「日本警察です。大統領閣下の退避誘導に参りました。」
「お引き取り願おう」
「現場は危険です。大統領閣下には、直ちに安全な場所へ移動していただきます」
「大統領は演説中である。演説は継続される」
「演説の継続については承知しています。演説系チャンネルを活かし、継続していただきます。警察の退避措置にご協力ください」
「この場所が重要であり、これは大統領のご意思である。我々はその命令に従っている」
「ですが、こちらも現場の安全確保に責任があります。大統領閣下の身の安全を確保するため、退避していただく必要があります」
「通すわけにはいかん」
富海は、警護隊員たちの背後に目をやった。
大統領の演説は続いている。何事もないかのように、優雅な身振りをくわえ、朗々とした演説だ。
警護隊員たちは肩を寄せ合い、大統領を囲む円陣を崩していない。
物理的に破片から大統領を守っている。
-確かに。大気がなければ直撃以外、そこまで危険はないというわけか-
だからといって避難させない理由にはならない。
ここは日本の施政権下。大統領の身に何かあれば日本警察の、いや日本のメンツ丸つぶれだ。
富海は、声を荒らげずに言った。
「もう一度申し上げます。ここは危険です。退避措置を実施します。通してください」
大統領警護隊長は言い放った。
「拒否する。」
短い沈黙が落ちた。
富海は相手の目を見据えた。
「……分かりました。これ以上の説得は打ち切ります」
彼は背後を振り返った。
「分隊、前へ!」
機動隊員たちが一斉に動く。
富海は警護隊に向き直り、最後に告げた。
「警察の退避措置を実施する! 抵抗はやめて、大統領閣下をこちらに引き渡してください!」
警護隊員たちは応じない。
彼らもまた、大統領の命令を受けていた。
互いに一歩も譲らぬまま、二つの組織の隊員たちが、ついに身体をぶつけ合った。
「・・・私たちが求めるのは、力によって守られ、法によって制約され、責任によって正当化される平和です。
その平和を築くために、アメリカ合衆国は立ち上がります。
その平和を築くために、日本とともに歩みます。」
大統領の演説は佳境に入った。
◆
「この野郎!」
「おちつけ、郭!」
郭の脳内映像はAI補正でモニタに映し出されているが、技術の限界で非常に不鮮明だ。
だが、なにか小さなものが郭のLOW-MACSを邪魔していることは伝わった。
「2分経過」
カミフサノフが状況を確認する。
「馬鹿だなアメ公。大統領のやつまだ避難してないぞ。」
「まだそこにいるのか。郭、まだやれるぞ。」
退避する大統領を追って射撃をくわえることになるだろうと想定していたが、まだ演台にいるのなら好都合だ。
だが、どうにも邪魔する奴がいるらしい。
最初にホッパーらしき機体による体当たりがあったが、それは墜落させた。
そこまではわかったが、そのあとだ。
到底ホッパーとは思えない動きをする小さい何かが郭のLOW-MACSの動きをけん制する。サイズは確かにホッパーなのだ。
だが。
ホッパーができる機動とは思えない。
郭が砲身を大統領に向けようとするたび、機体をひねってよけつつ重機関銃を発射しようとするたび。
その小さな何かは巧妙にLOW-MACSの機体の端に体をぶつけてバランスを崩す。
バランスを崩したまま射撃をしても当然命中しない。
そして反動はLOW-MACSの次の姿勢をとるための計算を複雑にさせる。
郭は「小さなやつ」と距離を取り、構えようとするが、機敏な「小さなやつ」は最小の動きでくらいついてくる。
カミフサノフが苛立たしげに声を荒げる。
「なんなんだよ、この小さい奴は。」
ハゲノフが叫んだ。
「ホッパーだ!間違いない。その動きはホッパーだ。」
「こんな動きをするホッパーがあるか。」
「理論上、可能だ。」
「理論上だと?」
「信じられねえよ。俺だって。だが、ホッパーだろう。」
ハゲノフは目を伏せて断定する。
朱「3分経過だ。」
郭の鼻から血がたれてきた。目も血走っている。
◆
バスケス曹長は気が付いたら運ばれていた。
誰かに担がれている。
やがて地面におろされた。
手の骨が折れているようだ。かなりの激痛だが、かろうじてこらえる。
なにをしてどうなって今俺はここにいるのか。
長身の日本兵が覗き込んできて対人通信を入れてくる。
「大丈夫ですか。ここは岩陰です。とりあえずは安全です。」
思い出した。
突如僚機のLOW-MACSがジャンプして砲身を大統領演台に向けたので、とっさに体当たりをしたのだ。
我ながら信じられない判断だった。
LOW-MACSに蹴飛ばされ、落下。墜落した衝撃で気を失ったようだ。
あれはいったいなんだったんだ。
「君は日本軍のものか。」
「はい、そうです。あなたが乗っていたホッパーは今は私の上司が乗り継いでLOW-MACSを制止しています。」
「LOW-MACSはいったいなにをやろうとしているのだ。」
「よくわかりませんが、大統領に向かって発砲しました。大統領は無事のようです。」
バスケス曹長は自分の判断が間違っていなかったことに安堵した。
長身の男は翻訳ではなく、英語で語りかけてきた。英語が話せるのだろう。
「ところで。ホッパーでLOW-MACSを制止している?LOW-MACSに乗っているのはベテラン中のベテランのヒル少佐だ。」
「私は、LOW-MACSは乗っ取られているのではないかと思います。ヒル少佐は操縦席で乗っ取りに抵抗しているのではないでしょうか。」
「だとしても、LOW-MACSの機動性にホッパーが対抗できるわけがない。」
男は腕から投影モニタを出した。
そこにはLOW-MACSを翻弄するホッパーが映っていた。
「これは俺のホッパーか。」
「そうです。」
「第3、第5のスラスタノズルが動いていないようだが。それでなんでこういう動きができるんだ。」
「よくわかりませんが、私の上司は器用なのです。」
男の声色はどこか誇らしげだった。
「器用の範疇ではないな。」
「そうですね。」
男はどうも照れているようだった。
バスケス曹長はその後あらためて男に礼を言った。
◆
LOW-MACSが機体を傾ける。
加勢は次にLOW-MACSがどう動くかなんとなくわかった。
なんとなく分かった上で。
今の自機の位置と姿勢もなんとなくわかっていて、どう動かせばLOW-MACSの次の動きを封じられるかもなんとなくわかった。
「えいや!」
このホッパーは故障しているのか、動きが悪い。
でもなんとなく、こうすればこう動くというのがだいたいわかった。
米軍から供与されたホッパーを何度か操縦したことがある。
その時に要領を掴んでいたのが幸いした。
加勢のホッパーがLOW-MACSの腰の突起に体をぶつける。ホッパーの少し飛び出たステイがちょうど引っかかり、LOW-MACSは再び姿勢を崩し、大統領を狙った砲身は明後日の方向を向く。
反動でホッパーも空中で1回転するが
「こんな感じかな!!」
スラスタノズルの噴射で姿勢をもどした。
警備にあたっていたほかのホッパーが2機来援するが、LOW-MACSの機動についていけず、周囲を右往左往し、そのうちLOW-MACSにぶつけられて一機が墜落する。
「おとなしくしなさい!」
レバーを「このくらいかな!」で操作し、二機目のホッパーを蹴り上げようとするLOW-MACSを制した。
良い感じ!!
◆
「ええい、邪魔だ!」
郭はさっきから叫び通しだ。
朱、黄、カミフサノフ、ハゲノフも手に汗して見守るほかない。
扉外との通信モニタから怒声が飛んできた。
「チャンドラ・ドゥルガ基地憲兵だ。開けろ!」
インド側がロシア基地内の工作に気付いたようだ。
朱「まずいな。ここまでか。」
ハゲノフ「基地を間借りまではいいが、大統領暗殺はちょっとやりすぎたかな。」
カミフサノフが扉外モニタに話しかけた。
「ご苦労様ですが、ロシア軍基地司令アレビンスキ大佐の命令がなければ開けられませんな。」
「貴様らは協定違反の行動をしている。今すぐ開けろ、今やっている工作をとめるんだ!!」
黄「アメリカ大統領が暗殺されて、それがインド軍基地内からのコントロールによるものだったら、そりゃおおごとだもんなあ。」
「ともかくアレビンスキ大佐を通してもらおう。」
「アレビンスキとは連絡がつかん。あ、何をするか!」
どたどたという音と銃声が聞こえ、ぶつっと通信が途絶える。
チャンドラ・ドゥルガ基地憲兵の声はそれっきりだった。
カミフサノフ「うちの警備兵とモメてるかな。」
ハゲノフ「ロシアとてアメリカ大統領暗殺に手を貸したとばれたらただじゃすまないだろうが、どう考えてんだろうな。」
朱「うちの臨時政府も何を考えてるんだろうな。」
黄「今更だろ。俺たちの単独犯行ってことになるに決まってる。」
朱「ことがことだ。アメリカ大統領暗殺。隠ぺいでロシア基地丸ごと爆破処理なんてことも考えられるぞ。中国共産党なら多分やってる。」
カミフサノフ「アレビンスキもそうするだろうな。」
ハゲノフ「ま、想定内だ。まかせとけ。」
朱「いい案があるのか。」
黄「おいおい、4分経過だ!」
-なにごともうまくはいかないものだな-
郭が血を吐いた。
◆
物理操作系はロックが外れ、抵抗なく動く。つまり効いていない。
パネル操作系は反応するが、画面だけだ。決定表示を押し、反応のエフェクトは出るが、実際には動かない。
座席裏のマスターコントロールボックスを露出させる。
マニュアル通り非常信号灯で焼き切って開け、物理シャットダウンを試みる。
これもダメだ。シャットダウンを示す赤いボタンは点灯するが、LOW-MACSは動き続けている。
どういう機動をしているのか、とにかくクルクル回る。
5点式シートベルトを外しての作業はLOW-MACSが激しく動くたび、体が操縦席のあちこちにぶつかり至難を極めた。
暴走から4分。そろそろ味方による射撃でLOW-MACSが破壊されるだろうか。
LOW-MACSを破壊しうる兵器は永久影添いの警備道付近に配備された対戦車ミサイルあたりだろうか。
メインモニタから確認する限り、最初の発砲はさいわい大統領にあたらなかった。
2発目は準備はすれども、射撃機会を得られずまだ撃っていない。
どこのどいつが操っているのかわからないが、これまたどこのどいつかわからないやつがずっと邪魔し続けてくれている。
「誰かは知らんが、とにかく邪魔し続けてくれ!」
シャットダウンしたはずのコントロールパネルが煌々と光っている。さっきとは違う光だ。
ヒル少佐はなんとか着席し、シートベルトを締め、パネルを見る。
パネルの接合部を開き、はねあげて基盤を出す。発信部が通常ではない明滅を繰り返している。
「外部ハックだから信号受信部だと思っていたが、まさか発信部が引き入れていたとはな。」
おそらく発信部から伸びる電設や無線式コネクタが丸ごと書き換えられているのだろう。
ヒル少佐は発信部の分解を試みるが、さすがに専用工具がなければ不可能だ。
「やむをえん。」
船外活動服の腰部アタッチを開け、コードを出し、先端のプラグを外し、むき出しのライア線を発信部の外板隙間に差し込み、装甲補助剤で固定する。
こうしている間にもLOW-MACSは激しく動き回っている。ヒル少佐はライア線が外れないよう細心の注意を払う。
「こちらヒル少佐。暴走停止処置。LOW-MACSコントロールパネル基盤。発信部にノイズコード注入する。」
外部に聞こえているのか定かではないが、マニュアル外行為であるため記録に残さねばならない。
ノイズコードが発される。船外活動服の動力でノイズパターンがLOW-MACSに流入する。装甲補助剤の成分はノイズを通さない。外板内で反響しノイズが増幅。
ヒル少佐の計算では20秒ほどで発信部の電磁パターンにノイズが混じり、発信が不可能になるはずだ。
発信部が機能を停止すればハックも止まるかもしれない。一縷の望みというやつである。
「急げ、急げ。」ヒル少佐はプロテスタントだが、特に敬虔というわけでもない。
だが、いま。このときは真剣に神に祈っていた。
メインモニタに映る砲照準が再び大統領を捉えつつある。
「どこかの誰か!あと少しだ。あと少し邪魔してくれ!!」
◆
加勢の口から血がでている。知らず知らず歯を食いしばり、時折、歯茎や頬の裏を歯が傷つけるのだ。
血圧はあがり、呼吸は荒くなり、目は血走り視野狭窄。
全身の筋肉は過負荷にギリギリ耐えている。
ホッパーの操縦。
本人は「なんとなく」やっているつもりでも、脳はフル回転でさまざまな計算をしているのだ。
今の加勢のバイタルをもし医師がみたならICUの空きを確認するだろう。
「あと少し!地面に落としてもう飛ばせなくする。」
あと少し
唐突にLOW-MACSの動きが鈍った。
加勢の脳は予想外のLOW-MACSの動きを見て過酷な再計算を行う。
視界が赤い。眼球の充血だろう。
隙ができた。なぜだかはわからない。だがLOW-MACSは確かに隙をみせたのだ。
LOW-MACSのメインカメラにホッパーのスラスタをぶつけて噴射させる。
あえて点火させず、液状イオン燃料をカメラにまき散らす。
メインカメラはこれで満足に見えなくなったはずである。
そしてLOW-MACSが落下。
先ほどの姿勢からの落下であればLOW-MACSがいかな姿勢制御をおこなおうとも、滞空は不可能だ。
ホッパーもまた力尽きたように落下する。
こわばった筋肉が一気に緩んだ。
-これで大丈夫-
「!」
加勢の筋肉がふたたびこわばる。
鼻血が噴き出た。
LOW-MACSの落下軌道に大統領狙撃ポイントがあり、砲口が向いている。
ホッパーはすでに自由落下しており、どうやってもLOW-MACSに近づけない。
-しまった-
最後の最後で!
加勢は遠のく意識のなか、落ちゆくLOW-MACSを目で追う。
砲口は。照準は。徐々に大統領をとらえつつあった。
LOW-MACSの外部装甲に弾痕が連続してついた。
そのうち何発かの弾痕は砲身の装填機構に刻まれた。
機体質量からすればその銃弾はいかほどでもないものではあったが、狙撃を狂わせるには十分だった。
「はは、当たるもんだねえ!」
目加田2尉の海上特殊群による射撃だった。
木暮2曹と植田3曹は45式小銃の射撃の確かさに舌を巻く。
彼らは警備道から突っ走って今到着したのだ。
次の瞬間、LOW-MACSが発砲する。
大統領の後方10mに停車していた通信器材車に着弾する。
ガス利用動力だった同車に穴が開いた。
次の瞬間
酸素が混入したガスは、通常月面でみることのない爆炎をまきおこした。
「・・・亡くなられたすべての方々に、永遠の安息を。
ご遺族の皆様に、心からの哀悼を。」
激しいおしくらまんじゅうをしていた富海指揮の機動隊と大統領警護隊が爆炎を背にした大統領に思わず動きをとめた。
炎の中に浮き上がる大統領
「・・・そして、人類の未来に、平和と希望を。
ありがとうございました。」
遠くでLOW-MACSとホッパーが落ちた。