ダブルTS自分ヒロイン物   作:双葉

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第二話 狼の襲撃

 

 

 目が覚めて、まず感じたのは……。降り注ぐ日差しの眩しさだった。

 朝日が容赦なく肌を焼いているらしい。自分の部屋は東向きの窓なんか無かった筈なのに。それに異常なぐらい硬いベッドで寝ているようで背中が痛い。そして冷たい。なんだこれ。

 まるで氷の上で寝ているみたいに体温が足りていない感じ。寒いというか身体の芯から冷たいレベルで、このままだと奥歯がカチカチ演奏を始めそうだった。

 

 

「むぅ……」

 

 

 長い金色の睫毛が動く。少女は寝惚けたまま顔を顰める。

 起きたばかりだが逆に疲れているような気さえする。無意識的に目を擦ろうとした少女は異様な寒さに身体を震わせた。

 

 風邪でも引いてしまったのだろうか? 口がジャリジャリするので唾と共に吐き出す。

 声も変に高くて呻き声が女の子みたいだった。そんな音が口から漏れた事に強い違和感を覚える。首も何かでチクチクするし本当に最悪だ。寝返りを打つと全身から骨が軋む音が聞こえた。

 吸い込んだ空気も異常なぐらい土臭くて……。もう訳が分からない。

 こんな場所ではとても二度寝なんて無理。まだ眠気と疲れが残っている身体に力を入れ、倦怠感を追い立てながら上半身を起こした。

 

 

「んんっ! あ? えと、何で外に……。って、嘘ぉ!? 夢じゃなかったのか!」

 

 

 側頭部をガリガリと掻き、指に巻き付いている金髪を見て、やっと意識が覚醒する。

 髪の毛を弄っている際に手が変な物に当たった。何だこの柔らかいの……と思ったら、それはエルフになって横長になった自分の耳だった。

 見下ろした自分の体は見慣れない茶色のローブを纏っており、しかも小さいとはいえ胸の柔らかい感触まである。寝返りの時に耳が変な感じがしたのも妙に頭が重いのも。変化した身体に慣れていないのが原因だった。

 

 うう、野宿とか、俺にはハード過ぎるよ。

 

 顔を顰めながら髪の毛に付着している葉っぱを振り払う。身体を叩くと土の破片が落ちていく。

 目覚めたのに悪夢の中から逃げられない。暫く不機嫌なまま髪の毛や衣服についた土埃を払っていたが、やや遅れて目を覚ましたもう一人の自分が全く同じようにしているのに気付いて、自分を傍から見たらあんな感じなのか、と軽く吹き出してしまう。

 笑っていたらあっちも気付いたらしい。空中で目線を合わせると 「おはよう」 軽く手を上げて挨拶を交わした。

 

 

「野宿なんてするもんじゃないな、骨がピキピキ言うよ。それに寒い。すっげー寒い」

 

 

 褐色肌の女性が高い身長を更に伸ばすと。筋肉に引っ張られた腰や肩が盛大に音を奏でた。

 今回は体力が残っていたからまだ大丈夫だったけれども、異常なぐらい寒く感じるのは土に体温を吸われたのが原因だろう。保温や防風などの魔法がなければ風邪を引いていたと思う。

 けれど確実に体力は奪われているから、魔法があっても何の道具もなしに野宿をするのは無謀だろう。明日こそベッドで寝たいなと愚痴を言い合った。

 

 

「……ん、大丈夫か」

 

 

 スカウト系の警戒技能を発揮してもらう。荒野にモンスターの影は無いようだ。

 海岸でもないのに日の出が見えるような環境である。魔物の群れでも居れば分かるだろうから、モンスターなどによる襲撃の危険は薄くとも、日本と比べ広すぎる大地はそれだけで脅威なのだと実感できた。

 遥か彼方に見える山々を眺めていると圧倒的な大自然の中で孤独感と不安を覚える。青い空に押し潰されそうな気がして。ゴクリと喉を鳴らすが乾いた口は唾の出も悪かった。

 

 

「ああ、寝起き最悪……。それに腹減ったし、喉も乾いた」

 

「昨日から食べてないしね。こっちも腹ペコだし、喉カラカラだよ」

 

 

 体調がどうあれ歩くしかない。辿り着くしかない。ここままではジリ貧だ。

 ダークエルフの方が脱ぎ散らかした鎧のパーツを集めて装着を手伝う。ギミックがあるとはいえブーツやら鎧やらの着装で時間を使った。10分ほどかけてやっと準備が整った。

 

 

「ああ、そうだ。いつまでも呼び名が無いと困るよね」

 

 

 まだ物珍しく感じる美女の鎧姿を眺めていると、不意に前方からそんな声が聞こえる。

 どうせ自分なんだし、と今まで決めていなかった。確かに巨乳だの貧乳だの、ダークエルフだのエルフだの、と呼び合うのも都合が悪いだろう。少女が頷くと美女は満足気に微笑む。

 今は良くても街についたら困る。名前でも尋ねられたら固まってしまうかもしれない。何か決めておく必要があった。

 

 

「ドーンワールドでの名前、でいいかな? 巨乳がノヴァ、貧乳なエルフがハル、でさ」

 

 

 同じ考えを言おうとして先に言われた。エルフの方な自分、ハルは唇を尖らせる。

 ノヴァは自分の肩をハルバードで叩いてキンキンと音を出し 「してやったり」 な顔を浮かべていた。溢れる笑顔と白い歯に思わず見惚れてしまう。

 外見だけは美人だから笑顔を浮かべていると破壊力が凄い。頬が赤くなるのを感じて、ハルは何も言えずに首を横へ向けた。

 

 

「それでいいよ、おっぱい星人のノヴァ」

 

「おうよ、貧乳星人のハル」

 

「こやつめハハハ」

 

 

 他愛の無い会話を交えつつ行軍を続ける。地の果てを目指して歩き続ける。

 最初の1時間こそ会話は続いたが、やがて乾きもあり口数は極端に減った。足元を睨むようにしながら重い足を引き摺る。止まりそうな足を動かし続ける。

 慣れない野宿と果てしなく続く荒野が二人の体力をスポイルしていた。特に魔法支援型エルフだったハルは体力が低く、ただ歩くだけでも精一杯。既に会話を楽しむ余裕は消え失せている。

 

 

「……っ! くそ、歩き難い!」

 

 

 荒野は平坦のようだが舗装道路とは平坦の意味が違う。決して歩きやすい環境では無い。

 枯れた枝が足を引っ掛けるように地面から生えていたり、物陰で毒蛇がトグロを巻いていたり、まるで落とし穴のようにウサギや大型のモグラが巣穴を掘っている、など。

 体調が万全であれば引っ掛からないようなほんの些細な段差でさえ足を掴む。頑丈だが重いブーツを持ち上げるのが辛い。考えで誤魔化そうにも鈍った頭は満足に回転してくれず、金属の鎖よりも重い疲労が全身を絡めとっているのを自覚する他に無かった。

 

 

「ハル、大丈夫か?」

 

 

 何度目かの転倒を経て声を掛けられる。伸ばされた手を掴んで立ち上がる。

 喉の奥が乾き過ぎて痛い。ハルは 「大丈夫」 と言おうとして言葉がが出てこず、空元気の笑顔でそれに答えた。全身が重い。地の果てを目指して行軍を再開した。

 這うようなペースで両足を交互に動かしていると、水、という単語が頭の中をぐるぐると回る。

 

 

「……あ、ノヴァ、ちょい待ち! 水なら出せるかもしれない!

 水の精霊魔法に【クリエイト・ウォーター/水生成】」ってのがある!」

 

 

 太陽が頭上に近づいた頃、行き着いた思考にハルは大声を上げた。

 この乾きを何とか出来ないか。内心に問いかけて魔法を探し、ついに発見したのだ。

 単純に水を出すだけの魔法なんてドーンワールドには無かった。だからこそ今まで発見が遅れたのだが、気付いてしまえばコロンブスの卵である。

 扱えないほど高度な攻撃魔法ではなく、単純に水を直接出せば良い。そんな単純な話だった

 

 

「はは、なんで気付かなかったんだろ! 水が飲めそうだよ!」

 

 

 ハルは水の気配に顔を明るくする。鉛と化していた身体を飛び跳ねさせる。

 生活魔法の類は数が多いので把握しきれておらず、まさかこんな便利な魔法まであるなんて。この魔法を開発した人間に拍手喝采を送りたい気分だった。

 

 

「マジか! 凄いな、精霊魔法って!」

 

 

 同じく疲労と乾きに苛まれていたノヴァにも朗報だった。背筋をピンと伸ばして振り返る。

 水が飲める、それだけで凄く嬉しい。テンションが上がりすぎて抱き合ってしまう。ノヴァの硬い皮鎧に鼻先をぶつけて涙が出そうになり、その事実だけで二人して笑いあった。

 

 ただ、真剣な顔のまま杖の先に顔を寄せたと思ったら、無言で先端のクリスタルを口に含まれた時は焦ったけれども……。確かに水は出せるかもしれないが。そんな場所からは出ないよ。

 自分ってこんな残念な子なの? と憮然としてしまう。いやいや今は余裕が無いせいだ。普段はもっとマシ……だと思いたい。

 

 

「まずノヴァから飲んでくれ。制御が大変かもしれないし」

 

 

 呆れ顔になりながらも顔を退けさせ、杖に魔力を走らせるべく意識を集中させる。

 ハルは支援型のエルフとして水の精霊魔法と土の精霊魔法、そして水と土の複合属性である木の精霊魔法を得意としていた。それはこの世界でも同じのようだった。

 水属性はその中でも特に得意である。心なしか魔力の流れもスマートな気がする。

 

 

「よし、行くよ。【クリエイト・ウォーター/水生成】!」

 

 

 魔力を魔法として開放した瞬間、蛇口を捻ったかのように虚空から水が溢れた。

 零してしまわないように水球の形で保持を行う。 「おお、すっげー!」 驚愕するノヴァの声も聞いていられない。一滴も無駄にしないために真剣だった。

 零さないように 【コントロール・ウォーター/水流操作】 も発動しているのだ。得意な属性でもぶっつけ本番では維持が難しい。下手すると明後日の方向に水弾をぶっ飛ばしそうになる。

 

 

「……ふう。よし、大丈夫。ノヴァ、小手を外して、水球の下に手を出して」

 

 

 やがてバレーボールぐらいの水球として完成し、ハルは安堵から胸を撫で下ろした。

 その様子を見て 「やったな貧乳!」 なんて言い出したノヴァに肩を揺らされ、手放しの大絶賛を受けながらも鎧の胸の部分が肩を押叩くのを感じるは、高度な当て付けか何かかと変な気分になった。

 

 水をぶっかけてやろうかと思ったが勿体無いので辞めておく。自分だって飲みたい。

 代わりに下部の方に蛇口をくっつけるイメージで水圧を開放してやり、すると小指ほどの太さの水柱が生まれた。伸ばされたノヴァの褐色の肌に水飛沫が踊った。

 泥などで汚れた手を擦り合わせる事で清め、それが終わるとノヴァは辛抱堪らずといった調子で口を寄せる。歓喜の表情が水と一緒に溢れて乾きを癒やす。思わず喉を鳴らしてしまう光景だった。

 

 

「ぷはっ、ハル、サンキュ! いやー、助かった。本気で美味えよ!」

 

 

 交代したハルも同じようにして水を貪る。程よい清流は信じられないほど輝いていた。

 手を洗う石鹸などは無いから僅かに土の香がしたが、身体に染み渡っていく感覚は何物にも代え難い。飲み切れなかった分が顎を伝うのを感じながら一心不乱に飲み続ける。

 途中で鼻に入ってしまい噎せたりもしたけれど美味しかった。間違いなく人生でも五指に入る水だった。

 

 

「はあ、美味かった……。って、あれ? ノヴァ、どうしたの?」

 

 

 ローブの胸元を引っ張って口元を拭っていると、不意に空気が変わるのを感じる。

 ハルは隣に立つ相棒のオーラがその発生源であると気付いた。肌を刺すようなピリピリした雰囲気だ。ノヴァは何かを探るような強い眼差しを荒野の一角へと注いでいた。

 睨み付けるその表情は恐ろしいぐらい真剣で、空気が張り詰める音が聞こえて来そう。

 何かあったのだろうか。ただならぬ雰囲気に不安を覚え、ハルも慌てて荒野の様子を警戒するが、自分の目には味気ない大地が普段と同じように広がっていとしか見えなかった。

 

 

「くそ、気付かなかった……! オオカミだ、多分! 見られてる!

 何時から見られていたんだ!? クソ、集中力が低下してて、気付かなかった!」

 

 

 革製の小手がハルバードを強く握り締める。敵の視線から庇うように前へ足を踏み出す。

 ノヴァの背中越しに荒野を窺うが分からない。ハルの目にはオオカミらしい影は見当たらず、影すら踏めない存在に恐怖を抱いた。

 何処に居るんだ。半ばまでパニックになりかけたハルだが、騒いだらノヴァの迷惑になる、と己の唇を強く噛み締めて言葉を律した。濡れた手で自分の武器を抱き寄せると戦闘の態勢を取る。

 

 

「ど、どうすりゃいいの! 攻撃魔法なんて、自信ないよ!?」

 

 

 吹き抜ける風が出す音が怪物の息吹にさえ感じる。薄い胸板の下で心臓が高鳴る。

 化け物がいるかと思うと呼吸を忘れて固まってしまう。襲って来るなら迎撃しなければいけない。まさか杖で殴るなんてムリだろうから魔法だろう。とにかく戦うのだ。相手がモンスターなら間違いなく襲って来る筈である。

 

 いざ魔法を使おうとして、ハルは自分の思考が空回りしている事を自覚した。

 目標すら見えていないのに魔法なんか使ってもマジックパワーの無駄じゃないか。でも他に何をすればいいのかが浮かんでこない。何をすればいいのかが分からない。不安が胸を駆り立てる。

 ドーンワールドでならキーボードを押すかマウスでクリックするだけだったのに。周囲に広がるのは360度の荒野だ。目線の高さは現実と同じで融通が利かず、手元には便利なインターフェースも、敵の存在を示すレーダーも無かった。

 

 

「どうしよ、どうしよう…‥」

 

 

 混乱したまま噛み締めた唇の隙間から呼吸する。自分の出す音ばかりが聞こえる。

 自分の口をひゅーひゅーと空気が出入りする音と、ドキドキ煩い心臓の音が思考の邪魔をして、他の音が何も聞こえてこない。激しい鼓動の反響が頭蓋の中を叩き回っている。

 

 

「向こうも気付いた! 来てる、来てる来てるっ! くそ心の準備がああ!

 多分1匹だ! そっちの俺は防御メインで! 他はもう、知らん! ああ、もう来るぞッ!」

 

 

 荒野の一部が立ち上がった。そう錯覚させる色合いの獣がハルの視界にも飛び込む。

 土とほぼ同じ色合いの毛皮が躍動していた。殺意に満ちた黒い目に射抜かれて 「ひっ」 と小さな悲鳴が漏れてしまう。背中を中心にぶわっと鳥肌が広がっていく。

 自分の意志とは無関係に身体が震えた。明確な殺意を向けられたのは初めてだった。

 恐怖している間にも距離は詰められ、彼我の距離は40、いや既に30を切っただろうか。犬とは違うオオカミの体格のせいで遠近感が狂っている。火急の場というのに距離が掴めない。

 

 

「で、でかっ! オオカミって、あんな大きいのぉ!?」

 

 

 どちらの口から出た言葉だろうか。荒野を疾走する影に悲鳴のような言葉が飛び出した。

 日本でも見かけるレトリーバーなどの大型犬よりも一回り、いや二回りは大きく、その全長は間違いなく人間を超えていた。ハスキー犬を更に巨大化させたようなシルエットだった。

 剥き出した牙の威圧感でハルの額から汗が吹き出る。胃の奥から酸っぱいものが込み上げる。あれと戦うなんて怖い、という本能と、あれに背中を見せるのはもっと怖い、という理性が交錯する。

 

 もう逃げられない。手遅れだ。死にたくない。戦うしかない。

 ノヴァが握る槍斧の先端も震えていた。戦いの空気が意識と肺を締め上げる。

 ハルは噛み切ってしまった唇から血の味を感じた。鉄錆の味が口に広がり鼻孔を突き抜ける。その血生臭い香りが生存競争の開始を告げていた。

 

 

 

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