隣人の天才引きこもりと恋仲になりたいだけの話 作:散髪どっこいしょ野郎
高校二年生。周囲の学生は青春真っ只中だが、俺は相変わらずバイトに明け暮れていた。……とはいえ、ミサギがいるだけで贅沢すぎるだろうけど。
「はい。お好み焼きととん平焼き」
「待ってました~、美味しそ~……」
以前とは違い、俺の夕食は完全にミサギへ依存する形となった。料理するのは俺だが食材費は全てまかなってもらっている。
バイトのシフトはほどほどに入れているが勉強する時間も確保しなければならないため、一年生の時と比べ生活が更にカツカツになっていた。家賃を払うだけでも一苦労。
「最近ミチビキの調子どう?」
「よく働いてくれているよ」
彼女から貰ったミチビキは本当によくやってくれている。メンテナンス兼オペレーションレポートをする際色々と聞かれることもあるが、それを差し引いても日常生活が快適になっていた。
「はあ~、お腹いっぱい。ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食器を洗い片付けるのは当番制だった。今日は俺。
「ねえ静香」
「なんだ?」
「今日、泊まってかない?」
「ッッ!? ……ゲホッゲホッ」
「わ、大丈夫?」
大丈夫なわけがない。いきなり何を言うかと思えば。
……一応彼女と夜を明かしたことは数回あるが、泊まるということは一度意識すると大きいものがある。
「……どうしたんだ、急に」
「今日見たドラマでお泊まり会しててやりたいなーって思って。……嫌だった?」
「嫌なわけない……ないが……。……ハァ、君は勘違いさせるようなことよく言うな」
「? 何の話?」
「なんでもない。とりあえず歯だけ磨いてくる」
紅潮した顔を見られないように、俺は部屋を出た。
▫▫▫▫▫
「せっかくだから弾き語りでもしようか。何がいい?」
「……ちょっと考えさせてくれ」
アオミサギとしての彼女が、目の前でギターを構えている。それだけでファン垂涎ものだ。俺はかなりの特別を味わっている。
「……腐れ春の歌で」
「オッケー、じゃ──」
アコースティックギターの音色が響く。近所迷惑にならないよう音を落としているが、俺の耳は少しも聞き漏らさずに静聴していた。
「いつか君が花屑になっても──」
この歌は俺が初めて聴いたアオミサギの曲だ。絶大な興奮や激しいリズムがあるわけではないが、心がやけに落ち着く。
「僕は貴方を連れて行くよ──」
生歌を聴ける。この優越感は筆舌に尽くしがたい。
「桜が君を隠していく──」
終了。俺は控えめな拍手で称えた。
「ふー、久しぶりだね、静香の前で歌うの」
「ありがとう。とても聞き心地が良かった」
俺は何も生み出せない。しかし、彼女のような人間にとって快い相手になれたら。それが俺の、密かな目標だった。
▫▫▫▫▫
「わー、負けたー」
「まあこれだけハンデがあればな」
弾き語りの後はテレビゲーム。俺は普段ゲームなどの遊戯はしないため、ある程度練習してハンディキャップをつけてから勝負をすることに。
「それにしても静香上手いね。もうコツ掴んでるじゃん」
「そうか? 君の教え方が分かりやすいだけだろ」
「ふふ、静香は謙虚だね」
微笑む彼女を横目で見て、心臓が高鳴る。……やっぱりミサギ、距離感近すぎじゃないか?
「ねえ静香、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「なんだ?」
「静香の近くにいるとねえ、なんて言えばいいんだろう……強烈な昂り?とか激しい熱情とかとはちょっと違う……言葉にしづらいな……とにかくなんか、ホワホワするんだよね。居心地が良いっていうか……。……それでね、最近は静香のことをよく考えるようになってて、またホワホワしての繰り返しで……。静香はこれがどういう状態か分かる?」
「………………」
これは……『そういうこと』なのか? だが何故俺に? 俺にそういう魅力はあるのか? そもそもホワホワするってどういうことだ? 疑念は尽きない。
「…………………………」
「静香? どうしたの黙っちゃって」
もしかしたら、あと少しだけ踏み込めば『そういう関係』になれるかもしれない。だが、今のままでも俺は十分すぎる程幸せだった。それを失うかもしれないと思うと、言い出せなかった。
「……俺には分からない。君が分からないことなら、他の誰にも解けない問題だろう」
「そういうものかなぁ。ま、いいや。そろそろ寝よ」
俺の動揺も知らず、彼女はベッドに横たわる。このアパートの都合上、リビングにそのままベッドを据えていた。
「ん? 静香何してるの?」
「何って……寝る準備だが」
俺の部屋から持ってきた二つの毛布。片方を床に敷き、片方を自分にかける。……つもりだったのだが。
「一緒に寝ようよ。ほら、ここ来て」
「……………………スゥー……………ハァ……」
「? ため息なんてついてどうしたの?」
距離感バグってるだろ。俺は内心叫ばずにはいられなかった。
どうか悟られませんように。そう思いながら、半ばやけっぱちで彼女の待つベッドに体を滑り込ませた。結局その日は丑三つ時まで眠れなかった。
▫▫▫▫▫
「ふぁあ……おはよう、静香……静香? ……寝てる……」
時刻は朝七時。静香とのお泊まり会は、予測以上に楽しかった。
隣にはスゥスゥ眠る静香。見ているだけで心が落ち着いてくる。こうなると起こすのはもったいないと感じた。
「し~ずかっ」
「んん……」
頬をつつくと、静香は僅かに身じろぐ。その反応が面白くて、しばらく朝食も忘れて静香にちょっかいをかけていた。
「……」
「いつもありがとね、静香」
直接伝えたことは無いけど、私は静香を尊敬していた。バイト先や学校に縛られながら懸命に生きている。その命の輝きが眩しかった。
……さて、そろそろ起こそうか。
「静香、起きて」
「んぅう……ん? ミサ、ギ?」
「その通り。ほら、顔洗ってきて」
「なんで……あ、そうか。泊まったのか、俺」
寝起きの静香もまた面白くて、私は笑った。
▫▫▫▫▫
「今日のシフトは……午前九時からか」
お泊まり会から数日後の休日。俺は自室で寝起き眼を擦りながらスマートフォンのスケジュール帳を開いていた。
現在は午前七時半。とりあえず朝食とゴミ出しをしなければ。
「ふあーあ……」
あくび混じりに部屋を出て、地区のゴミ収集所に向かおうと階段を降りる……と、知り合いがそこにいた。
「あ、唐本くん」
「枯木さん、おはようございます」
「うん。おはよう」
『
「「…………」」
知り合いと言ってもただの顔なじみ。話しのネタも無く、異性という隔たりもあったため俺はこの空気を持て余していた。
「……ゴミ出しですか?」
「そうだね」
奇妙な時間だ。二人並んで歩きながら、またしてもあくびが出る。
「そういえば、ですけど、ミサギの配信うるさくないですか?」
「私は大抵図書館で勉強してるからあんまり居合わせないね。涼鐘さんと唐本くんは二階だけど、私は一階の部屋に住んでるってのもあるし、そもそもそんなに声は聞こえないかな」
「そうですか。ならよかった」
以降、無言。ゴミ収集所まであと二百メートルはある。何か話のネタは……。
「そういえばだけど唐本くん」
「っ、はい」
「去年大家さんと流しそうめんしたんだって?」
「ああ、はい。ミサギと一緒に」
「今度機会があったら私も誘ってよ。リフレッシュになりそうだし」
「はい。機会があれば、ぜひ」
この人のことは嫌いではないが、好きになれる程時間を重ねていない。
誰かと仲良くなることはきっと素晴らしい。俺もミサギ以外への好意を育てるべきだろうか。
そんなことを考えながらゴミ袋を運んでいった、春の一時だった。