「タカマガハラへようこそ!」
JAXAのステーション長が3中隊の面々を迎える。
ここタカマガハラは高度約600kmに浮かぶ、200人を受け入れ可能な巨大宇宙ステーションである。
アメリカや中国はすでに500〜600人規模の宇宙ステーションを運用しているが、そもそも100人単位滞在可能な宇宙ステーションを運用しているのは数か国に過ぎない。
タカマガハラは研究、観測そして航空宇宙自衛隊の訓練にもっぱら使われている。
第三次打ち上げで3中隊は完全編成となった。
ここで7日間の1期滞宙訓練をし、次いで10日間の滞宙訓練を経てから、本番のシャックルトン基地警備に向かう。
3中隊66名。宇宙が初の隊員は18名。
加勢達がまさにそうである。
令和初期の頃と違い、建徳時代、宇宙はぐっと身近な空間となっているが、それでも気軽に訪れられる場所ではない。
「宇宙だ…」
無重力に慣れない隊員は早速酔う。三半規管を無重力に適応させる酔い止めもあるが、体を慣れさせるため、よほどひどくないと処方されない。
加勢は全く酔わなかった。
川路は酔いに酔った。トイレから出てくるたび、加勢が手を取った。
「川路、気にすることないよ。」
「すみません、加勢士長。」
加勢士長は宇宙人かもなあ。などと川路は思った。
「変わらないもの」なんてロマンを求めて来た宇宙はゲロの味。ふふ、と川路は苦笑する。
しかし、兎にも角にも宇宙だ。
宇宙である。訓練を重ね、文字通り夢にまで見た宇宙だ。
感動はひとしお。
しかし、宇宙でも日常と訓練は続く。
隊員たちは、すぐに「生活」に追われ始めた。
翌日から早速、地上では出来ない訓練が始まる。
よほどひどかったのか、酔い止めを処方された岩倉中隊長は逆にもっとも元気だった。
無重力空間での姿勢制御、移動法、水の飲み方、食べ物の食べ方、基本的な生活の仕方を習う。
シャックルトンは無重力ではなく、1/6の低重力であるが、無重力で基礎を作ると応用がきくというのである。
ベテラン勢は思い出すように次々にノルマをこなしていく。一方、初宇宙の者たちは毎日慣れるのに必死だった。
しかし、酔う者もだんだん減り、5日が過ぎると皆だいぶ慣れてくる。
加勢は毎日、ガラス窓から地球や月を飽きずに眺めた。
地球への帰還まであと2日。
ステーションに来客があった。
シャックルトンからだという。
「今行ってるの1中隊だけど、誰だろ。」
「10人だって。」
加勢は気が気じゃない。
1中隊には、仲の良い同期がいる。もし彼等だったらシャックルトンの話が聞けるかもしれない。
どうも1士とか士長とかばっかりらしいと噂が流れてくる。
いよいよ加勢は浮き足だつ。
往還船がドッキングし、隊員がステーションに入ってきた。
しかし彼らの気密服はちとデザインが違っていた。
あと肩に漢字が書かれている。
「楠」
加勢が目を凝らす。
背中には「陸上自衛隊」と書かれていた。
「なんだ。陸自か。」
「陸自も宇宙で訓練してんだ。」
隊員達は物珍しそうに彼らを見物する。
倉田2曹がぼそりとつぶやく。
「第54普通科連隊…俺達のお手本部隊だ。」
気密服を脱いだ彼らの視線がこちらにむいた。
加勢達は無邪気に手を振った。
彼らも手を振り返した。
だが一人、手を振らずにらみつけてくる若い隊員がいる。
加勢と目があった。加勢が笑いかけると、ぷいとそっぽをむいた。
その日の晩、彼らと親善交流訓練の話が持ち上がった。