隣人の天才引きこもりと恋仲になりたいだけの話   作:散髪どっこいしょ野郎

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紛れもなく君は特別だった

 

「退屈だな~……」

 

 

 今日の私は、なんか変だ。配信をやる気にはなれず、数学脳も働かず、曲も降りてこない。

 

 いつもと違う点は静香が修学旅行で出かけてるというところ。うーん……? 因果関係が無さそうだけど……。

 

 

「静香、早く帰ってこないかな~……」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「灰実、まさか木刀買うつもりじゃないだろうな」

 

「え? なんで分かった?」

 

「目がものすごい輝いてる」

 

 

 修学旅行の班は灰実の所に滑り込ませてもらった。以前共同で遊びに行ったことがある相手が多かったためコミュニケーション不足には陥らなかった。

 

 

「唐本はお土産とか買わないのか? あー悪い、ひとり暮らしなんだっけ」

 

「大家さんになんか買ってくかな」

 

 

 灰実たちには口が裂けても言えないが、ミサギになにかしらのお土産を買っていくつもりだ。大家さんは体の良い盾になる。

 

 修学旅行前日、ミサギに何が欲しいか聞いたところ随分悩まされる返答をいただき。

 

 

『ミサギ、何か買ってきてほしい物はないか』

 

『え、いいの? じゃあ……静香から見て私にお似合いなもの買ってきてよ』

 

『それはまた……随分アバウトだな』

 

 

 彼女に似合う物。彼女らしい物。土産物屋を物色してもこれだと思う物は見つからず、途方に暮れていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「夕飯どうする?」

 

「せっかく旅行来たんだし特別な所行こーぜ」

 

「えー、オレはハンバーガー食いてえんだけど……」

 

「ハンバーガーはいつでも食えるだろー。おれァ魚食いてえな」

 

「魚だっていつでも食えるだろ。あ、そうだ。唐本はどう思う? なんならお前に決めてもらうか」

 

「おおう、そこで俺に振るか」

 

 

 意見が分かれる中、何故か俺が最終決定権を得ることに。

 

 期待の眼差しで俺を見つめる班員たち。……弱ったな……。

 

 

「……あらかじめ調べてたレストランがある。そこにしないか」

 

「オッケー」

 

「了解」

 

「……随分物わかりがいいな」

 

「唐本に任せとけば失敗はしないからな」

 

「その信頼はどこから来るんだ……」

 

 

 いつの間にか俺は『信用』を得ていた。俺はどこまでいっても自分にできることを尽くしているだけなのだが。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「それでオレの彼女がなぁ! オレのほっぺたに付いてた米粒を指で取って食ってなぁ!」

 

「あー、彼女自慢うっぜぇ……灰実も唐本もよく聞いてられるな」

 

「俺はエロい話が大好物だからな」

 

「俺は人の話聞くの割と好きでな」

 

「物好きなヤツら……」

 

 

 食事や入浴などを済ませた後は各々部屋でお喋りに興じていた。俺たちもその例に漏れず。

 

 

「あーそうそう、話変わるけど唐本彼女いねぇのか?」

 

「あー確かに気になるな。クラスに好きなヤツいないのか?」

 

 

 俺に話が振られる途端灰実がニヤニヤしだしたので軽く小突く。……好きな人、か……。

 

 

「好きな人はいるが、到底手の届かない相手だよ。とっくに諦めてる」

 

「クラスでトップクラスのお前で手が届かないなら他のヤツでも無理だろ~」

 

「……俺は無駄に成績良いだけだ」

 

「ですってよ灰実。無駄なわけないよな」

 

「そーだぞ唐本。お前のお陰で俺ビリッケツから十位以内入れたんだ。ちょっとは自信持てよ」

 

「……その人は、本当に凄い人なんだよ。世界的に見ても希少というか」

 

 

 涼鐘ミサギ。俺が唯一恋をした相手。その照りつけるような輝きは強く、俺の網膜に焼きついている。

 

 

「凄い人って……例えばアオミサギみたいな?」

 

 

 虚を突かれ、一瞬動揺するもコンマ一秒後には立て直していた。

 

 

「? 誰だよそれ」

 

「有名な配信者だよ。数学の未解決問題解いた作曲家」

 

「属性多すぎだろ……」

 

 

 幸いにもミサギを知らない班員に解説の手が向いたため、俺の動揺を悟られることはなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ただいま」

 

「あっ、お帰り静香」

 

 

 修学旅行を終え、俺はねぐらの安アパートに無事帰ってこられた。……楽しくなかったわけではないが、やっぱり俺はミサギといられる時間の方が好きだ。

 

 ? 彼女が歩み寄ってくる。一体何を……

 

 

「えい。……ふー……、やっぱり静香の近くにいると落ち着くなー……」

 

「…………君は、本当に……」

 

 

 本当に、罪な女性だ。

 

 何をされているのかというと、胸に飛び込まれぐりぐりと頭を押しつけられている。鼓動が爆発寸前だった。

 

 

「はいこれ、お土産のハシビロコウタオル」

 

「おー、ありがとう。大切に使うよ」

 

 

 結局相応しいアイテムは見つからなかったが、作曲に集中している彼女が獲物を狙うハシビロコウに重なり、これを選んだ。反応から見て失敗ではなさそうだ。

 

 

「あーそうそう、静香、どっか変なところ寄った?」

 

「? なんでそう思った」

 

「霊がくっついてきてるから。まあ、ほっとけば消えるぐらいの強さだけど」

 

 

 思わず身震いした。俺に霊感が無いのはありがたかったが、彼女を害するモノを呼び寄せていると思うと焦燥感に駆られる。

 

 

「……何すれば霊はいなくなる」

 

「私が祓うよ。おりゃ~」

 

 

 鋭い動きで俺の背後をかき混ぜるミサギだったが、気の抜けた掛け声に思わず笑ってしまった。笑って……体の近さにまた緊張が走る。

 

 

「これでよし。そういえばだけど、今日の夕ご飯はどうする?」

 

「食材はあるか?」

 

「冷蔵庫にギチギチに詰めてあるよ」

 

「じゃあ俺が作るか」

 

「やったー、静香の料理ー」

 

 

 一旦荷物を片付けるため、俺は自室の鍵を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「よし、クリア~」

 

 

 今日は休日。即ち私がゲリラ配信をする日だ。

 

 流れていくコメントを眺めながら手先を動かし、ゲームを謳歌する。私はどんなゲームも得意だけど、今日は特に調子がいい。

 

 

「ふふんふーん……。! 今のメロディー記憶しとかなきゃ」

 

《また出たよアオミサギの作曲脳》

 

《配信中に神曲が降ってくる女 なんだコイツ……》

 

 

 思わず鼻歌から新しい曲を閃く程に、今日の私は気分アゲアゲだった。

 

 

《アオちゃんなんかいいことあった?》

 

「『なんかいいことあった?』……え? なんで分かったの?」

 

《声が弾んでるよ》

 

《めっちゃイキイキしてるじゃん》

 

《無自覚だったの?》

 

 

 前回と何が違う?たしかあの時は静香のいない平日で、何もかもテキトーにやった配信で……。

 

 ……ああそっか、私、嬉しいんだ。静香が帰ってきて。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「もぐもぐ……やっぱり二人で食べると美味しいね」

 

「そうだな」

 

 

 静香の料理は美味しい。それこそ、お母さんにも負けないぐらい。

 

 

「ねえ静香」

 

「ん」

 

「前にさ、静香と一緒にいるとホワホワするって言ったじゃん」

 

「……ん」

 

「それさあ、お母さんとお父さんにも感じてたんだよね。二人が笑ってるとホワホワして……嬉しくて」

 

「…………ん」

 

「だから私、静香ともっと一緒にいたいな。もう二人には会えないから」

 

「………………ん? 会えない? どういうことだ?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ」

 

 

 何故かは分からないけど、私はもっと静香に自分を知ってもらいたくて。

 

 

「お父さんとお母さん、事故で亡くなったんだ。でね、私自分でも変だなーって思うんだけど……楽しかったんだ。うん。大好きな二人が死んで、楽しいって思った」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんとお母さん、事故で亡くなったんだ。でね、私自分でも変だなーって思うんだけど……楽しかったんだ。うん。大好きな二人が死んで、楽しいって思った」

 

 

 今まで折り入った話は聞いてこなかった。資格が無いと思っていたから。しかし彼女が俺に聞いてほしいと言うのなら、甘んじて受け入れよう。

 

 

「私、変なんだよ。普通の人なら『苦しい』とか、『嫌だ』とか思うことも『楽しい』に変換されてさ。自分でもおかしいって思ってたけど治しようがなくて」

 

 

 ……果たしてそれは悪いことなのか? 仮に彼女が楽しさに変換される脳を持っていたとして、その善悪は問われるものなのか? そもそもミサギは……

 

 

「静香といられる時間も楽しくて。だからもっと静香に近づきたいと考えてはみてるけど、普通の人──人間らしさとかけ離れてる私は、結局静香を失っても楽しくなっちゃうんじゃないかって思ったら、なんか、嫌で。でも楽しくて」

 

 

 彼女の苦しみを全て看破したわけじゃない。──が、一つの答えを、俺は持ち合わせていた。

 

 

「ミサギは人間だよ。だって君、泣いてるじゃないか」

 

「……え? あ、え、ほ、ホントだ……」

 

 

 彼女の涙を見るのは初めてだった。それでも言葉は止めない。

 

 

「確かに、楽しいと思った。それは事実かもしれない。けど、だからといって『普通の悲しみ』が君に無いとは、俺は思わない」

 

 

 涙を忘れた彼女が喜楽を愛すると言うのなら、俺は君の雨になろう。

 

 

「……っ? あれ? な、なんで? 私、楽しい筈なのに……」

 

「いいんだよミサギ。楽しくても、悲しんだっていいんだ」

 

「……そっか。私、寂しかったんだ……」

 

 

 きっとミサギは今も楽しめている。それでも、彼女にしかない苦しみは確かに存在する筈だ。

 

 

「おかあ、さん……おとうさん……」

 

 

 俺を抱きしめながら彼女は涙を思い出していた。俺は落ち着けるようにミサギの背を軽く叩きながら、雨を受け止めていた。

 

 

「ねえ、静香」

 

「なんだ」

 

「また、泣いていい?」

 

「俺でよかったら、いくらでも」

 

「ありがと。……ねえ、静香」

 

「なんだ」

 

「私、二人が死んだ時も楽しくなっちゃったんだけど、静香の死は楽しみたくないんだよね」

 

「そうか。なら、死ねないな」

 

「うん。ありがと。……ねえ、静香」

 

「なんだ」

 

「司法試験受かった」

 

「サラッと言うな君は。……っていうか、司法試験ってかなり面倒じゃないのか」

 

「面倒だったけど頑張ったよ」

 

「そうか。……よく頑張ったな」

 

「……うん。ありがとう」

 

 

 そんな、高校二年目だった。















・涼鐘 ミサギ 両親との死別を楽しめるが悲しみや寂しさは蓄積されていた

・唐本 静香 ミサギに悲しみを理解(わか)らせた
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