郭の脳裏にLOW-MACSの視界と操作イメージが鮮明に浮かぶ。
通常、人は脳裏に映像を思い浮かべることができる。しかし現代の脳科学では、後頭葉や扁桃体などに刺激を与えることで、映像情報を脳に直接入力し、メンタルイメージとして出力させることが可能になっている。
ただし、被験者の脳機能への負担はかなり重い。
とはいえ、それは数分程度であれば許容されるものでもある。
脳裏に浮かぶ照準にクイゼンベリー大統領を捉える。
操作系につながった自分の感覚で砲発射のシーケンスを発射直前まで高める。
LOW-MACSパイロットの狼狽が伝わってくるのが不快であった。
眼下に整列した船外活動服の部隊が見える。
音がない世界がゆえ、いまだ気づかれていない。これが大気に満たされた地球ならばこの時点ですでに一斉の視線を浴びていただろう。
いや
目が合った。
郭は強烈な視線を浴びた気がした。鋭いまなざし。
そんなことがあろうはずもない。
カンマ何秒かの逡巡
そのさなかに視線の主が小さな船外活動服の人物だとわかった。
だが、関係ない。
郭が意志の力をこめればただちに砲は発射され、砲弾はアメリカ大統領にむかって飛んでいく。
終わりだ!
ガン!
郭が砲を発射する直前、機体に衝撃。
そして発射。
わずかにそれた弾道。
後部カメラ映像にホッパーが見えた。
体当たりをされたのだ。
クイゼンベリー大統領の3m後ろに着弾
式場の設備が破壊され、レゴリスが後方に飛び散った。
◆
「・・・私たちは、国際連合という組織が、かつて人類に約束した理想を知っています。国家の対立を対話によって解決すること。
侵略を抑止し、平和を維持すること。
弱い国が強い国の意志に一方的に従わされる世界を、可能な限り遠ざけること。
これらの理想は、間違っていたのではありません。」
「大統領、こちらへ!」
側近が大統領の手をつかむがクイゼンベリーはそれをふりほどいた。
無音の世界だったが、さすがに3m後ろの着弾には気づいた。
式場後方で突如飛び上がったロボットが発砲したのが見えたため、自分を狙ったものだとは理解していた。
クイゼンベリーは側近、警備系に通信を切り替えた。
「当たらなければどうということはありません。米国の意志はなにものも邪魔できないことを表す良い機会ですね。」
側近たちは大統領が不敵に、にこやかに笑ったのがわかった。
「せめて、壇上から降りてください。低い姿勢を!」
側近が大統領の手をつかむが、アシストマッスル機能の高出力でふりほどかれた。
「楽しくなってまいりました。もしものときは地球にジョスタ副大統領がいます。
米国が真に偉大なのは指導者がたおれても強い意志を継続できること。
恐れることは何もないのですよ。それを示す良い機会にもなります。」
-うちの大統領は仕方ねえなあ-
大統領命とあればもう仕方がない。
側近たちは、せめて破片からでも守ろうと大統領を囲んだ。
「・・・私たちは、その法を守るための実効的な能力を備えなければなりません。
そして、私たちは、平和を望むすべての国々に対し、この仕事に参加するよう呼びかけます。
そのために必要なのは、ただちに全世界が一つの意見を持つことではありません。
必要なのは、侵略を許さないという共通の意志です。
民間人の生命を守るという共通の責任です。」
混乱が広がる式場にクイゼンベリーの演説は続いた。
◆
岩倉は信じられないものを見た。
クイゼンベリー大統領の背後で爆発が起きたのだ。
仕掛け爆弾?いや、あれは着弾か。
ふりむくと果たして発砲したと思われるLOW-MACSが宙を舞っている。
式次第は完璧に頭に入っているが、大統領の背後が爆発した時の手順は入っていない。
式典の責任者は名目上総務大臣だが、さきほど体調不良で担ぎ出されたのは見ている。
代理の総務事務次官がトップだが、なんにしても彼らは地球から急遽やってきた名目上の責任者に過ぎず、実質のトップは基地業務群の米田1佐だ。
彼は実施本部の副本部長として総務事務次官の補佐をしている。
米田1佐からの指示があるだろう。それまでは整列休めの姿勢は崩せないな。
音や迫力という人間の五感に訴えるものがないことが大きな要因だろうけれど。
背後に並ぶ部下たちもさほど動揺を感じない。
-戦闘経験で麻痺しているんだろうか-
いいことなのか悪いことなのか。
この商売をやっている以上、こういう局面で内外に見せる見栄とメンツは重要事項だ。ならば、まあ悪いことではないのかもしれない。
とはいえ、次の瞬間に爆発するのは自分や部下の立つ地面かもしれない。
葬送式で追葬者が増えるのは悪い冗談だ。
見栄を張りつつ、米田1佐の指示よ早く来い、来てくれと岩倉は祈る。
「式典中止。参列部隊はただちに係の誘導に従って避難せよ。」
米田1佐の全体通信が流れた。
-来ました!!-
「3中隊、式典中止。側面へ移動せよ。」
爆発の視認から約3秒。
参列していた各部隊はぞろぞろと左右に散りだした。
前面の爆発。
通常は後方に下がるものだろうが、後方にはLOW-MACSがいるので側面だ。
最初は歩いていたが、だんだん走る者が出てくる。
側面だろうが後方だろうが、特に安全な待避所があるわけではない。
月面の起伏にとりついて身を隠すだけだ。
こういう場面に極端に弱い園部1尉の手を取り、重原准尉はLOW-MACSから死角になる比較的大きな岩場へと隠れた
案の定腰が抜けているのだろう。
園部1尉は生まれたてのひよこみたいな足取りだ。
重原准尉も腕の傷はまだ癒えていない。
岩陰で腕をかばいつつ園部1尉を押し込む。
「園部1尉。ここなら大丈夫でしょう。」
園部1尉はヘルメットをかしげている。
泣いている顔を見られたくないのだろう。
「状況は」
園部は若干の鼻声だ。
「テロ、のようですな。大統領の後方に爆発を視認。式典本部からの退避指示。そこまでです。」
「我が方の動きは。」
岩陰から身を乗り出し、周囲を確認する。
「へえ、これは驚いた。大統領閣下はその場にとどまって演説中です。さっきから演説は流れていましたが、まさか場にとどまっておられるとは。」
「・・・お強い。」
園部はただ一言を発した。
「大統領の周りは警備が人間で壁を作っています。わが方は警備道から部隊が駆けつけているようです。警察さんは避難誘導してますな。」
重原は園部が言葉を出せないのを察して報告を続ける。
「ホッパーが墜落しました。」
ちらりと園部をみるが、うずくまって震えているようだ。
「ホッパーに誰か駆け寄りました。選手交代?小さいのと大きいのがホッパーからパイロットを出しましたね。あ。小さいのが乗った。大きいのがパイロットを抱えて小さいのに敬礼しています。米軍ですかな。」
「LOW-MACS君はただいま姿勢を崩して着地。」
「機能・・・生存体。」
園部がぽつりとつぶやいた。
冷静に見たままを報告しているが、現実感がわかない。
いまだに。いまだに自分が月面にいる実感がわかない。
ましてや「機能生存体」と来た。
「確かに。あの嬢ちゃんかもしれませんね。」
岩陰に何人かの気密服が入り込んできた。
「お邪魔するよ。」陸自の気密服だ。
「陸自の富原3佐だ。しばらくやっかいになるよ。」
「これはどうも。空自の重原です。こちらは。」
「園部さんかな。」
園部1尉は姿勢を正す。
「分室の園部です。」
-園部さんも流石に陸さんにカッコ悪いところは見られたくなかったかな-
いや、陸自の気密服を見て例のリーゼントの2佐とでも思ったかな。
恋心。年頃の娘さんだからな。
重原准尉がクスリと笑ったら脇腹に園部から拳を強くあてられた。
「重原准尉。なにか余計なことを考えていませんでしたか。」
「とんでもないです。園部1尉。」
脇腹の拳がぐりぐりくいこむ。
-勘がするどい-
「ところで、うちの先任を見なかったですか。」
富原3佐が割って入ってきた。
「桜野、桜野曹長、聞こえていたら返事しろ。」
「一向に返答がないのですよ。」
重原はもしかして、と再び岩陰から身を乗り出し式場を見る。
やはり
大統領演説を整列箇所から動かずに聞いている馬鹿な気密服がいた。
陸自の気密服だ。
「あれじゃないでしょうか。富原3佐。」
重原が指をさす。
富原3佐もその馬鹿な気密服を認めた。
「なるほど、桜野らしい。俺は逃げちまったな。はは。」
園部1尉は理解できなかった「なぜ退避しないの!」
「おおかた「あんな若いネエちゃんが堂々話してるんだ。目の前で聞いてやるのがつとめってもんだろうよぉ」なんて言うんだろうな。」
富原3佐は諦めた口調だ。
「指示に従っていないのでは。」
園部が疑問を口にする。少々強い口調だ。
「大統領演説チャンネルだけ生かしてるんだ。ほかの通信は全部切ってる。きっと避難指示は聞こえませんでしたとかなんとか言うんだろう。」
園部はおそるおそる岩陰から顔を出し、式場にただ一人立つ気密服をみた。
「馬鹿げてる。馬鹿げている・・・」
それきり園部は黙った。
◆
川路は米軍のパイロットを抱え、ホッパーに足をかけた加勢に敬礼をした。
「うむ。川路君、行ってくるからその人頼むよ。」
いつもの個癖が強い下手糞な敬礼を返した加勢はホッパーに搭乗した。
加勢士長なら、きっとやるだろう。
そういう確信が川路にはあった。
避難中、加勢士長をきょろきょろ探した。そこにホッパーが墜落してきた。
これだ!
感ずるところがあった。
まあ、そうでなくとも、月面と言えどもホッパーごと墜落したら中のパイロットもただでは済まない。救助せねば。
そして加勢士長は絶対に来る!!
避難の列から川路ははずれ、ホッパーに駆け寄る。
一人、おなじく駆け寄る小さな気密服があった。
案の定だ。わかりやすい、なんてわかりやすい人なんだ。
通信が聞こえる。「加勢、私は自走するから、行け!」
津志田3曹の通信が混信したようだ。
LOW-MACSが着地した。姿勢を崩している。射撃姿勢になるまでにあと数秒かかるだろう。
ホッパーがLOW-MACSに突っ込んだ。推進ガスでレゴリスが舞い上がり、川路の視界を遮った。
姿勢を整えようとしたLOW-MACSがホッパーとぶつかり転倒する。
「撃たせないよ!」
ホッパーは転がりながらガスを噴射し、スラスターを起動し、デフォルト姿勢に戻る。
LOW-MACSには重機関銃も搭載されている。
砲と銃の筒先に加勢は全神経を集中する。
筒先が大統領を向いたが最後だ。向かせない。
いや、大統領だけじゃない。誰にも向かせない。
◆
「飛んだ!」
吉田警視正が思わず叫んだ。
LOW-MACSが飛んだ。謎の行動だ。
どこか遠くにテロリストでも見つけたのか。その対処か。
とっさに反応できなかった。
が、吉田はただちに警備通信を入れた。
「警備本部から各局、大型人型機が跳躍! 各局、現配置を死守し警戒を極度に強化せよ!」
これだけじゃ何をどう警戒するのかさっぱりだろうが・・・
そして発砲
大統領の後方に着弾
事案発生、テロだ。それも米軍内部犯行!
米軍憲兵の管轄領域だ。
が、それはともかく今優先すべきことは大統領、そして列席者の安全確保・警護だ。
どうすればいい。
外部からのゲリラ対策は万全を期していたが、米軍兵器が反乱・暴走する事態など想定外だ。
あの機体を物理的に制圧する装備も手段もない。
とりあえず避難させねばならない。式典本部は・・・!
「式典中止。参列部隊はただちに係の誘導に従って避難せよ。」
式典本部から通信が入った。
よし。これからが警察の出番だ。誘導路は指示はなかったが、側面しかない。
「富海警視! 米軍兵器への直接対応は不可能だ。本件を陽動とみなし、機動隊本隊はそのまま現配置にて周囲の現場警戒を徹底! 1個分隊を要人・来賓の退避誘導に直ちに投入せよ!」
「警備3了解! フタマルはただちに行動開始!」
「警備本部から式典本部! 航空自衛隊第5中隊、および海上自衛隊部隊へ至急支援要請!」
吉田は現場を注視し、目を疑った。
「対象(マルタイ)、即時退避未了! 現地に留まっている!」
なにをやっている! 下がれ、早く退避しろ! ターゲットはアンタだ!
吉田は即座に無線の指示を切り替えた。
「富海警視! 第2分隊の身柄防護班を直接『マルタイ(大統領)』に投入! 物理的に身柄を固定してでも、ただちに現場から離脱させよ!」
「警備3了解! 本職が直接指揮を執り、要人(マルタイ)防護へ向かう!」
指示を受けた富海は「ふんふん」と鼻歌まじりに身体をほぐした。
脳裏をよぎるのは、欧州派遣時に現地部隊の現場指揮を執った際の一件だ。
湧き上がる感覚――アドレナリンが走る。
あの時は豪族の私兵とバチバチとやりあったものだ。
本来、警視である自分が現場の一分隊を直接指揮することなどあり得ない。
だがここは月面特別派遣隊の特殊編制下だ。
指揮統制の特例として処理させてもらう。
富海は後方でホッパーとじゃれあう米軍兵器を一瞥する。
「やらせるかよ。第2分隊、本職に続け! 前進!」
自衛隊規格の気密服に警察の識別標識を付した特別機動隊員らが、一斉に壇上へと突入を開始した。