1月4日の朝。
明石時間0630
地球から来た警備部隊の面々は青い顔をしていた。緊張からくるもの、慣れない低重力に体調を崩すもの。
警視庁と埼玉県警は32名の警備部隊を送り込んだが、そのうち9名は立っているのがやっとの有様だ。
体調不良者数が許容範囲を超え、急ごしらえの基地外活動が未経験者達には厳しいという現実があらためて浮き彫りになる。
地球とタカマガハラで練った警備計画は若干の修正をする必要があった。
警察庁内に合同設置された警視庁と埼玉県警の合同警備部の面々はあきらめ顔である。こうなることはわかってはいたが、やらざるを得なかった。
かくなる上は葬送式が無事に終わることを祈るしかない。
いっぽう月面。祈られている警視庁・埼玉県警合同シャックルトン基地特別派遣機動隊。この長い長い名称の部隊の責任者である警視庁の吉田警視正は青い顔をしていたが、気密服のおかげで周囲からは気取られていない。
航空自衛隊と陸上自衛隊から借用した気密服は慣れればそれなりに動きやすいが、それでも地球で生身の体を動かすようにはいかない。
気密服の上から「警視庁」「埼玉県警」と印刷されたベストを羽織り、航空自衛隊、陸上自衛隊または防衛省のロゴを覆っている。
ベストには月面で映えるソーラーオレンジのV字の識別があしらわれており、影面に入ったときもわかるように小さなライトがつけられていた。
吉田警視正は今年の年末年始は久々に勤務がないので家族と韓国旅行に行くことになっていたが、いまは紆余曲折の果てに月面にいる。本当だったらソウルの観光地にいたはずだったのだが。
「娘は今頃、HAE-SUN(韓国のポップスターグループ)のライブにでも参加しているのだろうなあ。」
無線は常時つながっているのでうかつな独り言はできない。
12月に入って急遽、そう。本当に急遽だ。宇宙適性検査なるものを全署員が受けさせられた。そして翌週には名前が読み上げられ、そこで初めて月面警備があると知らされた。
思い出すだにいまいましい。
3級と判定されたがために派遣隊に入れられてしまった。同期の棟方は手を抜いて4級だったと聞く。馬鹿正直に全力で受検した自分が愚かだったのか。
とはいえ、お役目である。部下の命も預かっている。
米国大統領が来るとなれば、思いつく限りすべて。ベストを尽くさねばならない。
また、仕事であることは業腹だが。
いかに以前よりは宇宙任務が一般化したとはいえ、おいそれ月面に行けるものではない。良い体験とでも割り切るよりほかない。
葬送式は警備道沿いからすこしばかり北にあるだだっ広い荒野で行われる。
そこかしこに穴が開いている。これでも整地したと聞いている。
車両と思しき器材の残骸も点在している。
式場中央に立ち、東に目を転じるとガラクタの山が遠めに見える。
ここは戦場だった。
急ごしらえの風を隠せない碑が立っている。
レゴリートで作られたもので、近寄るとわかるが、名前が刻まれている。
去年の年末にあった戦闘での死者の名前だ。
「戦死者ねえ。」
吉田警視正に独り言のような無線が入った。これは対人通信だ。
無線を飛ばしてきたのは埼玉県警の富海警視。
「吉田さん。戦争なんて遠い世界の話だと思っていましたけど。」
「まあ、実際遠い世界なわけだが。」
「いわれてみりゃ。あはは。」
吉田が見渡す式場。つまり裸の月面だ。白と黒の世界。常に強烈な太陽光にさらされた白。そしてその影は濃い黒。ベテルギウスの輝きで薄明るいが東側は永久影だ。
「地球じゃなかなかみられませんよねえ。こんな風景。」
「秩父くらいに入るとたまにはみられるような言いぐさじゃないか。」
「まあ、似たようなところはありますね。あはは。」
富海警視は軽口をたたいているが、こう見えて去年はインターポール要請で東欧の小国に機動隊を連れて行き、贋札の国際捜査に参加したつわものだ。
現地土豪の私兵と機動隊が一戦交えたことで日本国内でも大きな話題となっている。
「おふたがた。警察の方ですか。」
二人に対人通信が入った。AIが声を加工してくれているので、だいたいどこから話しかけられたかわかるようになっている。
斜め後ろだ。
「海上自衛隊の目加田2尉です。よろしく。」
振り向くと吉田たちと同じくベストを羽織った気密服の三人がいた。
ベストには「海上自衛隊」と書かれている。
「いやはや、月面なんて来るもんじゃないですな。」
「絶景ではありますが。」
吉田は目加田2尉とタカマガハラで一緒に無重力体験をしているので既知の仲ではある。潜水艦に16年乗っていたが、怪我をして艦を降りたとか。
横須賀基地で警備の仕事をしていたことと、宇宙検定で3級をとってしまったがために派遣組に入れられてしまったとこぼしていたのを覚えている。
「船酔いはしない性質なんで重力酔いはしないんですけどねえ。どうにも動きづらくていけない。」
「小暮です。小暮2曹です。よろしくお願いします。」
「自分は植田3曹です。」
目加田と一緒にいる二人は海上特殊群という部隊から派遣された戦闘要員のようだ。
3人とも小銃を持っている。
吉田「みなさんの持ち場は警備道と伺っておりますが。どのへんに配置されるんでしょう。」
計画と図面では承知しているが、いざ月面の現場に立つとどこがどこやら。
実際に尋ねるのが早かった。
「我々は巡回を命じられてましてね。一朝ことあればバギーで駆けつけて戦う係。陸さんがいうところのQRFってやつですね。」
「QRF?」
「クイック レスポンス フォース。緊急時に駆けつける部隊、のことです。」
「臨検するのが本職なんで、陸上で戦闘ってのはちょっと勝手が違っていけない。」
「我々からすると大差ないようにも思えますが、やはり違いますか。」
「そもそもこんな服着てますからねえ。そうじゃなくても大いに違いますが、まあ頑張るしかない。」
自分等が持っている月面用の拳銃(航空自衛隊から借用した月面仕様だ。)と比べたらぐんと頼もしい。
まあ、そこは用途によるか。
あらためて周囲を見渡す。
式場の準備はちゃくちゃくと進んでいく。
おりよく米国大統領がシャックルトン基地に向かってきていると全体無線が入る。
目加田たちは、それじゃ、と去って行った。
「人生で一番長い日になりそうだ。」
「よしましょう吉田さん。不吉な物言いだ。」
「不吉かい。」
「昔そんな映画を見ましてね。」
「シャックルトンの一番長い日」
「そう、それですよ。シャックルトンじゃないですけど。」
そうだな、と吉田は流した。
掌をひろげて握って開いて。
この感触。俺は月にいる。これからとんでもない警備が始まる。
式場で動き回る人影。まだ誰も実感がわいていない。
◆
「接続は出来た。」
「おい、郭さん。動かすなよ。」
「侵入してんだから同じことじゃないのか。」
「大いに違う。」
仕様書を読みながら朱とカミフサノフがキーボードを鍵打している。
「この仕様書どおりなら、侵入までは隠匿できるが、ちょっとでも動かしたが最後米軍の検知に引っかかる。」
「そんなもんなのか。」
「そんなもんらしい。」
まあ、実際に相手の反応はないしな。
郭は後頭部の違和感を抱きつつ納得する。せざるを得ないともいう。
LOW-MACSへの接続はできた。
操作系統も機密データから作ったエミュレーション装置で覚えた。
あとは葬送式でアメリカ大統領が演台にたつのを待つだけだ。
その時が来るまでは動かせない。
警備に投入されるLOW-MACSはシャックルトン・リムから輸送されて来た型式番号RM45型。式場警備には一機だけ。
パイロットは米軍の正式な搭乗員で少佐。搭乗時間は450時間。おそらく現時点で世界随一のベテラン。
指揮車や補助車両は正規編成で式場に配置されている。
完全編成のLOW-MACS部隊。
ズヴェズダをほぼ単独で撃破した戦闘能力は記憶に新しいが、あれは正規編成ではなかった。
「だからだよ。やつらは正規編成のLOW-MACSに頼り切っている。そうにちがいないんだ。」
「希望的観測ってやつじゃないか。」
「でもまあ、LOW-MACSが突然反乱するのは計算に入れてないだろう。」
「LOW-MACSがジャンプすれば大統領の演台は余裕で射程内だ。成功すればケネディ以来の大暗殺だぞ。」
こめかみを指で押さえたカミフサノフが口をはさむ。
「アメリカンスキの大統領を殺ったとして、下手人はどうしたって追跡されるぜ。」
「痕跡を残さない。」
「ロシアが疑われるんじゃないかってんだ。」
「疑われるって。お前、堂々たる従犯じゃないか。」
「ばれちゃまずいっていってんだよ。」
「地球に降りれなくなっちまうぞ。」
「地球に未練はないが、さりとて行き場所がなくなると困るよな。」
みなしばし黙り込む。
「本国命令だからなあ。」
「いざやれば本国は口をつぐむさ。」
「それに」
カミフサノフが郭の肩をつかんだ。
「お前さんの国は今や即席だろう。ヤバくなれば国をつぶしてまた新しい顔して新興国って面するじゃないか。まるでマフィアの企業だ。」
「なんだ。俺が捨て駒だっていうのか。」
「ズバリそう言ってんだよ。」
郭はしばし腕組みをする。
そんなことは重々承知だ。いろいろ考えた。プラグ手術も受けた。
後戻りはもはやできない。
いかな非道な軍組織と言えども、地球にいる家族くらいはなんとかしてくれるだろう・・・
というか拒否をした時点で家族が危うい。
朱「郭さん。やるしかないのだろうけどね。」
郭「やるしかない。」
黄「やるしかないか。」
米国大統領が登壇するまであと5時間
◆
月面仕様の大統領専用車「ビューティ」
対戦車ミサイルや直上からの榴弾砲の破片効果の直撃に耐える装甲を持つ超重輸送車。
ビューティは米側警備道からルリコロードを抜け、式場へ向かっていた。
警護部隊は戦闘用車両とホッパー
シャックルトン基地の領域(バンダレー)で警備1中隊と合流する。
ビューティを囲む車列を警備1中隊の車両が先導する。
車列が通り過ぎると最後尾に同じく1中隊の車両がつき、後方警備にまわった。
レゴリスの土煙が左右にもあがる。
1中隊は側面にも数台の警戒車を差し出している。
「あの部隊が中国と戦ったのかしら。」
「いえ、大統領。戦った部隊は本日の式典に参加します。あれは地球から送られて来た日本の宇宙専用部隊です。」
「あらそう。」
クイゼンベリー大統領は専用の船内活動服の裾をひっぱったりヘルメットのバイザーをいじって遊んでいる。
「ここが月、ねえ。」
車窓から外をながめて深々とつくため息。
遊説でアメリカのあちこちをまわった。
都市部だけではない。崖の切り立つ辺鄙な町にも寄った。
湖の町にもよった。
沙漠の町にも。
月はいずれでもない。人智を超えた超然たる風景に打ちのめされているのだ。
「アメリカの被害はいかほどだったかしら。」
側近が米軍人、軍属、民間人の被害を読み上げる。
「ジャクトンの爺さんはご存命なのね。」
「おたわむれを・・・ジャクトン議員へ大統領自由勲章授与が予定されているのはご存じのはず。」
「アメリカの被害はそれほどでもない。なんだか同盟国の勝利にただのりする気分。」
「月面訪問に大統領閣下が喜び勇んでらしたのを私は記憶していますが。」
「いざ来てみるとちょっと罪悪感がね。」
ビューティーの車列はマラベール山を望む警備道を北上。
式場到着まであと1時間
◆
「参列部隊入場」
待機広場から葬送式参列部隊が徒歩入場する。
後方から独歩不能隊員の乗った車いすが手押しされて入場してくる。
「加勢悪ぃな。」
津志田の車いすを押すのは加勢士長だ。
「どうってことないですよ。津志田3曹」
応急にこしらえられたスタンドに地球から来た来賓が座っている。
その視線を浴びている。
戦傷者はやはり目立つのだ。
「誰だよ、外でやろうって言ったのは。」
津志田が毒づく。
「年越しはしまらなかったですよねえ。」
彼女らは無音の式典が無味乾燥の気寒さを持つものだと身に染みている。
外でやろうというのは地球からの指示なのだが、基地内に式場を用意できない物理的な理由が主だった。もっともキャパ越えは米大統領来訪が決まったからなのだが。
式典は始まり、来賓による弔辞が続く。
そのうち来賓が一人欠け、二人欠け。
やはり昨日今日やってきた「地球人」に基地外の式典は体の負担が大きすぎた。
空自、陸自合同の儀仗分隊が弔銃を発射する。
米軍部隊もあわせて戦闘車両が弔砲を発射した。
無音
この静寂を荘厳と解釈するか、虚無と解釈するかは人によった。
月面はただ白と黒のコントラストを皆の目に焼き付けるだけだ。
あるがままの風景は土くれの連続。
にぎやかであるはずの人の営為は無音がそれを寂寥へと変換する。
死者を悼む場ならばそれがふさわしいような気がした。
参列した隊員はみなそう思った。川路もそう思った。
曲がりなりにも平和だった月面生活からあっという間の戦闘、あっというまの終結。
見知りした者が幾人も死に、不具者となった。
本来悲しいはずなのだが、平気な顔をして今ここに立っている。
地球に戻って時間をかみしめるようになれば涙も出てくるのかもしれない。
今は現実感のない式に体を合わせているだけだ。
「米国大統領が入場されます。」
全体無線が入った。