「接続した。感覚が伝わる。」
郭が朱に伝える。
「そのまま、そのまま。」
「わかってる。ここまで来たら、気取られまい。」
カミフサノフがコントロールパネルモニタから親指を立てた。
ハゲノフ「西側っぽいな。」
「俺はハリウッド好きなんだ。」
郭の神経は今、葬送式場のLOW-MACSに接続されている。ただ、まだアクティブになっていないため、米軍には気づかれていない。
「クイゼンベリーが壇上に立って演説を始めたら、やるぞ。」
式場には支援部隊はいない。LOW-MACSをハックし、一撃必殺の攻撃で大統領を暗殺する。
もし仕留め損ねたら。
「いいか、郭さん。もしもだ。1発目で仕留め損ねても5分以内にやっちまえよ。」
「わかってる。」
接続はおよそ5分が限度だ。郭の全身はすでに熱を帯びている。
人間の知的作業は脳だけではなく、全身の各所にその機能が分散していることは今日では常識で、LOW-MACSへの接続も郭の全身を使ったものだ。
計算上、ハックは3分を超えると接続状態が低下していく。接続もとの人体の負担も大きくなっていく。5分を超えると全身の倦怠感や痺れが看過できないレベルに達するとされる。
何度かやったシミュレータで郭の限界はおよそ6~7分とされた。
「これやると腹下すんだよな。」
郭がおどけて言う。
「胃腸にも接続しているからな。ビフィズス菌入りヨーグルトを用意しているぜ。終わったら食べな。」
ハゲノフ「おい。大統領のやつがそろそろしゃべるぞ。」
一同が正面モニタに顔を向けた。
美しい鼻梁。きりっとした眉。それでいて柔和な口元。
見る者に強い印象を与えるのはなによりも強い意志を体現したそのまなざし。
クイゼンベリー大統領が演台にたつ。
身にまとった船外活動服を貫通してくる絶大な存在感。
彼女が今の立場にあることにフェミニズムやそれに類するいかなる思想も関係ない。
単純に実力で米国大統領に就任している。そこは誰もかれもが認めていた。
アメリカの意志。
その意志が口を開いた。
◆
「日本国自衛隊の将兵の皆様。アメリカ合衆国軍の将兵の皆様。
そして、本日ここに集われた、月面で勤務に就くすべての皆様。
私は今日、合衆国大統領として、この場に立っています。
しかし、まず申し上げたいのは、私は今日、大統領としてではなく、一人の人間としてここに来たということです。
私は、皆様とともに、亡くなられた方々を悼むために来ました。
そして私は、私たちが何を失い、何を守り、これから何を背負って生きていかなければならないのかを、皆様とともに考えるために来ました。」
ヘルメット内にはクイゼンベリー大統領の声で翻訳されたスピーチが流れている。
-長くなりそうだな-
桜野は微動だにしない、整列休めの姿勢を維持したまま脳内で独り言ちる。
桜野だけではない。列席した自衛官や米軍人はみなだいたい同じことを思っていた。
警備本部の吉田、機動隊指揮班長の富海達はただただ、なにごとも起こってくれるなと祈りつつ、警備に集中した。
「・・・だからこそ、私は本日、ここにおいて、アメリカ合衆国国民を代表し、亡くなられたすべての方々に深甚なる哀悼の意を表します。
あなた方の犠牲を、私たちは忘れません。
あなた方の名前を、私たちは忘れません。
そして、あなた方が生き、働き、戦った理由を、私たちは決して忘れてはなりません。」
「目加田さん。「おやしお」異状なし。」
「了解。「うずしお」まで900mだな。」
目加田は警備道の適宜の場所に潜水艦の名前をつけて月面バギーで警備をしていた。
「大統領サン、だいぶ名調子ですな。」
「わずかな涙声をこらえた感じまで出てる。翻訳音声はAIだが、多分肉声も同じだろう。」「本当に悲しんでいるんじゃないですか。」
「裏で舌をペロッと出しながらこういう演説できるのが政治家なんだよ。」
木暮2曹と植田3曹はあらためて45式小銃の槓桿レバーを確認する。
「当たるのかねえ。」
先日、射撃予習と実射訓練を陸自の指導でやったが、なかなか当たる銃だというのが分かった。それはわかったのだが、やはり緊急時は手になじんだ銃の方が取扱いに自信が出る。
その点、この小銃はいかにも心細かった。
「おやしお」と名付けた標点がわりの石くれが後ろに遠ざかっていく。
目加田は後部座席で立ち上がる。
バギーから見える式場は荘厳に映った。
「ま、なにはともあれ。異状ありはナシにしてくれよ。」
◆
整然と並んだ無音の部隊。
特徴的な丸みをもったヘルメットが等間隔に揃っている。
無機質な空間。
ヘルメット内に流れる大統領の声。
列席した誰もが「長そうな演説だ。」と思っている。
思っているのだが、やはり中には聞き入っている隊員もいた。
傷痍隊員がそうだ。
津志田3曹はこらえきれず車いすで嗚咽していた。
演説の中身はちっとも理解できていないが、車いすを持つ加勢ももらい泣きして嗚咽していた。なんなら列中の隊員の中で一番泣いていたと言ってもいい。
そして同じく後ろに並んだ兎内3曹もまた涙をこらえている。
五体満足健康体で列中に立っている川路は
「さすがは米国大統領。」
うんうんと頷きながら聞いている。
「・・・皆様。
人類は、長いあいだ、宇宙を見上げてきました。
古代の人々は、夜空に神々の物語を見ました。
航海者たちは、星々を頼りに未知の海へと進みました。
科学者たちは、宇宙の法則を解き明かそうとしました。
そして、私たちの祖父母や曾祖父母の世代は、地球の重力を振り切り、月へと到達しました。」
◆
「クイゼンベリーのやつ、演技が一級品だな。」
「まあ、大半は真面目に聞いちゃいないだろうが。」
朱も黄もクイゼンベリー演説の意図と彼女の震える声の演技に舌を巻いていた。
郭が目くばせを送ってきた。
朱が片手を少し上げ、応じた。
「郭さん。そろそろ・・・行くか。」
郭は無言で首を縦に振る。
ハゲノフが郭のうなずきを見て手元の操作盤にあるゲインゲージレバーをあげる。
郭の体に軽い電流が走った。
今、接続はアクティブになった。
米側が気づいて対処するまで数分かかる。
郭の限界も同様に数分。
ここから5分で歴史は大きく変わる。
◆
嗚咽を繰り返し、涙と鼻水だらけでぐしゃぐしゃの加勢が泣き止んだ。
「なにか。なにか。くる。」
加勢の様子になにか感づいた津志田が振り向く。
「加勢。」
「津志田3曹。なにかおかしいです。」
「加勢。またどっか飛び出してくんだろう。止めねえけど、気をつけな。」
津志田が「あっ」という顔をした。
加勢も振り向いた。
二人の視線の先
LOW-MACSが直上に飛んでいるのが見えた。