隣人の天才引きこもりと恋仲になりたいだけの話 作:散髪どっこいしょ野郎
「ふふ、あったかいね」
「……起き抜けに何かと思えば、君か」
朝。目覚めると同じ布団の中に彼女がいた。
「……ミサギ。あんまり無防備だと襲われるかもしれないぞ」
「静香以外にこういうことはしないよ」
そう言われると、照れると同時に閉口せざるを得なかった。
▫▫▫▫▫
「~♪」
「…………」
最近、ただでさえ近かったミサギの距離感が更に短くなっている。今はあぐらをかいて座る俺の足に腰掛け、俺の腕をシートベルトのようにもたれさせている。俗に言うあすなろ抱き状態。
「最近暑いね~」
「……ならなんでくっつくんだ。余計暑くなるぞ」
「エアコンガンガンに効かせてるから大丈夫でしょ」
「返答になってないぞ……」
触れ合う。スキンシップという行為は、まあ気心知れた相手なら悪くない。事実、俺とミサギの距離感は近い。
だが、そこに恋慕という特性を付与した際、緊張感は大幅に増幅する。
俺もそろそろ腹を括るべきだろうか。
「ねえ静香、この状態で配信してみる?」
「大炎上待ったなしだろ」
「ふふ、冗談冗談」
彼女に告白する勇気を、持つべきだろうか。
▫▫▫▫▫
「それじゃ、大分遅れたけど枯木ちゃんの合格を祝って、かんぱーい!」
「「乾杯」」
「かんぱーい」
各々が自由な時間を確保するまでに、合格発表から数ヶ月かかった。今は枯木さんの某難関大学合格を祝う会が大家さん主催で開かれていた。
「枯木ちゃん、あそこに受かるなんて頑張ったねえ」
「あはは、ありがとうございます大家さん。……でも、涼鐘さんには負けるかなあ」
「え? 私? なんで?」
ミサギの特異性はここの住民なら大体分かる。なんならかつて数学界の特異点としてテレビ取材を受けていたこともあり、涼鐘ミサギというネームバリューは多岐に渡っていた。
「ほら、焼けたぞミサギ」
「うん。ありがと」
「……こうして見ると普通の女の子なのにねぇ」
ホットプレートから彼女の小皿に焼けた肉をサーブする。今日は真夏のバーベキューだ。
「前々から思ってたけど、唐本くん、涼鐘さんに甘くない?」
「いつも世話になってますから」
とは言いつつもどちらかというと世話をしてるのは俺の方だ。俺はそのおこぼれを拾っているだけに過ぎない。
「そろそろ焼きそば焼く?」
「なんなら海鮮焼きそばにしましょうか。唐本くん、魚介詰め合わせパック取って」
「ヒッヒッヒ……みんな食べ盛りなのはいいことだよぉ」
相変わらず悪役みたいな笑い方をする大家さんだなぁと思いながらラムネを一口飲む。うん、甘い。
夏は暑い。こうして野外で飯を食うにも熱気が凄まじい。
しかしそれらの悪要素を込みにしても、この時間は貴重で、安らげるものだった。
▫▫▫▫▫
とある休日。働くミチビキを眺めながらペン回しの練習をしていると、玄関のチャイムが鳴った。ミサギか?
立ち上がり、ドアスコープに目を当てて、少し驚きながら鍵を開けた。
「ハァイ、元気? 静香」
「一花姉さん、珍しいな」
年の離れた姉の一人、『
ちなみにもう一人の姉の名前は『
「可愛い弟の現況を知りたくて、つい飛んできちゃったわ」
「……俺もう高三だぞ。それに現況を知りたいだけなら電話で事足りるんじゃないか」
「いくつになっても弟は可愛いものよ。お母さんじゃないけど、ご飯ちゃんと食べてる?」
「一応食うには困ってない」
「それは重畳。ところでアナタ、大学には行くの?」
「奨学金返せそうにないからそのまま就職だな」
「成績良いんでしょ? 私が貸してもいいけど」
「いや、いいよ。それに家訓は『独り立ち』することだろ」
と言ってから、自分を省みる。……俺はミサギに頼りっぱなしで、独り立ちとはかけ離れた生活を送っている。そんな俺が、よくもまあそんな台詞を吐けるものだ。
「ふふ、アナタらしいわね。鈴鹿にも伝えておくわ」
そこまで立ち話をしていると、隣の玄関──ミサギの部屋のドアが開いた。
「あれ? 静香、その人誰?」
「姉さんだよ」
「……へえ」
俺とミサギの顔を交互に見比べ、何かを察したような姉さん。頼むから穏やかに終わってくれ……と内心懇願してみても、姉さんのお喋りはそう易々といかない。
「アナタ、名前は?」
「涼鐘ミサギです。よろしくね、お姉さん」
「ふむふむ……へえへえ……アナタ、静香のことはどう思ってる?」
「ちょっ、いきなり何を言うんだよ姉さん!」
「とっても大切な人です」
「君まで何を言うんだミサギィ!」
「ふふっ、アナタ、察してる? 多分静香、アナタに──」
「一花ァ!」
必死で姉さんの口を塞ぐ。冷や汗が凄かった。
▫▫▫▫▫
「それでね? 静香ったら寝てる時に私がいないと大泣きしちゃって大変だったのよ」
「へぇ~、静香、寂しがり屋だったんだね」
「………………はぁ………………」
どういうわけか、『一緒に食べた方が楽しい』というミサギの進言によって一花姉さんと彼女に俺が料理を振る舞っていた。人一人増える分にはなんら苦労はしないが、恥ずかしい過去を暴露されるのはかなり堪える。
「もういいだろ姉さん……俺を殺す気か……」
「えー? 私は静香の話もっと聞きたいけど」
「らしいわよ、静香」
「らしいわよ、じゃないんだよ。少しは弟のプライドも考えてくれ」
「……静香、ちょっと来なさい」
「ん? どうし──」
首をひっつかみ、ミサギから俺を離す一花姉さん。やけに小声で何を聞くかと思えば、
「アナタ、ミサギちゃんのこと好きなの?」
周知の事実。ミサギだけが、それを知らない。
首肯すると、姉さんは少し驚きながら言葉を紡ぐ。
「へぇ~、あのアナタが誰かを好きになるなんてねぇ。ミサギちゃんが部屋から出てきた時からアナタの反応で分かってたけど、まさか本当にそうだなんて」
「……これだけは言わないでくれよ」
「いくら私でも人の恋路を邪魔しないわよ」
「…………さっき言おうとしてただろ」
「ふふ、あー怖い」
それからも恥ずかしい話を散々ぶちまけて、満足したように姉さんは帰っていった。
▫▫▫▫▫
「はー、やっと帰った……」
「いいお姉さんだね」
「……まあ、そうだけどさ」
姉さん二人のことを疎ましく思ったことは一度も無い。無いが、今日はやけに疲れた。
「静香の話聞けてよかった」
「……ん、君がいいなら、よかった」
「ねえ」
「ん?」
「ハグしよっか」
「……?????????」
俺の思考回路は羞恥と突然の衝撃でショート寸前だった。えー、何、ハグ? ハグ、と来たか……。
「静香は嫌?」
「嫌……とかじゃなく、色々危ういだろ」
「? 何が?」
「年頃の男女が、ハ、ハグなんて、ちょっと倫理的に……」
「私が泣いてた時受け止めてくれたじゃん。あれは別に変じゃないでしょ?」
「……分かったよ。ハグだな」
俺が両腕を開き、迎え入れる姿勢になると彼女は全く躊躇わずに飛び込んできた。
「あったかいね」
「この時期だと暑いだろ」
「そうだね。でも、嫌じゃないんだよ。なんでだろう?」
「君が知らないことを俺が知ってるわけないだろ……」
「私が寂しかったってことは静香が気づかせてくれたじゃん」
心臓が不規則に暴れる。まったく、最近のミサギの行動で俺の寿命は一年ぐらい縮まったんじゃないのか?
「静香。なんかね、ホワホワとドキドキが止まらないんだ。これって何?」
「何って……君は……」
ミサギのような才人が、俺のような凡骨にたぶらかされるようなことはないと思っていた。だが、これは、もしかすると……
「前まで静香と一緒にいるとホワホワしてたのが、最近はドキドキも加わってきて……でも嫌じゃなくて、心地良いっていうか、昂揚感に近いのかな? そんな状態なんだけど」
「……俺は、それを知らない」
「静香もドキドキしてるのに?」
「…………それを言うのは、ズルだろ」
俺は怖い。この関係が、俺の希望で崩れ去る未来が恐ろしくて仕方ない。だから確証を持てたとしても、動けなかった。
「話変えるけど、静香、就職するの?」
「大学行く余裕は無さそうだからな」
「……」
「何故急にそんなことを」
「静香との時間が減るのは、嫌だなって」
……そんなの、俺だって嫌だ。でも俺たちは大人になってしまう。
この時間が永遠になればいい。そう思いながら、抱きしめる腕に力を入れた、夏のとある日だった。
もうすぐ最終回になると思います