方がショックだよ。っていうかますます何の漫画読んでたのか気になりすぎる。」
「あの不良2佐って園部1尉狙ってるんですか。」
「逆にいうが。園部1尉とお近づきの機会があって狙わない男はいねえよ。」
「じゃああのおじいさん准尉も!?」
「あれは流石に枯れてる。」
◆
執務室。
重原はくしゃみをした。
つづけて園部もくしゃみをした。
◆
「なるほどぉ。さすがの鑑識眼ですね。」
「ばかやろう。何年人事やってると思ってんだ。」
成迫1曹は北部航空方面隊で採用され、空曹になってからは中部方面航空隊の日本海側で勤務。しばらくしてから関東側で。そして西部航空方面隊。
「そうやってだんだん南下してきて肝付に居ついた。」
とは本人の談。
その航空自衛官としての半生の大半は人事員として過ごしている。
「お前にしゃべるのは基地放送流すのと同じだからウカツなことは言えねえけど。」
「ぐ」
「津志田はもうメロメロで地球に降りたらあいつは退職しちゃうだろうな。あの陸自のやつについてくと見た。」
「それはみんな知ってますぅ。」
「あの体じゃ自衛隊はつとまんねえし。」
成迫は「つとまんねえ」となった隊員の補償の書類を先日仕上げて肝付に送ったばかりだ。
つとまらなくなった隊員は津志田のほかにも何人かいる。
「それより加勢、お前に頼んでた戦闘時の隊員動態、仕上げたのか。」
加勢の肩をもむ手がちょっと緩くなる。
「それが、その。謎が多くて・・・」
「ロボット乗ってたお前が一番謎なくせに、何を生意気な。」
戦闘時に誰がどこで何をしていたのか。分隊や班単位で行動の記録を提出させ、中隊本部で把握していた動きと突き合わせる。
当然、合致しない。
これを矛盾なく仕上げるのがまた骨が折れる。
「ええい、俺の肩はいいから。さっさと仕上げてこい!」
成迫が肩を回して加勢を突き放す。
「ふええ」
加勢はなんとか動態作成から降ろさせてもらおうと成迫にすりよったのだが無駄に終わったことを悟る。
とはいえ、成迫とて加勢に任せていても終わらないのは理解している。
「おい、俺から言っておくから川路使え。」
「川路は援農行ってます。」
「だから先任には俺から言っておく。」
「では、川路と私は交代で。」
「お前は継続だ。」
「ええ・・・川路だけでやれます。奴はやれるやつです。保証します。」
加勢が胸をどんと叩いた。
「お前が一番川路をうまく扱えるだろう。」
「ふええ・・・」
加勢は肩をがっくり下げ「加勢士長は用件終わり、かえりまぁすぅ」と、消え入るように退室していった。
加勢が去った後
「おじさんとしては加勢と川路をルナマリッジさせてえからな。可能な限りくっつけんだよ。にひひひ。」
成迫はダミーシガレットの水蒸気を天井に向かってぷはぁーっと吐いた
年の瀬は迫る。
しばらくして大晦日の昼休憩のらっぱが鳴った。
◆
「警備についている者たちにはまことに申し訳ないのだが。」
中隊長が終礼でまた訓示をしている。
「ついに一年が終わる。波乱の一年だった。特に。警備線での戦闘は。勝利したとはいえ、わが3中隊も多くを失った。」
「しかし。いつまでも悲しんでもいられない。心に区切りをつけねばならない。前に進むために。」
「皆も知っての通り、来年4日には合同葬送式がある。かならずやり遂げよう。」
「以上を踏まえたうえで言う。悲しいし、悔しいだろうが、休む時は休まなければならない。徳田曹長。」
中隊長が徳田曹長を指名した。
徳田曹長が山本1曹を連れて整列した中隊の前に出てくる。
「厚生委員長、発表。」
松葉杖の山本1曹がハイと発声する。
みんなわくわくしている。
きっと今晩はひさびさに酒が飲める。「しゃくる」あたりに席をとって慰労会だろうな。
山本「2230。気密服を来て第2減圧区画に集合。」
山本1曹は
全員(はぁ!?)
山本「肝付岳参拝。皆で地球を0時に拝もう。」
全員(はぁ!?)
-どうせ中隊長がそう差し向けたんだろう!-
そう思った隊員は中隊長に視線を移すが、中隊長も明らかに面食らっていた。
-チュウもハァ顔じゃねえか-
しかし中隊長は心を鎮めた。
「肝付岳から眺める地球が見事なのは皆も知っての通りだ。記念すべき建徳9年を中隊のみんなと地球を見ながら迎えられるのは望外の喜びである。」
うんうんと徳田曹長も頷く。
山本1曹「そして、陸自のみなさんも来てくれる。」
中隊長と徳田曹長が同時に露骨なハァ顔になった。
桜野の顔を思い出した中隊の古参もみなハァ顔になった。
山本1曹「そして。有志として外務省の柳沢るり子氏も同行してくれることになった。」
中隊長がハァ顔から一抜けて笑顔になった。