隣人の天才引きこもりと恋仲になりたいだけの話 作:散髪どっこいしょ野郎
俺はどうも、生きるという行為が下手らしい。
朝起きて、食事を胃に押し込んで、学校に行く。そんなありふれた日常ですら、満足にこなせないのだから。
それでも人らしく在ろうとする理由は──
──好きな人がいるから、だろうか。
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「ふー……。疲れた……」
毎日が綱渡りだった。日中は高校課程を修め、放課後はアルバイトに明け暮れる。
定時制にして夜間に通うかとも考えたが、利便性と諸々のリスクを天秤にかけて全日制を選んだ。それにどの道、学校に通学することに変わりは無い。
バイト先はともかく学校は苦手だ。これだけはどうしても治りそうにない。
いじめに遭っているだとか、授業についていけないだとかそういう問題ではない。
ただ、教室という狭い箱に多くの人が押し込まれているという事実が、俺には耐え難いものだった。
『お前は遅刻癖がなければ最良の生徒なんだけどなぁ』
困り顔でそう言った教師の音調を忘れることはないだろう。
バイトを欠勤したり遅刻したことは一度も無い。だが、学校だけはどうにもならなかった。
そんなことを考えながら歩いて、ようやくねぐらに辿り着いた。
学校付近のアパート。俺はそこに住を移し、ひとり暮らしを送っている。
部屋は二階。階段を登り角を曲がると、そこには一人の少女がいた。
「おかえり、静香」
静香。『
「……ただいま、ミサギ」
天才数学者にして天才作曲家にして天才配信者『
「たこパしよ。材料買ったから、静香が作って」
「君が買い出しに行ったのか?」
「いや?ネットスーパーで頼んだ」
「君らしいな」
▫▫▫▫▫
「そろそろ返せる?」
「いや、まだ早い」
生地の焼ける音。今日の晩飯はたこ焼きに決定されていた。
「あ、そろそろお笑い特番の時間だ」
「好きなのか?」
「私は面白そうなものはなんでも好きだよ」
俺の部屋にはテレビが無い。購入する金も電気代も確保できないからだ。
というわけで夕食時はもっぱらミサギの部屋にお邪魔し、こうして二人でテレビを眺めながら食事を摂っている。
「ふふ、この芸人、貞操観念はだらしないけど面白いんだよね」
「不倫でもしてたのか?」
「三股かけてたんだよ。既婚者なのに」
情報の収集手段が限られている俺にとって彼女との会話は大きかった。一応スマホは持っているが、Wi-Fiの月額料金を払うのすら惜しいため限られたギガをやりくりして使用している。
「もぐもぐ……静香、焼くの上手いね」
「初めてにしては上々だな」
そんなこんなで二人きりのたこ焼きパーティーは続き、いよいよ具材が底をつきかけていた。
「たこ無くなってしまったが」
「そう言うと思って……はい、これ」
渡された物を見て思わず顔をしかめた。
「……ミサギ。これは代替品にはならないだろ」
「いいじゃん。モノは試しだよ」
「いや、たこの代わりにグミはないだろ」
弾力があるという点は共通だが、いくらなんでもこれは……
「チョコもあるよ」
「……チョコはアリだな」
「でしょ?」
▫▫▫▫▫
「「ごちそうさまでした」」
結局グミは食後につまむことに。その最中、彼女はふと思い至ったようにパソコンに向かった。その背中を見つめながら、『いつものアレ』かと俺は一人納得。
「~♪」
スマホにその調べを残してから、パソコンを弄くるミサギ。彼女曰く、『降って湧いた曲は新鮮さが第一』らしい。
彼女は天才作曲家だ。動画サイトに上げられた歌の中には一億回以上再生されているものもある。その印税でかなり懐が潤っているらしい。
加え、彼女は天才数学者だ。未解決問題を解き明かしたことによる報酬で悠々自適な生活を送っている。
更に付け加えると彼女は天才配信者だ。顔出しはしてないが、声が1/fゆらぎというやつらしくその音色と卓越したプレイスキルに魅せられたファンは多く広告収入でかなり稼いでいるだとか。
結論。ミサギはかなりの金持ちだ。
「~♪……よし、ひとまずこんなところかな」
「いつも思うが、どうしてそんなに曲を閃くんだ?」
「え?……そういう体質だから、かな。考えたことなかった」
それだけ稼いでいるのなら何故この安アパートで暮らしているのか。彼女の財産ならもっといい立地でもっといい家に住めるだろうに。
以前そう問うたことがあるが、返答は予想外のものだった。
霊媒体質。行く先々で地縛霊だとか怨霊だとかに纏わり付かれるため、近場で最も霊が少なかったここで過ごすことに決めた……らしい。
『それに、若い内から贅沢してたら色々感覚が狂いそうだからね。静香と一緒にご飯食べられる今くらいがちょうどいいんだよ』
「静香?どうしたのまじまじと見て」
「……君は凄いなと思ってな」
「ふふ、ありがと」
ミサギは俺と同年齢。しかし、学校には通っていない。中学を卒業してからここのアパートに身を寄せ、その特異な生活を送っている。
「じゃあ、また明日。たこ焼きごちそうさま」
「(材料買ってくれたんだから)こちらこそごちそうさまだ。ありがとうな」
「静香」
「なんだ?」
「私がモーニングコールしようか?朝起きられないんでしょ?」
「……君の声を嫌いになりたくないから、断らせてもらう」
まったく、とんでもない相手に惚れてしまったものだ。俺は内心、そう自嘲した。
▫▫▫▫▫
「……眠い」
眠いのに眠れない。明日への不安と憂慮で動悸が止まらず、冷や汗まで流れる始末。何か曲でも流そうにも、スマホを使うことになる。
「「あ」」
ベランダに出るとミサギと鉢合わせた。柵と柵の空間を一つ隔てた先に、彼女がいる。
「眠れない感じ?」
「そう言う君は?」
「私は昼寝しすぎて。静香は明日も学校なんでしょ?」
「忌々しいことにな」
俺がそう答えると、彼女は少し思案していた。次の瞬間放たれた言葉は、正に棚からぼた餅だった。
「私の歌、聞く?騒音的に全力歌唱はできないから口ずさむぐらいの声量になるけど」
結論から言うと、その日はよく眠れた。スマホで録音もしていたので、容量を食わない安眠手段を確保できた。
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「唐本~、今日もバイトなのか?カラオケ行かねぇか?」
「すまん。今日もシフト入れてるから付き合えそうにない」
「そりゃー残念。他の奴誘うかぁ……」
遊びに誘われる程度には友人もいるが、俺は付き合いが悪かった。誘ってくれることに感謝はしている。しかし無駄な出費は減らしておきたい。
「カレー大盛り一つ」
「はいよぉ!」
学食は安く、量もある。育ち盛りの身には非常にありがたかった。
「お、奇遇だな唐本。お前は何にしたんだ?」
「いつも通り、カレーの大盛りを」
「唐本は本当にカレーが好きだな」
「安いので」
「ははっ、そうか。じゃあ俺もカレーにするか」
以前、『お前は遅刻癖がなければ最良の生徒なんだけどなぁ』と俺に言った教師と相席になった。
先生のことは嫌いではない。世話になっている自覚があった故に。
「「いただきます」」
福神漬けが添えられたカレーを一匙、口に掬う。……うん。美味い。
「今日は遅刻しなかったんだな。お前んとこの担任が珍しく愚痴こぼしてないからもしかしてと思ったら」
「……いい夢を見られたので」
「まあ、程々に頑張れよ。何かあったら俺に言え」
「お気遣い、痛み入ります」
「ははっ、いいっていいって。古風な奴だなお前~」
そうこうしている内にカレー完食。満腹感が午後の眠気を増幅させるが、授業で眠ったことはほとんどない。朝さえどうにかできれば……。
▫▫▫▫▫
「お疲れ様です。先、上がります」
「んぉ~、お疲れー」
本屋のバイトは決して楽ではない。しかし人は慣れる生き物。今では生活のルーティンに組み込まれていた。
俺の家には『高校生になると独り立ちしなければならない』というルールがあり、二人の姉はそれを粛々とこなしていた。
男なんだから、と価値観を押しつけられたことは無い。しかしそのルールを俺は非常に持て余していた。
年の離れた姉二人にはよく可愛がってもらった。菓子や惣菜を譲られることは多かったし、よく撫でられていた。今思えばあれは人形に対するそれと似ている気がする。
俺はさほど器用ではない。覚悟していたとはいえ、慣れない生活に今も苦しんでいる。ミサギがいなかったら孤独死していたかもしれないとすら思う。
「ふぅ……疲れた……」
本屋から自室まではそれなりに距離がある。それもまた疲労を溜めさせる要因となっていた。
「ただいま……」
帰宅。返答は無い。流石に毎日彼女が待ってくれてるわけではない。とにもかくにもシャワーを浴びなければ。
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「ふー……」
汗を洗い流した後は冷蔵庫の中身を吟味する。そろそろ買い物に行くべきだなこれは。
夕食は豆苗とキノコに加え、人参とキャベツを軽く炒めたものとパックの白米にした。このご時世、野菜が高くて困る。
いつもは大体ミサギと夕食を摂っているが、賞味期限が間近に迫った食材を消費するため、今日は各々別で食べることを言い伝えていた。流石に二人分は買ってない。
そうして出来上がった食事を胃に収め、ちょうど立ち上がろうとした時に電話が鳴った。今日がその日であることは知っていた。
『もしもし、静香?』
「ああ、聞こえてるよ母さん」
月に一度、母親と通話することになっている。お互いに長電話をするような質ではないため内容は非常に簡素だ。
『あんた、ちゃんとご飯食べてる?』
「一応食うには困ってない」
『そ。じゃ、頑張りなさい』
それだけ言って、通話が切られる。
母親は愛情が無いわけではないがサッパリしている。ある意味では付き合いやすい存在だ。
「はぁ……」
面倒な皿洗いや洗濯、高校の課題と勉強を済ませるともう夜になっていた。趣味に割ける時間は狭まっていく。まあ元より好きなものなんて無かったのだが。
「…………」
だからこそ、ミサギとの邂逅は強烈だった。こんなにも誰かに強く惹かれたことはなかった。
正直に言えば毎日彼女と過ごしたい。彼女に好きだと伝えたい。
だが、俺は誰かに惚れられるような価値のある男じゃない。自分でそれは分かっている。
今の関係性を壊したくない。だから、この思いは胸の内に秘める。
「はぁ……」
ここに越してからというもの、ため息が尽きない。
「……ん?」
何度目かも分からない嘆息をしていると、不意にスマホに通知が。母さんが何か言い忘れたのか?と思い開くと──ミサギからのメッセージが届いていた。
『一緒に映画見ない?Z級だけど』
「ふー………………」
水たまりを飛び越えるような気軽さでそんなことを伝えてくる彼女。これは勝てそうにないな、とさっきまでとは別ジャンルのため息を吐いた。
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「あ、やっぱりこのカップル食われるんだ」
「フリがあからさまだったからな」
いつも使っているビデオ・オン・デマンドで視聴可能となっていたZ級サメ映画を、私、涼鐘ミサギと隣人の静香は見ていた。
粗末なCG。分かりやすすぎる展開。出演者の棒読み。全てが低クオリティだった。
だけど、私は楽しめていた。一緒に見られる相手がいるという事実もそれを後押ししている。
「……ふふ、雑なバッドエンドだったね」
「監督はよくこれでGOサイン出したな」
「でも暇つぶしにはなったかな。私、ストライクゾーン広いし」
私は何かを楽しむ才能に長けていた。勉強も、配信も、作曲も、面倒だと思えど結局楽しめている。
「ねえ静香、明日休み?」
「午後にバイト入ってるが……午前中はフリーだな」
「じゃあ、今日は徹夜で映画見ない?お菓子でもつまみながらさ」
「……いいのか?」
「?なんか変なこと言った?私」
「……はぁ。付き合うよ」
「やった。じゃ、ポップコーン持ってくるね」
それからは名作から駄作まで、幅広く映像を堪能した。私はその全てを喜楽に変換できた。
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生きるのは楽しい。私はそう思う。
私は人間として一部欠けている、と気づいたのは両親が他界した頃だった。
私は才能に恵まれていた。そして何より、両親がその芽を大切に育ててくれた。
中学生の頃、戯れに数学の未解決問題を見ていると、ふと思った。『私、これ解けるな』と。
結果、多額の報酬を獲得。二人は『自慢の娘だ』と喜んでくれた。そんな二人を見られるのが幸せだった。
それだけじゃない。ゲームの腕も、作曲センスも、私はたくさんの愛情を注がれて成長していった。間違いなく幸福だった。
そんなある日。当たり前だと思っていた日常を、突如喪失することになる。
両親が好きだった。温かい声、私を撫でる大きな手。その温もりを喪うことすら、楽しいと思った。
二人は若くして不慮の事故により死亡。普通なら悲嘆に暮れる筈。それなのに私の胸を衝いたのは喜びだった。
私は、悲しみすらも楽しめる。それに気づいた途端、自分の歪みを知覚した。
遺産目当てに群がる親戚を切り捨てることも、引っ越しを繰り返す度襲い来る霊に抗うことも、『楽しい』と思った。
私は、何かを面倒だと思う心を持ちながら、起きた結果を堪能できる。そんな風に生きて、生きて、今の生活に落ち着いた。
作曲して、配信する。それだけでもう楽しかったのに、静香という彩りまで添えられた。
私は、幸せだった。
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