隣人の天才引きこもりと恋仲になりたいだけの話 作:散髪どっこいしょ野郎
「散歩に行かないか」
「……歩くの面倒だなー……」
ミサギはいつも自室に引きこもっている。日光を浴びるメリットは聡明な彼女なら既知の筈だ。
「たまには日の光を浴びないと。それに歩かなければ筋力だって衰える」
「えー、おぶってもらうのもダメ?」
「ぐ……ダメだ」
彼女を背負うことと彼女の健康を天秤にかけて意地でも歩かせることを決断。
季節は秋だ。外気温的にもかなり快適な筈。
「はー……分かったよ。静香にはいつもよくしてもらってるしね。……でもやっぱ面倒だなー。じゃあ私の手を引いて、連れ出してくれない?」
「……失礼するぞ」
彼女の手を取り、立ち上がらせる。よく冷えた温もりが伝わった。
▫▫▫▫▫
「景色綺麗だね」
「そうだな」
紅葉が色鮮やかに映えていた。この美しさを詩にしたためる人々の気持ちが分からんわけでもない。
しかし、それ以上に俺の心を揺さぶるものが一つ。
──繋がれた手に、意識が迷う。
白く滑らかな手。その存在感が、俺の思考を疎らに散らす。
「静香、どうしたの?」
「……何が」
「さっきからだけど顔赤いよ。また風邪ひいた?」
俺の脳内情報処理が加速していく。最適の解を導き出すまで止まらずに。そんな俺の思考回路が弾き出した結論は、
──彼女はどうせ俺の真意を知らないだろう。
という、諦観に近いものだった。
「……君に触れると、緊張する」
「??なんで?」
それみたことか、と内心嘆息する。これじゃ告白する勇気も持てない。
▫▫▫▫▫
「唐本ー!お前何点だったー?」
「九十四点。どうした灰実。急に俺の点数なんて聞いて」
学校生活で特に変わったことはない。退屈な授業を受け、テスト期間になれば淡々と勉強する。俺はどうもその行為が得意らしい。
「はあっ!?お前九十四点も取ったのか!?天才じゃねーか!」
「……天才、ね」
真の才人というのを俺は知っている。涼鐘ミサギ。彼女という存在は俺を遥かに超える特別だ。
「そんな唐本に一つお願いがあるんだが……勉強教えてくんねーか?」
「…………」
正直、面倒だと思う。しかし灰実には恩がある。孤独な俺に構ってくれることもそうだし、遊びに連れ出してくれるのもそうだ。
ミサギとの時間が減るのは避けたい。更に俺にはバイトがある。しかし灰実には恩がある。
「……テスト期間、駅前の自習室で一時間だけ付き合う。それ以上は無理だ」
「おーマジでいいのか!じゃ、これから頼むな!」
快活な笑顔を見せる灰実。何気にイケメンだなコイツ……。
▫▫▫▫▫
「唐本くん、これ棚に入れといてくれ」
「はい」
本屋バイトは結構キツい。割と力仕事な部分もある。それでも生きていくためには必要な時間だ。
「すみません、『晴れ渡る黒』の新刊ってありますか」
「こちらの方にございます」
『晴れ渡る黒』とは、最近発行部数を増やしている人気漫画だ。これは流石にミサギの作品ではないが、もしアニメ化したら彼女の作成した曲を主題歌にしてほしい、という声をたまに見かける。
そういえばミサギは作曲以外の創作活動をしない。焚き付ければ手を伸ばすかもしれないし……彼女のことだ。一旦始めれば極めるまでやり続けるだろう。
しかし彼女は新しい何かを始めることを憂う。始めればいつも通り没頭するだろうが、始めるまでのハードルが高い。
まあ、彼女がやりたくなったらやればいい。俺はそう結論づけ、レジ係を代わった。
▫▫▫▫▫
「おかえり静香。今日は寿司の出前とったんだ。一緒に食べよ」
「いいのか?……なら、失礼する」
靴を脱ぎ、玄関前に並べる。いつもと違い料理をしないのは助かるが、どこか寂しくもあった。
「お邪魔しま──ん?なんだこの置物」
「後で話すよ。それより早く食べよ。私お腹ペコペコで」
部屋の中に鎮座しているそれには、布が被せられていた。それなりに大きな物だ。一体なんだ──まあ、それより先に飯だな。
「「いただきます」」
いただきますの重み。普段の夕食を彼女に依存している分、感謝の割合は大きかった。
イカ握りを一口……うん、美味い。
「それにしてもどうしたんだ?何かめでたいことでもあったのか?」
ミサギは俺がいない時はネットスーパーの惣菜を食べている。収入の割に安価なもので済ましているのだ。
「……静香、気づいてないの?ケーキも買ってあるんだけど」
「?……すまない。今日は何の日なんだ?」
記憶を掘り下げてもそれらしい情報は出てこない。こういうのはどうも歯がゆいな……。
「今日は静香の誕生日じゃん」
「………………あー、そういえばそうか」
そういえば今日は俺の誕生日だった。姉二人から祝福のメールを貰っていたのに、忘れていた。
「祝ってくれるのか。ありがとう」
「うん。今日はいっぱい食べてね」
心に温もりが残る。誕生日を祝われたこと以上に、ミサギに覚えてもらえていたことが嬉しかった。
「そういえばだけど、静香って嫌いな食べ物あるの?勢いで寿司頼んだけど」
「特にないな。基本なんでも美味いと感じる」
「ふふ、いい舌を持ったね」
ピーマンや椎茸やレバーなど、人を選ぶ食材を俺は余すことなく楽しめる。これは親に感謝していた。
そんなこんなで寿司を口に運んで、腹は程よく満たされていた。
「「ごちそうさまでした」」
『いただきます』と『ごちそうさま』、『ありがとう』と『ごめんなさい』はしっかり言えるようになりなさい。というのは親の教えだ。成り上がろうが落ちぶれようが、その四語は忘れずに言えるようになれ、とよく聞かされていた。
「ふー、満足満足」
「ありがとうミサギ。寿司とケーキ、美味かった」
「うん。静香がよかったのなら、よかった」
食後のデザートも身に収め、俺たちはテレビを流し見ていた。俺はこの時間が一番好きだった。
「ところでだけど、その置物は?」
「ん?……ああそうそう、重要なこと忘れてた」
そう言うと彼女はおもむろに立ち上がり、置物に被せられていた布を取っ払った。これは……
「静香の誕生日プレゼントってことで……じゃーん。私お手製の生活補助型AIロボットだよ。掃除、洗濯、ベッドメーキングなんでもござれ。おまけにソーラー充電機能もついてる」
「俺に?……いいのか?」
「元々そのために作ってたんだよ。いやー、開発楽しかったけど疲れたぁ」
「どこで作ったんだ?そんなハイテクな機械」
「未解決問題解いた時に色々声かかってきてね。論文書く代わりに機械工学研究所に顔出しできるようになって、そこでまあちょいちょいと」
「俺のために、そこまで……」
「ちなみに名前は『ミチビキ』。可愛がってあげてね」
「一般販売はしないのか?」
「しようって人もいたけどまだ試作段階だから。実用化されるのはもっと先かな」
……なんだか貰いすぎな気もする誕生日だった。
▫▫▫▫▫
そうこうしている内に冬休みに突入。年末はバイト先も休業しているため、俺は暇をもてあましていた。金が無いと本当にやれることが無い。
あくせくと働くミチビキをベッドに横たわりながら眺めているともう真っ昼間。最も時間を無駄にしている気がする。勉強でもするか?
……ん?携帯に通知。
『年末だし一緒に海外ドラマぶっ続けで見ない?シーズン三まであるけど』
思わず口元がほころんだ。
▫▫▫▫▫
「お邪魔します」
「んー、最近寒いね~……」
ミサギはこたつでぬくぬくしながらテーブルに顎を乗せていた。……なんだか猫みたいだ。
「じゃあ早速見よっか。徹夜する覚悟はいい?」
「起きるのは得意だ」
「よし、再生開始」
内容はなよなよした学生がバスケ部で勇躍するというもの。演出と役者の芝居にそこそこに気合いが入っていて、俺とミサギは割と見入っていた。
「喉渇いたな~、静香、コーヒー飲む?」
「ミルクはあるか?」
「砂糖なら」
「じゃ、少し甘くしてくれ」
「よし。……ひゃー、さむさむ……」
立ち上がり、身をさするミサギ。彼女は冬場にエアコンを使いたがらず、こたつに入ることで全てを解決しようとしていた。
「お待たせー、今どこまで進んだ?」
「ラスクがパス技術で覚醒したところ」
「はいこれ、コーヒー」
「ああ、ありがとう……ん?」
さっきは向かい合っていたのに何故か俺の隣に来るミサギ。心臓に悪い……と思っていると、更に心臓に悪い行動をとった。
「うう……さむさむ……えい」
「ッッ!?!?」
「?どうしたの?そんな驚いて」
「……急に抱きつかれたら、誰だって驚く」
「ごめんごめん。でもくっついた方が温かいでしょ?」
……本当に。本当に彼女は、罪な女性だ。
高鳴る鼓動、早まる脈。それでも幸せだった。
俺の一年は、そんな幸せに彩られて幕を閉じていった。